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お茶と着物・2 Feed

2011年12月18日 (日)

一畳台目の茶事〜壺中日月長

いつものお稽古場に隣接して、先生のお宅には今日庵写しの一畳台目向切・向板の小間があります。

この年末のお忙しい時期に、4日間、ここで茶事をしてくださるとのこと。
懐石は先生の手作り、けれど裏方に徹されて、あくまで亭主・半東は社中の方々が日替わりでつとめられます。

この日の連客は全部で三人という理想的な人数、不肖わたくし、お詰をさせていただきました。


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待合いの火鉢。
折からの寒波で、木造の建物の中はひんやりつめたく、この熾った火はなによりのごちそうです。


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露地の腰掛け待合いに枝をさしかける紅葉。

席入り。

一畳台目という狭さのなかで、どのように軸、釜を拝見するのか、その動線は三人の息が合ってないと混線してしまいます。
亭主と正客がそのまままっすぐお辞儀をすると、頭がこっつんこするので、少し体をずらします。

そとは寒い木枯らしですが、一畳台目は釜がかかっているだけで、とてもあたたかく、居心地の良い空間です。
客三人と亭主で直心の交わりをするとしたら、うってつけの広でしょう。
(夏場は若干暑苦しいかも)
ここで寒い冬の夜、夜咄の茶事なぞしたら、身も心も温まりそうです。

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懐石はアツアツでしかも生姜や柚子など、体が温まる食べ物で、先生の心づくしに感謝しつついただく。

中立後は濃茶、後炭、薄茶。

今年六月、拾翠亭で、お仲間とさせていただいたチャリティ茶会のときに、使わせていただいた宇治田原、かねまたさんの抹茶が、あまりにおいしかったので、今回再登場。

この「宇治みどり」、ほんとうに苦みというものが全くない、すごいお茶です。


薄茶をいただいた沓形の古い黒織部は、お茶を飲みきったあともしばらくは、ほかほかと手の中で湯気を上げていました。
薄暗い茶室でこんな風情はすばらしいご馳走であります。


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入ってまだ1年もたたない京都でのお社中ですが、先生にも先輩方(私の方が歳は上ですが)にも恵まれ、篤く感謝です。

帰り道は寒風の中、白川沿いの道を歩いて帰りました。
桜はもうつぼみをつけているようです


今日のお軸は「壺中日月長」。
出典は後漢書。

狭い壺のなかに、宏大な仙郷がある。


深読みをすると、、、、
狭い壺とは、自分をとりまく人間関係であり、自分の知識の範囲であり、日常生活であり。
そここそが仙郷=なにものにもとらわれず、融通無碍な心のはたらきをすることができる場所である。

つまり、日々の暮らしの中にこそある真理に気づけということか。

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茶席にはよく禅語の軸がかかります。
知らない言葉はいつも調べるようにしているのですが、そうしているうちに、(あくまで私個人の解釈ですが)禅語の多くが異口同音にこれと同じ事をいっているのではないかと思うようになりました。


「処々全真」すべての場所に真理が存在する。
「明歴々露堂々」真理はすべて目の前にあるではないか。
「平常心是道場」平々凡々たる日常のなかにこそ、真理はある。
「正法眼蔵」目に映る物すべてが仏法の真髄である。
、、、、、などなど。

真理はどこか高くて遠いところにあるのではない。
日々の暮らしを、自分の持ち場をしっかり守って生きていく。
「柳緑花紅」、季節がめぐれば、当たり前のように咲く花も、その当たり前さが尊いと思い生きていく。
それでこそ「日々是好日」、辛い日も悲しい日も今日が最高の日であるとうけとめて生きていく。

そういうことなのでしょうか。
少なくとも今の私はそう解釈して、簡単なようで到達し得ない境地ではありますが、少しでもそうなるべく日々を生きていきたいと思います。


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お茶事、壺中日月長からずいぶん話がとんでしまいましたが、こういうことを考えさせてくれるのも、茶の道に足をつっこんだ者の冥利だと思えば、つくづく茶の湯との出会いに感謝です。

2011年12月 8日 (木)

炉を開く

文字通り、茶室の炉開きです。
かなり遅めながら。

先月初め、重さにつぶされそうになりながら炉用の畳にかえたのですが、炉はからのままでした。
先日おそまきながら、はじめて炉に灰をいれました。

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まずは炉に使う炭を初炭2セット+α、洗いました。
(洗わずにつかうと、炭の粉がいっぱい付着しているので火の粉がとんであぶない)


そしていよいよ、灰入れの準備を。

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というとご大層ですが、風炉の灰型とちがって、五徳、釜の高さをあわせるだけなのではるかに楽です。
参考にした本は淡交社の「灰と灰型」。
使用後の炭の始末、シーズンオフの手入れ方法までのっていて、お役立ちの本です。

しかし、、、意外と灰がたくさん要りますね。
わが家の五徳は鬼爪なので、ごつくて重い。

ですから、このくらいでいいだろうと五徳を炉におろすと、、、ズブズブ、、、っと灰の中に沈んでしまって全然高さがたりなくなってしまいます。

結局10kgくらいは使いました。

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しかし、でかい爪だなあ。
四方の灰の掻き上げはまだ未完成。
これはいよいよ炭をおく段階になって、湿し灰をまいて完成させる予定。
ちなみにうちの炉は土壁。

釜をかけてみます。

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柄杓をおいてみて高さ調整して完成。
(ほ、、ほんとは柄杓の合は落とさないといけないことにあとから気づく。恥!!)

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木地の炉縁をいれてみます。
小間なので、木地。塗物、蒔絵などは使わない約束です。
(小間はもともと侘びた茶室ゆえ)

これに炭をいれるのはまだ先になりそうですが、とりあえず準備はOK。


今日、かんたんな盆点てでおもてなしを。

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盆点てといえども、軸を掛け、花をいけるとちょっと雰囲気があらたまりますね。


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白侘助はわが家の。
照り葉は桜、近所の某所から夜中にこっそりいただいたもの。coldsweats01(よそのお家のじゃありませんよ)

2011年11月29日 (火)

金戒光明寺・黒谷さん〜西翁院にて心茶会錬成茶会

今年も学生心茶会の錬成茶会がめぐってきました。

もう何年も前から、1年に一度のこの茶会に必ずでかけています。
一昨年前までは、わざわざ京都市外からでも。

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場所は黒谷さん(金戒光明寺)、今は家から徒歩圏内。
で、ここはジモティ御用達の裏道。
雰囲気のある道で、連騰式の町家をみることができます。


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山門は大修理の最中で、景色的には残念なことになっています。wobbly

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こちらも階段のバケツやなんかが残念ですが、塔頭のひとつ常光院。
右手の碑は琴柱をかたどっています。
ここは箏曲の八橋検校がねむる場所なので。

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それなりの紅葉。
この階段をみると私はいつも大河ドラマ「新撰組!」のテーマ曲が頭の中を流れるのですが。
(幕末、京都守護職の本陣であり、新撰組はその配下にはいった。TVのロケもこの境内でたくさんおこなわれたので。)

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今年は楓より、桜の紅葉の方が美しいですね。

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階段を登ると市内がみわたせます。
左手の方に小さく、京都タワーも見えています。


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墓地へ通じる道の、これはお見事!な楓。

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墓地の中の階段をゆけば正面は文殊塔。
体育会の学生サークルでは、この階段、「墓場コース」というかっこうのランニングコースになっています。


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真如堂へぬける墓場の道の紅葉。
それなりに赤くなっていますが、昨年はもう真っ赤な落葉が地面を被っていましたので、今年はかなり遅いようです。

参考までに昨年の同じ時期の同じ場所の写真、のせておきます。

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墓地におおいかぶさる紅葉。
見事なり。
ここまでは観光客はほとんどきませんので、つかのまの静寂の中での紅葉を楽しみました。
そうして見上げていると、かさっ、かさっ、、、とかすかな音が。

その音の出所をたしかめてみると、、、


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風で木からぽとっと、ドングリが落ちてくるときの音でした。

真如堂へぬけたかったのですが、そうそう、茶会に来たのだった、時間切れ。


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錬成茶会ではすっかりおなじみの西翁院へ通じる道。
西翁院は非公開の塔頭、宗旦の弟子であった藤村庸軒ゆかりの寺であります。
(道安囲いを持つ、淀看席が有名)


学生時代最後の錬成茶会もここだったと記憶しています。


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こちらも紅葉は例年よりはいまいちです。
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さて、年に一度の錬成茶会、毎年参席して、お茶に向きあう気持ちの原点を確かめるのを常とします。

掃き清められた露地に、前日遅くまで掃除をがんばったであろう学生達の姿を思いやります。
さらにその向こうに、学生時代の自分をみるのです。

よその大寄せ茶会ではつきもののざわつきが一切ない、静かな茶室で松籟に耳をすませます。
襖のむこうで、席中の気配を耳でうかがおうと、息をこらしている水屋総指揮の姿を思い浮かべます。

丁寧なお点前の所作一つ一つに教えられることもたくさんあります。

30数年前に使っていた道具に再会できるのも楽しみ。
茶碗などはその年月の間に成長するのですよ、ほんと。

心茶会の大先輩が語って下さる久松真一先生の逸話をお聞きするのもまた楽しみのひとつです。
いつも、久松先生に直接指導いただいた世代の方がうらやましい、、と思います。


大名物などはでませんし、華やかさもありません。
それでもこれが理想の茶会です。


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今年は偶然にも同じ時代を共有した、心茶会の後輩に30数年ぶりに会うことができました。
学生時代、彼をきびしく指導した、、、らしいです。(きびしくした記憶はないんだが、、、coldsweats01

彼も私と同じく、卒業後はお茶とは全く関係のない時期が長かったようですが、どのような縁のめぐりあわせか、また心茶会へもっと直接的にかかわることになったそうです。
こうしてひきもどされるのは不思議な話ですが、もしかしたら必然なのかも、、、しれません。

学生時代に心茶会に出会えた幸運に感謝。

2011年11月27日 (日)

こころづくしの茶事

東山の紅葉はこれくらいです。

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やはり今年はあまりよくありません。
それでも朝夕結構寒くなってきたので、12月頃にはもう少し色づくのでしょうか。
高雄などの高所より、今年は町中の方がきれい、とおっしゃる方もおられます。

せめておべべできれいな錦秋を。

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って、私が勝手に「錦繍」と名付けているだけの訪問着なんですが。
これ着てさるお宅へ、およばれの茶事に。

亭主側も複数で、それぞれの役割を確認しながらの茶事ですが、内容は省略なし、の本格的な茶事となりました。
客は少人数で理想的、そのなか、不肖ながら正客をつとめさせていただきました。

躙り口をあけると、意表をつく釣り釜。
(千家では釣り釜は3月4月のもの)
それでも初冬のひきしまった冷気の中で、ゆらゆらするのを見るのもまた風情があるものですね。

釣り釜の初炭点前もまた独特で趣があります。

お軸は「一期一会」。


初炭のあとはお楽しみの懐石。

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向付のそばのツボツボ。
なかには紅白なます。
このツボツボって、初めて招かれた客にのみ、つけるのだそうです。
しらなかった。

ツボツボは茶名をもらうと着物につけることが許される紋でもあります。
(あまり見たことがありませんが)


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蒸し物。
山芋真薯(しんじょ)。
亭主も数人が交代でつとめられましたが、お料理はご席主のお手作り、こころづくしの懐石であります。

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焼き物はサワラの柚子庵焼き。
これが絶品でした。
(作り方、きいたので後日作ってみよう)

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八寸。

海の物、蛸。
山の物、蓮根。

千鳥の盃もこのごろようやく仕組みがわかってきて、なんとかこなすことができました。
そう、この盃のため、車を運転せずに来たのだから、しっかり御酒、いただきました。

今回、だされた懐石を連客そろっていただくのか(蒸し物、小吸い物など)、三々五々いただいてよいのか(進肴など)頭の中で整理がちゃんとできました。

思えばいままでは、茶事にでていてもかなりいいかげんないただき方をしていたのね。
反省。

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秋の山をおもわせる繊細なきんとんをいただいたあとに中立。


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後座。
床は軸を巻き上げ、花にかわります。

照り葉はビョウヤナギ、白侘助。
(茶室内はほの暗いので、ちょっと画質は悪いです。)


本日のメインイベント、結構な練り加減の濃茶をたっぷりといただく。

普通、続き薄の事が多いのですが、ここではきっちりと後炭点前もされました。


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炭のつぎ方は、初炭と鏡面になっていて、大きな胴炭のかわりに輪胴がはいります。
流れた火をかきおこしてふたたび燃え立たせるのはコツがいります。
(やはり、お茶は電熱でなく、炭でしたいもの)

炉からあげた釜肌をたっぷり濡らした茶巾で清めるとき、あがる白い湯気が、寒い季節にはなによりのご馳走になる、と茶人はいいます。

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全員、点て出しなしで目の前で点てていただいた薄茶をいただき、最後のあいさつとなります。
心づくしの心にのこる良いお茶事でした。

いままで茶事と言えば淡○会の大人数の茶事だったり、お茶の先生の所のお稽古茶事だったりで、本当の意味での茶事にまねかれることはほとんどありませんでした。

京都に越してきてから、こういうお茶事にまねかれる機会がふえました。
ありがたいことです。
京都はあきらかに茶の湯人口が突出していることもありますが、お茶をやっていて地道に築いてきた茶友人脈のおかげです。
お仲間にいれてくださった茶友のみなさまに感謝、です。

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掃除をして茶室や庭を清め、料理をし、火を熾し、玄関には打ち水、、、
昔の人はこれらをきちんと自分の手で日常におこなっていたはず。
お茶を習って、さらに茶事をして、初めてそれらの「日常のこと」がいかに大切か、再確認いたしました。
日々の生活を大切にすること=茶道の哲学、と、いまのところ思っています。


さて、私も今度は懐石手作り、後炭省略なしのちゃんとした茶事ができるように、がんばります〜。

2011年11月25日 (金)

蘭陵王の帯

雅楽についてはそれほど詳しくないにもかかわらず、いつみても心躍る舞があります。

勇壮で華麗な曲、舞なので神社仏閣でお祝いの際によく演じられる蘭陵王です。

蘭陵王こと北斉の王、高長恭は優れた名将でありながら、超イケメンだったため、兵達が見惚れて士気が上がらず、敵に侮られるのを恐れて獰猛な仮面をかぶって出陣した、という逸話による舞です。

有名なところでは宮島の厳島神社に奉納される雅楽のシンボルといってもいいでしょう。

この画像は昨年、奈良の春日若宮御祭で見た蘭陵王です。

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黄金色の桴とよばれるバチのようなものを持って舞う勇壮な一人舞。
この桴や、人差し指・中指2本で、敵陣をぴしっと指し示す所作が、かっこいいったらありません。lovely
最後の決めポーズがまた、桴でびしっと天を差す。
思わず、ヴラボォ〜!!

この楽曲がまた耳に残り、心が躍動するようないい曲なんですよ〜。
壱越調(いちこつちょう)というらしいですが、西洋音楽ではニ長調になるとか。(シャープ二つのやつね)

で、なんで長々と蘭陵王について述べたかといいますと、とっても素敵な蘭陵王の手ぬぐいをネットで見て、一目惚れしたからなんです。

以前から小紋や、染め帯でお世話になっている東本願寺北、染工房 遊さんが作られた手ぬぐいで、雅楽関係の方の引き出物として注文されたもの。(→

この蘭陵王に惚れまして、なんとかこれを帯にできないかと、お願いしてみたのです。
この手ぬぐいを注文された方にも許可をもらわれているそうなので、早速地色を決めて注文しました。

ちなみに手ぬぐいの方は、蘭陵王との番舞(つがいまい)である納曽利(なそり)も染められています。

これも御祭のときに撮った納曽利の画像です。

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ちなみに番舞とは、唐楽(左方・赤をベースとした装束)の曲目と高麗楽(右方・青をベースとした装束)の曲目がセットで上演されることを言います。(迦陵頻には胡蝶というふうに←どちらも背中に羽根をつける童舞)

で、お待たせいたしました。できあがって参りました。

さあ、とくと見よ〜!!coldsweats01


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蘭陵王の躍動感が伝わってくるではありませんか。

手ぬぐいの方はコンピューターで作りこんだ、かなり細密な絵だったので、それを手描きで再現していただくのに苦労させてしまったようです。

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手描きでこの細かさ!
こんな仕事をしていただいて、すごくリーズナブルなお値段なので申し訳ないくらい。

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前の部分は雅楽に欠かせない鼉太鼓(しかも鳳凰と龍が同時に描かれている、という現実にはありえないものなんですがね)。


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リバーシブルの裏面は鳥兜です。


まず、どこへお出かけするときに締めようかな。
背中に超イケメンを背負っていると思うと、つい、むふふ、、、と笑顔になってしまいますわ、きっと。

2011年11月21日 (月)

開炉だけれどまだまだ風炉の灰型

ここのところずっとお茶漬けです。
お茶漬け、、、ぶぶ漬けのことぢゃありません。

茶の湯漬けのことどす。(ああ、まだ舞妓ちゃんのイメージが、、、)

11月は茶の湯関係の行事がとても多い。
だって開炉(11月からは風炉ではなくて炉になる)は茶人の正月ですものね。
お祝いの善哉を何杯いただいたことやら。(うれしいけど)

茶会の連チャンということもやってのけました。

午前中のちょっとフォーマルな茶会では袋帯で、午後からはカジュアルなお稽古なので帯だけこんなのに替えて行きました。

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猫の帯。
ただこの仔たち、ちょっと太目で狸に見えなくもないんです。gawk


着物は帯を替えるだけで全体の格もかえられる、超リーズナブルな装いですわね。

もう炉の季節になってしまいましたが、来年の風炉の季節をめざして、あいもかわらず灰型苦戦中。
でも最近は少しタイムトライアルしようかな、、、という欲もでてきてるんです。

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切り掛け風炉の二文字押し切り。
五徳がないので、二文字の幅をどうしようか悩んだあげく、灰匙が使いやすい幅にしたところ、、、


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あららら、、、
見事に炭が横並びになるという、、、、weep
灰匙が使いにくくてももう少し上下を狭くするべきでした。


ならば、、と、ついでに丸灰もつくってみました。

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他のかたと一緒に灰型の勉強をしていると、タイプが大きく分けて二つあるな、と思いました。

ひとつは完璧主義というか、納得いくまで時間をかけて完成させるタイプ(でも時間切れで多くは完成しない)と、雑でもいいから(めちゃ雑!)とにかく早くかたちにしちゃえ、というタイプ。
ちなみに私は後者。
とりあえず形にすることをくりかえしているうちに、上達するのでは、と楽観しています。
(へたくそな灰型をおみせしたエクスキューズですのcoldsweats01

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今回は写真が撮れなかったのですが、またまた先生手作りの、色づいた葉っぱのねりきり、いただき、四畳半花月でお茶をいただきました。
四畳半花月、足がむつかしいですね。平花月だと言ってなめちゃイカンです。

お菓子の画像がないのもさびしいので、最近いただいた色づく季節の宝石のような上生の画像、いれときます。


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思わず皮をむきたくなるような柿。


そして

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おくれている楓の紅葉は、今どこまできているでしょうか。


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夜半の雨のあとは紅葉も色をましてくることでしょう。
うちの白侘助、雨でずいぶん落ちてしまいました。


     侘助の 落つる 音こそ 幽かなれ      相生垣瓜人

2011年11月14日 (月)

光悦会

東に春の大師会あれば、西には秋の光悦会あり。

ウン百万、ウン千万級のお道具が、ごろごろでてくるという、そのオトロシイ名前はかねてより知っていましたが、その光悦会に参席できる日がくるとは、、、うるうる。
さる御方のご厚情により、紹介いただきまして、そらいろつばめ様とつれだってでかけましたの。

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そら、気合いをいれて、(手持ちの中では)ええ帯締めていきました。
(この模様はすべて刺繍なんです)


(光悦会は、かねて関西茶道界の力を誇示しようとしていた土橋嘉兵衛、山中定次郎らを世話役に、三井松風庵、益田鈍翁、馬越化生、団狸山などの賛助を得て、1915年(大正4)三井松風庵を会長にして発足したもの。YAHOO百科事典より)

場所はもちろん、かの本阿弥光悦の屋敷跡に建てられた洛北鷹ヶ峰・光悦寺。
紅葉の名所でもありますが、交通の便がきわめて悪いため、それほど観光客がおしよせる、ということはありません。

学生の頃、このほんちかくの自動車教習所にかよっていて、路上教習で泣かされた道をのぼります。

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洛北はそれでも洛中よりは紅葉が進んでいるようですが、まだまだ楓も青いですね。

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受付で荷物もろともカメラもあずけてしまったので、画像があんまりありません。
(もとより茶室内は撮影禁止ですが)

光悦寺のゆるやかな高低差がある境内には、七つの大正時代の茶室が点在していて、植栽や、かの有名な光悦垣によって互いが上手に隠されているので、少し早めに紅葉した木々を愛でつつ、歩をすすめると茅葺きなどの情趣にとんだ草庵がふと現れる、、というすばらしい舞台装置になっています。

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この散らばった茶室をそれぞれ寄り付き、本席にして、今回は東京、京都、大阪、金沢の美術商が席をもうけられていました。

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お菓子、濃茶、薄茶と各席でいただけるのですが、点て出しにて待合いでいただき、本席ではお点前はなく、オトロシイ茶道具が展開され、それを拝見(物によっては手にとって)する、というもので、茶会としてはかなりイレギュラー。
まあ、主人公はあくまで茶道具。

ちょっと目録をのせてみます。

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こちらは東京席のもの。

寄り付きでは主に炭道具を拝見。
至近距離で見ることができます。もう食らいつかんばかり。
紹鷗が持っていた唐物炭斗とかぁ、松花堂昭乗筆・江月宗玩賛の軸とかぁ、遠州の箱書きのある灰器とかぁ、、、coldsweats02

それをこともなげに手にして説明される席主さん。

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本席では俊成の住吉切、しかも五首連続ですよ〜。
茶碗は高麗の熊川(こもがい)。これは手に取らしていただきました。
思ったより、重。
光悦自ら作った茶杓は中興名物。

大阪席ではのんこう(楽家三代・道入)の黒楽、いつもは美術館のガラスの彼方、、、がこの掌の中に。むふ、、むふふ。
「春秋」の銘のついた斗々屋茶碗、初代宗哲の凡鳥棗、信楽の鬼桶水指は馬飼桶か?と思うくらい大きくて迫力がありました。


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金沢席では紹鷗所持の籐組釜敷、長次郎の灰器、片桐石州所持の火箸、金森宗和の父・高山藩主可重が所持していた古井戸茶碗「金森」。
ここでは金沢の有名な上菓子屋さん、吉はしの「山時雨」という斬新なお菓子をいただく。

さて、三席まではわりとスムーズに入れたのですが、最後の京都席が大人気で、なんと1時間待ちでした。
でもならんだ価値がありました。
ここが一番すごかった。

なにしろお席主が、かの有馬頼底師(臨済宗相国寺派管長)なんですもの。
しかも席が小間の騎牛庵。少人数で名物と膝つき合わせて対峙できるのです。

まあ、見て。

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重要文化財が四つ〜〜!!!


き、、砧青磁の花器〜。
大名物の茶器・珠光茄子、しかも利休の添え状付き〜。
旧国宝(本物は焼けちゃったので)金閣寺古材の炉縁〜。


ちなみに重要文化財
1)絶海中津(15世紀初頭の禅僧)筆、騎牛帰家(十牛図のひとつ)、しかもここは騎牛庵。
2)鎌倉時代の古芦屋尾垂釜
3)平安緑釉四足壺・猿投窯 織田有楽所持
4)「加賀光悦」の銘のついた光悦の茶碗  これがよかったのよ〜。さすがにさわらせてくれなかったけれど、光悦らしい形と、明るい朱に曜変のはいった肌の色。

これらが目の前に、、、

なんだかすごすぎる物に酔ったような気分。
こんなものが飛び交う世界があったなんて、全然しりませんでしたわ〜coldsweats02

最後は瓢亭さんの点心で締め。
瓢亭の女将みずからお給仕されていたのは、光悦会の格の高さを示しているようです。

われわれはその場限りの臨時会員ですが、なかには「会員」のリボンをつけておられる方もそこそこいらっしゃいました。
どんな方が正会員になられるんでしょうねえ。
さすがにそういう方達は品格というか、なんだか違う雰囲気を身につけておいでです。

一生こういうお道具とは縁がなかろうと思いますが、見ることができただけでも幸せ。
ガラスの向こうではなく、生きた茶室の中で、他の道具との組み合わせで拝見できることがなにより、こういう会のすごいところだろうと思いました。

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帰りは光悦寺から徒歩1〜2分の源光庵へ。
そこの有名な「悟りの窓」です。
実際はお隣にある、方型の「迷いの窓」のほうが私にはふさわしいのですけれどね。

ちなみにこの窓、裏から見たことあります?


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こうなっています。
うへへ。
皆さんの撮影のおおいなる邪魔になりつつ撮った写真です。


2011年11月 8日 (火)

炉開きのころ雑感

玄猪の亥の子餅をあちこちでいただく季節になりました。


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お稽古場ではお餅入りぜんざいをいただき、半年ぶりの炉でお稽古です。

いきなり向切の炭点前、といわれてうろたえましたがcoldsweats01

向切では炉でも風炉と同じ右羽を使い、炭斗の炭の入れ方が逆勝手のように普段と鏡面になります。
羽も火箸もまずは左手でとって、右へ渡す、、、、などなどややこしさ満載の炭点前ですわ。

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弘道館の月釜も今月は開炉で、おぜんざいがでました。
黒文字に杉箸をそえて。
この蒔絵のお盆が、またlovely

かの一休禅師が、大徳寺の住職からお餅の入った小豆汁をごちそうになり、「善哉此汁(よきかなこのしる)」とおっしゃったことがぜんざいという名前のはじまりとか。
その一休禅師が圜悟克勤の墨蹟を与えたのが村田珠光であり、その侘茶の流れをくむのが利休なので、開炉にはその伝統もふまえてぜんざいをいただくのだとかなんとか、、、(まあ、諸説あるのでしょうが)


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こちらは弘道館の露地にあった、アヴァンギャルドな関守石coldsweats02

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さて、わが家の茶室のこの畳。

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(1年ねかせておいた、、、というか昨年は茶室を使うゆとりがなかった)炉の畳にかえました!

ダンナに手伝わして。

畳、、、メチャクチャ重い!!
狭いスペースに風炉畳をしまいこむのが重労働で、あやうく重い畳の下敷きになって死にそうな目にあいました。
(もっと年とったらどうしたらいいのかしら、、、coldsweats02

しかし、やっと炉に灰をいれることができそうです。

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こちらは露地の石蕗(つわぶき)


ここ一月は茶の湯に関わる場所にいくことが多かったのですが、気になったことを一つ。
(これは自分へのいましめもこめて、ですが)
どこの場所に行っても、初心者や素人とみるとおしつけがましく「指導」する人がかならずお一人はいること。

所作がちがっていても、流儀がちがうかもしれないし、もしかしたらその方よりももっと経験の深いお茶人さんかもしれないのに、エラソウに指導するなんて恐い物知らずだわ、、、と思ってしまいます。
初心者が立ち往生していたら小声でアドバイスするくらいならしますけれど。
お点前の所作云々よりも、茶人としての心構えを肝に銘じることが先なのではないでしょうか。
(すんません、かくいう私もエラソウに言ってますね)


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  cat「なんか、うち枕になってる?」

2011年11月 4日 (金)

植物園大茶湯

京都国民文化祭の一環としておこなわれた植物園大茶会、行って参りました。

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秀吉の北野大茶会にならって、だれでも参加でき、だれでも亭主になれる、流派形式をとわない茶席を植物園のあちこちでもうける、というもの。

園遊会みたいに季節の花も楽しみながら、ぶらぶら歩きも楽しみながら、気に入った席があればそこでお茶をいただく、という趣向。


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この日は植物園は入園無料。
一枚300円のお茶券を買ってGo!

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芝生大広場にはこんな感じでいろんなお茶席ブースがならんでいます。


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夢風庵様と待ち合わせてまずいったのはこちら。


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らん布袋こと、ランディ先生がプロデュースするお抹茶席。

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ランディ先生のお弟子さんのぽん様がお手伝い中。

お盆にのっているこのお菓子がすごいクセモノ、、、練り切りにみえて実はホワイトチョコ+きな粉+メープルシロップでできているんですよ〜。
とってもおいしかったし、お抹茶にあうのです。
これはらん布袋のあたらしいスイーツメニューになる、、、、かも?

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おちゃめなランディ先生の写真を一枚、とらせていただきました!happy02


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おお、これは先日国立近代美術館でみたのと同じ、組み立て式のお茶室ではないか。

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待庵もびっくり、茶の湯集団「鴨ん会」プロデュース。


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こちらは高校生達がプロデュースしているお茶席。
ノ貫(へちかん)もかくや、の野点傘にはちゃんと短冊のお花が。


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こちらは二條流煎茶道のみなさんによる玉露のお点前。

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目の前でお点前を拝見。
茶巾の使い方は茶道のそれと似ているようで違って、おもしろい。

文人が好んだという煎茶道、実はちょっとだけそのさわりを習いたい。
茶道と二足のわらじをはくには時間が足りないので、短期間でいいのだけれど、今教室をさがしているんです。

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玉露はとろりとして甘露。
自宅では(気が短いのでお湯を十分冷ますことができないため)なかなか楽しめないの。

おもしろかったのはこちら。

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移動式、軽量化、組み立て式、これこそノ貫の精神かも〜。

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こちらは荷ない茶屋風。

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竹の結界兼花入れ。

さておつぎはバラ園エリアへ移動です。


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ここでは秋バラが今まっさかりで、バラの林を園遊しながらお茶席巡りはとてもマダムな気分になれますことよcoldsweats01


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ここでのお目当てはこちら。


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メランジュさんに間借り(?)してはる好日居さんの中国茶席。
いつもながらお茶をいれる所作が優雅。


植物園にちなんで、数種の花の名前のついたお茶の中から一つを、客が選びます。

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私たちがいただいたのは密蘭香という、その名の通りよい香りのお茶でした。

ここでばったり、知人に会ってびっくり。
結構多くの知り合いに、そうとはしらずにすれ違っているかも。
なにせ大勢のかたがおみえでしたから。


おつぎはおとなりのメランジュさん、モロッコ・ミントティーを、お休み時間中のぽん様と合流して。


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右手にある、数個の首なが銀器、実はこれには香油がはいっていて、お茶を頂く前にこれを手に振りかけてくれるのです。
私はローズオイルを。
これは家に帰るまで香っていました。

ちなみに大根みたいにみえる白い円錐は砂糖なんです。

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左の銀テーブルにのっているのがミントティーの材料。
ガンパウダーという緑茶に乾燥ミントの葉、+砂糖。

この銀の器達がとってもすてき。
(手入れはめんどうでしょうが)ほしいなあ、、、

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う〜ん、、、、これはキューバのカクテル、モヒートのお茶版だわ。
あまくてさわやかでお茶がきゅっと最後に味を締めています。


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さらにバラ園にぴったりのメイドカフェヴィクトリアンな紅茶席。

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残念ながら、ちょっと濃いすぎで苦い。
一瞬、珈琲かと思った、、、、


口直し。


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さらにお茶だけでなく、こんな席も。


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お香の松栄堂さんのブース。

3種類の煉り香の中からひとつ選んでその香りを聞きます。
私は加寿美というのを選びました。
香木のようなよい香りがして、しばし心がなごみました。
ふ〜、、、、、catface


お茶のカフェインやらタンニンやら、飲み過ぎるとちょっと胃にこたえます。
そろそろしんどくなってきたので、最後にやさしい桑の葉茶を。


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お茶の産地、和束からもブースがでていたので、こちらで煎茶と袋詰め放題500円!のほうじ茶を買って帰途につきました。

季節の花を愛でつつ、茶席をもとめて逍遙、最高に気持ちのよい一日でした。
国民文化祭の一環としてだけでなく、こんな大茶会、毎年恒例にしてほしいものですわ。

2011年11月 2日 (水)

観世流「井筒」上演と能のお話〜平野の家・わざ永々棟

白梅町にほど近い紅梅町、今年春にはじめておじゃました平野の家・わざ永々棟です。(永々棟のくわしいことはリンクをみてね)

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本日はこちらで観世流シテ方味方 玄(しずか)さんの初心者向け能のお話しと、彼による「井筒」を座敷能形式(衣裳はつけず、袴姿で舞う)で拝見。

(味方さんは能をもっとたくさんの方にみてもらいたい、身近にかんじてほしい、ということでさまざまなイベントや取り組みをされておられます。)

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舞台は改修された大正時代の数寄屋です。
文句なし。

そもそも能楽に興味はあったものの、そして何回か見たものの、もう一つあのスローすぎるテンポにあわず、入り口あたりでとまっているのです。
ところが茶道具の銘など、能楽の謡曲から来ているものもけっこう多く、日本絵画の題材としても能の知識がないとわからないものが多いのですよね。

一応知識、教養として最低限のことは身につけたいのですが、まずはもっと興味をもてるようにならないと、、、、というわけで、参加してみました。

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まずは待合いにてお抹茶を一服いただきます。
座敷能で面や衣裳はつけないかわりに、こちらに展示されています。
見事な唐織の衣裳に、因州池田家伝来の小面。

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こちらで出たお菓子の写真をうっかり忘れました!
老松さんの特注上生菓子で、それぞれに古筆の先生のこんな和歌が書かれた紙片が沿っていました。

  「月やあらむ 春や昔の春ならむ 我が身一つは もとの身にして」

古今集の歌ですが、伊勢物語のなかで歌われたことで有名。
そう、今日の演題の「井筒」も伊勢物語で、この歌はこの演目のキーワードともなっているので、ここからもう能は始まっているのです。

(しかもお菓子がその「月」をイメージさせるものだった!!)


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舞台になる二階はまたすばらしい眺めです。

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ほんまによう奇跡的に残ってくれたお屋敷ですね。


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この骨組みが筒井筒の井筒、すなわち井戸をあらわし、薄は時が秋であることを示し、しかもなんとなく月の存在をしめしているのだそうです。


まず味方さんに、能の歴史、井筒についての見所の解説、面のお話しなどを聞きました。

そうだったのか!といまさらながら聞いて合点することも多く、また地の声からいきなり謡の声にかわって解説をなさるところなど、まあ、すごい、虹色ボイスだわ、と感動したり、、、

さきほどの小面(大野出目家六代甫閑作)をみせてくださいましたが、なるほど目の位置がよ〜くみると右と左でちがっているのです。この微妙なゆがみが面にすごく豊かな表情を与えているのです。

同じ面なのに、少し上へむけると(テラス)喜んでいるように、下へ向けると(クモラス)と悲しんでいるようにみえるから不思議。

能面のような、、、と無表情な顔のことをいいますが、まちがっていますね。
ありとあらゆる表情を内包しているのではないでしょうか。

さて、味方さんいわく。
能の鑑賞は脳内のキャンバスに絵を描くようなもの。
舞台には実際にない月や花、目に見えぬ恋心や嫉妬、執心などを自分の想像力で彩っていくもの。

つまり受け手の感性や教養によってはじめて完成するものなのだということ。

今日の演目の井筒で月が見えたら大成功。

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そうこうするうちに夜もふけてきました。
このあと蝋燭にも火がはいって雰囲気は満点。

井筒のシテは、「昔男」といわれたかの在原業平の妻、紀有常の娘。通称筒井筒の女。

伊勢物語の有名なモチーフです。

  風吹けば 沖津白波龍田山 夜半にや 君がひとりゆくらむ

  筒井筒 井筒にかけしまろがたけ すぎにけらしな 妹みざるまに

ほんのわずかな動き、足さばきで筒井筒の女の業平への狂おしい思いをあらわします。

後の部分では業平の形見の直衣を着て狂おしく舞い、月の澄む頃、井筒にうつる業平の姿(実は彼の直衣を着た女)をみてなつかしく思う。

う〜ん、これを想像でふくらませていくのはなかなかむつかしいものだと実感。
月は見えたか?

えへへ、、、村雲のむこうにちらっと、、、くらいかな。


  ここに来て 昔ぞ返す在原の

  寺井に澄める、 月ぞさやけき 月ぞさやけき

  月やあらむ 春や昔とながめしも いつのころぞや 筒井筒

  筒井筒 井筒にかけしまろが丈

  生(お)ひにけらしな

  老ひにけらしな

初心者ですが、謡曲のリズムが意外と心地よく耳にはいってくるのは日本人のDNAのせいでしょうか。

  


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すっかり暮れて永々棟を辞する頃、今度は観世会館デビューしようかな、、、と思うわたくしでした。


<おまけ>

感動モノの永々棟、トイレの手洗い。

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これ、一枚板でできてます!

<メモ代わり>

鏡板の松(能舞台の背景には松の絵が描いてある)について

本来能楽は神に捧げる物であったため、神様の方をむいて演じられた。
春日大社の影向(ようごう)の松は神の依り代であるため、この松が鏡に映っている=鏡板の松、とするので演者は松に向かって(=観客のいる方向)演じていることをあらわしているとか。

そういえば昨年行った春日若宮御祭のお渡り式で、影向の松の前でそれぞれ芸能を披露していたっけ。
そういう意味があったのか!
また賢くなっちゃった。bleah


2011年10月29日 (土)

大徳寺 孤篷庵・忘筌と真珠庵・庭玉軒

秋の特別公開とて、大徳寺へ。

目的はひたすら忘筌!

茶室の歴史が語られるとき、かならず出てくる忘筌は雑誌などでも写真はよく見るのです。
でもやはり実際にその場に身をおいてみたいですよね。

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まずは大徳寺の茶所で茶を一杯いただいていざ。

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境内をつっきってさらに西へ。
この忘筌のある孤篷庵へ向かう道が昔から好きでした。

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今宮神社の参道を横切ってなお西へ。
(あぶり餅食べたい!でも今日はがまんがまん)


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紫野高校の横をとおってなお西進。


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あ、漆器のなちやさん、こんなところに。
でも、寄り道せずいきましょう。


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いつもは門戸を閉ざしている孤篷庵、やっとくることができました。
(以下撮影禁止のため画像アリマセン)


孤篷庵・忘筌。

大名にして、天下一の造園・建築・工芸デザイナー・テクノクラート・歌人・香道家・能筆家そして大茶人、この人の正体は一体何?とだれもが思う天才、小堀遠州最晩年の茶室。

(「へうげもの」では若い頃の遠州=作介がおねえ系キャラなのが笑える)

現在の忘筌は、焼失したあと松平不昧公による再建ですが、忠実に再現されているとききます。


あんまり画像もないと話がしにくいので手持ちの雑誌の写真をあげておきます。
有名な景観です。

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まずはこの写真のように見える位置にすわってみます。
う〜む、写真で見たとおり。

写真では見ることのできなかった下半分のない明かり障子と茶室の間の空間がどれほどの広さなのか、初めて体感。
意外と広いのに驚きました。
茶室との間にこれほどの距離があれば、茶室から見た時により奥行きを感じられるのかもしれません。

それにしても下半分をすぱっと切った障子に、絶妙の位置にある蹲居と灯籠。
遠州の天才ぶりをこれでもか、と示すようです。

ちなみに蹲居には「露結」と遠州の字で刻まれているのですが、これは兎を意味するそうです。
「荘子」の「得魚而忘筌、得兎而忘蹄」から、魚と対をなすものとして。

茶室は九畳+三畳の控えの間。
点前座は丸畳、わびた小間にある中柱はなく、かといって床の間は華美ではなく簡素。
天井は砂摺り、真でもなく、草でもない。
遠州のもとめたのはもはや書院でもなく、小間でもない。
書院の茶から利休が集大成したわび茶、その大きな茶の湯の歴史のうねりの中で最後にいきついたところがこれなのかもしれません。

点前座にすわってみると目の前にある風炉先にあたる板仕切り(床の間とのしきりになるのですが)に遠州ゆかりの輪違紋を発見。おもわずニンマリしてしましました。

念願の忘筌、たしかに拝見させていただきました。

さて、一つ気になったのが、孤篷庵のお庭の隅に猫よけのガーデンバリアがひっそりおいてあったこと。
ここのお庭にも猫が出入りしているのね。
(出入りはいいのだけれど、フンをしたり苔をほじくりかえすととても困ったことになるのです)

孤篷庵を辞して東にもどるときにそのうちの1匹(?)に遭遇。


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サビちゃんと目があいました。

するとすすす、、とよってきて、、、、P1130712

しばし、私の足の間でのどをごろごろ。
かわいいlovely
でも、苔をほっくりほっくりしちゃだめよ。


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竹林の道。


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石畳の木漏れ日。

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利休の墓をはじめ、三千家歴代の墓所でもある聚光院。
こちらも特別公開中なのですが、この日は月釜とあって、公開せず。
でも、茶会に来たお客さんにまぎれてなにげに中へ入ってちょっと見学させてもらいました。coldsweats01(もちろん1000円はらえばどなたでも茶席へ入れますが)

もう一つの特別公開寺院、有名な茶席、というより有名な蹲居のある真珠庵へ。


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一休宗純を開祖として創建されるも、応仁の乱により焼失し、15世紀末、堺の豪商・尾和宗臨によって再興。

二畳台目の庭玉軒は姫宗和といわれた金森宗和の好みといわれます。
茶室の方は比較的よくみるタイプのものなのですが、なによりここを(茶道建築的にも)有名にしているのは内坪とよばれる屋内に設けられた蹲居です。
これも写真だけはよく見ました。


こちらも撮影できませんので、見えにくいですが、パンフレットから。

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宗和は雪深い岐阜の高山出身ゆえ、故郷の雪をよける工夫を持ってきた、と言われています。
蹲居と言えば露地の一角、植栽を楽しみながら使うもの、、、と思い込んでいる者にとってはビックリの発想です。
ただ緑がない分、少々味気ないかな。

忘筌、庭玉軒、どちらも写真でよく知っている茶室に実際身をおいてみることができて、とてもうれしい。
写真では無人だし、ベストアングルから撮られているので、より美しいのは確か。
でも本物の空気感、空間認識ができてこそ、より当時の茶人達の気持ちに近づけるような気がします。


2011年10月21日 (金)

高山寺・遺香庵〜懐かしの金堂

もうじき紅葉の季節になると訪れる人がぐっと多くなる高雄〜栂尾ですが、今まだ早いので、それほど人の姿はみかけません、
高山寺

普段は非公開の茶室、遺香庵が11月6日まで特別公開中。
(駐車場、11月から有料になるらしいので、行くなら今かもよ)

高山寺は学生時代、心茶会でよくお世話になり、とても懐かしくてなじみのあるお寺なんです。
夏休みには1週間、法鼓台道場に合宿して、禅僧のような生活(作務、座禅、食事も応量器を1週間洗わずに使う)をしていましたし、茶会前になると青竹を伐り出しにノコギリを持っておじゃましたものです。

いつも入山するのは裏参道。
「心茶会っす!」といえばフリーパスでしたが、さすがに今はできませんわねえ。coldsweats01

国宝の石水院は何度も来ているので、あとで回るとしてスルー。

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まずは遺香庵待合い。
少し小高いところにあります。

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なんと言っても目をひくのはこの鐘ですね。

遺香庵は昭和6年、高山寺の実質的開山、明恵上人の700年遠忌を記念して、その遺香を伝えるために建てられたという茶室なのですが、この鐘にはそれに関わった人たちの名前がずらりと刻まれています。

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一番目立つ場所には設計をした高橋箒庵(益田鈍翁とおなじく実業家であり数寄者)の名前。
その他にもビッグネームがつらつらと並んでいます。(住友、野村、益田、根津などなど)
これをさがすのも楽しいかも。


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こちら、作庭を担当した7代目小川治兵衛さんのお名前。

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遺香庵の内露地にはいっていきましょう。


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蹲居には一足早く紅葉した葉が。

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遺香庵、小間の躙り口。
こちらは四畳台目のお茶室です。
躙り口の右にある花頭窓は禅宗寺院にはよくみる意匠ですが、茶室につかわれるのは珍しいそうです。


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色紙窓、中柱、桂離宮の「月」の襖引き手を思わせる曲線の給仕口。
天井も真(平天井)行(掛込天井)草(落天井)。(あら、写真に写ってませんねcoldsweats01ゴメン)
小間の茶室はかくありなん、というお手本のようだわ。


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陰翳礼賛。
こんな点前座にすわってお茶を点ててみたい。


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小間をぐるりとまわると、隣接するのは八畳の広間の茶室。


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このころから大寄せ茶会というものがはやりましたから、八畳はどうしても必要だったのでしょう。

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こちらの欄間の意匠が山の形。
なんでも明恵上人が修行された山(名前忘れた)を表しているそうです。

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小間と広間をつなぐ鎖の間と水屋。
実際ここは茶会などで使われるのでしょうか。
使い勝手がよさそうな小間広間の関係ですねえ。(つい亭主目線)

さて遺香庵をあとにして、さらに石段を登っていきます。


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まあああ、、、なつかしい、ウン十年ぶりの道場、ちっともかわらないのね。
ここで毎夏1週間お泊まりだったのです。
今でも学生の特別接心会、ここで行われているようです。

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昭和30年代に作られた、高山寺に伝わる古文書、宝物をおさめる法鼓台文庫。
平成17年にはこの中におさめられていた葛籠から、南方熊楠の書簡が発見されたそうです。


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金堂へ続く道。
特別接心会では1日に何回も坐禅をしに金堂までのぼるのですが、早朝と夕暮れの坐では懐中電灯持参でこの道を行き来しなくてはなりませんでした。

あまりの暗さに道に迷いかけたり、得体の知れない動物の声がこわかったり、、、
それでもそんな聖なる山に包まれた中での参禅はまた格別でしたね。
とくに早朝、まだ薄暗いうちから初めて、少しずつ白んでくるあたりの景色を見るのが好きだったことを思い出しました。
長いこと忘れていたな、そんなこと。


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金堂への道の途中に明恵上人の御廟があるのですが、そこの前庭にある、上人遺訓の「阿留辺幾夜宇和(あるべきようは)」石碑。


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仏足石しるべの向こうに、金堂が見えてきました。

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仏足石はこちら。
お釈迦様を慕われた明恵上人が作らせた物だそうですが、これは明治以降の再建。

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ふう、、やっと金堂が見えてきた。

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この中で坐禅させていただいたのですから、今から思えばありがたいことです。
普段は中、はいれませんから。

記憶が少しあいまいなのですが、たしか坐禅と坐禅の間に経行(きんひん)といって、一時坐禅を解いてお堂の外をぐるぐる雁行して回る、というのがありました。(足のしびれをなおすには必須!)


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これがそのぐるぐるまわった床。
(まあ、当時のものではないでしょうが)
懐かしさに思わずすりすりしてしまう。

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おお、この閼伽棚も覚えているわ。
だんだん速度をあげていくので最後は小走りになるため、これにぶつかりそうでこわかった。

最終日に先輩に全員がおもいっきし警索でたたかれたっけ。
(あれ打ち方が上手だとそんなに痛くないんです。私が打ったひとはさぞ痛かったでしょうなあ、、、)

、、、、で、なにか悟ったかって?
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いや、多分、なんにも、、、
不明にして、修行の成果はトホホ、、、、です。


高山寺初めての方は、国宝石水院(鎌倉時代の建築)もお忘れなく。


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こんなかわいいお坊ちゃん(善財童子ですけど)がお迎えしてくれますよ。
(ちなみに明恵上人は善財童子を敬愛されていたそうです)


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明恵上人も樹上でお待ちしています。

もう一つ、忘れちゃならないのがこちら。

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栄西禅師が、宋から持ち帰った茶の実を明恵上人に贈り、上人はこれを栽培し広めました。
お茶が禅の修行の妨げになる眠気を覚ますことに気づいて推奨したらしいですが、おかげで現代の私たちもお茶の功徳にあずかれる、ということですね。

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古くから宇治の茶業家は上人の遺徳をしのび、毎年11月8日に自家製の新茶を献上、献茶式がおこなわれるそうです。


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この季節、つつましやかな茶の花をちらほら見ることができました。

2011年10月14日 (金)

細川家の至宝・珠玉の永青文庫コレクション〜京都国立博物館

行きたい美術展は数々あれど、これだけは腰を据えて時間と根性のある時に行かねば、と思っていたのがこちら。

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数年前東京でやっていたときに行こうかな〜と、ちらっと思ったまま行けずにいた永青文庫コレクション(細川家歴代のコレクション・当代の細川護煕氏の祖父、護立公によって設立)の京都展です。

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この展示会ではじめて永青文庫の名がどこから来たのかを知りました。
細川家菩提寺の建仁寺・永源庵と細川幽斎の長岡京時代の居城、青龍寺城からきているそうです。

コレクション展示はあまりに厖大なため、今回は茶の湯に関する展示に集中して見ることにしました。

まあ、とにかく室町〜江戸初期にいたる歴史の中で、細川家のきらびやかさはすばらしいですね。

古今伝授をうけ、天皇にもそれを授けたという、大名でありながら超一流の歌人、文化人であった幽斎。
その息子で利休七哲の一人、武人でありながら茶の湯の歴史に欠くことのできない三斎。
その生涯があまりにもドラマティックな三斎の妻、明智光秀の娘、玉(ガラシア夫人)。

ここでどうしても幽斎、三斎、、、というと「へうげもの」の絵がでてきていかんわcoldsweats01
(幽斎は護煕氏にそっくりの強烈オヤジだし、三斎は単純熱血男子だし、、、)


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なんといっても見ておかなくては、、、なのは

1)瓢花入 銘「顔回」(顔回は「論語」にもよくでてくる孔子お気に入りの清貧を愛した弟子の名・一箪食一瓢飲)
  
ぽってりとした茶色の肌の瓢の下半分をすぱっと切ったもので、利休が所持。
利休直筆の添状(形見に顔回をあげようと思うが、早く死ねと思われるのはいやだよ、、、云々の内容)付き。
つやつやのお肌はさわってなでなでしたいくらい。
しかし、これにはどんな花を入れたらよいのでしょう。むずかしそう。
この花入は細川家の筆頭家老、松井氏から細川家七代に献上された旨、現在茶道資料館で開かれている「肥後松井家の名品・武家と茶」とあわせて見ると面白いかも。

(参考)


  
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この松井家の松井豊之はおなじく利休の直弟子。
利休が秀吉に蟄居を命じられ堺に下るとき、思いがけず三斎と古田織部が、秀吉の勘気もかまわず見送ってくれた事への驚きと感謝を記した彼宛の書状が展示されています。

そんなことを併せて見るとなにやら感慨深い物があります。
利休を敬愛し、その茶の湯をかたくなまでに守り通した三斎、その家にこそふさわしい花入なのかもしれません。


2)唐物茶入 「利休尻ふくら」

利休が所持していたのが確実な茶入。(北野大茶会にも用いられた記録があるそうで)
三斎が関ヶ原の軍功により徳川秀忠から拝領した茶入だそうです。
これもコロンとした形がかわいいのですが、照明のせいか色がよくわからない。
紫のような、茶色のような、、
でもこういうものこそさわって手取りを確かめたいですよね。無理ですけれど。

3)長次郎黒楽茶碗 銘「おとごぜ(乙御前)」


口すぼまりのなんとなくゆがんだ、それでいて手の中にいれるとしっとりなじみそうな茶碗。
思ったより無骨な感じがしましたが、いいですね〜lovelyこれ、、、、
長次郎といえば利休ですが、これは三斎自らが長次郎に焼かせたものだそうです。

4)南蛮芋頭水指

これも利休所持が確実な水指。北野大茶会にも登場。
南蛮=当時の中国明代の焼物。これと似たような芋頭水指が松井家にも伝来し、茶道資料館に展示されています。
ぱっと見にはすごく地味〜な水指なんですが、この形、一度見たらかなり印象に残りそうです。

5)利休の形見で三斎に与えられた自作の茶杓「ゆがみ」(織部には「泪」を与えているのは有名な話ですね)

→これは後期展示なので、今回は見られず。残念。

そのほか、芦屋、天明、京(大西浄清・大西家二代)の三釜そろいぶみは迫力ありました。

浄清の四方釜はいいですよ〜。
肌に、三斎自らしたためた「見わたせば 花も紅葉もなかりけり、、、(定家)」の地紋が鋳出されています。
なにがかっこよいって、鐶付きが対角線になっていることでしょうか。
自然と正面が角になりますよね。風炉にかけたらきれいだろうなあ、、、


図録も販売されていたのですが、重いのとコレクション全部にわたって厖大すぎるので購入は断念。

ところが隣接の便利堂さんでこんな良い物を発見。


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これをもとめまして、本日の復習を。

ちらっとだけお見せしますね。


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ご参考までに、国立博物館へおでかけの節はこちらへのお立ち寄りはいかがでしょう。

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七條甘春堂さんの町家甘味処・且坐喫茶。


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お薄と上生菓子をいただきました。

ついでに博物館の西、大和通を北上すると、豊国神社。
家康のいちゃもんで有名な方広寺の釣鐘も見ることができますよ。

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(白でかこってあるところが問題の「国家安康 君臣豊楽」。ようこんなん見つけたわ。すごいいいがかりやね)

三斎や利休とほぼ同じ時代の空気をまとっていたのですねえ、、、。


2011年10月 3日 (月)

Lei Can Ting〜大阪ステーションシティ

いや、大阪駅、えらいことになってますね〜。(って、デビューおそすぎ)


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5月にグランドオープンした大阪ステーションシティ、規模がでかいわ。
さすが大阪。(京都にはこんな真似できないだろうし、また似合わないと思うし)

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ま、わたくしが一番利用しますのは主にグルメ関係。

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それが集中するのがこの眺望のサウスゲートビルの10Fなんですよね。

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ここにこのお店を見つけたときはうれしかったなあ。

飲茶のめちゃおいしい箕面のリー・ツァン・ティンの出店!
かつて箕面の本店で、飲茶のメニューのはしからはしまで全部もってきて!、、、というような注文の仕方をしたものでした。
(あ、今はこんなマネ、もう無理)


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香港麺のランチ。
お茶は、飲茶に正しく普洱茶(プーアル茶)。

量からいってこのランチセットがよいのですが、、、、
いつかがっつりお腹をすかせて食べてみたいものがあったのです。

ついに先日それを果たしました。

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むふふ、、、
この3段飲茶タワーのついた「李さんのランチ」。

完食。
ここでかなりおなか苦しい。

ところがこんなものもついてました。


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ああ、リー・ツァン・ティンのマンゴープリン!
これを残して帰れようか。

で、完食。
しばらくかな〜り苦しかった、、、、

大好きな飲茶堪能でうれしいような、胃袋の老化がうらめしいような1日でありました。

2011年9月30日 (金)

錦秋のころ〜野村美術館定期講演会第4回

彼岸花というのは、いままで何もなかった場所に突如としてあらわれる、、、という印象。

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このいつも通る道に突然現れた、あざやかな彼岸花の一群れ。

うれしい驚きです。


夏の間、暑くてご無沙汰していた野村碧雲荘周辺の散歩道ですが、もう秋の気配がほのかにただよっています。

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細川様のお屋敷の楓もほんのり色づいてきました。

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  なびきかへる花の末より露ちりて萩の葉白き庭の秋風  (玉葉集)

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秋雨にしっとり、野村美術館へ通じる疏水分流。


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分流べりに群生しているマメ科とおぼしき花。
秋らしく、派手やかさはないけれど、群れるときれい。

名前がわからんのです。
こんな花なんですが。
(Ishii様、 nageire様のおかげでアレチヌスビトハギという帰化植物と判明いたしました)

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さて、夏の間おやすみだった野村美術館の定期講演会、4回目になります。


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少し早めにでかけて、この秋のテーマ「錦秋のころ〜月・菊・紅葉を愛でる」を拝見。

秋にちなむ道具がまんべんなく。
いいですねえ、、、、、ため息。
さすがに野村得庵、趣味がおよろしいわ。

二畳の茶室仕立ての展示室に、秋の茶会の見立ての道具組があり、やはり茶道具はこうやって他の道具とのとりあわせ、バランスでみせるものだと思いました。
単品をぽんと展示されているより心に残ります。
天明の車軸釜が抜群の存在感でした。

野村の主席学芸員、谷先生は現在韓国茶道にこっておられるようで、地下の展示室では韓国茶道についての展示があり、それに付随して、野村所蔵の高麗茶碗がいくつか展示されています。
井戸茶碗、、、ええですねえ〜lovely

神の器の作者の申 翰均さんの現代ものの高麗写しもよいですよ。


講演会の前には恒例の、野村所蔵茶道具による呈茶。

お軸は片桐石州の「塘蜍送花影」。
(月に住むといわれる塘蜍=ヒキガエルが何の花かは知らないが、月の花の影を送ってきている)

花器がこれまたすごくて、3〜4節の尺八のような竹の一番下の節に口をあけ、萩の花が投げ入れられていました。
いいなあ、、、これ。
藪内流(徳庵さんはこの流派)清隠斎による。

銘も「猿猴捕月」とは。

これまた普段はガラスの向こうになるような茶碗で一服、私には江戸時代の絵唐津があたりましたよ。

本日の演者は大徳寺別院・徳禅寺のご住職。
徳禅寺を明治維新の荒廃から建て直した、かの立花大亀和尚のお弟子さんになります。

実はこの和尚さん、以前淡○社のお稽古茶事の節におめにかかっています。
裏千家茶道学園の茶事指導をされていた関係から、お茶との関係が深い方のようです。

今回の講演は和尚が徳禅寺へいはることになったいきさつや、師の大亀和尚の話、徳禅寺の由来、利休の禅修行はどのようなものだったかを古書から読み解く、、、というものでした。
有名な考案や、禅にまつわる逸話を知っていないと、ちょっとむつかしい内容です。

前から大徳寺のかたすみにある徳禅寺については、なんでわざわざ○○院という塔頭ではなく独立した寺なんだろう、と思っていました。
和尚の話によると、徳禅寺開山の徹翁義亨(大燈国師の法嗣)が、もし幕府に大徳寺がつぶされることあらば、(紫衣事件などありましたし)ただちに徳禅寺を切り離して独立させ、ここで大徳寺の流れを断ち切らないですむように周到に用意したもの、ということです。
やっとその役割について納得。

さらに徹翁和尚は大徳寺直系の弟子僧侶すべてに「宗」の字をつけたことから、お茶名の宗名をつけることになったのではないか、とのこと。
私たちの茶名の由来をやっと了解。
大徳寺で参禅された利休居士の如く、われわれの茶もまた禅思想からかけはなれてはいけない、ということ。
長い歴史のある宗名、その名に恥じぬよう、その重さを感じつつ精進精進。