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お茶と着物3 Feed

2012年11月30日 (金)

遊秋・ 菜花茶菓器事〜kitさんにて夜会

卅春・茶菓花器事好日居さんで楽しんだのは今年の桜の頃でした。

その夜会は、初顔合わせのチームのコラボだったそうですが、その後さまざまな場所で会を重ねるに従ってメンバーも増え、さらに固い結束に成長しつつあるようです。

今日は秋遊びの会に参加してきました。

今回の会場は先日ちらっとご紹介した河原町丸太町の雑貨(李朝雑貨もあるのよheart01)屋kitさん。

ごいっしょしたのは、10月に高麗美術館主催のツアーで知り合って、偶然ご近所だということが発覚(?)したKちゃん。
kit さんには高麗美術館を作った鄭さんの娘さんのカフェにちなむ李青文庫があるので、なんとなくご縁を感じてしまう。

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この大きなガラス窓が特徴的なこのお店は、昔から知っていた元・洋装店。

夜ともなればこのように中がすかっとみえる思い切りの良さ。
この店から漏れる灯りが懐かしいような、暖かさを感じさせます。

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準備中。
なんと、床中に落ち葉を敷き詰めて、ここはどこかの山中?

枯れ葉の香りがとてもここちよい。

外を通る子どもたちが、なぜ枯れ葉が家の中にあるのか、不思議そうに見てゆきます。

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踏むとカサコソ、、、

さあ、夜会のはじまりです。

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いろんなかたちのアンティークグラスでリンゴの飲み物を。

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きれいな色lovely


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この壁に掛かっている背負子で、茶菓花器事のメンバーさんがそれぞれ秋を山からつれかえったそうですよ。
このおびただしい落ち葉もね。

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テーブルの上に胡桃とくるみ割り。
それぞれこれで胡桃を割って、、、


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小さなすり鉢でごりごり。

今日の器は、焼物も木製のも金工も、もちろんすべて市川 孝さんのもの。


こんな器があったらなあ、、、というと翌日にはすぐ作ってくれるので、「市川商店」とよばれているとかcoldsweats01


使う人の意見を聞きながら工夫して、さらにこんな使い方も、と提案してくれる熱い陶芸家はなかなかいませんよ。
この日も熱いお話しをたくさん伺いました。

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胡桃を砕いた物は、このナッツ(10種類くらいの木の実が使われている)のスープのトッピングに。

淡泊で、とても滋養がありそうなあたたかなスープ。
料理担当はchie さんです。

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スダチをくりぬいたカップにはいっているのは、おからベースのペーストなんですが、おからとはとても思えない。
イタリアンみたいな前菜。


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市川さんのそのまま火にかけられる陶板で焼いた厚揚げはしっかりした味付け。
これも山のお土産の枯れ枝の串で。

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市川さんお釜で炊いた雑穀入りのご飯。

このかわいいお花はみたてさん。

この日kitの店内をあちこち山で見つけた植物や花で飾ってくれました。

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この天井から鉄製自在(これがまた市川商店)になにげに飾った枯木もまた、みたてさん。
ほんとにこんなセンスとアイデアはどこからでてくるのだろう。

お茶事の時に、こんなアイデアをまねして生かしたいなあと思うのですが、いかんせんわたくしにはセンスがいまいち、、、sad

さあ、「懐石」のあとはお菓子でお茶を。


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おお!
作るところから!
そうきましたか、、、


和菓子は最近あちこちでよく拝見する創作和菓子のユニット日菓
さん。


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枯れ葉をかき集めるように、秋色のきんとんを作ってくださいます。

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一方でお茶担当の好日居さん、市川さんの大きな器に山土産の葉っぱやドングリをいれて、この上から抹茶をふりかけます。

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葉影を写し取ってお抹茶を点てる。

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しかも黒文字の代わりが山土産の枯木の小枝の先を削ったもの。

枯れ葉の佳い香りに包まれて、ほろほろと甘いお菓子をいただき、お茶をいただく、、、最高の贅沢です。


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いわば茶室の花は、これまたみたてさんのオリジナル、4寸、6寸の木箱シリーズ。

カラスウリやら、珍しいところでは桐のつぼみやら、秋がいっぱい。


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このエビ天のしっぽみたいなの、なんだかわかりますか?

松ぼっくりをリスがかじった残りの芯の部分なんです。coldsweats02
初めてしりました。

Kちゃんによると、御所にもよく落ちてるらしいです。
こんどみつけにゆこう。


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2種目のお茶は、、、、


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武夷岩茶の奇蘭。

茶葉そのままの香り、温めたチャフーに入れたときの香り、お茶の香り、とそれぞれ変化します。

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もちろん、聞香杯にいれて、香りを楽しみつつ飲みます。
岩茶独特のさわやかなほのかな香りを楽しむ。


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2種目のお菓子の方は、陶板で裏を炙った「焚き火」のお菓子。(だから枯木の上に乗っています)
しかも木の枝付き。


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ういろうの中の火の色の餡が、ほっこりあたたかくて、ちょうどあんこ餅を焼いたときの懐かしい味。

お茶は三煎まで楽しんだあと、この席だけのオリジナルブレンドを作ります。

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すなわち、チャフーのなかにそれぞれがお好みのものを付け足していきます。


生姜(一番人気)、オレンジ、リンゴ、クローブ、粒胡椒、角砂糖、バラのつぼみ、シナモン、八角(これは不人気で入れず)。


とてもさわやかでフルーティーで、生姜のおかげで体が温まりそうな佳いお茶になりました。


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なんだか夢のようなひとときでした。
殺伐とした日常を忘れて、ふわふわと仙人のように遊ばせていただきました。

菜花茶菓器事、チームのみなさま、御連客様、ありがとうござました。

2012年11月26日 (月)

玄庵茶会・藪内のお茶〜香雪美術館

朝日新聞創業者の村山龍平は、明治・大正の実業家、政治家であったと同時に、美術蒐集家、数寄者としても有名で号を玄庵、香雪と称しました。


晩年は事業の傍ら茶事を再々行い、大阪の実業界を中心に茶の湯の会を起こしたそうで、小林逸翁、野村得庵、畠山、根津など綺羅星のごとき実業家茶人とほぼ同時代の人で、また交流もありました。

この龍平さん、毎年命日の11月24日あたりに追福茶会=玄庵茶会が催されます。

神戸の六麓荘といわれる御影にある香雪美術館
ここは宏大な旧・村山邸の敷地内にあります。
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裏千家の茶会などではもうこのあたりから着物姿の方をたくさん見かけるのですが、だ〜れもいません。
日にちを間違えたのか?と一瞬思ったほどでした。
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あ、ここまできたらおられました!


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すでにここからもう紅葉が見事で。

玄庵茶会は村山龍平にちなんで藪内流なので、学ぶ人口から行ったらかなりの少数派。
がゆえに、お弟子さんとお家元との距離も近いようです。
そういうのって、ちょっとうらやましい。
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こちらの数寄屋がお茶室への入り口かと思いきや、ここはなんと単なる荷物置き場。
荷物置き場からしてもう立派なんですけど、、、coldsweats02
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なんと美術館をそとからぐるっとまわって裏から初の村山邸へ。

一歩はいっただけで、おお〜っ!!
御影の町中に突然あらわれた山の風情。
ここはどちらの森?、、、でしょうか。

檜皮葺の編笠門(実際見るのは初めて)をくぐれば、、、、、


時はまさしく紅葉の美しさが最高潮。
一歩歩く毎にかわる景色は、どの瞬間もため息が出るほど美しい。lovely
(写真がないのがかえすがえすも残念。)

旧・村山邸(重要文化財)は今回見ることのできなかった洋館と、数寄をこらした和館が隣り合っていて、当時の建築の雰囲気を感じることができます。
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ちなみにこの遠景にみえるのがその洋館。

茶会は、宏大な和館をあますところなく使っておこなわれます。

それにしても和館だけでも大名屋敷くらいすごいのに(50畳の大広間あり)、これに同じくらいすごい洋館があるなんて、いったいどんな大邸宅なんだ!

和館の寄付で芳名録にサインしたあと、待合へ。

寄付と同様、こちらにも大きな大名火鉢にたっぷりの炭が手あぶり代わりに置かれていて、朝冷え込んだこの日にはなによりのご馳走。

松平不昧公の軸は、中国の茶碗の底に書かれている文字をそのまま不昧公がしゃれて書いた「福貴長命金玉満堂〜○○年製」。
(○○は中国の年号でしたが、忘れた、、)

お白湯をいただいたあと、こちらで主菓子を。

末富さんのきんとん「錦秋」。
紅葉の赤、常磐木の緑、銀杏の黄の三色のきんとん。
美味しゅうございました〜heart04

こちらの障子をあけてながめる露地の紅葉も見事。
寒さを忘れて開けはなって見とれておりました。


迎えつけのあとは、初めてくぐってみる中潜り(裏千家では中潜りはありません)をくぐって腰掛け待合いへ。

ここからの紅葉の眺めもまたなんとも、、、(さっきからこればっかりですねえ、、、coldsweats01だってそうなんだもん)

銅鑼の音につくばって目を閉じると数匹ではきかないようなたくさんの鳥のさえずりが聞こえます。

いよいよあの藪内流家元にある燕庵の忠実な写し茶室である玄庵へ。

村山龍平は、藪内流の薮内節庵に就いて茶を修めたため、玄庵は彼の指導を受けて建てられました(明治44年)。

薮内家では、伝来の茶室「燕庵」を写して建てることは相伝を得た人だけが許される定めになっており、村山邸に燕庵写しが建てられたのは破格の扱いだったそうです。


今年春頃NHKの趣味悠々で藪内の茶の湯のシリーズが放送され、若宗匠がでてはりましたね。


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あとでこの本読みなおすと、本当の燕庵かと思うくらい見事に写されています。


三畳台目+一畳の相伴席。
あのTVで見た若宗匠が濃茶を点てて下さいます。

点前座には色紙窓があって、するすると外から簾をまきあげられると、きれいな虹のいろがプリズム効果ででて、きれいです。

他にも墨蹟窓、下地窓、突き上げ窓、風炉先窓と窓が多く、(暗い利休好みの小間も好きですが、)こういう光の変化が楽しめる窓の多い茶室もいいなあ。
そういえば、燕庵はもともとは織部屋敷の茶室でしたね。
これが織部好み。

軸は南宋の画家、 徐煕(じょき)の梅鷺図。
せ、、、千年以上も前の絵でっせcoldsweats02

主茶碗の津島伊羅保でいただきましたが、この茶碗、不昧公の雲州蔵帳にのっている名物なんですって!!

大ぶりで、雨漏りがごっつう渋いよいお茶碗でした。

そして、そして、いつもはガラスケースの向こうの唐物茶入を人生初、この手でさわりました〜happy02きゃ〜!!


大名物、漢作唐物・薬師院肩衝。

堺の医師薬師院竹田法眼定信が所持したことから。
別名針屋肩衝とも。

女性の手にはあまる大ぶりなのに、この軽さは一体、、
これが唐物なのね。じ〜ん、、、、crying(感涙)


濃茶席で興奮(?)したあとは和館の二階の大広間へ。
かの50畳敷。
ここからの庭の紅葉がまた美しく、目をあげると神戸の市街が見えるんです。

目もくらむような大ぶりの湖東焼の大壺に、これまた見事な生け花。

そして薄茶席は藪内の重鎮、随竹庵福田宗匠が担当されました。

広間なのでほっと一息、ようやく藪内のお点前をおちついて拝見できます。
武家点前ですから帛紗は右腰、帛紗さばきも独特で、茶器を清める所作が刀をさっと鋭くふりあげたようでかっこよい。
そしてお運びさんも全員男性。

軸は春屋宗園和尚が藪内初代、剣中に乞われて書いた「臨済四照用語」。

仁清の冠水指がおもしろい。
ちょうど閻魔さんの冠みたいに横に角が生えているんです。
金森宗和の箱書き付き。

お茶碗もノンコウの黒筒(銘・寒空)とか遠州切形の高取とか高麗の黄伊羅保とかあれとかこれとか、、、、lovely

ちなみに私は初代大樋の飴釉渦巻紋の茶碗でいただきましたっ!


そして藪内独特のつぶつぶの炉中灰、および蛤型の四隅もばっちり拝見。

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夢見心地で眼福をいただいたあとはやはりお腹の方も、、、

和館の二階から階段をおりてひろいお庭へ。

こちらに紅葉した美しい木々でかこまれた広場みたいなところがあって、ここに村山家の紋入り幔幕を張り、贅沢に庭師さんが薪をくべています。


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こちらで点心をいただく。


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しかも高麗橋吉兆ですのよ〜happy02

見上げば美しい紅葉の天井、あまた聞こえる鳥の声、、、
このここちよい空間に、ほんとうにいつまでもたたずんでいたい、、、そんな気持ちでした。


はあ、、、昔の貴紳の方々はこうして季節毎、茶の湯を楽しまれたのでしょう。
うらやましいことこの上なし。

でも、庶民の私でもこうして参加させていただけたのはありがたいことでした。

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ほんとうに偶然なんですが、10月の高麗美術館主催のソウルへの旅でごいっしょした方と同じお席だったんです。
びっくり!
お茶の世界は狭いですね。
でもうれしいご縁でした。happy01どこかできっとまたお目にかかれますね。


最後に美術館の方で開催中の「寛永文化の茶人たち」展を拝見して、またほ〜っとため息をついて帰路につきました。


*ひとつ学習したこと

宗旦が伊勢路の能古(のうこ)茶屋で手に入れた竹で二重切花入を作って楽家三代道入に与えた。
彼はこの花入を好み、これに花をいれていつも客人をむかえたことから能古〜ノンコウと呼ばれるようになったとか。

2012年11月19日 (月)

弘道館月釜〜開炉・宗旦忌にちなんで

本日、11月19日は宗旦忌であります。

祖父である利休が賜死したため、時の権力にさからわぬよう、ひたすら地味に貧しく生き抜いたことから「乞食宗旦」ともよばれますが、それゆえに利休の「侘び茶」を身を以て体現した人でもあったと思います。

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弘道館の月釜の日、御所に車をとめたらあたりは黄色い絨毯がしきつめられていました。
きれいだけど、タイヤがちょっとスリップwobbly

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日ざしも影が長くなって、あと一月ほどで冬至なんだな、と実感。


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待合の障子の影も淡々と柔らかい。
このほの暗さ、ほの明るさが障子の功徳、日本建築は自然の美しさとうまく調和していて、やはりいいなあ。


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待合へご案内がきて、、


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本日は露地を通っての席入りです。

いつもの広間でまず開炉祝いの善哉をいただきます。


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珠光の禅の師であった一休禅師が、大徳寺の住職からお餅の入った小豆汁をごちそうになり「善哉此汁(よきかなこのしる)」と言ったことから善哉。

珠光は侘び茶の嚆矢ですから、そういう意味で、善哉という食べ物はお茶の世界ではとても重い物なのです。

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おお!
白い善哉!

この日のために特注の粟餅とめずらしい白い小豆でつくられた白善哉です。

ありがたや、ありがたや。


さて、ここで太田さんからクエスチョン。

善哉には食べ好いように黒文字の他に赤杉箸が添えられますが、裏千家ではこれは横から見ると長い平行四辺形。
では横から見て台形の杉箸は何流でしょう?

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正解)表千家。

ひねりすぎて藪内とか織部流とか言って間違えましたが、正解者には北野天満宮・御土居の入場券が。
残念!sad

座敷の掛け物は宗旦忌にちなんで、宗旦狐の画賛。

ただし、杖のような物をもっているので、ほんとうはお能の「釣り狐」の白蔵主ではないかと私はにらんでいるcoldsweats01

まあ、鼠の天ぷらを食べて正体を現してしまうところは同じだけれどね。

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これは10月ごろに撮った相国寺にある宗旦稲荷の写真。

宗旦に化け、本物と見分けが付かないくらい上手な点前をし、相国寺の財政難も救ったという逸話があって、いまでも親しみをこめて相国寺に祀られています。


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相国寺近くの豆腐屋の危機をある時すくった宗旦狐ですが、御礼に豆腐屋からもらった鼠の天ぷらを食べ、神通力を失い、犬に追いかけられて命を落としたとか。

そのよけいなことをした豆腐屋さんの子孫がいまでも寺町今出川あたりでまだ豆腐屋をやっているそうですよ。


もう一つの床の掛け物は狩野探幽の豪快シンプルな墨絵の火珠。
11月、京都の各神社では護摩木を焚きあげる、お火焚きがおこなわれますので、火珠はそのシンボルなんです。

(ちなみに京都では紅白のお火焚き饅頭とおこしを食するそうですが、私はおこしの方はまだ未体験です。)

生活に窮していた宗旦は、大徳寺の僧侶に字を書いてもらってはそれを売って生計を立てていたそうですが、探幽とも親交があり、その絵がいくらで売れた、という消息も残っているとか。

自分は生涯仕官をしませんでしたが、3人の息子を(長男は勘当された)それぞれ有力大名に仕官させるなど、意外とちゃっかりしてますね。
それでもだれからも憎まれなかったのは宗旦の人柄なのでしょう。


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これは濃茶席の花ですが、これとは別に広間には花器にいけられた椿と、その敷板の上にぽとんと椿のつぼみが置かれています。

これも宗旦にちなんだ宗旦椿の趣向。


ある寺の和尚さんが、寺の庭に咲いた「妙蓮寺」という銘のある椿の一枝を、小僧に持たせて宗旦のもとへ届けさせたそうです。椿の花は、とかく落ちやすいので、気をつけていたものの小僧は、途中で花を落としてしまった。

宗旦は、小僧の粗相をとがめず「今日庵」に招き入れ、利休のかたみの「園城寺」の花入に、花のない枝を投げ入れ、その下に小僧があやまって落とした椿の花を置いてともに茶を飲んだ、、という逸話。


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濃茶席の軸は吉田兼好の「神無月(太陽暦でいまごろ)云々(読めなかった、、、)」という歌。
すごいものが次々でてきますねえ、弘道館。


茶器は宗旦の小棗。

高麗刷毛目茶碗で濃茶、いただきました。


宗旦の人柄に思いを馳せつつ、帰りのよりみち、例によってとらやさんの一条菓寮。

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お火焚き饅頭ならぬ、ほかほかの虎屋饅頭をいただく。

ほっjapanesetea

2012年11月15日 (木)

霜見月雑記・2012

つれづれなる日々の雑記。

<その1> 岡崎神社

岡崎神社へ、お火焚の護摩木をおさめに。

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ぎょっ?!
ウサギの団体?

実はこれ岡崎神社のシンボル=ウサギのおみくじ。
ウサギがおみくじの紙片を持っているわけで、そのあとのウサギをどうしようかな、、、と思った人が神社のここに置いたのが初めでしょうか。
以後どんどん自然増殖した模様。
さずが安産の神様。

<その2> kitさん

河原町丸太町をちょっと上がったところ。
ここはちょっと前まで町の洋品店さんだった。

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そこが素敵な雑貨屋さんに変身。
(まだ○○洋品店の看板が残ってますcoldsweats01
kit さん

ここのラインナップがまた私には、ストライク。

アンティークのようなブロカンテのような雑貨、ちっちゃな手作りクッキー、f/styleの衣料品も。
韓国のオーガニック干し菜、すてきな小盤(ソバン)まであった!lovely

実はkitさん、夏に好日居さんでプレオープンイベントしてはったのよね。

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うれしいのは李青さんセレクトの李朝芸術関係のミニ文庫があること。

楽しいよりみちショップがまたできた。

<その3> 点心

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吉田神社献茶式の点心。
三友居さん。
これに3服茶席がついて3000円。
吉田神社、おすすめ!


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社中の炉開き茶事の点心。
一品ずつ持ち寄って。
ちなみに私の担当は柿なます。
快心の出来であった(むふ)。


<その4> 喫茶いのん

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鴨川。
丸太町橋から。
この橋の西詰めに気になっているカフェが。


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喫茶いのんさん。

ここは私が学生だった頃、「エルゴ・ビバームス」というおされなイタリアンレストランだった。
(現在は少し西に移転されている)

空き家になってどうなるのかな〜、、と思っていたら、オープンカフェもある植物に囲まれたすてきなカフェに。

なんでももとは四条烏丸のオフィス街にあった喫茶店だそう。

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この鴨川ビューはなかなかのお値打ち。

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グリーンがわさわさなのは、すぐお隣が花孝かもがわというお花屋さんがあるから?

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コーヒーとシフォンケーキ(3種類から選べる)をいただきました。
ランチメニューも充実。
オープン席もいいけれど、お店の中もすてきだったので、寒くなったし次回は中で。


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カラスウリの実もここで売っていたもの。
こんなものまでゲットできる素敵なカフェ、またひとつゲット。

<その5> まゆまろ


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先日の植物園での「お茶といけばなの祭典」、スタンプラリーがあって、その景品がこれだった。

まゆまろの懐紙。

国民文化祭のキャラなんだが、今年も健在のようだ。

<その6> しかまファインアーツ


姉小路と富小路の交差するあたり、しかまファインアーツさん。


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民藝の精神に貫かれた工芸品を主に扱っている。
これもツボ。

いつ前を通ってもしまっているのだが、この日は事前連絡してOK。

今度の茶事に使うあるものをもとめに。

むふふ、、、I've got it !


<その7> 惚れた、、、、

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茶道系雑誌「なごみ」で連載中の「日本建築集中講座」。
建築家の藤森照信氏とこの山口画伯の漫画解説がおもしろいのだが、こんなすごい絵を描く人だったとは知らなかった、、、coldsweats02

、、、、、惚れた。(しかもええ男やしlovely

<その8> 猫

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  cat「、、、、、、、、、」

ちょっとアンニュイなプリさん。

数ヶ月前のシェルさんに続いて抜歯の憂き目に。

シェルさんは2本だったけれど、プリさんは下の牙2本をふくむ4〜5本抜かれた。

にゃ〜となくと、下の牙がないのでなんだか間が抜けてる。


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でも、ま、ごはんのカリカリ(猫はかまずにのみこむ)食べられるようになって、よかったね。

2012年11月10日 (土)

寒蘆茶会〜佐川美術館・楽さんの茶室

守山市の佐川美術館にある、楽吉左衛門さんが作った茶室をはじめて訪ねたのは昨年1月でした。

景色の見え方、光の変化、季節の変化、材料の吟味、、、、あのかたは建築が本職ではないにも関わらず、どうしてここまですごい計算をすることができるのでしょう。

水面すれすれの高さにある広間の茶室(俯仰軒)にすわって、蘆の群生とその彼方に見える比叡山を眺め、ここを動き去りがたく思ったことでした。

そしていつかここでの茶会に参会したいものだと。

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念願かなって本日は「寒蘆の茶会」へ。

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總屋SOHYAさんで生地から選んで染めてもらった香色一つ紋を初おろししてでかけました。


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まずは寄付へのオーストラリアの枕木の路を歩きます。

遠近法を利用してさらに奥深く見せる路の向こうにどんな茶会がまっているのか、、、という期待でテンションがどんどんあがります。

一度来たことはあるのに、茶会の客としておとずれる、というシチュエーションの違いだけでこうも心に映る景色がちがうのですね。

これこそ非日常の茶会というものの功徳ではないかしら。

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寄付には大きな一枚板の鉄刀木(タガヤサン)のテーブル。
大きな割れ目が入っているため、本来は建築材としては使用できず破棄される運命にあったもの。

楽さんに出会えて、こうしてみんなに愛でられる。
物にも運命というものがある。

このテーブルで点心をいただく。
琵琶湖の幸をありがたくいただく。

この時に雨でもないのに水の流れが高いところから落ちる音がたえまなく聞こえ、ああ、これはこの前は気づかなかったな、、と。


実は隣接する腰掛け待合いは水露地と命名され、腰掛けの目の前の水盤を囲む壁から常に水が流れ落ちているのです。

ただ座っているだけでは気づかない。
茶会への期待をいだきつつ、心静かに点心をいただく時、五感がとぎすまされてきて初めて気づくのかなと思いました。


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その水露地はまるで水の中に浮いているような錯覚を覚えさせます。
ここにずっとすわっていたいな。


コンクリートの壁にかこまれた茶室に入る中潜りはまるで躙り口。
中が暗いので、この先にどんな異次元がまちかまえているのだろうとわくわくさせます。

大きな大きな四方の埋蹲居。
前回は見るだけでしたが、今回はちゃんと使わせてもらいました。
どこに使用後の水を流すのか、使ってみて初めてわかったわ。
楽さんの焼貫の茶碗と同じで、なかなか使用がむつかしいcoldsweats01

小間(三畳半)の盤陀庵。

見学の時は中へは入れてもらえませんでしたが、今回はお茶こそいただけませんでしたが、中へ入って一時坐すことができました。
おお、、、こうなっていたのか。

天井がとても高いので、しかも船底にちかい煤竹張りなので、まったく狭さを感じません。
壁が越前和紙のスクリーンなので、よけいに解放感を感じます。小間なのにね。

和紙の中にアクリルの細い板が埋め込まれていて、陽が当たると透けて見えてとても美しいと前回聞いていたのをついにこの目で見ることができた!

すごくすてき!lovely

透明な竹が茶室の向こうに立っているような、、そんな感じ。


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そして広間の俯仰軒(八畳)。

ここは解放感120%、しかも前面には葦とヒメ蒲の水庭。この水庭と茶室の畳が同じ水平位にあるのです。


こちらで確かなお点前でお薄を一服。

主茶碗はあの、例のごっついゆがんだ焼貫。
茶筅通しも、茶巾で拭くのもちょっとたいへんそうcoldsweats01

男性の方のお点前だったのでそれほど違和感はありませんでしたが、女性だとちょっと似合わないかも。
銘が「雨既ニ過ギ」
雨があがったあと、雲の向こうに見えてきた険しい連峰のような飲み口のでこぼこ。
荒々しい篦目。


私は(なんとなく)次客になったので黒楽茶碗でいただきました。
つやつやとした黒の中にさっと異質な黒が一刷毛さされていて、とても美しい。
掌にのるかんじもとてもよくて、こちらの方が私は好きだな。

銘「夜たって月に対す」

あの一刷毛は月だったのか。


ちなみに同行した楽さんファンの友人は断然焼貫派でした。


数茶碗は、数茶碗といっても、楽さんがフランスで、ルビニャックの土、釉薬で焼いた茶碗。

特筆は蓋置。
これも楽さんが焼いた物で形はほとんど石でできたcube。
穴の開いていない蓋置を初めて見た!

これも使う人を選びそうだなあ。

建水も楽さん作。
(こういうとき何でも自分で道具を作れる人はいいなあ)
これは中の景色がよかった。
普通客が見る物ではないので、使う亭主だけのお楽しみ。


そうそう、水指も大ぶりの水盤のような黒い焼き物。
茶器も一閑さんとの合作。

唯一楽さん作でないのは釜と茶杓だけかな。


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この俯仰軒は正客の座に座ると真西向きになり、水庭の向こうに沈む夕陽を見ることができるとか。
この日はあいにく曇りでしたが、薄く鴇色に染まっていく空をながめつつ茶室をあとにしました。
こうして楽さんファンはますます増殖するのね。

この日もなんだかシアワセな一日でしたわ。
(リアル世界はいろいろとたいへんなんですが、、、)

2012年11月 8日 (木)

2 ways of the 茶の湯

先日吉田神社でおこなわれた坐忘斎家元の献茶式。


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台子、皆具を用い、場所は神聖な神社神殿前。

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書院茶の原点である神仏への捧げ物としての茶。

私の理解の限りでは、お点前は「真之行台子」とほぼ同じ。

実は坐忘斎のお点前を拝見するのは初めて。
大宗匠のは何度も拝見する機会があったけれど。

点前所作が美しいといわれるだけあるなあと、みとれておりました。

吉田神社は他の献茶式の場所にくらべるとこぢんまりとしていて、お勧めです。


参式された方の中に遠目でもすごく素敵なオーラに包まれた紫の着物をお召しの方がおられました。
よく見ると、あらまあ!
今年の2月、弘道館でお点前してくれた上七軒の尚鈴姐さん!

さすが、なにげに立っておられるだけでたたずまいが違いますね。lovely

さて一方、こちらは先日京都府立植物園で開催された「お茶といけばなの祭典」。

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利休の待庵もびっくり!!の二畳。

鴨川べりで道行く人にお茶をさしあげる謎のcoldsweats01茶の湯者集団、鴨ん会さんの茶室。

そういえば、昨年の植物園大茶会でもこんな組み立て式茶室をだしておられたっけ。(昨年の記事から)
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(そのときの私のコメントも「待庵もびっくり!」だったcoldsweats01語彙貧困、、、、)

今年はさらに茶室はシンプルに木製棒をプラのコネクターでとめただけの二畳向板。
壁もなくなっちゃいました。

これってすごい!
待庵よりさらにそぎ落としてるぞ!
これぞ究極の「草」の茶。

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この釜敷を見よ。
どこかで拾ってきたブリキ缶の蓋だろうか?

でも、お点前はほんものでしたよ。
植物園のフィトンチッドをいっぱいに浴びて、涼やかな秋の気配を感じていただく一服。
侘び茶もここまできたか。

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もう一つの草庵(?)も謎の集団「竹咲 竹居庵」。

泥棒さん御用達の唐草風呂敷に、つぎはぎも侘びっぽい敷物。
ぐるりを竹の簾で囲った空間。
台所用品とおぼしき風炉先(アルミ製でございます)、あやしい羽織をはおった亭主。

こちらはちらっと遠くからみただけで、詳細を見ておかなかったのが残念。

こちらは丿貫(へちかん)さんもビックリ。

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私は大名物を美術館で見て喜ぶし、方や日常生活道具の見立てもとても面白いと思う。

真台子点前を習うきびしさも好きだし、小習の奥の深さも好き。

茶会ですごい茶道具(とても高価)を拝見して眼福と思うけれど、有名作家のものでない道具をバカにするエセ茶人には腹が立つ。
茶の湯という共通言語が通じない世界にいっちゃった崩しすぎでひとりよがりの茶会は時に見苦しいと思う。

真の茶も、草の茶も、書院茶も草庵茶もどちらも捨てがたい。

侘び茶の完成をめざし、あらゆるよけいな物を削ぎまくった一方で、ちゃっかり黄金の茶室も作っている、、、利休さんは「真」と「草」の間を自由自在に行き来された方でした。

でも凡人には、そこらへんのさじ加減がむつかしいのよ。
自分のめざす茶事、茶会はどこらへんに軸足をおこうかな。
どこに置くのが、「茶禅一味」の世界に一番近いのだろう。

と、そんなことを考えて混乱しているようではまだまだ青いわね。(年齢は青くないけど)


とりあえず次の茶事のテーマを考えねば。
うむむ、、、、

2012年10月29日 (月)

徳川様のお茶会へ〜徳川美術館

ここは尾張の国。

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家康の遺品や尾張徳川家伝来のお宝がわんさかころがっている徳川美術館

毎年利休忌のころ、織部が利休から拝領し、利休亡きあと位牌仕立ての筒にいれて持ち歩いたという「泪」の茶杓が公開されるのにあわせて、来たことがあります。

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毎年秋に7〜8日間、日替わりで各流派による徳川茶会がひらかれます。
美術館所蔵の茶道具を使ってheart02happy02shine


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早朝起床、着物を着て雨の中到着したのは午前8時すぎでしたが、もうたくさんの方が並んでおられます。
お茶人さんは、ほんま朝が早い。


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これを楽しみに全国各地からみなさま、おいでになるのです。

この日は最高の参加者だったそうです。
私はたまたまこの日しかあいていなかったからなのですが、なんとこの日の担当は今日庵文庫の筒井紘一先生だったんですねえ。
だから人気だったとか。


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この日、関東からお越しのK様ご夫婦と落ち合って、御指導かたがた、ずっとごいっしょしていただきました。

早起きの甲斐あって、あまり待つこともなく、スムーズに移動。

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副席の薄茶席は山ノ茶屋にて。

江戸時代の茶屋で、名古屋城から移築された物とか。


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待合の天井も竿縁、化粧屋根裏、網代と凝っています。

床には家康の「道中宿付(旅程の覚え書き)」。

九 江戸  十八 戸田 廿二 河越、、、

九日に江戸を出て、十八日に戸田に着いて、、、というようなメモですが、だれがこんなものをとっておいたのか?
まさかこんなメモが400年後に待合掛けになるとは、家康も思わなかったに違いない。

薄茶席の席主は筒井先生の奥様。(お道具よりインパクトがあって(?)ちょっとみとれてしまいましたわlovely

軸はなんと足利尊氏の和歌懐紙。

  「あつまち(東路)をまたたひ人(旅人)のたちかえり さはらで君にあふ坂のせき」

尊氏といえば14世紀の人でしょ?
そんなすごいのが残っているんだcoldsweats02


K様がお正客をされたので、お相伴で思いがけず上座の良い席にすわれました。(らっき〜)

高麗刷毛目茶碗、しっかりとこの手で確かめました。
かたちが沓形にちかいようにゆがんで、とても珍しい刷毛目。

釜は香炉耳釜。
大徳寺・達磨堂にあった香炉を釜にしたもの。
鐶付が鍋のように付いているので、鐶は特別なものを使わないといけないだろうな。


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三葉葵の御紋の幔幕の道をたどって今度は本席・濃茶席へ。
茶室は餘芳軒。
名古屋市内にあった数寄屋建築を移築した物。

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こちらの待合でお菓子をいただく。


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中の紅が美しい薯蕷はご当地、両口屋是清 「秋の初花(=菊)」。

ついでに最近清課堂さんでゲットした末広の菓子切りをさりげなくアピールcoldsweats01

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待っている間に心空庵(四畳半)を拝見。
もと尾張徳川家代々のお茶道役をつとめた平尾氏の茶室。(オリジナルは空襲、台風で倒壊)


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お武家さんらしいすっきりとした茶室でした。

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本席では筒井先生が半東で、お道具の解説をしてくださる。
そりゃ専門家ですもの、興味深い話がてんこ盛り。
もう少し時間があってゆっくり聞けたらなおよいのだけれど。

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お軸は重文の天遊松谿(15世紀ごろの謎の画僧)の「寒山拾得」図。

お茶碗が肥前松浦家伝来の井戸「九重」(五島美術館から貸し出し)やら、大井戸やら、、、もう普段はガラスケースの向こう側よね。

茶入の古瀬戸肩衝「虫喰藤四郎」は釉薬がまだらになって、なるほど〜、なネーミング。
すごいもの見たわ。

飾られていた香木の伽羅はかの有名な一木四銘(同じ香木を4つに分けてそれぞれ銘がついている)の一、「白菊」。
これかあ、、、
森鴎外の「興津弥五右衛門の遺書」にでてくるあの白菊ですよ。

蘭奢待のあのでかさを想像していたら、ほんの一握りくらいの小ささでしたね。
聞香してみたいけれど、これを焚く人、、、、おらんやろうなあ。


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点心はボリュームたっぷりで、京風薄味にじゃっかん物足りぬ私にはうれしいしっかり味付け。

お酒もついてるわよlovely


食事のあとは、K様ご夫妻の解説つきで美術館の特別展(徳川将軍の御成)を見る。

これがまた、、、、もう、大名物、大名物、大名物、たまに中興名物、そして重文、、、
茶道の雑誌やテキストでしかお目にかかったことのない有名な道具がげっぷがでるほど、これでもか!と。

さすがは徳川様。

茶道系美術館5〜6館分は十分ありました。
それにしても一般的に唐物茶入の大きいこと。
よほど手が大きくないと、とても胴拭きなんかすんなりできそうもありませんわ。

そして「へうげもの」ファンのみなさま、こちらもでていました!


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唐草文染付茶碗、別名「荒木高麗」。(「へうげもの」第1巻を見よ!)

荒木村重が所持していたもので、漫画では命の代わりに織部へさしだし、やがて利休の手にわたったと書かれていますが、ほんとのところどうなんだろ。


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ちなみにこの(重い)図録は茶会の記念品としていただいたもの。
もう一つの記念品がこのお茶碗lovely


尾張徳川家伝来の高麗雲鶴茶碗「高浜」の写し。
これ、次の茶会で使おうgood

とにもかくにも目の正月、耳の正月的なお茶会でございました。
一日おつきあいくださいましたK様ご夫婦にも感謝いたします。

2012年10月26日 (金)

竹中大工道具館巡回展〜数寄屋大工・神戸

神戸の中山手あたりは兵庫県庁とその関連施設がたくさんちらばっているエリア。

2年前まで兵庫県民だったので、年に一度くらいは足を踏み入れていた、ちょっと懐かしい場所です。

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JR元町駅から山の手に(北)あがっていくとまずはこんな建物が。

これは兵庫県公館とよばれる建物で、現在は迎賓館、資料館として使用されていますがかつては県庁舎だった建物。

フランスルネサンス様式で竣工は明治35年。
当時は海洋都市・神戸の威容をしめすべく、最大級の庁舎であったとか。

残念なことに戦災で焼失し、外壁以外は後に修復されたものですが、その歴史的価値を鑑み、重要文化財になっています。


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神戸栄光教会。

このあたりが神戸らしい景色。

以前の教会堂(大正年間の建築)は阪神・淡路大震災で倒壊、現在の物は8年前にあらたに建てられた物。
(以前の教会は記憶にないなあ、、、、)


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さらに北へゆけば、神戸市唯一の日本庭園、相楽園。
かつては明治の神戸市長の庭園だったそうな。

菊花展などやっていてのぞいてみたかったのだけれど、今回の本命はこちらですので、、、

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おお、いきなり天平の寺院の柱のオブジェが。

竹中大工道具巡回展〜数寄屋大工を東京でやっているのは知っていて、いずれ関西に来ることは知っていたのだけれど、なんで大阪・京都でなくて、神戸?

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、、、、と思っていたら、神戸にあったんですねえ、竹中大工道具館
って竹中工務店の施設が。
こんな県庁の近くにこんな記念館があったとは、気づかんかったわ。

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このポスターは如庵(織田有楽の茶室)ですね。

数寄屋建築、、、
私は建築家でもなければ大工さんでもないので、専門的知識はありませんゆえ、ただ茶室が好き、というだけなんですがcoldsweats01


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一番見たかったのは実物大の茶室構造模型。
(パンフの一番上の写真)


大徳寺玉林院蓑庵(重文、一度知らずに見たが、その時は薄汚れた茶室、、、、と思っていたcoldsweats01)の写しで三畳中板。


壁土を塗らないスケルトン状態なのに、中の点前座にすわって(そう、入室できるのです!)みると、意外に落ち着くのは竹小舞の美しさのせいでしょうか。

ありとあらゆる数寄屋の技法を駆使されているのでしょうが、残念ながら解説するだけの知識をもちあわせません。

木組の模型がいくつかおいてあって、さわって分解してみてください、というコーナーあり。
外見ただ3本の丸太が組み合わさっているだけ?と思いきや、分解してみると、え?!と思うような緻密な細かい細工が丸太の中にしてあって、その正確さと美しさにびっくり。

日本の伝統木造建築のすごさを改めて認識しました。


ただ、現代においてはこういう数寄屋を注文する人の数は限られているので、このような技がちゃんと伝承される保証がないのが残念です。


その他、数寄屋独特の木材の実物展示、数寄屋を構成するディテール(襖、畳、障子、引手、欄間など)、名工といわれた大工の棟梁の仕事についての展示あり。

おもしろかったのは、茶室起こし絵図。

待庵とか如庵とか、有名な茶室を紙に書いた物で、切れ目をいれて立体的にみせる絵図のセット。
これがあればあなたも(ミニチュアの世界で)有名な名茶室のオーナーになれますわよ。

それから紙の畳セット。
これを組み合わせてどんな大きさの茶室も自由自在にレイアウトできるしろもの。
三畳とか二畳台目とか、下座床、上座床、とか、本勝手とか逆勝手とか。

もちろんこれはままごとではなく、施主が大工さんに自分の希望を正確に伝える手段なんですけれどね。

この展示は11月18日まで。
そのあとは名古屋へいくようです。
お茶室を見るのが好きな方は是非。


さて、名工といえば、野村碧雲荘も手がけた北村捨次郎。
かれの作った北村美術館・四君子苑、週末まで一般公開中だったわ。
行かなくちゃ。

2012年10月24日 (水)

弘道館〜秋の茶事2012

気がついたときには出遅れて、すでに満席、今回の秋の茶事はあきらめていたのに、日ごろのお茶への精進がおよろしいので(coldsweats01ウソ)うまくキャンセルが出てすべりこみできました、弘道館の秋の茶事。

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空も秋晴れでさわやかな1日となりました。

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日ざしも影も淡くなってきましたね。

この日の御連客は9名。
こぢんまりしたよいお席でした。

待合掛けは沢庵宗彭の画賛を松平不昧公が写した物で、馬追の絵。

P1010078(石蕗)

本席の掛け軸は清巌宗渭の消息。

(清巌和尚といえば「今日庵」の名のもとになった「懈怠の比丘明日を期せず」のお方です。)

大徳寺170世住持でしたが、その前に堺の南宗寺にもおられたので、「南宗寺」のサイン。
宛先は片桐石州。

石州に清巌和尚が頼まれていたものなのか、利休の茶杓の筒ができたので受け渡しの日を相談、、、云々の内容。


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日付が九月十五日。
旧暦の今頃で、それで掛けられたとか。

待合の澤庵さんも南宗寺におられましたので、それのつながり。


もう一つの床には歌舞伎役者、4世中村富十郎の筆になる栗の絵。
(彼の後妻さんは昭和の夕霧太夫)

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弘道館スタッフ手作りの懐石はとてもおいしい。
こんなに上手に自分で作れたらなあ、、、。

そとは明るい日ざしなのに、茶室の中はほの暗く、まずい写真ですが、強肴のお皿。
とぼけたおぢさんがのぞき込む一閑人のようなユニークなお皿は、多分脇山さとみさんのものだろうな。
(弘道館で個展しはったし。あ、夢風庵様の師匠でもあるし。)

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これを白いお皿の上で撮るべきでした!
透明なきれいな金色だったんですが、これではなにがなにやら、、、、coldsweats01
これ、卵の黄身の味噌漬けなんです。

風炉は侘びた板風炉、中置。


板風炉の炭出前の羽根の扱いを初めて拝見。

香合は南京瓜。もうすぐハロウィンだし。

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お菓子は栗のきんとん。

栗きんとんを作るのは老松さんだしお手の物なんですが、お店に出ているのは立派な丹波栗が原料。
ところがこの日の栗は、なんと弘道館の庭で収穫された栗を使ったのですって。

全然お店のものと遜色ありません。
いいなあ、そんな栗のなる木が庭にあるなんて。

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中立のあとの後座。

後座のお花は藤袴、リンドウ(正確な名前は失念)、それにとってもめずらしい初見の紀伊上臈ホトトギス。

黄色の花で一見茶の花のように見えますが、花の裏をみるとまぎれもなくホトトギスの仲間。

竹の花入は弘道館館主、浜崎さんのお父上の手作りとか。
すごい!

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水指が韓国のキムチの壺(種壺みたいな、、)。
これがなかなか渋かった。

私も韓国で調達した見立て道具がそろってきたので、韓国茶会したいなあ。

よいお服加減の濃茶をいただき、続き薄のお菓子はにぎやかに。


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ふきよせ。

たくさんいただきました。bleah


主茶碗の模様が、秀吉の北野大茶会の高札を淡々斎がそのまま写したもの。

ちなみに北野大茶会は旧暦10月1日(新暦11月1日)におこなわれたので、時候のもの、ということになるのです。
なかなか面白いお茶碗でした。

私は太田さんデザインのお茶碗でいただく。
内側に柿の絵。外側に紅葉。そして高台の中にツクバネという楽しいお茶碗でした。


毎度毎度書いていますが、今回も太田さんの蘊蓄、楽しく拝聴し、佳きひとときすごさせていただきました。

2012年10月22日 (月)

神無月雑記2012

<その1> 着物の染め替えと髪飾り


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これは私が学生時代から着ている色無地・一つ紋です。

学生の頃は淡いクリーム色でした。
嫁にいくにあたって母がこのカレー色金茶色に染め替えてくれました。

なにかにつけ便利な色無地ですが、なんだかね〜、この色顔写りが悪いというか、顔色が悪く見えて老けるんですよね。(まあ、確かに老けては来たが)

で、2度目の染め変えをお願いしました。

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明るい臙脂色にしました。

生地がよかったのか(おかあちゃん、ありがと)2回染め替えてもつやが失われていません。


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太陽光でみるとこんな感じで、やっぱりこの方が顔写りよいし、ちょっと若く見えるしcoldsweats01正解でした。

まだまだ活躍してくれそうです。
そう思えば着物ってほんとうに経済的。


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四条祗園近くの和髪飾りのお店、金竹堂で欲しかった柘植の髪飾りを買って、、、


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こんな感じでお茶会へ行きましたとさ。


<その2> 灰型・向山


10月はお茶では名残の月。
風炉もそろそろおしまいです。

この季節独特の中置(風炉を畳の中央において、水指が勝手付に移動)用に向山を作る。

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おお!
美しい向山!

、、、、、ってこれは師匠のです。

私のはこちら。

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なんだかなあ、、、coldsweats01

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家の風炉はとうとう片付けました。
いよいよ炉の季節ですね。

<その3> ソウル旅行・補遺

キンキラキンの華やかな建物が立ち並ぶ宏大な昌徳宮(李朝の離宮)の一部に、こんなひっそりした渋い建物群があります。

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楽善斎とよばれる建物で、王亡き後の未亡人になった王妃や王の側室が住んだ場所。


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この渋さが日本人にはしっくりきます。

日本の梨本宮家長女であり、李朝最後の王妃となった李方子(まさこ)はここで暮らして、1989年、ここで亡くなられたのだそうです。
(以前来たときに説明は聞いているはずですが、さっぱり記憶にない。というかそういう説明なかったのかも。パンフレットにも書かれていないし)

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日韓併合による確信的政略結婚でありながら、ご夫婦のお互いへの愛情は深かったそうです。

敗戦によって李垠・方子夫妻は王族ではなくなり、一在日韓国人となり日本で細々と暮らされ、希望した韓国帰国も当時の大統領李承晩により拒否されました。

1963年夫妻はようやく帰国を果たされましたが、7年後御夫君と死別され、韓国に帰化し、ここ楽善斎で暮らしたそうな。

以後亡くなられるまで、韓国の障害児教育にとりくんだり、日韓関係改善のために尽力されました。

かつての宮家の中にこんな背筋をのばして、激動の歴史の中、自分の分を見事に生き抜いた方がおられたとは。
ここはそんな方が暮らした場所だったのだなあ。


<その4> 三条京阪で、「重陽に寄せるお茶ノ時間」


10月23日は旧暦で9月9日、重陽の節句です。
新暦だと菊がまだそれほどきれいに咲かないけれど、今は菊の盛りですね。


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三条京阪にあるレストラン街・KYOUENの真ん中に突然お茶室が出現。


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好日居さんが2日間だけ出張茶会をされました。
(京阪主催で無料だったんですよ〜)

気分は「賣茶翁」だそうです。


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菊のしつらい。
どんなスペースでも茶室になるこの不思議。
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このグラスの中の日果さんのお菓子。

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取り出してみると、、、おお、小菊だ!

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あいたグラスを差し出して、抹茶をそそいでもらう。
菊花をちらした菊茶!


寿命がのびそうですね。

2012年10月13日 (土)

野村美術館講演会〜「利休にたずねよ」山本兼一氏

お茶をやっている方ならきっと手に取り、読まれているであろうこの本。

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「利休にたずねよ」

作者の山本兼一さんはこれで直木賞をとらはりました。

本日の野村美術館の講演会は彼をお招きして。とても楽しみ。


この本は、利休の切腹の場面から逆に時代を順にさかのぼり、当時の綺羅星のごとき茶人らの独白で利休その人となりをうかびあがらせ、最後に、なぜこれほど利休は「美しいもの」に執着したのか、その原点が作家の自由自在なイマジネーションで明らかにされる物語です。

夢中になって読みました。

出てくる登場人物が日本史、茶道史で有名な人ばかりなので、その人物たちにどのように血をかよわせるのかが、腕のみせどろですね。(秀吉、家康、三成はもとより、織部、忠興、宗二、古渓和尚、宣教師ヴァリニャーノまで)

ほかにも松本清張賞をとった「火天の城」は映画化されましたし、江戸時代の京ことばがはんなりとして、舞台となった寺町あたりの風情がめにうかぶようなとびきり屋見立て帖シリーズなどもお書きです。


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私とほぼ同年代、京生まれ、京育ちの京男ゆえ、お茶はずっとお稽古されているのかと思いきや、実は利休の物語を書こう、とおもいたってから初めて数年お稽古されただけだとか。
(それであれだけ書けるんだ〜coldsweats02


戦前は、京都のお寺も今のように観光資源ではなく、お高くもなく、普通に学生を下宿させていたそうで、山本さんのお父上も大徳寺の聚光院に下宿されていたそうです。
結婚後、山本さんが生まれた後も、聚光院のご住職は大家さん的な存在だったようで、子供の頃からよく遊びに行かれていたとか。

聚光院と言えば、利休の墓があり、かつては利休自刃の場といわれた(後年否定されている)閑隠席がある塔頭なので、山本さんが利休を書こうと思われたのは、必然だったのかもしれません。

(ちなみにお父上は下宿中、閑隠席でよくお昼寝されていたとか。ええ時代だったんですねえ。うらやましい)

なので、お茶のお稽古も聚光院(表千家)へ通われたのも必然(^_^;

P1000761(南禅寺:野村美術館のお隣)


利休のわび、さびとえば、一般的にはそのイメージは枯れて淡々とした感じなのだが、利休好みの道具、真塗り手桶水指、利休型棗の曲線に山本さんはえもいわれぬ艶っぽい、なまめかしいものを感じられたそうです。
それが利休について書こうと思ったきっかけだったとか。

ただ、枯れた人ではない。
ある意味悟りをひらいたひとであるが、悟りの境地とは決して枯淡なものではない。
すざまじいパッション(情熱)の人であろう。


利休が生きた時代、それは日本史上でも類を見ないダイナミックな時代であったこと、その時代背景についても海外にまで取材に行って調べられたそうで、その取材話もまじえていろいろおもしろい話をうかがう。


私は(愛読書の)「へうげもの」の織部のセリフを思い出しました。

「なんというすざまじい時代におれは生きておるのだ。」


P1000762(野村碧雲荘わきの疏水分線)
イエズス会のヴァリニャーノの章では、かれは「日本人が、鳥かごの水入れくらいにしかならぬ土くれ(=茶入)に城一つくらいの金をはらうのは理解できない。」というくだりがあり、実際彼の日誌にはそういう日本人の(理解しがたい)美意識について否定的に書かれており、その抜粋の朗読もきかせていただきました。

物語では、ヴァリニャーノが

「日本の貴人方が、なぜそのようなちいさな壺(茶入)に、大金をお払いになるか、理解できるヨウロッパの人間はおらぬと存じます」

それに対し秀吉は

「南蛮人がなぜ、ただの石ころ(=宝石)に何千ドゥカードもの銀を払うのか、わしにはまったく理解ができぬ。」
「茶入ならば、すくなくとも茶を入れるという役に立つ。宝石は、ただの飾りになるだけでなんの役にもたたぬではないか」

秀吉万歳!happy02

いや、洋の東西の美意識、価値観の違いがよくあらわされていてとてもおもしろい。

さて、最後になぜ秀吉は利休に死を命じたのか。


「ただ、キライだったのでしょう。」

coldsweats01実も蓋もありませんが、案外真実はそんなところなのかも。

秀吉のまえで、平伏はしながらも、「美に対する意識は私の方がはるかに上。おまえはなにも美のことがわかっちゃいない。」と心で思うことが唇の端ににやっとでていたのではないか。

そして利休の美への我執といえるほどの追求の源が高麗の美少女への恋と死であった、とするのは作家にだけ許される自由なイマジネーションの世界。
その美しいイマジネーションの世界で、本の表紙にもなっている一本の木槿の花は、利休の美をその生涯にわたってささえた象徴。

その言葉もうまく通じない少女と若き日の与四郎(利休)のやりとり、「槿花一日自為栄(木槿は一日しか咲かないがそれでもすばらしい栄華である)」という白居易の漢詩で心が通じる場面が美しく、また新たな利休像を造られたな、と思います。

なんでもまもなく映画化されるそうなので、だれが利休をやるのか、とっても楽しみ。

とりあえず、もういちど読み直してみなければ。


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(ちょっとプチ旅行にでます。お返事等おそくなります。ごめんなさい)

2012年10月 7日 (日)

大山崎秋茶会〜「半輪秋」

  峨眉山月半輪の秋
  影は平羌の江水に入りて流る
  夜清溪を發して三峽に向ふ
  君を思へども見えず渝州に下る
 
  (李白「峨眉山月歌」)


今回の秋の大山崎山荘の中国茶会のテーマは「半輪秋」。

半輪すなわち上弦の半月。

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昨年春の春在来の茶会は青楓を楽しみましたが、今回、紅葉にはまだ早いもののその気配は感じます。

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加賀正太郎の夢のあと、「大山崎山荘」(登録有形文化財)。

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今回会費を払うと、こんなピンバッジがhappy01参加者の目印。

まずは山荘の2階のテラスで、、、


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木津川、保津川、桂川の三川合流のパノラマを楽しむ。


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おや、庭園に陰陽の大きなオブジェが??


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と思ったら、これは大きなテーブルでした。

たしかに「陰陽太極」紋は半月の組み合わせに見えますね。
庭園をめぐって3席あるので、そこで持参した茶杯にいれてもらって、この陰陽テーブルでいただくもよし、立ち飲みもよし。

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こちらは「半輪・黒」の席。
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陰陽の陰=黒茶、つまり普洱茶(プーアル茶)。(普通固形の団茶の形で売られている。茶馬古道の時代からの伝統)

しかも熟茶(コウジカビで発酵)と生茶(経年により熟成)をそれぞれいただく。
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生茶は1980年のビンテージ物。
熟茶のあとでいただくと、まろやかでさわやか。
はっきり、ちがう。

ちなみに雲南省で普洱茶といえば生茶をさすとか。
私たちは熟茶の方をプーアルと思っていたけれど、もっと奥が深かったんですね。

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白茶に行く前に、桂花湯でお口をリフレッシュ。


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今まさに盛りをむかえようとしている金木犀の花、それを乾燥させた物。

金木犀のあの香りはほとんどしないのですが、お湯をいただくと、なぜか口中さわやか。

この桂花、黒茶や白茶に投じるとまた味がかわるのです。
こちらも試させていただきました。

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こちらの席のお菓子は陰陽クッキー。

あの宮川町の蒼穹さんのでした。


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こちらは陰陽の陽=白茶席。

白茶は日光を遮断して作られた普洱茶生茶の特殊な物。


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ちなみに玉露や碾茶はまだ茶樹の状態で遮光しますが、白茶は摘み取った茶葉の段階で天日干しでなく、夜干し、影干しをして製茶するもの。

いただいたのは「月光美人」と「白毫銀針」。

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いずれも黒茶よりさらに洗練され上品な印象。


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この茶杓置、いいでしょlovely
中国で見つけたんですって。

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こちらの席のお菓子は紙ナプキンも陰陽。
お菓子も陰陽。

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庭園席をあとにして、整理券をゲットしておいた茶室トチノキ亭の「新秋新茶席」。

ここをつくった加賀という人はお茶も愛していたので、邸内にいくつかの茶室を作っているのですが、いずれも立礼席、というのがおもしろいです。

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トチノキ亭はこんなふうに、あたかも樹上茶室の趣。

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こちらのお茶席はなんと、好日居さんが!
(いつもこちらの中国茶会ではお手伝いにこられます)

(悪目立ちする、デカイ茶杯=私のcoldsweats01


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今年とれたばかりの安渓鉄観音茶。

くるくると丸まった茶葉はよい香りがします。

これをお茶にしていただくと、さらにすばらしい芳香がたつのです。

飲んだ後の茶杯に残る香りも忘れずに聞く。


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この席のお花は菊花。
花器は竹の根っこでつくった「稲塚」。

お菓子は、、、

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波照間産の黒糖なんですが、それぞれがたたき割っていただくという趣向。

これがけっこうむつかしくて、力任せにやってもだめなんです。
かえって小さい子のほうが上手に割ったりして。

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トチノキ亭の蹲居。

この柄杓、最高lovely


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最後は小高いところにある茶室、彩月庵へ。


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外構はどうみても数寄をつくした小間?という感じなのに、こちらも立礼用の茶席。


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茶室の下を流水が流れ、青楓、紅葉を見下ろせる、というなんとも風流な席です。
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こちらでいただくのは、とっても貴重であまり市場にでまわらない「蜒香紅茶(いえんしゃんこうちゃ)」。


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蜒はウンカのことで、この虫がついた茶葉は反応してマスカットのような芳香をだし、それがかの有名な「東方美人茶」なのですが、それでつくった紅茶、ということでなお、貴重。

香りは東方美人、味は紅茶という不思議なお茶になっていました。
それにしてもたまらなく美味しい。

これは日本では手に入らないものか?


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こちらのお菓子は北京の伝統菓子、蜜三刀。

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裏に刃物で三筋ついていることから。


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こちらの花器は半輪ではなく、満月。
秋の花がたくさん。

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それにしてもすてきな茶室。

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秋の半日、茶杯をもってあちこちそぞろにお茶をたずねて。
佳き一日哉。

2012年10月 5日 (金)

自主稽古三昧

本来ならば金木犀の香りがしても良い季節ですが、ちっともただよってきませんね。

かわってこちらはお彼岸すぎて盛りを迎えた彼岸花。

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ここは毎年咲く場所。

さて、どう考えても時間が足りない、、、、

秋は、仕事休みの日には必ず茶会か、お茶友と、あるいはひとりでお茶の自主稽古。

若干ゆっくりする時間がほしいと思わないでもないが、疲れつつも点前のロジックを考えるのは楽しい。


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最近はまっている御所籠。(色紙点て)

茶箱点前は大好きなのですが、御所籠点前はきちんと教えてもらったことがありません。
(どこのお社中もあまりされないようで)

本を見ながらの自主稽古をしてきたのですが、複雑に思えた月点前が簡単に思えるほど、ややこしい。

でもお茶友さんたちに一度おしえていただいて、そうか、そういうことだったのか!とわかったことがたくさん。


なので、

「今月は御所籠月間」

と決めましたbearing

自宅でお稽古。


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道具を広げていく順番がややこしかったのですが、よい覚え方を伝授していただく。

「おみやげ3つ たこ3つ」


何のことかと思われたでしょう?

おみやげ3つは籠の蓋の上に、帛紗、茶杓、茶巾箱の3つをのせてしまうこと。
たこ3つはひきつづき古帛紗をとりだし3カ所の定位置におくこと。

これなら覚えられるわhappy01


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二つの茶碗の間にはさむ「へだて」。

私はこれをRI(放射性同位元素)マークと呼んでおります。

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道具をすべてひろげたところ。

色紙を散らした如く、、、なので色紙点て。

これもなかなか雅です。

さりながら、まったく本を見ず、すらすらできるところまではたどりつきません。

今月いっぱいかけてがんばりますわ。
(まあ、おぼえてもすぐ忘れるのですが、忘れても、すぐ思い出せるところまではもっていきたい)

さて、今日はお茶友さん宅で、自主稽古。


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この夏のあまりの暑さに負けて、夏着物はほとんど着ず、単衣にいたっては9月まるまる袖を通しませんでした。

なので久々の着物です。
(よって帯がゆがんでます?coldsweats01


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先日ゲットしたばかりの志ま亀さんの帯揚げ、初おろし。


お稽古場ではまずできない唐物、盆点の連続点前。

こうして続けてすると、その違いがほんとによくわかります。

なぜ違うのか?を考えると、やはり点前所作は論理的にできている、と納得。
論理がわかれば、覚えやすいですし。
(といいつつ、またこれも忘れるんですけれどcoldsweats01
人生死ぬまで勉強勉強。

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四ヵ伝はちょっと苦手なので、こういう機会がいただけるのはほんとにありがたいです。


書いては消し、消しては直して、、、で何を書いているのやらわからなくなっていたノートの改訂版を、これを機に完成させよう。


お稽古中、おうちでお留守番組は、、、、

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ヘソ天でくつろいでおいででした。

2012年10月 3日 (水)

平安神宮・煎茶献茶祭と茶会 2012

毎年9月最後の日曜日、平安神宮では煎茶道六流派家元が毎年輪番制で献茶奉祀されます。


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ほんご近所の平安神宮ですので、台風の大雨をおしておでかけ。(←物好き)

ガッツで和服をお召しの方もたくさんおられましたcoldsweats02

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献茶会には一般は参加できませんが、そのあと、境内〜神苑の中あちこちにしつらえられた茶席に入ることができるのです。

普段入れないような建物、たとえば貴賓館とか勅使館などにも席が。

券は2000円で2席までなので、本来ならばどこへいくか吟味して2席を選ぶところ、はじめてゆえ事情がよくわからず2席とも立礼席をチョイスしてしまいました。
できれば一方は座敷にしたかった!→来年への課題。

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こちらは皇風煎茶禮式の遙拝殿の席。

神苑の出口を入って(出口からはいるのもなんですが、、、coldsweats01)すぐの場所です。

雨にうたれる神苑の風情を楽しみながら(このときはまだ台風もあまりひどくなかった)煎茶のお点前をみて、いただきます。

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桔梗の練り切り。

たしか、煎茶では二服でるので、お菓子は1煎目をいただいてから食べるのでしたね?


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2煎目は急須ごとでてきました。
この染付は村田森・作くさい。

お点前は茶の湯と大きく道具も異なるので、ものめずらしく拝見。

煎茶道は茶の湯に比べて、江戸時代の文人墨客が愛しただけあって、作法にそれほどうるさくなく、自由闊達なものであると聞きます。

ゆえに、茶の湯以上にいろんな流派があるんですね。
100以上の流派があるとも聞きます。


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そこまでになったら、もうどうやって煎れても大丈夫(どこかの流派には適う?)なんじゃないかと思うけれど。coldsweats01

それでもせめて茶席での作法、簡単な点前などは知識としてしっておきたいと思うので、近々短期間のお稽古にいってみよう、と思っています。

期間限定、それ以上は深入りする時間が物理的にどうしても足りないので。


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こちらは額殿。
境内に入ってすぐ左手。

学生の頃、ここで甘酒接待のアルバイトをしたことがあるんですが、またこんなことで来ようとは。


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ここは小川流のお席。


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中はこんな感じです。

ここの流派はなんとびっくり!
小さめの茶碗にお茶がほんの数滴しか入っていないのです。

最初玉露かと思いましたが、小川流の特徴らしいです。

その数滴を舌の上にのせたら、ふわっと広がるお茶の凝縮されたエッセンス。

のどまでは届きません。
鼻腔で味わう、、、という感じかな。


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お菓子をいただいて、2煎目も数滴。

それでもお菓子の甘さを迎え撃つに十分な濃厚さ。

いや、これは初体験。

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おしまいの後、道具を拝見。
煎茶の道具はどれもこぶりでかわいいな。

食籠の中にでもワンセットごそっと入ってしまいそうなので、セットして常に手元に置いておけそう。


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テーブルに飾られた茶の花。(ツバキ科)

この季節に花が咲くのですねえ。


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だんだん雨が激しくなってきた神苑、泰平閣(橋殿)。

いつもは茶の湯の月釜がおこなわれる澄心亭でも席があったようです。

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こちらも座敷の席。(多分勅使館)

来年はここをねらおう!

たぶんそのころにはもう少し煎茶道を知っていると思うし、、、、(かな?)

2012年10月 1日 (月)

野村美術館講演会〜「良い茶碗」とは

野村美術館の講演会も後半が始まりました。

本日は学芸部長の谷晃先生じきじきのお話。

現在公開中の「茶の湯の名碗展」にちなんだ「良い茶碗とは」という講演でした。


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先日私も見た泉屋博古館の茶道具展で、向付としてでていた染付の器にほぼそっくりなものが、野村では茶碗として伝わっている、ということから、茶碗と向付の違いは何だろう、、、というお話から。

「山上宗二記」曰く、侘び数寄の茶道具の三要素、「なり・ころ・ようす」で茶碗をみてみると、、、

1)なり・・・用途にかなったもの(合目的性)
   茶をたて、のむのにあう形である

2)ころ・・・大きさ、比率、重さ(合審美性)
   例えば、
     茶碗の口径:高さ:高台の径=1:0,5:<0.5
   の比率の茶碗が圧倒的に多い。(これは茶入にもいえる)

3)ようす・・・茶に合う雰囲気(合精神性)

   枯高、静寂、幽玄、、、など。

これらの3要素を満たして初めて鑑賞陶器とのちがいが明確になると。

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(東博展示中の三島)

1)2)(なり ころ)では冒頭の茶碗は、茶碗と向付の両方のバリエーションの重なるところ、(数学で言えば積集合の部分)にあるといえます。


3)のようす、、、ではどうでしょう。
これは受け取り方に個人差があるかもしれませんね。


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「茶道の哲学」で久松真一があげた7つの茶道文化の性格、
1)不均斉 2)簡素 3)枯高 4)自然(じねん)5)幽玄 6)脱俗 7)静寂

これらは、そのまま侘び数寄の茶道具の基準としてあてはまるといいます。
あくまで侘び数寄。唐物はあてはまらない。

(ああっ!また「茶道の哲学」読み直さねば!座右の書なのに最近とんとご無沙汰で、、、)

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ほかに良い茶碗の条件として、谷先生が考えられるのは、

1)口作りがよいこと・・・口触りがよい

2)磁器はいれない・・・茶の色とのバランスがあわない、怜悧な感じがぬくもりがなくあわない

3)好み・・・美意識は時代とともに変化する。


お話しを聞いていて、個人的に忌憚のないご意見を聞きたかったのは、当代楽さんの茶碗について。

あれは、なり(どこからのんでよいかわからないほどの不整形)、ころ、口作り(唇が切れそうなエッジ)どれをとっても基準にあわないしcoldsweats01あはは。

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美意識・茶道具の時代変化のおはなしはおもしろかったので、備忘録としてちょっと書いておきます。

1)唐物主体の時代・・・16世紀中頃まで

天目、染付、赤絵、青磁など。
いわゆる会所飾りだったものが、応仁の乱で市中に流れ出したため市井の目にとまるようになったが、16世紀後半に消えていった。
次の時代の侘び数寄の道具に押し流されるように、その消え方は急激であった。

2)侘び数寄の時代・・・16世紀後半

古窯(信楽、備前など)、高麗から世紀末になると楽、瀬戸、美濃、織部、志野などへ。

いわずとしれた利休の時代。
侘び数寄の茶にかなう数寄道具。

高麗の井戸茶碗は初めて茶会記に登場するのは1578年と、意外に新しい。
(井戸茶碗の来歴に関しては、朝鮮の民衆が普段使いにしていた茶碗、という従来説は否定的)

3)茶匠の時代・・・17世紀以降

織部、遠州、石州、宗和、宗旦などそれぞれ独自の茶の湯論を展開した時代。
このころ、千家はそれほどブランドではなかった。

18世紀に入って家元制度が確立。
千家がブランドとして成立。
流派の差別化として、家元の好み物がつくられるようになった。

4)近代財閥数寄者の時代・・・19世紀

ヨーロッパの物の見立てや、大名好みの唐物、侘び数寄道具、家元の好み、本人の好み、、、と、とにかくごった煮的ごちゃまぜ。

なので彼らのコレクションは確かに美術館向きだし、美術館を作ったわけね。
納得。

5)女性の時代・・・戦後

なぜ茶道が女性のものになったか、という本を以前拝読。
(内容うろおぼえ)
現代は女性好みの色絵や、優美なものが好まれる。
確かに茶碗のカタログをみても、そうですね。

実は私も、薄茶器は渋い真塗りの利休型棗よりも実は蒔絵のものが好きなんですけれど、茶碗は色絵よりも、高麗茶碗のようなわびたものが好きだなあ。
でも、たまに大迫力の渋い高麗茶碗をみると、これは女性の手にはあまるな、、と感じることが。
こういうのは渋い男性が十徳を着て扱うのが似つかわしいような気がします。


茶の湯が男性の手に奪還coldsweats01される日はくるのでしょうかね。


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(岡崎白川のサギ)