フォトアルバム
Powered by Six Apart

お茶と着物3 Feed

2012年9月26日 (水)

峯風庵で懐石料理教室〜富田林じない町

こちらは天王寺から近鉄で25分、富田林の駅をおりて歩けばすぐにタイムスリップできるじない(寺内)町

P1000341
奈良・橿原市の江戸の町今井町には規模的に少しおくれるものの、こちらもなかなかすばらしい街並みが残っています。

こんな楽しい♪町のご紹介はまた後日、今回はこのじない町にある築140年以上の町家で、茶事・茶会のサロンである峯風庵さんへ、茶懐石料理教室のおはなしを。

P1000365

庵主さんは、茶道を探求し、人間力開発プログラムとしての茶道の普及に努めることをライフワークとしている、と言い切られる方。
お茶への思いのその強さ、深さに圧倒されます。

じない町のみならず、千里や塚口などにもでかけて茶事、茶会、懐石料理教室などをされるなど、すごいバイタリティをもつ魅力的な方なんです。

実は昨年末、某所にて初めてお目にかかりまして、お話しをうかがい、「懐石料理教室、是非いきます!」、、、と言ったものの、ここまでくるのに4分の3年もかかっちゃった。


P1000372

じない町の古い街並みをすぎてたどりついた峯風庵と庵主さんは、見てすぐに入居を決めたという運命的なめぐりあいだったとか。


P1000374

こちらはメインのお茶室。
囲炉裏の炉に、江戸時代の古い屋敷の重厚な表戸を天板にしたテーブル。
正座しなくてよい、足にやさしい茶室です。

P1000380

こんな垂涎の階段箪笥もあるんですよ〜lovely


P1000398

欄間も江戸時代のもの?

漆喰の壁も江戸時代からの生活の空気を吸ってくすんでいます。渋い!

P1000396

坪庭もあって、厠は本来戸外だったもよう。
トイレは設備もとってもレトロでした。


さてさて、本日の懐石の献立は、少し季節を早めにさきどりした10月、名残の茶事の懐石です。

最初に庵主さんから簡単な献立の説明を聞いてすぐに実習。

細かい役割分担を決めてはいないのに、自分から用事をみつけては、さっさとてきぱきと、ぶつかることなく7名がスムーズに動く様は、さすがにみなさん、ベテランのお茶人さん!と感動いたしました。

P1000375

私と言えば、一応主婦歴も長いので、まあ、それなにり料理はできますが、実は基本的な事がわかっていなかったことに気づいたりして、、、、
人生死ぬまで勉強ですわ。
でも、小器用なのでcoldsweats01、悪目立ちせず、さりげに無難にがんばったかしら。


P1000378

庵主さんは、主菓子も含め10種類の献立同時進行を、あっちへいって指導、こっちへきて注意、、、とこれぞ八面六臂。
どこにあんな体力気力バイタリティがあるのでしょうcoldsweats02

P1000379
これは実際の茶事・懐石の配膳に便利そうな棚。

こういうのがあれば、空間を上手に使えそうですね。


約1時間半、さあ!ついに完成!


ではご紹介しましょう。
ヨダレをたらしながら見てくださいhappy02

P1000385


飯・汁(さつま芋)・向付。

向付はしめ鯖のおろし和え。おろしは葡萄の粗みじん、わさびなどで味付け

普通茶懐石に、背の青い魚は使わないのですが、名残の時期に限って格を落とす、という意味で使われ、和え物にすることが多いのだそうです。

葡萄の粗みじんがほんのり甘さをそえて、こんな意外な組み合わせもあるのね、と感心。

この写真ではわかりませんが、今回向付の器はお客さんごとに違うものをばらばらに使っています。
本来向付器は同じ物を使うのですが、名残の季節ということで、あえてわびたものをかき集めました、という風情で。

この名残の季節はやつれ風炉や、藁灰など一番侘びた物が使われる季節ですので、私の例の自分で(ぶさいくに)金繕いをした茶碗も、だせるかな〜、、、っとcoldsweats01

汁は白味噌多目の赤味噌少々。
寒くなるにつれて白味噌は多目に、逆に夏場は赤味噌、八丁味噌など。


P1000386

煮物碗。

菊花豆腐。
中に(私がみじん切りにした)海老が入っています。
お出汁は素材を生かすため、ごく薄め。

飾りの三度豆、縦に半分に切ってあります。
こんな切り方、いままでしたことがありません。
一手間でこんなに美しくなるのね。

それから画像が行方不明、、、の焼物は戻り鰹の雉焼。

名残の季節はやはり戻り鰹。
(春は登り鰹)

P1000387

強肴(しいざかな)

昆布巻き・さつま芋・三度豆。
彩りよく。

強肴のコンセプトは、本来材料の余り物を使うこと。
あまり豪華な強肴はお腹にもたれて、お茶を飲めなくなってしまいます。
(時々そういうのをみかけますが)

昆布巻きはコンニャク、ゴボウ、干し椎茸入り。
実は私、初めて昆布巻きを巻き巻きしましたの。
あれは買うものだと思っていたので。
でも、意外と簡単なのにはびっくり。

炊くのに少し時間がかかるけれど。

P1000388

小吸い物は茗荷の細切り。
茗荷の上手な皮のむき方をおしえていただく。

ちなみに小吸い物椀は出張中(?)とのことで、小さい椀を使っています。


P1000389

八寸。

秋刀魚の甘露煮芥子まぶし・松茸

普通八寸は杉の木地を使いますが、名残の頃にはそれももう古くなりました、ということで陶器などを使うそうです。


市販の甘露煮は味も濃く、べたべたして八寸にこびりつきますが、これを煮立てた酒にさっとくぐらすと、あら不思議!
べたべたはとれて、味も上品になるんです。
目からウロコのテクニック!

これは試してみよう。


香の物の切れ目、隠し包丁の入れ方も学習。

最後にこれが最高においしかった栗きんとん。

P1000392

主菓子です。

栗と白餡を火練りしたもので、こんなに美味しい物が自分でつくれるなんて、、、lovely

P1000393

茶事の流れに沿って、亭主側と客側に別れていただきました。
もちろん、千鳥の盃もいたしましたよ。


飯後の茶事がいまのところ私のせいいっぱいですが、教えてもらいながらでもいったん自分でやってみると、手作り懐石の敷居が下がったような気がします。
これはこれでまた楽しい世界がひろがっています。

しかし、実際に自分で懐石を作るとなると、一体何人水屋のお手伝い、しかも料理がある程度できる人、をたのまないといけないのでしょう。
一人や二人ではちょっと無理なような気がします。
やっぱりまだ遠い道のりかな。


それにしても、御指導くださった庵主さんのお茶への見識、情熱はすばらしい。
教えていただくことがまだまだたくさんありそうです。
毎月は無理としても、また行きたい。

それに、、、


P1000382

うふふ、、、、

P1000394

庵主さんも大の猫好きでいらっしゃる!!

こちら先代の猫の後を継いだまだ1歳にならない、いちごちゃん。

当方、猫を見たらヨダレがたれるので、、、、lovelyいや〜ん、らぶり〜heart01

2012年9月22日 (土)

梨木神社・萩まつり〜チャリで御所西めぐり

よい天気にめぐまれた初秋の一日、チャリをとばして梨木神社へ。

こちら22日、23日の両日萩まつりがおこなわれています。


P1040334

なにしろ神社に行く道すがら、寺町通りにも萩がいっぱい植えられているのです。


P1040343

鳥居をくぐると両脇に萩がしだれかかっていますが、花はまだ少し早いようです。

P1040342

萩の枝につるされた短冊には、いろんな一が歌をしたためています。
授与所で短冊をもらって、だれでも書くことができるので、歌心のあるかたは是非。


P1040360

梨木神社にはなにげなく行っていましたが、実はすごく新しい神社だったんですね。

幕末のお公家さんで、維新の原動力の一端をになった三条実萬公、実美公父子が御祭神なので、明治の神社。
三条家の旧邸のあった梨木町にちなんで梨木神社と。
(へええ〜〜知らんかったcoldsweats02


P1040357

萩まつりの間、神殿の前では狂言や弓術などがおこなわれますが、私が行ったときには上方舞をされていました。

P1040350

神社のお茶室では、いくつかのお社中がお茶の教室をされています。
(かのランディ先生もね)


P1040351
萩まつりではそのお社中が交代で抹茶席を設けられ、今年はちょっとお世話になっている先生がお手伝いされる、というので参席させていただきました。

P1040356


こんなすてきな環境で、お茶のお稽古できるなんていいですね〜。
(しかもお茶はつねに染の井の名水だし)

P1000334

茶道の心得のあるものもないものも、萩の季節を愛でつつ、ごいっしょに一服のお茶を楽しむ。


P1000335

床の花は、わ〜い、山芍薬のはじけた実だ!
我が家のはまだはじけてませんが。

山芍薬はどうしても葉の水上げがむつかしいようです。

P1040352

本席の後は茶道学園の生徒さんによる副席もあって、こちらででた富山の不破福寿堂の鹿の子餅、おいしかったわdelicious

六角形のめずらしい風炉に灰型がこれまたお見事でした。
さすが!


P1040358

境内の名水、染の井。
残念ながら萩まつりの間は汲み取りできません。
お茶席で、いただいたから、ま、いいか。

せっかくここまできたので、先日鑑賞茶会に行ったにもかかわらず、時間がなくて見ることができなかった特別展示を見に、楽美術館へチャリをとばして。


御所東の清和門から、自転車にのりにくい砂利をふみつつ御所をつっきって蛤御門から出て、ひたすら西へ。

と、思うまもなく油小路の楽美術館へ。


P1040375

ほんとうに洛中のこの距離感がとってもいいわ。
チャリでたいていのところには行けるんですもの。


Flyer15_b


今回は楽茶碗だけでなく、大西家歴代の釜、宗哲・一閑歴代の漆器が拝見できるのがうれしい。

とくに釜は大西初代の浄林、楽さんが一番好きだという二代浄清がならんで展示。

このころはまだ大西家は千家とあまりかかわりがなく、遠州流、石州流の釜を作っていたとのことで、確かに武家好みかも。
浄林はやっぱり鐶付きがおもしろい。
ストイックな感じではなく、多分な遊び心があるような気がします。


P1040376

入り口のお花も、かわっていました。
どなたがいれられるのか、館内の竹花入、籠花入、秋の草花のなげいれが見事でした。


さて、せっかくここまで来たのだし、チャリなんだし、ここからちょっと上へ登って武者小路通りへ。


P1040378_2

外から眺めるだけですが、官休庵
武者小路千家。
P1040382


若宗匠の宗屋さんは、インテリでたくさん本もだしてはって、ご活躍中。
(ご著書、おもしろいです。「茶―利休と今をつなぐ」「もしも利休があなたを招いたら」など)

こちらで中に入ってお茶をいただける催しもあるのですが、曜日があわず断念。

P1040381

武者小路千家の生け垣は枳殻(カラタチ)。


P1040383

なんとそのお隣は(千家十職の塗師)中村宗哲さんのお宅なんですよ。


さて、そのまま東へ向かい、烏丸一条虎屋菓寮でむしやしない(軽食)を。


P1040384

青大豆ごはん。
来月から小豆ご飯にかわります。
こちらも楽しみ。

2012年9月20日 (木)

東博・秋の特別公開にて「流れ圜悟」

ここは上野の森。
P1000280

連休とあって、上野駅周辺は家族連れで賑わっていましたが、影も長くなる時間、帰る人の方が多い具合でした。


P1000282

上京の帰りに時間の許す限り、こちら東博(トーハク)こと東京博物館で。


正面の本館(重要文化財)は昭和初期の建物ですが、博物館自体は明治5年に創立された日本初の博物館。

入場料は、、、と思っていると、

ななな、なんと!
この日は敬老の日なので入場無料!(もちろん敬老年代でなくてもcoldsweats01
太っ腹!!

(しかも展示物の写真撮影もOKだなんて、、、泣かせるほど太っ腹!日本にもこんな博物館があったのね〜happy02


P1000284

本館の向かって左、明治42年、皇太子(後の大正天皇)ご成婚を祝って作られた表慶館 。
重要文化財です。
あの時代の雰囲気がよくでている感じです。

さて、展示品ですが、真剣に全部見ようとしたら、ルーブルや大英博物館みたいに泊まりがけでそれだけのために1週間はかかるのではないかしら。

残念ながら時間もあまりありませんでしたので、見る物を超しぼっての本館入館。

P1000286


重文だけあって、建物自体がまたいいのよね。
重厚で。
いくらゴージャスでも大規模でも、モダンな建物っていまいち惹かれません。


P1000309_2

陰翳礼賛。

今回の中で一番お気に入りのショット。

静かに座って、展示品を検索する人。


さて今回、どうしても東博へ、と思ったのはこれが出ているからなんです。


P1000296

国宝「流れ圜悟」


宋代禅林の巨匠・圜悟克勤(えんごこくごん:1063-1135)が,その法嗣の虎丘紹隆に与えた印可状の前半で、現存最古の墨蹟、さらに古来墨蹟の第一とされてきたもの。
(圜悟はかの禅の公案集「碧巌録」を編んだ人)

村田珠光が一休宗純から与えられ、床に掛けたことから茶席に墨蹟を掛けることが始まったといわれます。


なので、お茶をやっておられる方なら名前は一度はどこかで見たり聞いたりしていると思います。
、、、、のわりには名前ばかりでどんな墨蹟なのか知らない人が(私も含め)多いはず。


なぜに「流れ圜悟」といわれるかというと、昔、薩摩は坊津の浜に桐の古筒に入れられて流れ着いたという伝説があるから。
(真偽のほどは不明、でも大陸からこういう漂流物が流れ着くことは実際によくあったそうです。)

印可状の前半なら、では後半はどうなったか?
現在その存在はわかっていないそうです。

東博の説明文によると、これを半切したのは伊達政宗だということですが、これにも諸説があって、実際これを切るなどという事ができたのは、政宗の茶の師匠であり、当時天下一宗匠であった古田織部くらいしかいない、という説もあります。

半切したのは墨蹟としてちょうど良いサイズに大胆にもしたかったから、、、といわれると、あの男ならやりかねん、と思えますね。(「へうげもの」の愛読者ですのでcoldsweats01

大徳寺大仙院,堺祥雲寺伝来、のち松平不昧公の所蔵となり,その子孫である松平直亮氏(明治〜昭和)によって、東博に寄贈されたもの。

で、、、、さっぱり読めません。

一応活字にしたものが添えられているのですが、こんなむつかしい漢文、だれも読めないよ〜。

読めないけれど、この墨蹟の背負ってきた歴史、経てきた人の手、、、を思えば、相対して感慨いと深し、の思いです。


P1000306


他にもかの有名な(教科書に載っている)一休和尚像、佐竹本三十六歌仙断簡うち壬生忠峯、高野切、寸少庵色紙などの展示も見ました。

P1000307
(芦屋釜)

あとは時間が許す限り、茶道具を中心に見て回り、、、


P1000302
(彫三島)

心から満足して、上野の駅をあとにしたのでありました。


P1000301
(景徳鎮・青花魚藻文壺)

2012年9月18日 (火)

楽美術館・明月の鑑賞茶会

楽美術館では年に数回、収蔵作品を使っての鑑賞茶会をしてはります。

楽さんご自身が亭主をされ、あの歴代の楽茶碗を、掌にのせ触れ、口をつけてお茶を味わえる、、、というすばらしい企画heart04

P1000237

楽さんのお家のお茶室、翫土軒でいつもはあたらぬくじに当たって楽吉左衛門還暦茶会によせてもらったのはもう2年も前になるんですね。

P1000238

ただいま秋期特別展「肌をめでる〜樂茶碗の陶肌 大西 釜の鉄肌 一閑・宗哲の漆肌」開催中。

本来ならこの展示を拝見してから参席すべき所、茶会の前も後もかけずりまわる予定があって、見ておりません。
茶席での楽さんのお話が、主にこの展示についてのことでしたので、ああ、展示がすなわち待合、という趣向だったか、と悔やむも、とき既に遅し。

(遅まきながら、他日この展示は見に行こうと思います。楽茶碗より大西家の釜とか、他の十職の作品が多い展示というのもめずらしいし。)

ちなみに翫土軒(がんどけん)は六畳+二畳、楽さんは表千家です。

P1000241

お軸は大徳寺のお坊さん(名前不明)の明月画賛。
円相にも見える満月に、「取不得捨不得 咦(?)」。
これは曹洞宗・永嘉大師證道歌が出典のようです。

花入は三代一閑(18世紀ごろ)の桂籠。
花は秋海棠、かりがね草という紫色の萩ににた花。

鉄風炉が大西家十代浄雪、それに掛けられた刷毛目釜がその弟の奥平了保作。

水指が、かわった手のついた釣瓶型の白楽、楽家十一代慶入。

さて、いよいよ手に触れてお茶を味わえるお茶碗。

主茶碗は「姥捨」、六代左入、二百之内。
(享保18年に制作された二百碗の連作のひとつ。一作ずつ作行きが異なり、それぞれに表千家七世如心斎が銘を書き付けている)


このすざまじき銘の茶碗を選ばれたのは、軸の「明月」に対応して。
謡曲「姥捨」は月の名所、更科が舞台。(田毎の月で有名ですね)

 さなきだに秋まちかねて類ひなき 名をもちづきの見しだにも
             覚えぬほどに隈もなき 姨捨山の秋の月 

畳の上に置いた姿を見ると、光を吸収するような黒です。
見る人の意識も吸い込まれていきそう。
なぜ、これに「姥捨」という銘がついたのでしょう。

謡曲では捨てられた老婆は、明月に照らされてその魂は昇華されていったのか、いまだにさびしく更科の山に残っているのかわからない終わり方をするのだそうです。

  我が心慰めかねつ更科や姥捨山に照る月を見 て  (古今集:老婆がよんだことになっている)


そして茶杓が碌々斎(表千家十一代)・「標月」。


お菓子が聚洸さんの「雁月」
(黒糖葛につつまれた芋餡(?)がおいしかったです。)

この茶室にて、すざまじき秋の野の明月を堪能させていただきました。


数茶碗として出てきて、手に触れて鑑賞できたお茶碗は他に

*赤楽 「秋海棠」 旦入
*露山焼 「山里」 慶入
*赤楽       弘入
*黒楽四方茶碗(ムキ栗みたい) 「四季の友」  覚入  (私はこれでお茶をいただきました)
*赤楽 「蒼雲」 当代楽さんが吉左衛門を継ぐ前、29歳の頃の作

この蒼雲は一見まっとうな(?coldsweats01)楽茶碗にみえますが、高台から腰にかけて荒々しい貫入がはいって、今の作行きに通じる物がすでに内包されているようです。

それでも「若い」と感じるのは、手びねりだからこそ、とのこと。
P1000243

楽さんのお話は、お茶をやっている者にはいつもとてもおもしろく、彼の生き様も垣間見ることができるような気がして、何度でも聞きたい。

普段はガラスケースの向こうでヨダレをたらしながら(?)見ているだけの茶碗に直に触れて、お茶室でお茶をいただいて、かつ楽さんのお話をきける、、、というのは理想的な茶碗鑑賞の方法に思えます。
それなりにリスクもあるでしょうが、楽さん、太っ腹。

う〜、、、やみつきになりそう。happy02


2012年9月16日 (日)

住友コレクションの茶道具・住友春翠〜泉屋博古館

唯一お茶関係の洛中の美術館で未到だったのが、実は一番我が家から近い鹿ヶ谷の泉屋博古館でした。

住友家歴代、とりわけ住友春翠のコレクションがその多くをしめており、彼のコレクションのメインは中国古銅器なので、なんとなくスルーしてたんです。

でも、今季の展示が「茶道具」となれば行かねばなりますまい。

P1000226
さすが、住友さん、潤沢に土地を使って、広々と開放的なエントランスです。


春翠は清華家(摂関家に次ぐ公家の階級)、徳大寺家の生まれで、今の清風荘(西園寺公望の別邸で京大に寄付された)あたりにあった徳大寺家別邸で産声をあげたとか。

実兄が西園寺家に入った公望公。
春翠は住友家へ入り、家長として事業を発展させた実業家。

本名が友純さんで、これは「ともいと」さんと読みます。(いやあ、お公家はんらしいわぁ。)


P1000227

実は徳大寺家の(かなり)末裔の方を存じ上げていて(普通の人で普通に生活してはります)、春翠さんにもなんとなく親しみをおぼえてしまいます。(おそれおおくも)


彼の青銅器のコレクションは有名で、常設展でみることができますが、実は茶の湯にも造詣が深く、茶道具のコレクションもすばらしいのです。


父上の徳大寺公純(きんいと)さんは玄々斎に茶の湯を習っていたそうですし、春翠も当時の財閥数寄者と茶の湯を通じた深い交流があったのです。
その交流録には、近くの野村美術館の野村得庵や高橋箒庵、三井泰山などの財界の巨人の名前がずらずらと。

(今回、こちらの展示にいくと、野村美術館の割引券がもらえます。11月10日には野村の谷晃先生の講演会もこちらでおこなわれます)


P1000228

そういえば大阪市立美術館に隣接して公開されている慶沢園は春翠の別邸。(まだはいったことありませんbearing
小川治兵衛の作庭で、長生庵と名付けられた茶室があり、ここで春翠は茶会を楽しんだそうです。
のちに住吉へ居を移すに際して、美術館建設を条件として、辺り一帯の茶臼山とこの慶沢園を大阪市に寄付しました。
太っ腹!

あの大阪市立美術館はそうやってできたのか。
しらなかったなあ、、、


P1000230

東山を借景とした広々とした中庭をはさんで、常設展示場と特別企画展示場が別れています。

春翠に興味をもって調べてみたら、いろいろおもしろかったので、肝心の展示物そっちのけで、つい彼のことばかりになってしまいました。

彼の茶道具コレクションは渋いです。ハイレベルです。
中国青銅器コレクションをしているだけに、唐物の名品がずらっとならびます。
高麗茶碗もすごいです。

へたに私の感想をのせるよりは、是非ご自分の目でご覧になったほうがいいです。

でもちょっといわせてもらうなら、、、、

*高麗小井戸茶碗「六地蔵」 高台だけでなく胴から腰にかけての梅花皮がすごい
*  同    「筑波山」 「六地蔵につぐ名品なり」の箱書付。枯れた感じがこれまたすごい
*紅葉呉器  これがいわゆる紅葉色の「紅葉呉器」かあ
*唐物鶴の子茶入「漱芳」 すごく小さくてかわいらしい茶入 つやつやしてなんだかおいしそう(?)
*砂張舟形釣花入「松本船」 おおぶりの舟花入 すごい貫禄 広間じゃないと似合わないかも
       村田珠光の弟子が所持していたものだそう
*古天明日の丸釜「時津風」 桃山時代の釜 釜肌にぽつぽつあいた虫食いが時代を感じさせてよいです

そのほか寒雉、与次郎、仁清、定家、伝西行、長谷川久蔵(等伯の夭折した息子)、松平不昧、片桐石州、、、ビッグネームが目白押し。


最後に春翠自ら削った茶杓が数本。
その姿は細く華奢でいかにもお公家さん風にやさしい。
茶杓には削った人の人柄がでるというし、写真を見ると細面のやさしそうなお顔。
実業家として辣腕をふるったので、やさしいばかりではなかったでしょうが、その人柄にふと思いをはせたのでありました。


P1000234

2012年9月13日 (木)

逆勝手の花月

七事式の会で、席主さんが「逆勝手の花月をしましょう。」と、突然。

ええ〜っ?!coldsweats02

平の逆勝手にあまり自信ないのに、その花月って一体、、、

科目は「炭付花月」「濃茶付花月」「員茶之式」、全部逆勝手で。

P1000127

一生懸命逆勝手の予習をしましたが、考えてみれば逆勝手って今までほとんど炉でしかしたことがないのに気づきました。
寒い季節の大炉は逆勝手と決まっているので、それにあわせて炉ですることが多いと思います。

風炉の逆勝手はまた炉と微妙に違うのよね。
むつかしい。

しかも風炉の逆勝手の炭手前なんてしたことありません。

P1000200

炭斗の炭の組み方も鏡面になります。


風炉への炭の置き方は本勝手と同じ。
羽根をつい右手でとりそうになるけれど、必ず左→右に渡す手間が増える。
水指の蓋は三手から四手に一手ふえる。

柄杓を蓋置に引く手は左手。
これは炉でも同じなんですが、炉が体の向きから自然に左手で引けるのに対して、風炉では右隅ねらいで腕を交差させるように引く、というのがなんだか斬新。

P1040251

濃茶付花月ではおしまいの総礼座代わりがばたばた。
本勝手では「二上がり三下がり」の左側通行になります。
ところが逆勝手はじゃあ「二上がり三下がり」で右側通行になるかと思いきや、そうは問屋がおろさない。
二下がり三上がり」で、やっぱり左側通行になるのね〜っcoldsweats02

P1130052


みなさま、足にどうしても注意がいって、間違っていないか確認しながら歩くので、腰が引けて、一歩一歩ゆっくりとした歩き方になります。
これは、、、、そう、地雷原を歩いている感じといえばぴったり!

間違わないように、声をだして「右、右、右、、、」と言いながら、左足がでる不思議coldsweats01

そして、時々帛紗をつかもうと、空を切る左手coldsweats01
(逆勝手では帛紗をいつもとは逆に右に吊るので)


P1130063

員茶では十種香札の置き方も逆に。

いやあ、逆勝手のお茶室を(好むと好まざるとに関わらず)持ってはる方は、いっつもこんなご苦労をされているのでしょうか。
まあ、慣れだと思うのですが、逆勝手になれてしまうと今度は本勝手がむつかしくなりませんかね?


ほんま、よい頭と体の体操をさせていただきました。
いつものルーチンワークばかりしていると、脳は働かなくなるので、時には逆勝手で刺激を与えてやるのもいいかもしれませんわ。

席主様、いつも複雑な七事式のお稽古にしてくださってありがとう。(とほほほ、、、)


2012年9月11日 (火)

弘道館月釜〜重陽 菊の文人茶会

新しい年度が始まった弘道館月釜です。

P1000173

今年度から茶友が数人、あらたに月釜会員になって、ますますご盛会、なによりです。
P1000175

この価値ある建物を守るためには、やはりその価値を知って、維持企画に賛同、参加はわれわれにできる唯一のことなのよ。


P1000174
入り口におかしな福助さんのポスター。

これは弘道館もサテライト会場になる国際芸術祭(本部は近江八幡旧市街、東近江市五個荘)びわこびえんなーれ2012のポスター。

電車の中で茶会をしたり、湖上茶会もあったりでおもしろそうなイベントもりだくさん。
ご興味のある方は、上記HPをクリックしてみてね。


P1000176

重陽の節句と重なった年度初めの茶会は文人趣味の煎茶会で。

「菊の文人茶会〜煎茶ゆかりの女文人にちなんで〜」


P1000179
待合にしつらえた座敷にはいってびっくり!

墨、筆、紙が用意され、
「ここは文人になったつもりで興に任せて筆をとって、重陽にちなむ菊の絵をかく」という趣向。

お手本を描いて見せて下さった方の筆さばきに感動。
墨の濃淡だけで、あざやかな菊花が紙の上に。

この部屋には屏風があって、蘭、竹、梅が描かれており、これに私たちが描いた菊で四君子完成というもの。


P1000181

すばらしい絵心のある方もおられれば、四苦八苦されておられる方もあり。
だれに見せる、というものでもありませんのでそこは幼稚園児の絵でもよいではありませんか、とひらきなおって茱萸袋の小菊を描いてみたcoldsweats01

朱肉をなすりつけるとそれらしくみえるのが不思議。


P1000187

本席では冷煎茶点前。
といってかたくるしい作法があるわけではありません。
正客もお詰めもなく、自由な文人趣味を楽しむのが煎茶道の極意。


本日のテーマのごとく「私流」煎茶家元(?)の女性(お名前を失念しました、ゴメンナサイ)のお点前。


P1000185

昭和の初め頃の冷水器を使って冷煎茶をいれます。
これ、上の氷が溶けた水を下でうけて、小さな蛇口からとれるようにしているんです。
冷蔵庫がなかった時代の智恵ですねえ!


P1000188

瓢酌(瓢箪製)と古染付の足つき器を水指に見立てたもの。

いかにも文人趣味。

煎茶は身分にとらわれない思想がベースなので、女性も進出するチャンスがあったのです。

弘道館(塾の方)をつくった皆川淇園の時代、池大雅の妻玉蘭(文人画)や、梁川星厳の妻紅蘭(漢詩人)など女文人が輩出され、彼女らもまた自由に煎茶を楽しんだそうです。


床には江馬 細香(紅蘭と並び称された女流漢詩人、頼山陽の愛人だったという説も)6歳の時の書のお軸が。
、、、栴檀は双葉より芳しとはこのことね、私は五十路になってもこんな字書けん!


もう一つの床には文人が珍重した南画(文徴明)。


P1000184

冷煎茶は玉露の雁がね、なので煎茶としてはかなり玉露っぽい。
冷たいのに、お茶のうまみがたっぷりでていて、これぞ「葉茶!」という印象。
お茶名もこれまた菊のゆかりの「紅菊香」(先春園)。

P1000182

お菓子は当然老松さんの光琳菊の薯蕷。(菊の節句ですし)

中の餡がきれいなピンク色だったんですlovely


P1000183

部屋の室礼として、ちゃんと着せ綿した菊もありました。

(これで露をとって体をふくと不老長寿云々ですが、それは旧暦のはなしですよね。
こんな(クソ)暑いのに露がとれるとは思えない。)


今回も女文人の蘊蓄をたっぷり太田さんが語って下さいました。

煎茶をいただきながら、ちょっとだけ文房四宝を愛する女文人気分です。
(漢詩の一つも南画の一つもかけませぬが)

P1000177

今年度も美しい庭、風情ある屋敷、でさまざまな趣向のお茶会が楽しめそうでわくわくです。

2012年9月 3日 (月)

重陽・登高の茶事(飯後)

重陽の節句が近づくと、大好きなこの詩の一節が口をつきます。

九月九日 山東の兄弟を 憶ふ   王維

獨り 異鄕に在りて  異客と 爲り,
佳節に 逢ふ毎に  ますます親(しん)を思ふ
遙かに知る  兄弟 高きに登る處,
あまねく 茱萸(しゅゆ)を插して  一人(いちにん)を少(か)くを


古く中国では、9月9日の重陽の節句には、家族が集まり高台に登って菊酒を飲む、登高飲酒の習慣がありました。
その時に、髪に茱萸(グミではなく、呉茱萸という漢方にもなる植物、カワハジカミ)をさしたそうです。

P1000093

今回の飯後の茶事は、重陽の節句を少し先取り、登高の趣向にいたしました。

そのはじめとして、席入りの挨拶の時にこの詩を書いた紙にヒペリカムの枝を添えて。

(ほんとうは呉茱萸にしたかったのですが、手に入らないので、イメージ的に似ている??ヒペリカムに)

P1000108

それぞれお客さまにこの枝を御髪に挿していただいて、本日は登高、山に登ってこれから宴を、、、という趣向で。
みなさま、はずかしがらずにやってくださいました。happy01

P1000095

当日おちついて灰型を作る自信がないので、これは前日につくった丸灰。
(師匠、いかがでしょうか?)

P1000100

ほんとうは鬼面鐶付切掛け風炉は、わびた小間より広間で使うのがふさわしいのですが、これは母からもらったもの。
使わないのもモッタイナイので、今回初登場。

切掛けは灰器、中掃きがいらないので、ある意味とても楽です。

飯後はこれといった決まりがないのですが、今回吸い物+向付、八寸でやってみました。

P1040256


前日がんばって頑張って作った、、、というか下ごしらえしたのですが、吸い物の具を考えるくらいで本式の懐石よりはるかに楽です。
これなら私にもできるわ。


P1000110

お酒はやっぱりこれでしょ。菊酒。
月の桂のにごり酒に食用菊を。


P1040266_2

飯後の茶事は別名・菓子の茶事とよばれますので、お菓子は大切。
着せ綿なんかがよく使われますが、あまり重陽の節句にちなむばかりでも重いので、今回のお菓子はこれ。

千本玉寿軒さんの葛菓子、銘を「星月夜」。
ここの葛は葛焼もだけれど、ほんとうに色がきれいで大好きなんです。
すてき〜lovely


P1000101

中立の後は花の準備を。
重陽らしく菊を、、と思ったのですが、ここでまた少しばかり趣向を。

P1000117


ユザワヤで㎝何円で買った赤い布でせっせと手作りした茱萸袋〜happy02


これも中国からきた習慣で、重陽の節句に呉茱萸をつめた赤い茱萸袋を柱にかけ、邪気を払い、寒を防ぐまじないとするそうです。
これは宮中につたわる行事でもあり、端午の節句には薬玉を飾り、重陽の節句にこれを茱萸袋にかえるのです。

実は主菓子を出した重箱の蓋の模様が薬玉だったので、ぴったりだと自画自賛。

(茱萸袋に関しては、9月9日、嵐山の法輪寺で求めることができますので、ご興味のあるかたは是非。)

茶事のメインイベント濃茶、今回も(私の中ではいままで最高においしい)宇治田原のかねまたさんの、「うじみどり」を。

今回はとってもうまく練れたの(これも自画自賛)。


P1000104

続き薄の干菓子。
鍵善の「菊寿糖」に亀廣保の秋海棠。

P1000103

亀廣保さんは干菓子専門のお菓子屋さんだけれど、その細工はいつもすばらしい、と思います。
この秋海棠の葉っぱの裏をみてください。
ぺたっとならないように支えがついているんです。(もちろん食べられます)
これ見た時は感動しました!


薄茶の茶碗は季節柄、萩の絵のついたものと、萩つながりで古萩。

古萩はかなり古い物で、貫入がしっかりきわだっています。
お正客様に、「これは銘をつけられたらいかがですか?」といわれたので、考え中。

「萩」だけに「さを鹿」とか「宮城野」とか?coldsweats01

P1000116

今回いつも途中で消えてしまう煙草盆の炭、続き薄でだしたもののみ、灰になるまで完全燃焼。
灰にいれるまでに、しっかり真っ赤に熾しておくのがコツかも。


なごやかな薄茶席がおわり、本日の茶事、無事終了です。

亭主七に客三の楽しみ、確かに亭主は楽しかったですわ。

お帰りの際、みなさま、御髪のヒペリカムをはずすのをお忘れなく。

P1040267

さて、今回初めて飯後の茶事をしましたが、これはいい!と思いました。

1)時間が3時間と短いので客への負担が少ない。
2)飯後の案内は昼下がり以降になるので、朝、準備に時間的余裕がある。(お菓子など自分でとりにいける)
3)満腹の懐石やお酒で客も眠くなったりせず、適度な緊張感をもってメインの濃茶席にのぞめる。


正午の茶事でなければ物足りない、という方もおられるでしょうが、私なら招くのも招かれるのも、飯後がいいなあ、と当座は思うのです。(まあ、自分の力量不足のせいもあるのですがね)

2012年8月31日 (金)

飯後の茶事にむけて

飯後の茶事とは文字通り、ご飯を食べてからのご案内の茶事のこと。

正午の茶事に懐石がでるのに対して、お菓子と濃茶+薄茶のお茶がメインになります。

P1040246

なので「菓子の茶事」とも。

なかでも宗旦が好んだといわれます。

当時、宗旦は罪人(=利休)の孫でありました。
また時の政権に近づきすぎて命を落とすことになった祖父を間近にみていたために、大名に仕えることをかたくなに拒んだので、たいへん経済的に困窮していたといわれます。


P1040254
正餐をだすことができなかったかわりに、あくまでお茶をメインにした菓子の茶事をこのみ、それがひいては侘びの茶事とよぶにふさわしいものになったようです。

聞くところによると淡々斎(裏千家先々代、久松真一の心茶会設立に力をかした)も、客人がくると簡単な酒肴を用意して菓子の茶事をよくしたとか。

その形は融通無碍で、濃茶+薄茶意外ににはこれといった決まりがないようです。

基本は吸い物+向付、八寸+千鳥の盃、炭手前、主菓子、中立後は濃茶+続き薄。

懐石類を一切省略も可だし、中立なしでもよいし。


P1040253

ふいのお客さまでも、これならそれほどの手間をかけずに、それなりにフォーマルにお茶をだしておもてなしできそう。

私は正午の茶事も好きなんですが(あ、もちろんよばれるほうね)いつも美味しい懐石をたくさんいただいて、お酒もきこしめして、そのあと緊張感を持続するのがむつかしいと思っているのです。


せっかくの、主たるお茶の味がよくわからないようになる気がするんです。

やはり茶事はおいしい濃茶をゆっくり味わいたい。

それには飯後の茶事はうってつけかもしれません。
正座時間も短くてすみますしね。


もちろん、あくまで基本は正午の茶事ですし、経験豊かなご亭主、ご客人にはたいへんなことでもないのでしょうが。

さて、その飯後の茶事を計画しまして準備中。

道具組を少ない手持ちの道具であれこれ考えるのも楽しいし、お菓子をあれこれ選ぶのも楽しいし、、、


でも、、、
なにがたいへんって露地の掃除が一番たいへん。
しかもこの炎天下!

P1000071

庭仕事のユニフォーム。
虫さされ防止に長袖のトレーナーに長ズボン。

汗をぼとぼと落としながらの落ち葉拾い、雑草取りは、、、これはなにかのバツゲームかしら。shock


P1040245

蹲居回りお掃除セット。

大学のころ、心茶会ではお茶のクラブという名目でありながらその実、坐禅とお掃除クラブで、とくにお掃除にはそればっかりしていた、という記憶があります。

しかし、禅宗でいうところの作務は重要な修行であり、その作務の第1が掃除であるわけで、これも修行、修行と唱えながらしていると、なんだかいやがる気持ちが半減するような気がします。


P1040247

バケツにくんだ水はみるみるうちに熱湯と化す、灼熱の露地掃除でありました。

さて、準備は、、、OK!、、、といいきれないところがすなわち今の自分の修養段階なんです。

でも、茶事は準備も楽しい!

P1040243_2

露地で暑さと格闘したその夜には、そこだけ涼しげな満月。
うちの居間の天井近くの窓は南向きなので、満月が空をわたってゆくのが座りながら眺められますのhappy01

2012年8月29日 (水)

金繕いをしてみた

お気に入りの茶碗を欠いてしまったshock

そんなに高価なものではないし、普段使いしてはいたのですが、それでもお茶をのんだあとそのままにして貫入に色が入り込むのを楽しみにしていた萩の茶碗なので、かなり悔しい。

P1020617
粗忽者ゆえ、茶碗の上に物を落としてこうなってしまったdespair


捨てるにはしのびないし、かといってプロの金継ぎにだすほどのものでなし、、、
ようし、一念発起、自分でやってみようぢゃないの、金繕い。

とはいえ、金繕いは何日も何日も日にちをかけてゆっくり、ゆっくりしないといけないと聞く。

はたしてイラチの私にできるでしょうか?

P1020615
とりあえずネットで画材屋さんから購入した本漆の金継ぎセット。


セットの中味は、、、


P1020616

ついた余分な漆をおとすガムテレピン(油絵描く時にも使ったな)までついています。
漆はかぶれるから作業用ゴム手もついています。

説明書に従ってまずは米粒を練り練り、漆と混ぜてペースト状のものを作って、欠けたところを埋めます。


P1020716

こんな感じ。

これが固まるのを待ちます。

P1020722

ところでふつう、接着剤などは乾燥させて固めますよね。
ところが漆は変わった特性をもっていて、湿気によって固まるのです。

なので茶碗は水で湿らせた新聞紙とともにプラケースにいれて、即席湿室をつくりました。


ここで1週間かけて固めます。


1週間後さわってみると固くなっているので、いよいよ純金泥でお化粧を。


固まった漆のうえに生漆を再び塗って、そのうえから筆先にとった金粉をふりかけます。


P1020744

ある程度乾いてから余分な金粉をふきとって完成。

P1000046

、、、、、、うぷぷぷ、、、ぶさいく、、、、


P1000047

欠けたままでは使いようがありませんが、これならまあ、やつれた道具が似合う10月に使えるかもcoldsweats01


しかも、、、
あれだけ注意して手につけぬように気をつけていた漆にかぶれてしまいました。

あれはこわいですね。
遅延性アレルギーというか、しばらく日にちがたってから指の間が突然猛烈にかゆくなり、つぎつぎと水泡ができて手が真っ赤っか!

かさぶたがとれて、一皮むけておさまったのは実に10日くらいたってからでした。

結論。
やっぱり金継ぎはプロにまかそうね。coldsweats01

2012年8月24日 (金)

茶道資料館から西陣の和菓子屋さんあたり

そろそろ会期も終了に近い裏千家茶道資料館の「京三条せともの屋町」へ。

P1000005

洛中洛外図屏風に、瀬戸物屋、茶碗屋が三条通あたりに軒を連ねている様子が描かれ、おそらくそのあたりほんとうに店が集まっていたのだろうと思われていました。
(「へうげもの」の瀬戸屋もこの屏風を参考にしたものと思われます)

Chirashih2403_2

平成元年に中京区中之町で大量に出土された桃山陶器(主に志野、織部)は、まさにそれを裏付ける証明となったよし。

中之町といえばイノダコーヒー三条店のあるあたり。
当時京都に住んでいたはずなんですが、全然興味がなかったのよね、あのころ。
全く記憶にございません。


展示はあちこち欠けたり、焼け焦げたりした出土品がたくさん(一カ所にまとめでごちゃっと置かれていた)と、ちゃんと由緒正しく伝世してきた茶道具(こちらも主に志野、織部。あと信楽、高取、伊賀なども)。

欠けてさえいなければ、全き姿であれば、もしかしたら名物になっていたかもしれない(それはないかな、、、そうだったら捨てられへんよな)茶碗や茶入を見るのは少し痛々しい。

とはいえ、欠けたなりに、お、これいいやん、と思うような茶碗もあって、桃山時代の陶器のレベルは焼き物の歴史上、やはり最高というべきか。

P1000006
(呈茶席:鼓月の上生)

今回は茶道具と言っても向付とか懐石道具も多く、ヨダレをたらしながら見ていました。
(懐石道具はなにひとつ十分な物をもっていない!)

単行本「へうげもの」の新しい巻では織部のあの緑釉をだすのに苦労しているくだりがあって、それを思い出しながら織部の向付をみるのもまた一興。


P1000007
(呈茶席の木槿)

織部や志野ではありませんが、今回一番気に入ったのは、16〜17世紀の備前徳利、銘:会釈。

ほんとうに会釈したように、小振りの瓢形徳利の上半分がぴょこっとかしいでいるんです。
所持していたのがかの益田鈍翁、ユーモアを解する彼が、にまにましながらこれで手酌していた姿が目に見えるよう。


資料館の1階のエレベーターの扉を見て、あら〜heart01
今まで気づかなかったわ。


P1000008

こんなところにまで裏千家のツボツボが。


さて、ここまできたからには、例のおいしいものゴールデンロード=鞍馬口でお昼にしよう。

P1000018

お気に入りのスガマチ食堂はお休みなので、少し手前のお蕎麦のかね井さんへ。


ここでは席に着くまで待って、席についても待つ覚悟をしてくださいね。
ご家族だけでやっておられるので、少々お時間かかります。
お冷やが出てこん、注文とりにこん、と怒ってはだめです。
おいしいお蕎麦を食いっぱぐれます。
待つ価値のあるお蕎麦です。


P1000019
この日は待っている間に夕立・雷雨がcoldsweats02

晴れていますがこのあといきなり来た!

P1000020

残念ながらおいしい蕎麦がきは売り切れ。
でも、うふふheart01鴨南蛮のお蕎麦。

あつあつの鴨肉とつくねがはいったタレにもちもちのお蕎麦。
おいしいかった!


お腹が満足した後は堀川通りを南下、少し西にはいったところ、一度こちらのお干菓子をいただきたい、と思っていたUCHU wagashiさんへ。

P1000010

連棟の町家がならぶ風情のある一画。

P1000009

こちらの和三盆を使った和菓子は味もさることながら、造型が遊び心に満ちていて、おもわずにっこりしてしまうんです。

購入したのは、、、


P1000025
ココア味がびっくりするほど和三盆にあうanimal干菓子。
京都の名所の「京都ものがたり」(平安神宮あり)
そして4分の1円をいろいろならべてパズルのように遊べるdrawing。


お茶会にでてきたらちょっとうれしくなりますね。


P1000011

ここの近くには、「西陣」の名前のゆかりの山名宗全邸宅跡が。

ほんとに京都ってどこを歩いても史跡だらけだな。


P1000013

小学校もレトロでしぶい〜!
、、、と思ったら、西陣小学校。
いかにも「西陣」のその名にふさわしい。(昭和初期の建物)

残念ながら1995年に統合されて、今はなく、校舎は地域の活動に使われているのだとか。


P1000015

大宮通にはいって、花屋さんで目に付いた矢筈ススキを買う。
茶花をいれるとき、とくに籠花入にはこれ、欠かせない。
いつでも使えるように、とうとう自分で育てることにしました。


さらに北上すると、、、
あ、聚洸さん、あいてる!!

P1000017

こちらの細いスパゲッティのようなきんとんは美しくて大ファンなのですが、いかんせん、いつ前を通っても「本日は予約のみ」の張り紙が。

今日はお店で買えそうです。


P1000023

念願の聚洸さんのお菓子。

泡雪で餡をつつんだ撫子は、とくにおいしゅうございましたhappy02

2012年7月22日 (日)

なつかしの楽友会館にてお茶談義

P1020569
朝顔があちこちのお宅で楽しめる季節になりました。
お子たちはもう夏休みなんですね。

さて、こちらは京都大学楽友会館

P1020570

学生の頃からこのクラシックな建物がとても好きで、なんといってもこの屋根のカーブとそれを支えるフォークのような柱が泣かせるなあと思っていました。


P1020572


この楽友会館は、大正14年に京都大学創立25周年を記念して、当時京都大学工学部建築科助教授だった森田慶一氏(武田五一に招聘された)が設計して建てられた施設。

スパニッシュミッション(伝道院)形式というらしく、赤銅色の瓦屋根とクリーム色の壁が特徴とか。
かのヴォーリズ設計の関西学院大、神戸女学院大もこの形式。

P1020573

エントランス手前の壁。


P1020574

同じく。

ここは昔から、学生でも利用できる値段設定のレトロなレストランがあって、よく利用しました。
(なにしろ子供が小さかったときは徒歩2〜3分のところに住んでいたので)

二階の会議室もミーティングで利用したこともあります。

ところが数年前、前面改築、ということで一時閉館になっていたのです。

2年前リニューアルオープンして、どんなにかわったのだろうと思いつつなかなか行けなかったのですが、今回水無月茶事でご亭主をされた暁庵様はじめ御連客の方々とランチでお茶談義、という設定でこちらをアレンジさせていただきました。


P1020584

エントランスの雰囲気、掲示板の感じ、う〜ん、昔とそっくりそのままだわ。


P1020585

2階への階段。
この色つきガラス、ずいぶんきれになったわね。
昔は煤けて何色かわからんかったような、、、


P1020586

階段からエントランスを見下ろしたところ。


P1020577

さて、そのなつかしいレストラン!
まあ!
この看板、かわってないわ〜!lovelyこれこれ。
(鉄板に穴をあけて、喫茶食堂の文字を形作っている)

おそらくは看板自体は新しくなったのだと思いますが、昔の復刻版にされたのでしょう。

P1020578

中の雰囲気もかつてとほぼ同じです。
私の記憶では昔は各テーブルに白い布のクロスがかけてあったんですが。

学生の頃ここでいただいたなじみのメニューは、Aランチ、ちょっと贅沢なBランチ、それにそれだけで一食分になるくらいボリューム満点のミックスサラダ。

P1020579

日替わりランチがまさしくBランチだわ!

海老フライとハンバーグ、こういう若向きの食事はほんとに久しぶり。


P1020581

ミックスサラダも復刻版。
よくローストビーフのきれっぱしが入っていてうれしかったっけ。
これで580円はやはりお値打ち。

お昼時でしたので、レストランはあっというまに一杯。
主に大学関係者、教職員、研究員のかたたちでしょう。
なんとなく漏れ聞く話題もアカデミック。

かくいうわれわれは茶の湯のアカデミズムについて、、、、???coldsweats01

食後のコーヒーがおわって、他のお客さんがいなくなってしまったのでやっとレストランは退散したのですが、、、
外はすごい雨、ひとけのないレストランお向かいの会議室にちょっと雨宿りのつもりが、なんと!
結局解散したときには都合5時間もそこでしゃべりつづけていた計算に。


P1020576

この会議室にはいままで入ったことがありませんでした。
ここの一画を閉館になるまで占領していたんですねえ。


茶歴も社中もそれぞれ違って、先日の茶事がほとんど初対面だったのに、こと茶の湯を話題にするとそれぞれの思いがあふれ出してとまらない、そんな感じです。

P1020583

ここまでお茶に対して深い思いを抱いておられる方々には、普段の日常生活ではなかなかお目にかかることはできません。
まだ生活の主軸が仕事にある私は(←いいわけですが)、お茶への思いが浅いなあ、、と思い知らされます。

日ごろのお茶のお稽古で、いまさら聞けない、と思うようなこまかいことや、普通こう教えられるけれどこうした方がきれい、ということなど、目からウロコのこともたくさん聞くことができ、勉強もさせていただきました。

いままではお点前の手順をおぼえるのにせいいっぱいでしたが、これからは美しいなと思われるような所作を探求しようと思った次第。

そして京都にきてから、有り難い茶の湯人脈が少しずつ広がって行っているのがうれしい。
おつきあいくだる方々に感謝です。


P1020591

帰り道で、こんな大きな葉っぱを発見。
芙蓉?

葉蓋用の葉っぱにはいつも苦労するのですが、これは少し大きすぎますね。
でもここまで大きいとお見事。


   意は剛く 情は深く 知は密に 厳しく鍛え 人はおおらか  (久松真一) 


人はおおらか、というところが好きです。
このおおらかな?葉っぱを見てこの言葉を思い出しました。

2012年7月 2日 (月)

廬山の茶事〜茶馬古道土産

雪が宮中にもふりつもったある日、中宮様がおっしゃる。

「少納言、香炉峰の雪はどうでしょうねえ。」

私はだまって、格子をあけさせ、するすると御簾をあげた。

中宮様はにっこり。

  遺愛寺の鐘は枕をそばだてて 聴き、 香炉峰の雪は簾をかかげてこれを看る (白居易)

白楽天(居易)の漢詩には深く通じている私ですもの、こんなの朝飯前。
でも、雪をご覧になるのに、白楽天の漢詩をなぞかけにお使いになるなんて、中宮様(定子)はなんてウイットに富んだ教養深いお方。


、、、、、清少納言「枕草子」で有名な香炉峰の雪の場面。

今回この香炉峰をいただく廬山に旅された、そらいろつばめ様のお茶事にお招きいただき、但馬の国へ。

P1160707

絽の着物解禁です。
帯は麻の紅型。

そらいろつばめ様のお宅は、ユニークかつエコな建築デザインで有名な方の設計、それはそれはすばらしいお宅なんです。(これを拝見するだけでも価値あり!)
2年前、初めてお招きいただいたときにお許しを得て、そのすばらしいお家のごく一部の画像をアップしていますので、ご覧下さい。

P1160712


なかでも、家の背骨とでもいうべきストーリーのある光の井戸の土壁。


日本の左官として最高峰のお一人、久住 章さんの手になるもの。
同行いただいた建築家氏によると、こんなに長いスサ(藁)を土壁にいれるのは至難の業だとのこと。

それにしても美しい。


P1160711

待合のオオムラサキツユクサ。
掛け物は「露真珠の如く 月弓に似たり」

白居易の「暮江吟」の一節。

白楽天がでてきましたよ♪

廬山は江西省にある古来からの名勝で、なにより陶淵明、謝霊運、李白、白居易、蘇軾、王安石、、、などの綺羅星のごとき文人が多く歌ったことでも有名。冒頭の香炉峰の雪もそうですし。

よって「文国詩山」の雅号を持っているのです。

他にも有名どころで、陶淵明の「菊を採る東離の下、悠然として南山を見る」。
この南山は廬山のこと。

腰掛け待合いは屋外の屋根付きパティオにて。
この日は瀧のような雨が降って、はげしくしぶきがとんできましたが、これがまた李白の歌った「望廬山瀑布」の世界。

日は香炉を照らし紫煙を生ず
遥かに看る瀑布の長川に掛くるを
飛流直下三千尺
疑うらくは是れ銀河の九天に落つるかと


(著名な滝は三疊泉瀑布:落差は155メートル)

本席にて
軸は「語り尽くす山雲海月の情」(碧巌録)


この席に集まったのは茶の湯を愛する方々ばかり。
なので今日はお茶について語り尽くそうではないか、、、ご亭主の思いをくみ取る。


お釜は富士釜、廬山の見立て。

まずは但馬の幸を、ご亭主手作りの心づくしでいただく懐石。
あまりにおいしかったので、これからつたない手作りや仕出しなんかでお茶事にお招きにくくなったわね〜、、、と。coldsweats01


お菓子のきんとんもお手作りで、できたてをいただける贅沢。
ほろほろと口どけよくたいそう美味。

ご銘は「螢」。

後座の濃茶席では、たいそう大きな伊賀っぽい信楽の水指が。
蓋をあけると、なみなみとした水底にガラス釉が美しく、これは廬山を望む鄱陽湖(はようこ)の見立てとか。
へぎ目の蓋は、湖のさざ波か。

お道具も、ひとつひとつご亭主のストーリーがあり、見立て道具もとてもユニークでおもしろく、名物をずらっとならべられるより、はるかに印象的。

P1160710

薄茶のお菓子には、富山の五郎丸屋薄氷の螢バージョン、愛知県・松華堂さんの干琥珀・ひさごをご用意いただきました。


あと、びっくりしたのはごっつい竹の元節の茶杓。
普通の規格よりはるかに大きい、一度見たら忘れられないもの。
これ、なんと木工の人間国宝、黒田辰秋作だったのです。
すごいもの、見た、、、と言う感じです。

それにしてもお粗末な正客でして、ご亭主の思いをすべてくみ取れたかどうかはかなりアヤシク、、、
スミマセン。


お茶を習い始めてまだ数年、というのに半東をりっぱにこなされたご主人、特訓されたご亭主に拍手。

そのご主人、つい先日、茶の湯文化学会がらみの「茶馬古道」をゆく旅からご帰還。
(茶馬古道:唐代から使われてきた中国雲南省からチベットを結ぶ茶葉と馬の交易路。シルクロードならぬティーロード)

廬山を旅したお茶事のあとは、茶馬古道へ思いを馳せる中国茶のテイスティング大会に。


P1160715

ご主人みずからが、煎れて下さるお茶は茉莉花(ジャスミン)茶の並と特上。
並でもさわやかでおいしいのに、その特上ときたら!
まさにフローラルティー、というのを実感。

そしておまちかね、写真手前のおおきなお煎餅みたいな餅茶(緊圧茶といわれる茶葉をかたく圧縮して固めた物。それこそ古道を運ぶのに便利な形状)になった普洱(プーアル)茶を。

これで頭をたたいたら割れそうなくらい固いんです。

P1160720

これをチーズナイフ(本当は普洱茶専用の小刀があるらしい)でこじるように切って、、、、


P1160721

なんと、お水も中国のものをご用意いただきましたの〜。

いただいたプーアルは、あのかび臭い匂いがなくてさわやか〜。

P1160719


廬山ならぬ、但馬の山々を見ながらお茶を愛する方々と、こうして中国茶飲み比べ、贅沢なひとときでございました。

裏方でささえてくださった方々にも深く感謝いたします。

2012年6月27日 (水)

お釜の話

1年半ほど前の話になります。

以前からたいへんお世話になっている方が、新築なったばかりの当家へお越しになりました。
手に風呂敷包みを携えて。

「茶室を建てたそうだから、これ新築祝いに。茶をたしなんでいた祖父のもっていたものだけれど、何に使うのか自分にはわからないし、お茶をしている人のところにあった方がいいと思って。」


箱には「肩衝筒釜」と書かれているので、ああ、お釜をくださったんだな、となにげに蓋を開けて、蓋裏をひっくりかえして、、、、、思わず蓋を閉め直しました。

大西清右衛門の極めがあって、そこには浄○の名前が、、、、coldsweats02coldsweats02coldsweats02

寛永年間、今から350年ほど前の釜、、、

これはさすがにただでいただくわけいはいかないでしょう。
その旨を言うと、「え?これ湯をわかすものだったの?うちにあってもしょうがないしなあ、、、」coldsweats02

で、いただいてしまいました。(胸中→happy02

地方の旧家のご出身なので、こういうものがころがってお蔵にあっても不思議はありませんが、おじいさま、ごめんなさい。でも大切に大切に使わせていただきます。

長い間使われていなかったので、なかの錆も気になったし、底が漏れたりしないかも気になったので、道具屋さんを通じて大西さんのところへ繕いをお願いしたところ、これは繕うとかえって風情が失われるので、漏りませんからそのままお使い下さい、とのこと。

使うとなるとたいそうだし、見た目古ぼけて「小汚い」(浄○さん、ゴメン!)ので、ながらくお蔵いりしていました。

このたび社中内での茶会があり、お当番にあたったため、出せる釜があれば、、、といわれ、茶道具は使ってナンボだしなあ、と出してみることに。

その前に、とりあえず火にかけてみて大丈夫かどうか家で試してみました。

釜を初めて濡らしてみると、、、、!!


P1030093


まあああ、、、、

あの古ぼけて煤けた釜がなんて生き生き。
濡れた鉄肌の美しいこと。

茶事で席入りの時に、ぬれ釜をなぜ見せるのか、理由がわかったような気がしました。
釜は濡れているときが一番美しいのね。


P1030091

濡らしてみて初めてひび割れのような筋にも気づく。
これが疵にはならず、かえって景色になっているのには感動しました。

釜底は時代がつけたものか、もともとの意匠だったのか、ざらざら荒れた感じがまた侘びています。

鐶付きは鉦鼓。(仏具:半分に割って左右につけた感じ)

さすが浄○、、、、とひれ伏したのでありました。


さて、その社中内の茶会、灰型係も仰せつかりまして、日ごろの練習の成果を、、、、coldsweats01

P1160560

まあ、こんなもので。
さらに修練が必要ですな。


茶会はつつがなく、お釜がご馳走だったとおっしゃる方もおいでで、とりあえず釜デビュー成功です。

下さった方に、声を大にしてふたたび「ありがと〜happy02
また次の世代にも伝えていきますね。


おまけの画像です。

P1030263

先日見てきた、紫陽花と半夏生を。


P1160626

お菓子は二條若狭屋さんの「螢」。

2012年6月12日 (火)

水無月の茶事〜灑雪庵

以前から、ブログを拝見し、勝手に憧れていたお茶人さんがおられます。

お茶事を心から愛され、お道具も室礼も、お茶事のテーマさえ自由自在に楽しんでおられるご様子が、とてもステキで、かくありたきものだなあ、、、と。

その暁庵様が関東から京都へお茶をされるために引っ越してこられる、と知ったときには、もしかしてお目もじできるチャンスが〜〜っ!、、と舞い上がりました。

そして、なんと、なんと、ご縁あってお茶事にお招きいただく機会を得ましたの。happy02

御連客あわせて4名の水無月茶事、ご招待は巻紙にて水茎のあともうるわしく。
(これに筆でお返事を書くのがどんなにプレッシャーだったか、、、←かなりおはずかしい悪筆なものでcoldsweats01

P1160505
1年ぶりに登場した雪佳さんの金魚の帯絞めていざ。

暁庵様の京都のお宅は雰囲気のある古い町家です。
こちらに「灑雪庵(さいせつあん)」と名付けられました。

ふり灑ぐ(そそぐ)雪、という意味で、金沢にある金沢最古の茶室・灑雪亭から思いつかれたとか。
「古い町家なので、冬には寒く、雪もふきこんできそうですが、それも愛でて暮らしたい」という暁庵様の思いがこもったお名前。
オリジナルの漆喰壁の時代を経たくすみ加減、三和土、建具、いずれをとっても町家愛好家としては涙が出るほどうれしい、理想的なお茶事の舞台です。
P1030122
(ユキノシタ)

玄関庭の三和土を利用した腰掛け待合いの漆喰壁に、書家の方が書かれたアートな「灑雪庵」の額があまりにも見事にとけあっているので、もうここはこじめから灑雪庵であった、、、とそう思えるくらいです。


玄関の間の三畳がお待合。
待合掛けが、ご友人の手になる布絵。
布で描いた「慈雨」と育ち始めた稲の苗。
水無月茶事のはじまりです。


P1160506
(オオムラサキツユクサ)


本席は変則的蹴込み床のある四畳半、お軸は大徳寺・藤田 寛道師の「洗心」。

茶室に入るときに、蹲居で手を浄めるが如く、心も浄める。
かくありたいもの、と解釈いたしました。


次にお釜に目が行きました。
責紐釜(せめひもがま:釜の口のすぐよこに鐶付がある)がかかっていましたが、この鐶付に水引がかけてあり、蓋を封印してあるのです。
話にきいたことはありますが、拝見するのは初めて。

責紐釜は、かつて貴人にお茶をさしあげるときに、両脇の鐶付に紐を通して蓋を押さえ、口に封印をするのにもちいた、とあります。
どうやら名水をご用意いただいたようで、そのための封印のようです。
わくわくheart01

P1160512
(クチナシ)

ご挨拶のあと、お心づくしの懐石をいただく。

ホタテのしんじょう(蒸し物)がおいしくて。

やはりお茶事をしようと思うと、お料理の方もやっぱりね〜、、、coldsweats01勉強しなくちゃ。
(私は、懐石はいままで仕出しばかりで自分で作ったことないのです。)

この茶事はお亭主お一人の力ですべてこなされているのです。
そこはやはりお茶事の手練れ、キャリアがちがいます。

献立も、懐石道具の使い方も、融通無碍、とりたてて無理しなくても、こんな風にできるんだ、ということをたくさん教えていただいたような気がします。

お道具は関東のお家にたくさん残してこられたそうで、全部はそろっていないのに、それを逆手にとってアイデアで楽しませてくださいました。
例えば湯斗がないので、ふた付きのお茶碗にあらかじめ作っておいたお茶漬けを出してくださる。
それに昆布の佃煮、五色あられが添えられて、ただの湯斗よりはるかに見た目も口もうれしい。

こんなお見事なお手並みを拝見すると、「道具がないから、、、」と、言い訳は通用しないではありませんか。

P1030206

主菓子は松原通りの松寿軒さんの「青梅」。
写真は、もう一種類ご用意いただき、お持ち帰りした「紫陽花」。

京都にこられてまだ3ヶ月ほどですのに、もう美味しい和菓子屋さん、お茶屋さん、仕出し屋さん、、、あれこれ発掘、発見されておられて、その感度良好な情報アンテナにもびっくりです。

中立のあとはいよいよ濃茶。

後座のお花は大好きなチンシバイとシモツケ。
花器は、、、遠目に竹籠にみえたのに実はガラス!

この花器には「reverie(レーヴリー:フランス語、もの思い、白昼夢、などの意味)」というすてきな銘をおつけになっていました。
(フランス語情報ありがとう、ぱたぽん様!)

たっぷり水を含んだ釣瓶に、御幣付榊を結界に。
名水点てです。

このたびは梨木神社の染井の名水をご用意いただきました。
お茶をいただく前の名水一服、甘露甘露。

P1160518
(山法師)

濃茶のお点前を拝見して、その所作の美しさに感じ入ることがありました。

こうしていろんなアイデアで、足りないところを臨機応変に変えていくには、やはりお点前という基本がしっかり身についていなければ不可能だということ。
守・破・離でいえば、守、しっかりした土台がなければ、破も離もなく、その上になにも建立できない。

まだお点前の手順をおいかけ遵守している「守」の入り口あたりをうろついている私は、お茶事お茶事と言う前に、しっかり日ごろのお稽古をしないといけないなあ。
暁庵様はもう「離」までいってしまっておられるけれど。


P1160517
(ヒメヒオウギ)

お茶入れは、名物真中古「河菜草(かわなぐさ)」写し。
河菜草はコウホネとも水苔ともいわれ、まさに水無月茶事にぴったり。

古今集・「うはたまの夢になにかはなくさまむうつヽにたにもあかぬこヽろを」
(清原深養父 )から。

お茶杓の銘が「庵の友」。
まさにこの灑雪庵で同じ時間を共有したことで、「庵の友」となれましたでしょうか。


P1030205

薄茶では、こんなお干菓子が!lovely(州浜製)
(不肖)正客=私が猫を愛してやまないことをご存じでご用意下さったことに感激です。


なごやかにお薄をいただき、さらにリクエストして甘露な名水を再びたっぷりいただき(なにせ懐石の時の御酒がおいしくて、ぐいぐい飲んだので)茶事はお開きになりました。


思えば、正式の茶室はかえって面白みがないのかもしれません。
ほとんど決まり切った使い方しかできませんから。
むしろお茶室として作られたわけではない家を、工夫をあれこれして、融通無碍に使う、、、亭主も客も楽しめ、佗茶の原点はこんなところにもあるのではないかしら。


遠い先の方をいっておられる暁庵様。
追いつくことは不可能であっても、この日教えていただいたことを胸に精進いたします。
ありがとうございました。

また、つたない正客をサポートしてくださった、御連客の皆様にも感謝いたします。
楽しい一座建立となりました。


P1030118
(昨年八坂神社で手に入れ、わが家に地植えした木槿の「祗園守」、つぼみがつきました。まもなく祇園祭です)