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2012年11月19日 (月)

弘道館月釜〜開炉・宗旦忌にちなんで

本日、11月19日は宗旦忌であります。

祖父である利休が賜死したため、時の権力にさからわぬよう、ひたすら地味に貧しく生き抜いたことから「乞食宗旦」ともよばれますが、それゆえに利休の「侘び茶」を身を以て体現した人でもあったと思います。

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弘道館の月釜の日、御所に車をとめたらあたりは黄色い絨毯がしきつめられていました。
きれいだけど、タイヤがちょっとスリップwobbly

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日ざしも影が長くなって、あと一月ほどで冬至なんだな、と実感。


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待合の障子の影も淡々と柔らかい。
このほの暗さ、ほの明るさが障子の功徳、日本建築は自然の美しさとうまく調和していて、やはりいいなあ。


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待合へご案内がきて、、


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本日は露地を通っての席入りです。

いつもの広間でまず開炉祝いの善哉をいただきます。


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珠光の禅の師であった一休禅師が、大徳寺の住職からお餅の入った小豆汁をごちそうになり「善哉此汁(よきかなこのしる)」と言ったことから善哉。

珠光は侘び茶の嚆矢ですから、そういう意味で、善哉という食べ物はお茶の世界ではとても重い物なのです。

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おお!
白い善哉!

この日のために特注の粟餅とめずらしい白い小豆でつくられた白善哉です。

ありがたや、ありがたや。


さて、ここで太田さんからクエスチョン。

善哉には食べ好いように黒文字の他に赤杉箸が添えられますが、裏千家ではこれは横から見ると長い平行四辺形。
では横から見て台形の杉箸は何流でしょう?

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正解)表千家。

ひねりすぎて藪内とか織部流とか言って間違えましたが、正解者には北野天満宮・御土居の入場券が。
残念!sad

座敷の掛け物は宗旦忌にちなんで、宗旦狐の画賛。

ただし、杖のような物をもっているので、ほんとうはお能の「釣り狐」の白蔵主ではないかと私はにらんでいるcoldsweats01

まあ、鼠の天ぷらを食べて正体を現してしまうところは同じだけれどね。

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これは10月ごろに撮った相国寺にある宗旦稲荷の写真。

宗旦に化け、本物と見分けが付かないくらい上手な点前をし、相国寺の財政難も救ったという逸話があって、いまでも親しみをこめて相国寺に祀られています。


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相国寺近くの豆腐屋の危機をある時すくった宗旦狐ですが、御礼に豆腐屋からもらった鼠の天ぷらを食べ、神通力を失い、犬に追いかけられて命を落としたとか。

そのよけいなことをした豆腐屋さんの子孫がいまでも寺町今出川あたりでまだ豆腐屋をやっているそうですよ。


もう一つの床の掛け物は狩野探幽の豪快シンプルな墨絵の火珠。
11月、京都の各神社では護摩木を焚きあげる、お火焚きがおこなわれますので、火珠はそのシンボルなんです。

(ちなみに京都では紅白のお火焚き饅頭とおこしを食するそうですが、私はおこしの方はまだ未体験です。)

生活に窮していた宗旦は、大徳寺の僧侶に字を書いてもらってはそれを売って生計を立てていたそうですが、探幽とも親交があり、その絵がいくらで売れた、という消息も残っているとか。

自分は生涯仕官をしませんでしたが、3人の息子を(長男は勘当された)それぞれ有力大名に仕官させるなど、意外とちゃっかりしてますね。
それでもだれからも憎まれなかったのは宗旦の人柄なのでしょう。


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これは濃茶席の花ですが、これとは別に広間には花器にいけられた椿と、その敷板の上にぽとんと椿のつぼみが置かれています。

これも宗旦にちなんだ宗旦椿の趣向。


ある寺の和尚さんが、寺の庭に咲いた「妙蓮寺」という銘のある椿の一枝を、小僧に持たせて宗旦のもとへ届けさせたそうです。椿の花は、とかく落ちやすいので、気をつけていたものの小僧は、途中で花を落としてしまった。

宗旦は、小僧の粗相をとがめず「今日庵」に招き入れ、利休のかたみの「園城寺」の花入に、花のない枝を投げ入れ、その下に小僧があやまって落とした椿の花を置いてともに茶を飲んだ、、という逸話。


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濃茶席の軸は吉田兼好の「神無月(太陽暦でいまごろ)云々(読めなかった、、、)」という歌。
すごいものが次々でてきますねえ、弘道館。


茶器は宗旦の小棗。

高麗刷毛目茶碗で濃茶、いただきました。


宗旦の人柄に思いを馳せつつ、帰りのよりみち、例によってとらやさんの一条菓寮。

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お火焚き饅頭ならぬ、ほかほかの虎屋饅頭をいただく。

ほっjapanesetea

2012年10月24日 (水)

弘道館〜秋の茶事2012

気がついたときには出遅れて、すでに満席、今回の秋の茶事はあきらめていたのに、日ごろのお茶への精進がおよろしいので(coldsweats01ウソ)うまくキャンセルが出てすべりこみできました、弘道館の秋の茶事。

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空も秋晴れでさわやかな1日となりました。

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日ざしも影も淡くなってきましたね。

この日の御連客は9名。
こぢんまりしたよいお席でした。

待合掛けは沢庵宗彭の画賛を松平不昧公が写した物で、馬追の絵。

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本席の掛け軸は清巌宗渭の消息。

(清巌和尚といえば「今日庵」の名のもとになった「懈怠の比丘明日を期せず」のお方です。)

大徳寺170世住持でしたが、その前に堺の南宗寺にもおられたので、「南宗寺」のサイン。
宛先は片桐石州。

石州に清巌和尚が頼まれていたものなのか、利休の茶杓の筒ができたので受け渡しの日を相談、、、云々の内容。


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日付が九月十五日。
旧暦の今頃で、それで掛けられたとか。

待合の澤庵さんも南宗寺におられましたので、それのつながり。


もう一つの床には歌舞伎役者、4世中村富十郎の筆になる栗の絵。
(彼の後妻さんは昭和の夕霧太夫)

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弘道館スタッフ手作りの懐石はとてもおいしい。
こんなに上手に自分で作れたらなあ、、、。

そとは明るい日ざしなのに、茶室の中はほの暗く、まずい写真ですが、強肴のお皿。
とぼけたおぢさんがのぞき込む一閑人のようなユニークなお皿は、多分脇山さとみさんのものだろうな。
(弘道館で個展しはったし。あ、夢風庵様の師匠でもあるし。)

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これを白いお皿の上で撮るべきでした!
透明なきれいな金色だったんですが、これではなにがなにやら、、、、coldsweats01
これ、卵の黄身の味噌漬けなんです。

風炉は侘びた板風炉、中置。


板風炉の炭出前の羽根の扱いを初めて拝見。

香合は南京瓜。もうすぐハロウィンだし。

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お菓子は栗のきんとん。

栗きんとんを作るのは老松さんだしお手の物なんですが、お店に出ているのは立派な丹波栗が原料。
ところがこの日の栗は、なんと弘道館の庭で収穫された栗を使ったのですって。

全然お店のものと遜色ありません。
いいなあ、そんな栗のなる木が庭にあるなんて。

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中立のあとの後座。

後座のお花は藤袴、リンドウ(正確な名前は失念)、それにとってもめずらしい初見の紀伊上臈ホトトギス。

黄色の花で一見茶の花のように見えますが、花の裏をみるとまぎれもなくホトトギスの仲間。

竹の花入は弘道館館主、浜崎さんのお父上の手作りとか。
すごい!

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水指が韓国のキムチの壺(種壺みたいな、、)。
これがなかなか渋かった。

私も韓国で調達した見立て道具がそろってきたので、韓国茶会したいなあ。

よいお服加減の濃茶をいただき、続き薄のお菓子はにぎやかに。


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ふきよせ。

たくさんいただきました。bleah


主茶碗の模様が、秀吉の北野大茶会の高札を淡々斎がそのまま写したもの。

ちなみに北野大茶会は旧暦10月1日(新暦11月1日)におこなわれたので、時候のもの、ということになるのです。
なかなか面白いお茶碗でした。

私は太田さんデザインのお茶碗でいただく。
内側に柿の絵。外側に紅葉。そして高台の中にツクバネという楽しいお茶碗でした。


毎度毎度書いていますが、今回も太田さんの蘊蓄、楽しく拝聴し、佳きひとときすごさせていただきました。

2012年9月11日 (火)

弘道館月釜〜重陽 菊の文人茶会

新しい年度が始まった弘道館月釜です。

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今年度から茶友が数人、あらたに月釜会員になって、ますますご盛会、なによりです。
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この価値ある建物を守るためには、やはりその価値を知って、維持企画に賛同、参加はわれわれにできる唯一のことなのよ。


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入り口におかしな福助さんのポスター。

これは弘道館もサテライト会場になる国際芸術祭(本部は近江八幡旧市街、東近江市五個荘)びわこびえんなーれ2012のポスター。

電車の中で茶会をしたり、湖上茶会もあったりでおもしろそうなイベントもりだくさん。
ご興味のある方は、上記HPをクリックしてみてね。


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重陽の節句と重なった年度初めの茶会は文人趣味の煎茶会で。

「菊の文人茶会〜煎茶ゆかりの女文人にちなんで〜」


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待合にしつらえた座敷にはいってびっくり!

墨、筆、紙が用意され、
「ここは文人になったつもりで興に任せて筆をとって、重陽にちなむ菊の絵をかく」という趣向。

お手本を描いて見せて下さった方の筆さばきに感動。
墨の濃淡だけで、あざやかな菊花が紙の上に。

この部屋には屏風があって、蘭、竹、梅が描かれており、これに私たちが描いた菊で四君子完成というもの。


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すばらしい絵心のある方もおられれば、四苦八苦されておられる方もあり。
だれに見せる、というものでもありませんのでそこは幼稚園児の絵でもよいではありませんか、とひらきなおって茱萸袋の小菊を描いてみたcoldsweats01

朱肉をなすりつけるとそれらしくみえるのが不思議。


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本席では冷煎茶点前。
といってかたくるしい作法があるわけではありません。
正客もお詰めもなく、自由な文人趣味を楽しむのが煎茶道の極意。


本日のテーマのごとく「私流」煎茶家元(?)の女性(お名前を失念しました、ゴメンナサイ)のお点前。


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昭和の初め頃の冷水器を使って冷煎茶をいれます。
これ、上の氷が溶けた水を下でうけて、小さな蛇口からとれるようにしているんです。
冷蔵庫がなかった時代の智恵ですねえ!


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瓢酌(瓢箪製)と古染付の足つき器を水指に見立てたもの。

いかにも文人趣味。

煎茶は身分にとらわれない思想がベースなので、女性も進出するチャンスがあったのです。

弘道館(塾の方)をつくった皆川淇園の時代、池大雅の妻玉蘭(文人画)や、梁川星厳の妻紅蘭(漢詩人)など女文人が輩出され、彼女らもまた自由に煎茶を楽しんだそうです。


床には江馬 細香(紅蘭と並び称された女流漢詩人、頼山陽の愛人だったという説も)6歳の時の書のお軸が。
、、、栴檀は双葉より芳しとはこのことね、私は五十路になってもこんな字書けん!


もう一つの床には文人が珍重した南画(文徴明)。


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冷煎茶は玉露の雁がね、なので煎茶としてはかなり玉露っぽい。
冷たいのに、お茶のうまみがたっぷりでていて、これぞ「葉茶!」という印象。
お茶名もこれまた菊のゆかりの「紅菊香」(先春園)。

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お菓子は当然老松さんの光琳菊の薯蕷。(菊の節句ですし)

中の餡がきれいなピンク色だったんですlovely


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部屋の室礼として、ちゃんと着せ綿した菊もありました。

(これで露をとって体をふくと不老長寿云々ですが、それは旧暦のはなしですよね。
こんな(クソ)暑いのに露がとれるとは思えない。)


今回も女文人の蘊蓄をたっぷり太田さんが語って下さいました。

煎茶をいただきながら、ちょっとだけ文房四宝を愛する女文人気分です。
(漢詩の一つも南画の一つもかけませぬが)

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今年度も美しい庭、風情ある屋敷、でさまざまな趣向のお茶会が楽しめそうでわくわくです。

2012年5月23日 (水)

弘道館月釜〜花寄茶会

今期最後の弘道館月釜です。

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毎回同じショットですが、並べてみると季節の移ろいがわかります。

今は緑の美しさを愛でる季節ですね。

今回のテーマは「花寄」。

亀岡にある茶寮(ホテル、宴会、茶事・茶会、レストランなどなど複合施設になってます)、田中源太郎翁旧邸楽々荘のご主人、中田智之さんによる茶花を楽しむ趣向。

*楽々荘については、その建築にも興味があり、いずれ訪れるつもりですが、その歴史や山陰線(現トロッコ電車)を作った田中源太郎翁についてはリンクしたHPにゆだねます。

待合掛は益田鈍翁の「茶狂」。
まさしく彼のひととなりを、ひとことで表していますね、うぷぷぷ、、、coldsweats01

ここにもキスゲなどがいかにも「野にあるように」投げ入れてありました。

本席では中田氏によるなげいれデモンストレーション。

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楽々荘の花も、祗園にあるお店にもすべての花を彼はいけられるそうです。
しかも、ご自分で野で摘まれてきた花で。

道端や河原の野の花を摘んで茶室にいける、、、う〜ん、憧れますね〜。
たとえ道端で花をみつけても、なかなか実践できません。

しかも花器の数も半端じゃないでしょうに。

床の軸は和漢朗詠集の躑躅の歌。
亀岡の市花が躑躅、ということにちなんで中田さんが選ばれたもの。
(そういえば私の亀岡の友人の住所はつつじヶ丘だったような、、、、coldsweats01


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季節の花寄。
花器も中田さん御所持の逸物ぞろいです。

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部屋の隅にこの花が一つあるだけで、空間がしまる。
野の花にさえ、そういう力がある、不思議です。

いや、和室や茶花をいれる花器には、むしろ野の花こそにつかわしい。

華やかなフラワーアレンジメントでなく、こういうミニマムで空間をひきしめることに美を感じるのは、やはり日本人なればこそ、と思います。


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中田さんは「私はだれに生け花を習ったわけではなく、ただお茶が好きでそのために必要な茶花を思うままいけているだけです。」
と、おっしゃる。
確かに、なにげなく投げ入れられているように見えますが、なかなかこういう風情は私にはだせません。
むつかしいと思います。


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(これは三寸アヤメという矮性菖蒲。)

たしかにデモンストレーションを拝見しても、さっと特に細工もなく、ご自分で摘んできた花を入れられます。

先日野村美術館の講座で聞いた未生流笹岡家元のお話しを思い出しました。

たった9枚の杜若の葉を組むのに、100枚の葉を用意するそうです。
これは投げ入れとは対極にあるようでおもしろい。

同じ花材を使ったとき、この両極はどのように違った花を見せてくれるのか、一度みてみたいもの。

それでも茶花はやはり投げ入れだと思います。

華道の花はそれ自体が作品なので、それだけで完結しますが、茶花はあくまで茶室にあって、茶室の雰囲気をひきたてるものですから。

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そういえば楽茶碗はそれだけで見ると、物足りない(光悦の茶碗などに比べると)ような気がするときもあるのですが、茶室で、練られた濃茶とともに掌にのせたときに、その力を発揮するのではないかと、思ったことがあります。

まあ、いずれにせよ、そんなふうに茶室に花をいれられるようになるためには、実践、実践、、、ですね。(汗)

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今回は初めて弘道館のお二階でお茶をいただく。

お菓子も花寄。

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私の選んだこれはなんの花だろ???
(つくね芋の餡がおいし〜)
(さりげなく季節の懐紙をアピール←池坊仕様)


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立礼に和箪笥を使うなんて、さすが大田さん!


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小振りでかわいいお茶碗は鯉のぼり。

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この蓋置+茶杓にも笑いましたわ。
パリのノミの市かなんかで買ったエッグスタンドですのよ。
気軽なお茶会ではこういう見立てはとても楽しいです。

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玄関に、花をいれる中田さんのお写真。
またこの一隅にある花が構図をばっちり決めていますでしょ?
(なんの花なのかわからんところが、、、、coldsweats01

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帰途は御所を通り抜けて。
こんなかわいいサクランボをみつけました。

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週末のみ公開の拾翠亭、残念ながら茶会で入れませんでしたbearing

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どうです?このしたたる「緑陰」。

まことに美しい季節ですなあ。

2012年4月 8日 (日)

弘道館春の茶事2012

<本題に入ります前に>

本日の桜。

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野村碧雲荘のお向かい、清流亭。
枝垂れはいまだし。

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こちらは見頃。

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インクライン。
ちょっと早い。

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高野川。
これも少し早いなあ〜。

    *     *     *

(本題スタート)

月釜で毎月おじゃましている弘道館ですが、昨年の秋に引き続き本格的な茶事に参席してきました。

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弘道館のある御所西あたり、いつも思うのですが弘道館の入り口はめだたないなあ、、、と。
で、どこが入り口かわかりますか?

左右を背の高い建物に囲まれて、とおりすぎて初めて、あら、こんなところに、、、という感じです。
奥にこんなすてきなお屋敷と庭があるなんて、しらなければちょっと想像しにくい。
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この江戸後期から大正年間に建てられた弘道館の建物も、あやうくマンションになるところだったんです。

さて、この日の御連客は10名、皆様流派はちがっても茶道のたしなみの深い方ばかりでしたので、とても勉強になり、気持ちよく楽しめました。

待合の軸は元禄の頃の花見図でしょうか。
蒔絵の野遊び弁当箱とともに。

さあ、これから花見の宴です。

待合ででた汲み出しには、底にぽっと桜をおもいおこさせるピンク色が。
何かと思うと、これが桜でんぶなんですねえ。
最初から期待にわくわく。

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腰掛け待合いにて。

この時晴れたり曇ったりの空模様、ついに雨がさ〜っと降ってきました。

そこでさっと出てくる雨笠!

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これこれ。

最近やっとこれを片手で上手にかかげるコツをマスターしました。
自分の笠を片手でもって、前の客が蹲居を使うとき、反対の手で持ってあげて、さしかけるのです。

これもまた風情がありますね。

本席では、床に三条西実隆の歌の古筆。
春の歌らしいが、またしても全然読めまへん!
実隆さんは連歌・書道・有職故実など和漢の学に通じ、利休の師匠、武野紹鷗に歌や茶道を指導したお人。

もう一つの書院には端午の節句飾りと、桜の下につないだ駒の絵。狩野永徳。

昔は宴会や闘茶の景品の一番上等は馬だったそうです。
これもその景品だったのかも。

「咲いた桜になぜ駒留める 駒が勇めば花が散る」なんて端唄の節が思い浮かぶわ。

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釜は透木、炉縁は花筏。


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茶室の中は薄暗いので(昔はこんなだったはず)写真が全然だめですが、四角い折敷の代わりに丸盆なのが、春らしくていいです。

懐石はすべて弘道館スタッフの手作り。

向付が鯛。

汁の中にはなんと! 土筆が!

まあ、おいしい、、というものではありませんが、この季節にのみ味わえる春の味覚ですものね。
ありがたくうれしく頂戴いたしました。
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小吸い物にも桜の花の塩漬け。
さらに感激したのが八寸の海の物の海老。

ただの海老ぢゃありません。
なかにジャムのようなものが挟まれていて、口の中に広がる風味で桜のジャムと知られるのです。

今回、わざわざ車で来なかったので、千鳥の盃、思う存分coldsweats01御酒をいただきました〜。

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懐石の最後の主菓子は、桜帛紗包み。

そこはそれ、老松さんですから、お菓子はお手の物。
中味は桜餡とやわらかい求肥。

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中立の後の後座、花はバイモと山吹のつぼみ。
山吹は桜の後にくるものとして。

花器は竹の二重切、明治の実業家にして陶芸家、「東の魯山人、西の半泥子」とうたわれたかの川喜田 半泥子。
銘は「不動」。

棚は吉野棚。(今日は常照寺の吉野太夫花供養でしたね)
吉野太夫が好んだ茶室、遺芳庵の大丸窓(通称吉野窓)を写した物。

水指は蓮月焼。(太田垣蓮月尼)
釘彫りの歌は読めませんが、茶碗だけでなく、こういう大きな物も作っていたのね。

主茶碗は青井戸。
ラーメンがすすれそうなくらい大ぶりで、とにかく渋い。

茶杓は土岐二三の作った、すごく細くて暗い茶色でつやつやとした、これは文句なく美しかった。
作った時よりも、たくさんの手を経て何回も拭かれてはじめて、より美しくなったのだろうと思う。
銘は「西行」。

ちなみに土岐二三は江戸初期の茶人で(今月の「淡交」にその名前発見)なんと岡崎村(今の我が住む岡崎よ)に隠棲してたんですって。一気に身近に感じますわ。

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続き薄ででてきた煙草盆は、これ。
ラオスの竹細工なんですって。
いつもこちらの道具の見立てにはおそれいります。


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お干菓子。
すはまと麩の焼き。

お茶碗は10名それぞれに桜にちなんだお茶碗がいっぱいでてきました。

桜の具象もあれば、私がいただいた茶碗のように灰釉の茶碗に一筋桜色の線が入った、というような抽象的なものまで、想像力で遊ばせてもらいました。

お茶事が果てたあとに、特別サービス。
なんと今年の初物、老松さんの夏柑糖が。


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野村得庵のコレクションだったバカラのガラス器にて。

今の日本には夏蜜柑の栽培農家は数えるほどしかなく、その貴重な貴重な栽培農家との契約で作られた、夏蜜柑を使った寒天のお菓子。
これからの季節限定商品なんです。

いや、ここで食べられるとは思わなかった、感激。
桜づくしで楽しかった茶事もこれにて終了です。


帰り道は、本物の桜も愛でつつ。


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(岡崎疏水)

2012年3月21日 (水)

弘道館月釜〜五種の菓子の茶

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弘道館の月釜も今年度はこれでお仕舞いです。(あ、もちろん来年度も速攻申し込みましたが、、、coldsweats01


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毎回見ていたはずなのに、今回初めて気づいた!
玄関庭の灯籠は菊桐紋様だったんだ。
しかもきれいに苔むしてlovely


さて、3月の月釜は「五種の菓子の茶」。

今でこそ茶会のお菓子はおいしく上品な上生菓子がいただけるわけですが、それも砂糖がふんだんに使えるようになった江戸中期以降のこと。

利休さんの時代にはお菓子は手作りの素朴な物で、柿や栗、麩の焼きなどであったことはご周知のとおり。

会記としては一番古い歴史のある松屋会記に記された菓子は、、、

柿、焼き栗、銀杏、金柑、棗、茅の実、クワイ、小芋、山芋、蓮の実、昆布、海苔、麩、椎茸、、、

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ところでお菓子の数は四ヵ伝で三種、行のお点前では五種、真では七種ですよね。

お稽古で五種や七種でるともう、口の中が甘甘で、はやくお茶もってこい!って気持ちになるのですが、実はその一つ一つの大きさに問題があったわけで、、、。


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これは今回のテーマ、大徳寺縁高に盛られた五種の菓子。
伝統的な五種盛だそうです。

一つ一つが小さくて、しかも甘い物ばかりでなく蒟蒻、椎茸がはいっているのです。
これなら五種でも楽勝。
そうか、そうだったのか。
これが本来の五種盛だったのね。

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薯蕷は五種の中に必ず入れる物だそうです。
お隣は金柑の甘煮。

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もう一つ、入れる約束が羊羹だそうで、これは小豆、柚子、肉桂の3色羊羹です。

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甘辛く炊いた蒟蒻と椎茸。
意外とこれがお茶に合うのです。
目からウロコ。


かつて武士=肉体労働者だったので、塩分のあるものが必要だったのではないか、という説もあるらしいです。(真偽のほどはしりませんが)


老松の太田さんは午前中大阪の方へお仕事だったようで、いつもの語りが聞けず残念でしたが、今回のお点前は太田さんをして「私を抜いた!」と言わしめた、天才肌の職人、老松の副社長さんでした。


床は幕末の頃の絵で、たくさんの猩々が浜辺で花見しながら宴会をしている様子を描いた物。
そうでなくても赤い髪、そうでなくてもお酒好き、、、の猩々の酒盛りって考えただけでも賑やかで楽しそう〜。

もう一つの床には芥川龍之介の「乳垂るる 妻となりつも 草の餅」。
う〜、、、、私も垂れとるが、、、、(あ、想像しないでね)


主茶碗が蓮月焼きだったのですが、茶碗に釘彫りされた蓮月の歌が、実は私が持っている蓮月の茶碗と同じだった!

「ひがしやま 春まつころの あさぼらけ かすみにひびく 鐘の音かな」

蓮月さんはひところ岡崎村に住んで、たくさんの蓮月焼き茶碗を作陶したとのこと。
わが家のある岡崎にちなんで購入したのです。

しかし、実は蓮月焼きほど偽物が多い茶碗はないといいます。
実際、自分の茶碗が本物かどうか全然わかりません。

でも、蓮月さんは有名になるにつれて、偽物でもそれが売れて作った人の日々の暮らしのたしになるならそれでよい、と思ったばかりか、偽物に直筆の釘彫りで歌をかいたりしたといいますから、こうなるとどこまでが本物で、どこまでが偽物やら。


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弘道館では旧暦のお雛様。
今回もたくさん勉強して帰りました。

あ、帰りにも一つ寄ったところ。

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弘道館月釜のあと恒例となりつつある、虎屋菓寮一条店。
いつも甘いお菓子ではなくて(これは弘道館で堪能してますし)、これ。
お赤飯セットどす。
むしやしないに調度よいのです。

2012年2月23日 (木)

弘道館月釜〜梅花茶会

今月の弘道館の月釜は「梅花茶会」。

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例の如く御所の駐車場に車をつっこめば、この日はまだ消え残りの雪があちこち残る、風情のある一日でした。

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弘道館の露地もこのように。

風情はあるのですが、積雪は苔にはどうなんでしょう。
いためそうです。

実はこの大雪が降った夜の、その日の朝のこと。
わが家の露地の苔がダメになった部分を庭師さんが張り替えてくれたところだったのです。
ちょっと心配bearing

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さて、この日の梅花茶会は天神さんにちなむ趣向でありました。

待合には菅原道真の肖像画。

本席では天神さんが臥牛にまたがっている絵と、淡々斎の「誰云春色従東到」+梅の絵。

天神信仰と牛は切っても切れないようで、北野天満宮にもたくさんの臥牛像がありますが、なぜ牛なのか今ひとつ根拠がはっきりしないようです。(天神さんは丑年だったとか、太宰府に流されるとき牛が泣いて見送ったとか、いろいろ)

誰が云う春色東より到るとは、、、は和漢朗詠集。道真の孫、菅原文時の漢詩。
露暖かにして南枝花始めて開く、、と続きます。

天神さんの飛び梅は確かに東から太宰府に飛んできたのでしたよね。

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古来、日本人は梅を愛すること深く、万葉集のなかで歌われた花は1位の萩についで2位とか。

またかつて禁裏の左近の花は桜ではなく梅だったそうです。
桜に地位をうばわれたとは言え、それでも百花の魁、梅は格別な思いで愛される花であることにかわりはありません。

さて、この日の席の一番の花!といえばこの方。


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天神さんにもゆかりの深い上七軒の芸妓さんの尚鈴さん。

この方が花ゆえ、この席には花をいけられなかったとか。
ほんにほんに、あでやかな、、、、

つい最近淡交社の出した雑誌、京の茶の湯の表紙をかざり、文中にもでてきはった芸妓さんなんです。

まもなく北野天満宮でおこなわれる梅花祭(25日)に呈茶をされるのが上七軒の舞妓さん、芸妓さん。
だから彼女たちはひととおりのお点前はできるのですが、ひとりで茶事をひらけるくらいの力量のある芸妓さんはこの尚鈴さんだけだそうです。


しかもワインソムリエの資格もお持ちで、フィギュアスケートも、、、となんと多彩な方なんでしょう。

芸妓さんのおひきずり(おはしょりをせず着物の裾をひきずる)の衣裳で流麗なお点前をされました。
あの裾捌き、お見事!
われわれでは、普通の着物の時ですら、あれをたおしたり、これをけとばしたり、、、、しがちですのにねえcoldsweats01
鍛錬の仕方がちがいますわ。


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尚鈴さんをイメージしたきんとん。
中の餡が若草色。
もちろん老松・製。

白塗りに唇にさした紅のいろ、、、でしょうか。

一席終わったあと、彼女をかこんでしばし歓談。
芸妓としてのお稽古事や、お座敷や色々忙しいでしょうに、たくさんのことに興味を持って、勉強しようとする姿勢がすてきです。
梅花祭は仕事の日ゆえ、いけませんが、春の上七軒・北野おどり、尚鈴さん見にいかなくちゃ!

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煙草盆。
レオナルド・フジタの絵をモチーフに、刻み煙草ならぬフランス煙草、ゴロワースの遊び心。


他に茶杓が太宰府の飛び梅から作られたもの。
主茶碗、又妙斎手づくねの楽茶碗「飛梅」。
風炉先、北野天満宮古材。
棗、螺鈿張りで蓋裏に上七軒のシンボル、五つ団子の提灯の蒔絵。

上七軒は京の花街では実は歴史が一番古いそうで、団子マークを使えるのはここと祗園だけだそうです。

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これはなんの箱なのかわからないのですが、上七軒の芸妓さんの組合が買った物のようで、数茶碗かもしれません。
たくさん梅にちなんだお茶碗がでてきましたもの。

ちなみに私のは(多分)長楽さんの梅柄の赤楽でした。


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今回も楽しませてもらったあと、帰り道にふと見た中立売御門の向こうの雪大文字。
ほんまに京都はええとこや〜。happy02

2012年1月23日 (月)

弘道館月釜〜有斐斎初点式

雨上がりの御所。

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いつもはここから見える東山ももやで見えません。

例によってここに車をつっこんで、弘道館月釜へ。(どなたでも会員になれます)


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今年初めて、弘道館初点です。


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玄関には餅花が。

待合いの軸は藤原為家(定家の息子)の手になる文屋康秀の歌。


   春の日の光にあたる我なれど 頭の雪となるぞわびしき

(二条の后藤原高子が「春宮の御息所」と呼ばれていた頃、康秀を御前に召し、「日は照りながら雪の頭(かしら)に降りかかりける」という題で詠むよう命じたのに即興で答えた歌)

例によって(暗さもあって)全然よめませ〜ん。

春の日のようにはれがましくも御前にいる私ですが、頭に白髪が増えて年老いたのがわびしいかぎりです、、、、といった歌でしょう。
本席の趣向が慶応2年、玄々斎が禁裏にて御献茶および様々な品々を拝領したこと、がテーマなので、白髪云々は別としてはれがましい禁中にまかりこした玄々斎の気持ちを暗示しているのかもしれません。

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この慶長2年の献茶こそが、宮中のおせち料理のひとつであった菱花平餅(今の花びら餅)を賜り、これを裏千家初釜で使うことを許された、という記念すべき原点だったのです。

今日庵の文書のこの日の記録の最後に

「御菱花平余慶ニ付御福分候也」

御所にて拝領した花びら餅をもちかえり、裏千家の初釜に使って「福を分け」たそうな。

今ではあたりまえにわれわれもお正月に食していますが、ありがたいことですね。


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本席では幕末(弘道館の皆川淇園が生きた時代)の小笠原流の流儀にのっとり、まずは梅の砂糖漬けをあてとして、おささがふるまわれ、この花びら餅。

弘道館スタッフの手作りと思われますが、家元の初釜で使われる「川端道喜タイプ」。
つまり中の白餡がじゅるじゅる。


懐紙を袋状にして包んで食べろ、という意味がわかりました。
頭から食べていると、お尻の方から餡がとろとろこぼれてくるんです。
でもおいしかった〜!happy02


お道具の主人公はその玄々斎の箱書き付きの爪紅及台子。

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軸は鏡餅の絵。
花はさきごろ活け花の未生流笹岡の家元を継いだ笹岡隆甫氏がいけた松。

この花器は唐金みたいでしたが、立ち葵の紋が入っていました。
もともと本多家の紋らしいですが、玄々斎はもとはといえば三河松平郷大給奥殿藩の御曹司、葵の御紋と無関係ではありません。


まあ、あと細かいお道具は忘れましたが、いつもは半東をされる老松(太田)さんが袴をはいて濃茶のお亭主をされたのが印象的でした。

毎回の趣向がおもしろく、いろいろ勉強させてもらえます。
淇園が生きた時代の研究も色々スタッフの方がされているので、また面白い講座もあります。
ご興味のある方は是非。
(マンションになりかけた)弘道館維持のためにもささやかなる協力もしたいですし。

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2011年12月20日 (火)

松浦の太鼓〜弘道館月釜

古川町市場にて迎春の風景を。

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結び柳。
(茶人の家では正月にこれを床の上から下までたらして飾る)

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そして棒鱈。
京都人のお正月に欠かせない棒鱈と海老芋の「いもぼう」。
(私はいまいち、、、coldsweats01

さて、そんな慌ただしい中、弘道館の月釜へ。(会員ですの)

いつも御所の駐車場に車をとめているのですが、この日は隣国の大統領がおこしとのことで、駐車場の入り口で免許の提示を求められました。(こんなおばさん、みただけで、テロリストでも右翼でもないってわかるやろ!pout

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弘道館の月釜は毎回テーマがあって、それをさがすのが、また博覧強記の席主、太田さん(有職菓子御調進所老松さん)の蘊蓄をあれこれ聞くのがとても楽しい。


12月のテーマは「松浦の太鼓」、忠臣蔵をめぐる歌舞伎の演目です。

なので入り口にはこんな槍と「討入」の文字が。


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おおまかな歌舞伎のストーリーは、、、

子葉という俳号まで持つ、赤穂浪士きっての俳人であった大高源吾(享年31)が笹売りに身をやつしているところに行き会った俳句の師匠、宝井其角は上の句を「年の瀬や 水の流れと 人の身は」と読みます。

これに答えて源吾は「明日待たるゝ その宝船」と詠みます。
其角はこの句の意味を測りかねるのですが、同じく其角の俳句の弟子であった風流大名、松浦候はそれを聞いて、これはまさしく明日こそ討ち入りじゃ、と解釈するのです。

松浦候(モデルは平戸藩主松浦鎮信とか)は実は吉良上野介の屋敷のとなりに屋敷をかまえていて、なかなか大石内藏助が討ち入りをしないことに業をにやしていたのです。

まさしくその夜半、突然ひびく陣太鼓に松浦候、指をたてて数をかぞえ、「三丁陸六つ、一鼓六足、天地人の乱拍子、この山鹿流の妙伝を心得ている者は、上杉の千坂兵部と、今一人は赤穂の大石、そしてこの松浦じゃ」と大喜び。

本懐をとげ、松浦屋敷へやってきた源吾は句の隠した意味をわかってくれたことを喜び、松浦候は「忠義に厚き者どもよ。浅野殿はよいご家来を持たれたものよのう」と感激するのでした、、、、


と、まあこういうお話し。

その松浦鎮信の数代後世の子孫、松浦静山(「甲子夜話」の作者で明治天皇の曾祖父になる)は弘道館をひらいた皆川淇園とよくつるんで遊んでいたとか。

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待合いには大石内藏助の消息。

本席:

花器は桂籠。(吉良上野介の首級を奪われないために、首に似せてこの桂籠を槍の先にくくりつけた)
花は四十七士への手向けの菊。

床は大高源吾の消息(内容不明)

この方、ほんとうにすぐれた俳人だったようで、武士としての生き様を選んだのは惜しいことかもしれません。

本懐をとげたあと、泉岳寺にて
    「山を抜く 刀も折れて 松の雪」

辞世   「梅で呑む茶屋もあるべし死出の山」

師匠の其角、源吾切腹の知らせをうけて 「うぐいすに此芥子酢はなみだかな」

また彼は茶道も山田宗偏を師匠としており、討ち入りの夜の吉良邸の半東は宗偏。
本懐をとげるために師匠を利用したことをわびる手紙があるそうです。

香合は大石神社の陣太鼓の形の土鈴。

炉縁の蒔絵は細川家の九曜紋。(大石内藏助は討ち入り後、細川家のお預かりとなった)

正客のお茶碗が松浦家伝来の茶碗。(何焼なのかは不明。唐津っぽい?)

真塗り小棗は宗旦。(吉良上野介は宗旦の教えを受けていた。山田宗偏もね)


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お菓子は食籠に入ったあつあつの薯蕷。
これも陣太鼓。

あとも茶杓の伝来とかいろいろお話しあったのですが、まわりがざわつくので全部はとらえきれず。
討ち入りを陣太鼓で知った大名が(松浦候?)それを聞きながら削った茶杓とか?真偽はわからないそうで。

確かにすごいお道具もでるのですが、ここではそれをありがたがるより、テーマにそったものを見て「なるほど〜」と合点するのが楽しいです。
太田さんのお話を聞きに来ているようなもの。(大高源吾の孫が池田屋事件で勤王方として落命した、、、なんて蘊蓄も聞けますのよ。)


そうか、こんな道具のとりあわせで遊べるのか、と感心することも多くて。

おもしろかったのは、お正客が上野介の旧領地(多分三河)出身で、大の吉良びいき。
歌舞伎の仮名手本忠臣蔵ですっかり悪役になってしまったことに憤慨しておられました。
実際主君としては名君だったらしいです。
しかも風流大名で、茶道も宗旦にまなんだあと、卜一(「上」の字をばらした)流という流派の家元だったんですって。

そうして考えてみると、辛抱ができずにキレちゃって、家臣を路頭にまよわせた浅野内匠頭が一番アカンかったんではないかと思えるわね。


今回も弘道館・月釜、堪能いたしました。happy01


2011年10月15日 (土)

弘道館・秋の茶事

KBS京都の藤袴プロジェクトはまだ続いているようです。

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野生種の藤袴。
園芸種にくらべるとぐっとワイルド。
昔、京の都ではどこででも見られたそうですが、今や絶滅危惧種なんだそうです。

さて、ここを西に入ると、最近ちょこちょこお邪魔している弘道館

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江戸時代の儒学者・皆川淇園の学問所=弘道館址付近に建てられた江戸後期〜大正時代のお屋敷です。
あやうくマンションになるところを上七軒の有職菓子御調進所 ・老松さんがレスキューされ、建築家や歴史研究者など、京都市もちょびっとかんで維持保存、、、、だけでなく現代の(主に茶の湯文化)学問所にしようという試み。

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この日は年に秋と春、2回おこなわれている弘道館のお茶事に参加しました。


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秋なので、こんな葡萄の付下げで。
(帰りが大雨で泣きましたが、、、)


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正直どれほど本格的なんかな〜と思っていたのですが、もう思った以上のすごさでびっくり。
千鳥の盃も、後炭も省略なし。
しかも懐石がどこかの料亭の出張?と思ったくらいおいしかったのに、なんと若いスタッフさんたちの手作りとは!


出てくる道具も、え?これふつう美術館にあるよね?、、、なものばかりで。

待合いからいきなり定家の古今集切(崇徳院の秋の歌だったような、、、←全然読めない)。
(これも古今伝授をうけていた細川幽斎にちなんだものとか)

腰掛け待合いはあの広いお庭の一画に最近新しくつくらはった本格的な物。

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雨がぱらついてきたので、露地下駄に笠まででてくるんですよ〜happy02

初座の軸が細川三斎の消息。
中にでてくる「白菊」の文字は、細川家と伊達家が入手をあらそったという伽羅の名前。
(この逸話をもとに森鴎外は『興津弥五右衛門の遺書』を書いたとか)

なんだか細川家がよくでてくるなあ、、、と思っていたら、亭主の老松のご主人によると、三斎の姉がご先祖様に嫁入りされていたんだとか。
まあ、びっくり!
前日行った細川家の至宝展といい、なんだか三斎に縁があるわ。


ご亭主はほんとうによくいろいろなことをご存じで、お話しをうかがうのが楽しかったです。
茶事にいったのに講義まで受けて、得した気分。

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雨ゆえに室内が暗くて、こんな写真しかありませんが、これは進肴(しいざかな)の吹き寄せ。
これがすばらしい。
銀杏、ムカゴ、栗、松葉はゴボウ、イチョウや紅葉の葉っぱは芋。
季節にぴったりですね。(しかもおいしい!)

向付はヒラメのお造りに菊花+泡雪をかけて、「着綿」を表現。

道具組だけでなく、料理でもこんなふうにテーマを表せたら楽しいだろうなあ。
まあ、点心を外注しているようではまだまだその域には到達しそうもありませんが。coldsweats01
でも懐石も自分で作ってみようかな〜という意欲は(ほんの)ちょびっとわいてきますね、こんな懐石をいただいたら。

まあ、千鳥の盃はせんだろう、、、とたかをくくって予習せずにいったら、きちんとされるんですよ。
おかげで全然できなかったcoldsweats02
ちゃんと勉強しなおそう。


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主菓子は(もちろん)老松製「栗きんとん」。
あれだけお腹いっぱいになったのに、これは別腹。

中立のあとは濃茶+後炭+薄茶。

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釜が車軸釜。
鐶付が鯉で前面に滝の絵が。鯉の滝登りですね。
しかも中置の風炉が板風炉。
炭点前が切り掛け風炉に似ている?


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まあ、あとは宗旦在判の小棗茶入だの、三斎の削った茶杓だの、刷毛目大高麗茶碗だの、鉄斎だの、濱田庄司のだの、、、、もうすごいことになってました。

これを手にとって拝見したり、それでお茶をいただけるのですから、すごいです。
老松さん、古いお家柄でたくさん伝来品をおもちなんでしょうが、それをこうして出していただけるなんて、太っ腹!

それにしても茶事というのはする方にとっても、客にとっても様々な楽しみ方があって、奥が深いものだなあ、という感を新たにしましたね。
そうだ、もっと茶事をするんだ!がんばるぞ!(身の丈にあった道具で)
happy02

と、大雨にもかかわらず、なぜかハイになって、弘道館を辞したのでありました。


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2011年9月17日 (土)

弘道館〜茶席菓子展「京菓子から歴史を考える〜若冲〜」

いちどお邪魔してすっかり魅了された洛中のお屋敷があります。

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KBS京都の北を西に入ったところ、上菓子の老舗、老松さんが保存・維持してはる大きなお屋敷、弘道館です。

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長い玄関先のろうじを振り返ったところ。

その建物だけでなく、こちらでは、ギャラリーの他、和菓子のみならず日本の伝統文化に関連したイベントや、講演会をたくさんやってはって、なかなか楽しいのです。
そうそう、月釜や、茶事などもあるんですよ。

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19日までのイベントは、「京菓子から歴史を考える〜若冲〜」。


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お、玄関脇のこのなんとも不思議でとぼけたオブジェは、、、夢風庵様の陶芸のお師匠さん、脇山さとみさんの作品では。
昨年5月こちらで作品展があり、その時見たような、、、)


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入り口をもひとつはいるとこちらが有斐閣・弘道館です。
建物は大正年間に建てられた物。


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全室庭に面するという贅沢な造りで、障子を開けはなつと、すばらしく開放的な空間になります。


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さて、この開放的なお座敷に展示してあるのは老松の若い菓子職人のみなさんが、若冲の絵によってインスパイアされた創作菓子の数々。

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お菓子をみて、ああ、あの絵だな、とニヤリとする物や、一緒に展示されている若冲の絵と比べてなるほど、と思う物まで様々な力作がならびます。

そのうちのいくつかをご紹介しましょう。(小さく添えられているのが若冲のオリジナルの写真です)

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「菖蒲と蜥蜴」。和三盆と生砂糖製。これはこのままお茶菓子に使えそう。


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「南天雄鶏図」。寒天製。3Dです。


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左下は「百犬図」。こなし、またはねりきり製でしょうか。

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「菊花図」。
若冲の墨絵を生砂糖(?)で。
一見、あら器も飾ってるわ、と思いましたがよく見ると、このお皿、お菓子です。びっくり!


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これが一番よくできているかな、と思った作品。
若冲と言えば、すぐに出てくる「群鶏図」、それをこういうメタファーできたか!

☆参考


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さらにサプライズはこちら。


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そう、あの若冲の「鳥獣花木図屏風」の有名な白象!
あれは方眼の目の中に彩色してありましたが、こちらは、、、、


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一つ一つが老松さんの看板菓子、「御所車」ではありませんか!
いやあ、これには感服いたしました。


そしてさらなるお楽しみは、日替わりのミニお茶会なんです。

薄茶席だけでなく、薔薇の茶会なんて魅力的な名前の茶会から、こども茶会、珈琲茶会など。
この日は中国茶会でした。

しかも私とあとお一方だけ、という贅沢な。

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七畳のお茶室にて。

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薫り高い台湾の烏龍茶。
(けっしてサ○トリーの烏龍茶といっしょにしてはいけませんよ。本物の烏龍茶とは全くの別物です!)

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聞香杯で香りを楽しみながら。


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お菓子はお亭主手作り。(なんたって本職ですから)

もう一種のお茶は浙江省の西湖龍井茶(しーふーろんじんちゃ)。西湖の周辺でとれるお茶だけがこの名前を使えるのだそうです。

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こちらは微発酵の緑茶ですので、なじみのある日本の上等な煎茶のような味です。

ちなみにこのお茶は四絶、つまり色、香り、茶葉の形、味が絶品なんだそうですよ。


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おわりに烏龍茶の茶葉を少しわけていただきました。
おうちで、透明なポットに入れて、その丸まった葉が開く様もあわせて楽しもうと思います。

もうひとつのお土産。


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老松さんの季節の上生菓子のカタログ代わりに、和菓子トランプ〜!