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2012年6月 3日 (日)

平安神宮・薪能  2012

平安神宮の薪能、昭和25年からの年中行事だそうです。

今から20年以上も前、以前住んでいたときに一度いったことがあります。
演目は「花筐(はながたみ)」だったのを覚えています。

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なんといっても徒歩で行けるご近所なので、第1日目はダンナが、2日目は私が、いってまいりました。

1日目は先日能と茶の会で、お世話になった能楽師・吉田篤史さんがでていらしたのですが、私は2日目の「二人静」と「碇潜(いかりかずき)」が見たかったので。

しかも碇潜のクライマックス、知盛の霊を演ずるのがこれまた昨年、筒井筒のお話しと仕舞を見せていただいた味方 玄さんだったのです。

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開演直前、ぱらぱらっと降ったのですが、日ごろの行いのせいかcoldsweats01、始まる頃にはあがりました。

平安神宮の広い境内には竹の結界内に作られた能舞台、観世座、金剛座の字の入った提灯がつるされ、いつもと雰囲気がまったくちがいます。


すでに前の方は席が埋まっていたのですが、ここで某大学の伝統芸能ゼミのグループとばったり!という奇跡的な邂逅があり、すでに押さえてあった席にすべりこめたばかりか、おにぎりやらお菓子やらまわってきてcoldsweats01、なんてラッキ〜。

謡の本を見せていただいたり、解説もきいたりで最高の席になりました。happy02

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このパンフの表紙がその碇潜の知盛さんの幽霊ですの。
かっこええlovely

今年は大河「平清盛」の流れでテーマは「源平盛衰記」。

第1演目は金剛流、「安宅〜延年之舞 瀧流」。

歌舞伎で有名な勧進帳のもととなった安宅の関のシーンで、歌舞伎を思わせるようなアクションもあり、かなり動的な演目。
富樫につめよる山伏(実は義経の家来)達との攻防が迫力あってみどころ。

最初富樫が登場するとき、太刀持ちがどこかで見たことがある、、、と思ったら、狂言の茂山逸平さんでした。
しかも義経主従の強力(ごうりき)は茂山千五郎さんだったし。

狂言師ではなくて、「能楽師狂言方」と、先日吉田篤史さんに教えてもらったので、納得。

小鼓が昨年の和菓子の会でお目にかかった新進気鋭の曽和尚靖さん。

ここでいよいよ薪に火が入ります。

第2演目は観世流、「二人静〜立出之一声」。
菜摘女に静御前の霊がとりついて、静の舞の衣裳を着け舞い始めると、どこからともなく同じ衣裳の女があらわれ、寄り添って舞を始める。

このシンクロ舞を見たかったのです。
時に方や舞台の上、方や橋掛かりの上、時に寄り添って、、、
いずれが静御前でいずれが菜摘女か、その境もなくひきこまれる、これぞまさに「幽玄の世界」を垣間見たような気がします。
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意図してかどうかはわかりませんが、この演目は始まりの時はまだ薄日が残り、進むにつれ次第に暗くなっていき、終わりの方ではすっかり夜。
その夕方と夜のあわいにこの幻想的な二人静をもってきたのは、最高の演出だと思いました。

間(あい)の狂言は「柑子」。

狂言大蔵流、茂山良暢、茂山千三郎。
三つの柑子を食べた言い訳に、俊寛の話まで持ち出す太郎冠者のいいわけぶりが見物。
これは俊寛で源平盛衰記つながりだったのね。

狂言の面白みはその間の取り方にあるといってもいいと思う。


最後の演目、これもみたかった観世流、「碇潜〜船出之習」

これに出てくるワキ方が、実は心茶会の後輩で、しかも京大観世会出身の方だったんです。
(どこかで聞いた名前だと思ったcoldsweats02

声の通りも良く、評判もきわめて良いと聞きます。
がんばってるなあ。


さて、演目ですが後段に平家の御座舟がでてきます。

中には幼い安徳帝(子方)、二位尼、大納言局、そして清盛の四男坊にして「入道相国(清盛)最愛の息子」、かつ平家の清盛なきあとのリーダー知盛(いずれも亡霊です)登場。

知盛は自害にあたり、鎧を二枚着て、碇を体に巻き付け、それをおもりにし、「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」と言い残して入水したとも言われています。
生きたまま浮かび上がって晒し物になる辱めを避けるために。

まずは「波の下にも都のさぶろうぞ」と、二位尼にいだかれて入水する安徳帝のシーン。

ついで知盛は、まずは長刀にて合戦の様子を演じ、そののち大きな碇を持って入水のシーンを舞う。
これがまたアクティブで歌舞伎のように少しケレン味もあって、迫力!

昨年の筒井筒で静かな舞をみせてくれた味方玄さんの、対照的な舞にしびれました。

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終わって振り向けば、空はすっかり晴れて応仁門の上に月。

帰途につく観客に能楽師の方々がずらっとならんでご挨拶。
普段着だったので、はじめはわからず、あ、この子は子方の子だ、と気づいてからわかる。

歌舞伎などではまずみられない風景。
残念ながら能を見る人はそう多くはない、という能楽界の危機感もあるのかもしれない。

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それにしても平安神宮の社殿を背負って、の能は最高の舞台です。
ああ、やみつきになりそう。

2012年5月 2日 (水)

日本伝統文化を伝えていくこと〜滌源居にて

(えらく大仰なタイトルをぶちあげましたが、私はたいしたこと書いていません。アシカラズ。でも今日ご紹介するお二方の情熱はホンモノです。)

先日、私の現在興味があることど真ん中、ストレートの催しがありました。
茶道の他流(私はお裏さんなので)と能楽。

これがとびつかいでおられようか。

しかも、、、

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「おっとこ前茶会」!
講師はいずれも「男前」なのね。(ほんとうにお二人とも男前だったのlovely
これで心はわしづかみcoldsweats01


開催場所はなんと!
茶道速水流のお家元邸・滌源居(てきげんきょ)。
めったに入れる場所ぢゃありません。

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速水流は初代が速水宗達、裏千家八代・一燈の弟子であった方ですが、その一燈をして「おそろしいやっちゃ。」とうならせたほどの茶人であったようです。

もともとは御典医をつとめた医師であり、光格天皇の弟・聖護院宮の茶道指南をつとめたことからお公家さんとの関係が深く、御所風、公家風の茶の湯を確立していったそうです。

私の郷里、備前岡山もお茶の盛んな土地柄なんですが、備前池田藩の茶道指南をしていたのがこの速水宗達さんだったんですね。知らなかった。


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お集まりの皆様もきちんと色無地等、お茶の正装で。

それにしてもすばらしいお庭。
速水家は洛中を転々とされたそうですが、この滌源居は戦後に建てられたものとか。


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西園寺邸から移築した腰掛け待合いを使い、めずらしい立ち蹲居を使わせてもらって、八畳の広間に席入りします。

お茶の講師は速水流若宗匠。
なんと娘と同い年。

う〜ん、、、私がお茶を始めたのは、この若宗匠が生まれる前からだったんだがな〜。
背負っている物が全然違うとはいえ感慨ぶかい。

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お茶の歴史、速水家の歴史などお話しを聞いたあとでお薄一服いただきます。
若宗匠が点てたお茶をいただけるなんて、組織が大きくなりすぎたお裏さんでは考えられないこと。
感激でした。

お点前は裏千家にほんとうに近いのですが、微妙にちがうところもあり、興味津々。

お正客が陶芸家で、速水家にもたくさん納品されている浅見五郎助先生。
主茶碗の高麗三島の話や速水家に伝わる歴史あるお道具のはなしなど、たくさんお話し下さって、とても興味深く勉強になります。

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これが速水流の特徴の一つ、二色の帛紗。
十二単の襲の色を参考したもので、たくさんのコンビネーションがあるようです。
これは緑と黄色で「橘襲(だったかな、、、)」。

このあたりも公家風、でしょう。

お若いですがたがわず「おっとこ前」の若宗匠、茶の湯への思いを熱く語ってくれました。

後半はお能。

大広間には能楽の衣装が飾ってあります。


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能の衣裳は唐織りといって、刺繍のように色糸を浮かせるような織物が多く、この衣裳も唐織り。

なのでお能と聞いて、私は唐織りの帯を締めて参りましたのよ、おほほ。

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お能の方の「おっとこ前」の講師の先生は、これまたほんまにおっとこ前の観世流シテ方能楽師・吉田篤史さん。
一般に敷居の高すぎる感のある能楽をもっと多くの、とくに若い世代にもってもらおうと、いろいろな活動をされておられます。


最近、お茶をやっていて、道具の銘や意匠に能楽をしらなければわからないようなものが多々あることに気づいています。
例えば西洋文学を理解するには聖書の知識が必要なように、能楽の知識もなければ日本伝統文化への理解が浅くなるような気がして、能楽も見ないとなあ、、、と思いつつ、、、あれみてると時々意識がなくなるのよねcoldsweats01


まずは息子さんの坊やが袴をつけて仕舞を一曲。
こんな小さな子供なのに、きめるべきところは決めて、大拍手。
きちんと教育、しつけをすれば小さい子でもこうなる、という見本を見せていただきました。

能楽師は基本世襲なので、将来このあどけない坊やもりっぱな能楽師として活躍するのでしょうねえ。


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次は参加者の中から数人選んで、仕舞の一続きの動作を実習。

今回は平家ものの「経正(だったと思う)」。


西海の果てに沈んだ平経正(清盛の弟、平経盛の長男、敦盛の兄)の亡霊が、剣に見立てた扇をしゅぱっと抜いたりする殺陣のような所作。
以前見た「筒井筒」のような感情を抑えた所作は、ちょっと意識がとんで〜、、、、coldsweats01、ですが、こういうのはかっこよいので、私のような素人にも受けますわ。


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さらに参加者全員で「経正」の謡のひとくさりをご指導をうけながらうたう。
聞くだけでなく、自分で発声することで謡のリズムがより身近に感じられるようになり、これはのちに帰宅後もちょっと独唱してみる。

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さらに経正の能衣裳を着付けていく課程をすべて見せていただきました。

着付けながら、平家ものと源氏ものの衣裳、意匠の違いも教えていただきこれは勉強になりました。
今年は大河が平清盛だけあって、平安神宮薪能もそれに関連した演目が多いので、見るときの参考になります。

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平家:公達なので貴族的な優美な意匠の衣裳で、面も白いもの。烏帽子は向かって左へ折れる。扇は海に没する日輪(負け組だし)
源氏:武士にふさわしく勇壮な意匠。面は日焼けしたような色。烏帽子は右へ、

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面もつけるとよみがえる経正公の亡霊。
舞いも迫力あった〜!

最後に吉田さんの熱い思いを。

能楽は第1回目の世界無形文化遺産に選ばれ、その後2回目で浄瑠璃文楽、3回目に歌舞伎、、、、と立て続けに文化遺産を輩出しており、そんな国は日本をおいて他にない。

なのに、日本に暮らす日本人ほどそういう伝統文化に無関心になってしまっている。
長い歴史を持つこのような文化を次世代に伝え継ぐためにも、ひとりでも多くの人たちの伝統文化への入り口になるような試みは続けていきたい、と。


入り口はなんでもよいのだと思います。
私のようにお茶であったり、華道、香道、和楽、、、着付けでもいい。
ひとたびそこに入り込んだら、他の日本伝統文化はずるずると芋づる式についてくるのですから。

たとえば、扇の要一つ作る職人がいなくなったら扇は作れず、扇がなければ能も、舞いもなりたたない。
反物の染めの課程のどこが廃業になっても着物は作れない。
着物がなければ、、、、なりたたない伝統芸能はたくさんありますよね。

この会にご参加の皆様はお若い方が多くて(私は平均年齢をぐっとひきあげてましたが)、そういう方達が茶道や能楽に多少でも興味をもって集まった、ということはとても頼もしく思えました。

ご参加のおひとりに、小学生の子供さんを、子供向けの文楽講座や能楽講座に参加させている、というお母さんがおられました。
その子が大人になって、たとえその道に入ることはなかったとしても、日本文化に親しみや誇りをずっと持ち続けているだろうなあ、と思うとすばらしいことだと思います。

私は子供には失敗しました。(なにせ仕事がいそがしすぎた、、、と言い訳)
なので、(まだみぬ)孫にはこんどこそ!とかたく誓いましたわ。

それより前に、近所にありながらなんとなく足がむかなかった観世会館定期公演、見に行かなくちゃ。


最後に、このような機会を与えて下さった方々に深く感謝いたします。

2011年11月 2日 (水)

観世流「井筒」上演と能のお話〜平野の家・わざ永々棟

白梅町にほど近い紅梅町、今年春にはじめておじゃました平野の家・わざ永々棟です。(永々棟のくわしいことはリンクをみてね)

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本日はこちらで観世流シテ方味方 玄(しずか)さんの初心者向け能のお話しと、彼による「井筒」を座敷能形式(衣裳はつけず、袴姿で舞う)で拝見。

(味方さんは能をもっとたくさんの方にみてもらいたい、身近にかんじてほしい、ということでさまざまなイベントや取り組みをされておられます。)

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舞台は改修された大正時代の数寄屋です。
文句なし。

そもそも能楽に興味はあったものの、そして何回か見たものの、もう一つあのスローすぎるテンポにあわず、入り口あたりでとまっているのです。
ところが茶道具の銘など、能楽の謡曲から来ているものもけっこう多く、日本絵画の題材としても能の知識がないとわからないものが多いのですよね。

一応知識、教養として最低限のことは身につけたいのですが、まずはもっと興味をもてるようにならないと、、、、というわけで、参加してみました。

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まずは待合いにてお抹茶を一服いただきます。
座敷能で面や衣裳はつけないかわりに、こちらに展示されています。
見事な唐織の衣裳に、因州池田家伝来の小面。

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こちらで出たお菓子の写真をうっかり忘れました!
老松さんの特注上生菓子で、それぞれに古筆の先生のこんな和歌が書かれた紙片が沿っていました。

  「月やあらむ 春や昔の春ならむ 我が身一つは もとの身にして」

古今集の歌ですが、伊勢物語のなかで歌われたことで有名。
そう、今日の演題の「井筒」も伊勢物語で、この歌はこの演目のキーワードともなっているので、ここからもう能は始まっているのです。

(しかもお菓子がその「月」をイメージさせるものだった!!)


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舞台になる二階はまたすばらしい眺めです。

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ほんまによう奇跡的に残ってくれたお屋敷ですね。


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この骨組みが筒井筒の井筒、すなわち井戸をあらわし、薄は時が秋であることを示し、しかもなんとなく月の存在をしめしているのだそうです。


まず味方さんに、能の歴史、井筒についての見所の解説、面のお話しなどを聞きました。

そうだったのか!といまさらながら聞いて合点することも多く、また地の声からいきなり謡の声にかわって解説をなさるところなど、まあ、すごい、虹色ボイスだわ、と感動したり、、、

さきほどの小面(大野出目家六代甫閑作)をみせてくださいましたが、なるほど目の位置がよ〜くみると右と左でちがっているのです。この微妙なゆがみが面にすごく豊かな表情を与えているのです。

同じ面なのに、少し上へむけると(テラス)喜んでいるように、下へ向けると(クモラス)と悲しんでいるようにみえるから不思議。

能面のような、、、と無表情な顔のことをいいますが、まちがっていますね。
ありとあらゆる表情を内包しているのではないでしょうか。

さて、味方さんいわく。
能の鑑賞は脳内のキャンバスに絵を描くようなもの。
舞台には実際にない月や花、目に見えぬ恋心や嫉妬、執心などを自分の想像力で彩っていくもの。

つまり受け手の感性や教養によってはじめて完成するものなのだということ。

今日の演目の井筒で月が見えたら大成功。

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そうこうするうちに夜もふけてきました。
このあと蝋燭にも火がはいって雰囲気は満点。

井筒のシテは、「昔男」といわれたかの在原業平の妻、紀有常の娘。通称筒井筒の女。

伊勢物語の有名なモチーフです。

  風吹けば 沖津白波龍田山 夜半にや 君がひとりゆくらむ

  筒井筒 井筒にかけしまろがたけ すぎにけらしな 妹みざるまに

ほんのわずかな動き、足さばきで筒井筒の女の業平への狂おしい思いをあらわします。

後の部分では業平の形見の直衣を着て狂おしく舞い、月の澄む頃、井筒にうつる業平の姿(実は彼の直衣を着た女)をみてなつかしく思う。

う〜ん、これを想像でふくらませていくのはなかなかむつかしいものだと実感。
月は見えたか?

えへへ、、、村雲のむこうにちらっと、、、くらいかな。


  ここに来て 昔ぞ返す在原の

  寺井に澄める、 月ぞさやけき 月ぞさやけき

  月やあらむ 春や昔とながめしも いつのころぞや 筒井筒

  筒井筒 井筒にかけしまろが丈

  生(お)ひにけらしな

  老ひにけらしな

初心者ですが、謡曲のリズムが意外と心地よく耳にはいってくるのは日本人のDNAのせいでしょうか。

  


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すっかり暮れて永々棟を辞する頃、今度は観世会館デビューしようかな、、、と思うわたくしでした。


<おまけ>

感動モノの永々棟、トイレの手洗い。

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これ、一枚板でできてます!

<メモ代わり>

鏡板の松(能舞台の背景には松の絵が描いてある)について

本来能楽は神に捧げる物であったため、神様の方をむいて演じられた。
春日大社の影向(ようごう)の松は神の依り代であるため、この松が鏡に映っている=鏡板の松、とするので演者は松に向かって(=観客のいる方向)演じていることをあらわしているとか。

そういえば昨年行った春日若宮御祭のお渡り式で、影向の松の前でそれぞれ芸能を披露していたっけ。
そういう意味があったのか!
また賢くなっちゃった。bleah