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奈良さんぽ Feed

2012年11月 6日 (火)

今西家書院

、、、、で、正倉院にかこつけた奈良遊びでしたが、こちらも大きな目玉でした。

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重要文化財今西家書院
高畑エリアです。

ここを現在所有されているのはお隣の今西酒造・春鹿さん。
こちらでは400円で5種のお酒が聞き酒ができるwinkので、昼間っから一杯やったことはありますが、お隣の今西家書院にはなかなか入れませんでした。

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この日はたっぷり時間があったので、ようやく訪れることができました。

こちら式台付玄関。


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今西家書院は興福寺の最大院家(塔頭のようなもの)であった大乗院家の坊官(執事)を努めた福智院氏の居宅。
執事の家とはいえ、大乗院家ともなると(いや、よう知らんがきっとすごかったにちがいないcoldsweats01)やはりすごい。
一説には大乗院の御殿を賜ったとも。

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ぱっとひろがる視界は書院の間からの庭。

よく確認しなかったのですが、この障子は猫間障子といって、一つの敷居に二枚の障子が入っているそうな。
雪見障子が上下にスライドするのに対して左右にスライドするのね。
猫は細い溝をふみはずさずに歩くことができることから付いた名前とか。cat


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書院は室町中期の書院造りの形式を残しているそうです。


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これはすごい!

半蔀(はじとみ)!
源氏物語絵図にでてくるタイプの雨戸(?)じゃありませんか!

上半分はこのようにはね上げられ、


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下半分はこのように立てかけられていたのかな。


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庭にあるタラヨウの葉に文字を書いた物。

タラヨウは葉の裏面に経文を書いたり、葉をあぶって占いに使用したりしたため、その多くは寺社に植樹されたそうで、さすがそこは興福寺さん関係。(貝葉:ばいよう、とも)


さて、こちらにもお茶室がありました。

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珠光好みの三畳+一畳の板。
点前座の位置から考えると向板の1種か?

地袋の位置にある明かりとりの障子がめずらしい。

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この障子には外からこんな雨戸がつけられていました。

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花器は古代中国の青銅祭器の爵。(レプリカだと思いますが、、、)

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茶室から奥の間をみとおす。
躙り口はなく、貴人口のみ。


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付属の水屋もけっこう広い。
あら、よさげな水指がいっぱい。heart01

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奥の間から見る奥の庭。
プライベートガーデンですね。

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赤く色づくセンリョウや、石蕗、秋明菊なども。

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この一番奥の部屋の天井はへぎ板の網代になていて、これも数寄をこらしてますね〜。


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天井といえば、玄関のは船底天井だった!

ずいぶん大工さんも遊んだことhappy01


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お庭のかたすみに、なぜか道祖神さんが。


お掃除や家事をこなしてくれる人つきならcoldsweats01ちょっと住んでみたいなあ。
(やっぱり冬は寒そうだからやめておこう)


ちなみに今西家書院、プチ・カフェもあります。
こんな素敵なお屋敷で食事を楽しみながら、能管や笙のミニコンサートを楽しむイベントも。

天と地への捧げもの~いのり~

12月1日(土曜日)
12時受付
12時30分会食
14時演奏(15:30終演予定)

笛:雲龍 笙:田島和枝 (秦家で美しい笙の音をきかせてくれた方ですよ)
限定40名様お食事付き6000円
当日演奏のみ3000円

2012年11月 4日 (日)

ゆく秋の大和国の、、、〜正倉院展+その他(の方が多いよ)

  ゆく秋の大和の国の薬師寺の
        塔の上なるひとひらのくも 
   佐々木信綱

、、、、といいましても、今回は薬師寺に行ったわけではありません。
でも、豊かな秋色の大和に包まれた一日、10代のころより大好きなこの歌が口をついてでるのです。

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待ち合わせスポットの近鉄奈良駅前、行基さん周辺はお掃除中。
奈良国立博物館の正倉院展へ行く予定ですが、朝から団体さんやら小・中学生やらがわんさか。

なので夕刻、遅い時間にでかける計略として、(この日は夜7時まで。5時半からはレイトチケットでお安くなります)それまでてくてく奈良散歩を。


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大好きな町家の多く残るならまちも、このごろとみにいろんな町家ショップが増えてきました。
あの商売っけのない、静かなならまちが好きなんですが、雰囲気をこわさず町家を維持していただけるならありがたい。

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こういうお宅は登録文化財になって守られているようです。

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こういう昔からのお商売をされているお店もあります。

よい雰囲気。


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新しくできたお店も、ちょっと看板(?)がおしゃれだったので撮ってみました。
ちなみにケーキ屋さんでした。


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ならまちのある意味ランドマーク、元興寺居宅のネパール窓。


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あら、元興寺さん、表札がPOPだわ。happy02


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いつも倒壊寸前のようで心配していた、かしいでいた町家。

ついに「危険」になってしまったのねweep
とうとう取り壊しがまぬがれないのかしら。

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「寧估庵」、、、、ねこあん??

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ね、、猫カフェかあ。
中に何匹もの猫ちゃんが日なたでおくつろぎ中。

出身は野良ですか?
今がしあわせな猫生でありますように。

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奈良ホテルの近くのMPLショップさん。


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主にイギリスのアンティーク雑貨のお店。
若い人にはアンティークでも、私たちにはせいぜいブロカンテね。
だって子供の頃にはここらへんの雑貨、ふつうに使ってたもん。


ランチの予約時間に間に合わせるため、歩きに歩いて高畑エリアへ。
私たち(お年の割には)健脚だわ。

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野菜と雑穀、糀料理のお店さん。

人気ゆえ、予約しておかないと入れません。

場所は新薬師寺、白毫寺の近く、民家が並ぶ静かな場所で、こちらも元はふつうの民家だったようです。

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花盆コース。
これにご飯とお汁、香の物がつきます。
どれも糀を下味に使った有機野菜たっぷりのお料理。


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デザートも白餡をつかった和菓子風。
そしてシードルみたいなリンゴを発酵させて作ったジュース(ノンアルコール)。

大変満足いたしました。(ゲフッ)

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こちらはご満悦の友人です。

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なぜかこの周辺にも、来る道々にも柿が鈴なりの木が多くて。
奈良って、柿がおおいのかな。

柿食えば鐘が鳴る法隆寺のせいなのか、はたまた柿の葉寿司が名物だからなのか?


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ノブドウの実。
これは赤〜青と様々な色に色づいてくる前。
地方では「毒ブドウ」と呼ばれているところもあるとか。
こんなにきれいなのに、食べられないから?


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白毫寺は高円山山麓、その高円山。

   狩高の高円山を高みかも 出でくる月の遅く照るらむ   大伴坂上郎女

高円山が高いから、月が出て照るのも遅いわねえ、、、、
高円山は奈良盆地の東側なので、月がのぼる方向。


この高畑エリアは最近空き家を利用した面白いお店が増えつつあるようで、春日原生林にもちかいこちらを迷い迷いしつつたずねました。

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アート・クラフトのお店、空櫁soramitsuさん。

ここにたどりつくまでに、行き止まりの道やらなんやらで、足が棒になるまで歩いた、、、という感じ。

さて、そらみつ大和のくにはおしなべて、、、(万葉集)からきた店名?


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こちらも昭和の普通のお家をまるまる利用されています。


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普段使いの焼物の器をはじめ、鋳鉄製ハサミ、棕櫚の箒やタワシ、お茶やロウソクなど。
中川政七商店とコンセプトがにているかも。
そしてこのコーナーは岡崎の好日居さんを思い出させる雰囲気で、、、、


ようするにお気に入りになりそうな場所ってこと。


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友人は曲がったタワシを、私はこのガラスの小瓶を。

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紅葉は奈良の方が早いようです。


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高畑といえば、まいどまいど顔をださずにおられないあーとさろん宮崎さん。


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ちょうどここで個展をされている陶芸家、久岡冬彦先生もおいでになり、オーナーさんもまじえてカフェコーナーで小1時間、おしゃべりに花をさかせる。

赤膚焼の窯元から故・清水卯一さんに師事され、朝鮮唐津や白磁、影青を得意とされておられます。
まさに、これもツボ!

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双魚文、掻き落とし。
まさに粉青沙器lovely


さて、そろそろ頃合いもよし、正倉院展にでかけましょう。

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奈良公園・浮見堂のあたりをつっきって、、、、

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やった!
行列なし。

(この少し後にはレイトチケットの人が行列つくってました)


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とはいえ、中はやはりおしあいへしあいなので、昼間きてたらどんなことになっていたのでしょう??

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一番人気は右の瑠璃坏。

18年ぶりの公開だそうです。
これを取り巻くように行列制限されていて、ここだけ20分ほど並びました。

ガラス部分がペルシア製、金属製台座〜脚は朝鮮半島製だとか。
どうしても瑠璃の部分に目が行ってしまうけれど、台座の細工もとても豪華。

照明の当て方がもっとちがったら、もっと鮮やかなブルーが見られただろうに、と思わないでもありませんが、それでも十分美しい坏です。

一体どんなお酒をいれていたのでしょう。
やはり葡萄酒?

  葡萄美酒夜光杯  王翰


展示中の「甘竹簫(笙の笛の原型か)」と「鉄方響(ぶら下げるタイプの鉄琴?)」を実際奏でてみた貴重な戦前の録音が館内にながれていて、これまた神秘的といおうか、異国的といおうか、不思議な音色。

こちらも是非お聞き逃しなきよう。


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見終わる頃にはもう真っ暗。
奈良公園あたりはほんとうに町中とは思えぬ暗さ。

一人ならちょっとコワイ。

興福寺の北円堂の横をぬけて猿沢池のお土産物屋がたちならぶあたり。

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12歳の自分が、修学旅行の時ここで買ったお土産物のことを懐かしく思い出し、あの頃と変わらずいまだに奈良が好き、と思いつつ、毎度こうして奈良に遊びに来られることに感謝せずにはいられません。


2012年9月27日 (木)

富田林・寺内町(じないまち)〜江戸時代の町へGo!

先日の峯風庵さんのある富田林・寺内町は奈良・橿原市の今井町とともに重要伝統的建造物群保存地区に指定されたエリア。

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今井町よりは狭いものの、その街並みはまけていません。

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古くは17世紀、江戸初頭からの建物もあるそうですが、今井町と同じく、皆さん、現在でも住んでおられるお家がほとんど。
生きた江戸の街並みなのです。


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歩いてぐるっとまわって小1時間、タイムスリップした気分で気の向くままに歩くのがおすすめ。

こちらのお家の前の「水」槽は防火用でしょう。
時代劇によくでてくる桶を山積みにしているアレです。

標識の「城之門筋」は町の中央を南北に通る道ですが、建設省の日本の道100選に選ばれています。


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寺内町の起源はなんと室町時代にもさかのぼるんです。

西本願寺派興正寺の僧・証秀が、1560年に、このあたりの荒芝地を百貫文で購入し、地元の村の協力も得て、芝地の開発、興正寺別院の建立、畑・屋敷・町割等を行い、富田林と名を改めたことに始まるといいます。
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寺を中心に建設された町=寺内町。

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右手の立派な建物がその興正寺別院です。

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寺内町はそのころから町民の自治を行っていたのですが、当時の支配者、本願寺を敵とみなす織田信長とも、本願寺派でありながらうまく折り合って「寺内之儀、不可有別条(じないのぎ、べつじょうあるべからず)」との書状を得ることに成功。

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今井町が信長と戦って舌を巻かせて自治を勝ち取ったのもすごいですが、正面からぶつからず、したたかに戦略的に自治をかちとった寺内町もすごい。(今の日本の政治家はこれに学んでほしいわ)


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ではちょっと、建物の意匠ウオッチングを。

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この複雑な瓦の重層。
一番上は煙出し。

鍾馗さん?もいてはるよね。

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こちらの瓦も手が込んでいます。

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お蔵の窓の意匠も手を抜いていませんね。

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玄関のファサード。
この板はいったい何のため??

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格子の向こうにオリジナルの瓦を飾るお家。
なぐりの格子、出格子、二階の格子、、、、縦の線がとってもリズミカル。

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モチーフが今井町ではシンボルになっていた駒繋ぎの輪。


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こちらにも。


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こちらの全景はこんな感じで、ここは仲村家。
酒造業を営み、幕末期には吉田松陰が20数日滞在したそうですよ。
18世紀後半(1782年~1783年)の築造だそうな。

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こちらの格子も京都のはんなり格子とちょっと趣が違いますね。


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こちらは木綿業をいとなんでいた木口家。

京都のばったり床机によく似た跳ね上げ式の板は、商品をならべていた「あげ店」とよばれるもの。


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掲示板も街並みの雰囲気を壊さぬように。

寺内町ではたくさんのイベントが住民主催でよくおこなわれているようです。

10月13日には後の雛祭りなんて魅力的なイベントもlovely

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古い家を、ギャラリーや陶芸教室、カフェ、花屋さんなどに利用しているところもあって、これを見て歩くのも楽しいですよ。

こちらはおいしい、と評判のパン屋さんですが、峯風庵さんからの帰りに寄ったときにはもう売り切れ閉店でしたwobbly

最後に今井町で言えば今西家にあたる、寺内町開闢以来の町の重鎮であった旧杉山家住宅のご紹介。


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杉山家は江戸時代から明治時代にかけて、この住宅で造り酒屋を営んでおり、江戸時代中期17世紀中頃の建造。
寺内町の中でももっとも古い建築物とされていて、また現存する町家の中でも最古と考えられているそうです。
(重要文化財)

現在では富田林市が買い取り、解体修理工事ののちに一般公開されるようになりました。


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堂々たる土間です。
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その一画にはおくどさんが。

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ここは二条城の座敷?
かと思うくらいのりっぱな大床の間。


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奥座敷にめんする庭も風情があり、小間の茶室もちゃんとあります。

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この杉山家、与謝野晶子らとともに活躍した明星派の歌人・石上露子の生家なんだそうですよ。


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ちょっと住んでみたい。
(掃除はしたくないけれど)

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庭には見事な萩の垣根。


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よき秋の1日でした。

2012年3月 9日 (金)

修二会〜お水取り2012

今年も奈良・東大寺、二月堂では修二会の本行がおこなわれています。

(お水取りについて、先月奈良に行った試別火(ころべっか)のころの記事で少し書きましたので、ご興味のある方は御併読くださいませ。昼のあかるいうちの二月堂とも比べられますのよ〜。)

お水取りのお松明はもう十数年前から、毎年欠かさず行っているので、このブログでも毎年くりかえしになりますが、それでも同じ時候に同じ仲間と、こうして行くことができるのはありがたいことだと、感謝しつつ。

たどるコースも毎年だいたい同じ。

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もちいどの商店街の萬々堂通則さんで、上生の「糊こぼし」を調達。
修二会の間、二月堂を飾る椿の造花を模したお菓子で「糊こぼし」と銘をつけられるのは、萬々堂通則さんだけ。


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東大寺開山の良弁さんのお堂に咲く椿も糊こぼし。


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奈良公園の中にあるお宿は青葉茶屋。
かれこれ30年くらい前から実は利用しているのです。

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宿で荷解きしたあとは奈良公園をつっきって二月堂へ。
昨年はほどよく咲いていた片岡梅林ですが、今年はごらんのように、まったくつぼみです。


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この若草山を胸にいだくような、くれなづむ浮雲園地が大好き。


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二月堂到着。
このころはまだそれほど人はいませんが。

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小口塗りの白が美しい二月堂。
奥の方、左端にちらっとみえるのがお松明に先導された練行衆が上堂される登廊。

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そろそろ日も暮れて参りました。

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ご覧のようにこのころになると、立錐の余地もないとはこのことか、と思うほど混み合って参ります。
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登廊から、いよいよ最初のお松明が登ってきます。
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練行衆上堂(お堂に入る)の独特の差懸(さしかけ・履物)の床を高らかにふみならす音も聞こえます。

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それほど信仰心などない私ですが、この火をみると、なんだか敬虔な気持ちになって、おもわず手を合わせてしまいます。

昨年はお松明を見に行って、すぐそのあとでした、あの大震災がおこったのは。

これから、お松明をみるたびに、あの日のことをずっと思い出すのだろうな、と思いました。
合わせる手にも今までとは少しちがう思いも。

天下安穏、五穀成熟、万民豊楽を祈り、十一面観音にひたすら祈願する修二会の間に、あの震災がおこったということで、少なからず衝撃をうけた練行衆もおられると聞きます。

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またこうして今年もお参りできたと、いつもこの時は、なにものかによって「生かされている」と実感する。
ありがたや。
あの震災の後なおのこと、さらにその思いを強くする。


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雨のようにふりそそぐお松明の火の粉をあびて、また1年、無病息災であれと。

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すべての練行衆が上堂されると、初夜の行法の始まり。


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外陣をとりまく局までは、女人でもはいることができるので、そこでしばらくお声明を聞き時を過ごします。
ゆらぐ灯明にてらされたお供えの餅(壇供・だんく)や、糊こぼしの造花、練行衆の影、南天などを垣間見つつ。

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そしてお堂をでると、あれだけ人がいたのがうそのようです。

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お松明の名残のある登廊をおりて、帰路に。


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食堂(じきどう)の前ではもう翌日のお松明の準備が。

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ふりかえり見上げる二月堂。
練行衆の祈りが届きますように。

(真ん中がとぎれてみえるのは、ここに良弁杉というでっかい杉がたっているからなんです)


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練行衆の食事を用意するめったに中が見られない湯屋の戸が開いていましたので、ちょっとのぞき見。

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幻想的な雰囲気の夜の裏参道をとおって帰ります。

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今年もお松明の燃えさしをたくさんいただきました。

お宿ではこちらの名物、二月堂由緒料理を。

すなわち、練行衆たちが召し上がる精進料理をそれに似せたスタイルで。


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よって、膳は練行衆が古くから使っているという「日の丸盆」。

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練行衆は一日1食しか正式の食事をされません。


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なのでご飯もてんこ盛り、、、(かどうか、、?coldsweats01
このように、しゃもじをたてるのが作法なのです。

修二会、満行まで1週間をきりました。
無事終わりますことを。


2012年2月25日 (土)

修二会直前・試別火(ころべっか)のころの二月堂

奈良まで所用あってでかけました。
来月はお水取りのお松明を見に、今年も出かける予定ですがその前の二月堂もみておきたいと足をのばします。

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東大寺は南大門まで行かずに浮雲遊園をつっきって行く二月堂への道。

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昨年この遊園の真ん中に奈良県新公会堂。
こんな場所にわざわざ建てなくても、、、と私などは思うのですがね。

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大仏殿を背景に、鹿にエサをやるところを写真撮影中のハネムーンカップル(???)

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まずは三月堂(法華堂)にでました。
この柳は春にはここのランドマークになるんですよ。
現在ここは閉鎖中。
不空羂索観音と日光・月光菩薩がおられたのですが、ただいまは新しくできた東大寺ミュージアムへ仮住まい中。
やはりこちらのお堂で拝みたい。


三月堂の前の石灯籠に発見!

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この巻かれた注連縄は修二会のまえにおこなわれる結界なんです。

ご存じの方はご存じでしょうが、お水取りは実はお松明の期間(3/1〜14)だけではないのです。
2月の中頃より練行衆は、別火坊にて、俗世間を絶った生活、世間と火を別にする=別火(べっか)にはいります。

2月20日から試別火(ころべっか)。
この間本行中に着用する紙衣をつくったり、糊こぼしの椿の造花をつくったり(花ごしらえ)、灯心そろえをしたり、社参をしたり、準備をかさねます。

2月26日からは惣別火(そうべっか)。
この日から練行衆は別火坊から一歩も外に出られず、地面をあるくこともゆるされません。
なので前日の社参は暇乞い(娑婆へのおいとま)とよばれるのもおもしろい。


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この日は試別火の期間中ということになります。

この画像は開山堂の中をのぞいてみたもの。
開山良弁僧正をまつるこのお堂の中にあるのが有名な椿、糊こぼし。

まあ、のぞいてみても見えないんですけれどね。


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ここの坊の方が、練行衆になられたようです。
入り口に結界の注連縄が。

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本行の時を静かに待つ二月堂。


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ここもすでに結界されています。


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これをお堂側からみたらこんなふうになっていました。
毎年お松明のあと、のぼって前を通っているはずなんですが、気づかなかったなあ。

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上からのぞいたところ。


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お堂の正面(西)の吊り灯籠。

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裏側(東)のいわゆる瓜灯籠。
二月堂のシンボルかな。

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本行でお松明とともに練行衆が上堂してくる登廊。

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階段を下りた正面にある湯屋。
本行中の練行衆の食事をここでつくるとか。

ちなみに練行衆の食事は1日1回きりなんですよ。
そのため食事には体力をつけるようにと、献立にさまざまな工夫がされているとか。


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これがその食堂(じきどう)。
食事も行のひとつとして、きめられた食作法があります。

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食堂の向かい、正面の建物が本行中の参籠所。

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まだ青々としたお松明の竹です。
美しい、、、、。


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本行中、12日深夜、お水取り(香水・こうずいをくむ)がおこなわれる閼伽井屋。


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その屋根に鎮座する鵜。

修二会をはじめた実忠和尚の勧請に遅参した遠敷(おにゅう)明神が、おわびにと香水を湧かせようと約束。
飛来した二羽の鵜がとまった場所からわき出た御香水。
これが若狭井とかや。


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帰りは北側の大好きな裏参道より。

来月がはやくも楽しみです。


   水取りやこもりの僧の沓の音      芭蕉

2011年11月11日 (金)

秋の奈良散歩・2011

今日はちょっと長いわよ。
途中で飽きた、、、なんていわないで最後まで読んでね。

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色づく奈良公園のよこを通って、まずめざすは奈良国立博物館、正倉院展

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雨だし、平日だし、これなら楽勝、、、、

と、思ったのは大きなマチガイ。

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入館するにも行列が。

入館後もいつもこんなに混んでいたかなあ、、、と思うくらいの混み具合で、展示物を最前列で見ようとおもったらまた並ばないといけないのです。
すごい人気だ、正倉院展。

今回のテーマは染色、織り、香かな。

かの有名な蘭奢待もでていたし、これは以前見たっけ。
いや、NHKの今年の大河でトヨエツ(織田信長)が切り取ってた場面を見ただけか、、?coldsweats01

一番印象に残ったのは七条織成樹皮色袈裟。
聖武天皇遺愛の袈裟で、綴れ織りに似た技法で織られたもので、印象派の絵のような見事なもの。
なんといっても話題は今年完成したこの袈裟の模造品が同時に展示されていること。

皇后陛下がお育てになった小石丸繭をいただき製糸して、龍村織物が織った物。
これがまた美しい織物で、これを見たあと再び本物をみると、最初気づかなかった縁の布の織模様まで見えて、さらに感動します。

いつも正倉院展にくるたびに思うのです。あらゆる工芸品の意匠は正倉院の時代にすべて完成していて、そのあとの時代のものはそのヴァリエーションにすぎないのではないかと。

人の多さにややストレスを感じたので、博物館内のこちらでお茶を一服いただく。


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興福寺の庭園から移築された織部好みの茶室、八窓庵をのぞみながら。


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薯蕷も正倉院御物によく見られる意匠の花喰い鳥。

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博物館を辞したあとは細い小路を北へ。

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大和路の秋はほどよく色づいています。
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意外とみなさん、ご存じない穴場、依水園
国の名勝指定を受けている4000坪もある宏大な庭園なんです。

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数年前に来たときは大雪の日で、あちこち閉鎖になり、枯木ばかりだったのですが、良い季節にやっと来ることができました。

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依水園、実は二つの時代の違う庭園からなっているのです。
こちらは17世紀に奈良晒業者がつくった別邸の前園。
もうひとつの後園は明治になって、これもまた奈良晒の業者が、裏千家十二代又妙斎に依頼し作庭させた庭。

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これがその又妙斎がつくった茶室、清秀庵。
裏千家の又隠写しの四畳半、洞庫付き。
床には楊枝柱。

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茶室回りも数寄屋ですなあ。
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坪庭の宇宙。


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わお〜!
すてきな蹲居!
こうなるまでに何年かかったのでしょう。

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茅葺きの建物をめぐると、、、
これが見事な若草山と東大寺南大門まで借景にした眺望です。
東山、永観堂の多宝塔を借景にした野村碧雲荘を思い出します。

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茶室かな、と思いましたがどうやらこれはこの眺望を楽しむための四阿のようです。

この庭にはこんなものまで。

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ドウダンツツジの紅葉グラデーション(=繧繝:うんげん→先ほど正倉院展で学んだ)

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これってタイサンボクの実?


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こちらは氷心亭。
床の間は桂離宮写し、新薬師寺の古材などをふんだんに使った造りだそうで、こちらでは若草山の借景をみながらお茶がいただけます。


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こちらの蹲居は菊・桐。
高台寺と関係があるのかな?

依水園ですっかりリフレッシュしたあとは、ちょっと虫養いをいただきにこちらへ。

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ここは東大寺戒壇院の近く。
二月堂の裏参道をいくとここに出ます。

工場跡のカフェ「工場跡」。
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大正時代に建てられた乳酸菌飲料の工場をリノベーションしたカフェ。


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奥の方に見える機械が工場だった頃のなごりでしょうか。

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カフェスペースは事務所だったところだそうですよ。

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こんな窓際の長いテーブルがとてもステキ。

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コロッケバーガー。
パンの右下の鹿の焼き印に注目!


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イベントスペースには、工場でつかわれたであろう実験瓶なども飾られています。

こちらで少しお腹をみたしたあとはそのまま東大寺へ。

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大仏殿の前ではこんな方もお休み中。

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この秋グランドオープンした東大寺ミュージアム。


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今ここには改修中の法華堂(三月堂)の本尊不空羂索観音立像と日光・月光両菩薩像が仮住まいされているはず。
やはり日光・月光はあの薄暗いお堂でみたいものなあ。


東大寺から南下して高畑へ。
いつもの奈良散歩のときのお約束、あーとさろん宮崎へ。


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こちらはいつ来てもおちつきます。
ギャラリーだけれど、とてもおいしい珈琲がいただけるので。


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こちらでは「くら田たまえ百福展」開催中。

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くら田たまえさんのちりめん人形はとても魅力的で幻想的なんですが、今回のお福さんは陶製。
だからお値段もぐっとお手頃。

100体あったのですがその時既に92体売約済み!

一番ひかれたのは、頭の上にお正月のお鏡餅をのせてるお福さん。
おもしろすぎる!自然と笑えてくる。
あ、当然売約済み。

でもお正月にこれ、飾ったらもうお鏡なんかいらないくらいにおめでたそうですね。

で、かろうじて売れ残ったこのお福さん、残り福としていただいて帰りました。
手のひらにかるくのるサイズなんですよ。


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2011年5月 5日 (木)

東大寺華厳茶会〜2011

先日はこんなところに。

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写真だけでは十分にお伝えできませんが、鮮やかな緑に遅咲きの桜の薄紅、、、それはもう胸のすく景色でした。

    若草の上を歩いているとき
           私は五月の貴公子である    (朔太郎)

そんな気分で。


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お約束の奈良公園の鹿。

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公園の藤棚はもう花房がたれています。
ああ、春日大社の砂ずりの藤はいかばかりかと、、、

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緑陰にこんな施設もみつけました。


めざしたのはこちらです。


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天下の東大寺でございます。

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この大仏様に毎年この季節、大和茶の新茶を奉納する献茶式がおこなわれます。
昨年初めて行かせていただきましたが、大好きな奈良の、東大寺のちょっと奥深くまではいりこめるのがうれしくて。

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相変わらず大きな盧舎那仏様。
観光客にもどえらい人気です。

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献茶式の準備もされています。
後方の茶臼にも注目!
これで裏千家大宗匠が実際新茶を挽かれます。

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水次の準備なども。
献茶式の実際の様子は昨年のせていますので、どうぞそちらを。

今年は献茶式はスルーして、茶壺道中をしっかりみることに。


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大仏殿の入り口で待つことしばし、いよいよ柵の竹がはずされ献茶式はまもなくです。


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さあ、いよいよ東大寺の管長さんはじめエライさんの行列、そのあとに大宗匠、さらに茶壺、大和茶業者が続いてやってきます。

実は待っている間ずっと気になっていたことが、、
大仏殿前のでっかい灯籠、行列はこれの右をとおるのか?左をとおるのか?

さあ、いよいよ灯籠の前、、、どきどきわくわく。

おお〜っ!!

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行列は交互に右と左にわかれたではないか!

そうか!
その手があったか!

、、、、、としょうもないことに感心しておりました。

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天平の昔を彷彿とさせる光景です。

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そのあとに大宗匠、業躰さん。

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大和茶の幟、先触れの鉄杖、そしていよいよ御駕籠にのった茶壺です。


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階段はやっぱり横にして登るのね。
後ろに続く方の手の新茶葉のお皿にも注目を。
美しい若々しい緑です。

お茶壺をお見送りしてから、4席ついているお茶席巡りに出発。


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まずはこちら、今日庵の濃茶席。

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寺務所の中のお席です。


本席の床がなんと古渓宗陳の軸。まあ、16世紀のものなんですね。

「白雲深処金龍躍(白雲深きところ金龍《太陽》躍る)」

これは碧巌録出典で「碧波心裏玉兎《=月》驚」と対句だそうです。
調べてみましたが禅語としての意味はよくわかりません。
でも太陽と月を金龍、玉兎にたとえるところ、なんとなく壮大なイメージをいだかせるではありませんか。

さすがに今日庵さん、よい物をいろいろお持ちです。
古天命の釜もやつれた感じがよかったです。

それと迫力あったのが伊賀の花入。
テッセンと白のショウマがいけてあったのですが、その銘「破衣」のとおり、口のところでぱっくりと裂けています。
これがいい、と思うのは日本人独特の感性でしょうか。


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濃茶を一服いただいたあと、同じ建物の中で辻留のお弁当をいただきました。
昨年はどの席も,点心席もはいるのに1時間くらい待たされたのですが、今年は待時間は短く、全然待たずにはいれるところも。
これも震災の影響でしょうか。


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ちなみに中味はこちら。
京風の上品なお味で。(田舎物の私にはちょっと薄味過ぎ)

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次は副席。
大仏殿の裏側、ふだんは入れない場所です。

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ちょっとつぶしてしまいましたが、お菓子は菊屋さんの「落とし文」。

お床の花が八角で,昨年も同じだったので、ここではこれをいつも使うのかな?と思っていたらなんと、この席のご亭主が今年80才になったことに掛けてあるそうです。
栃木からこの八角、お持ちになったそうです。
いいですね。こんな80才に私もなりたい、、、

宗旦筒書の東本願寺伝来、利休茶杓なんてすごいものもでていました。
なんというか、細身で華奢な感じの茶杓でした。
よいものを見せていただきましたわ。

あと長次郎の黒楽、「老僧」(銘の通りすごくかせている)
替茶碗の黄伊羅保、「黄袍」(天皇のみに許される禁色の御袍ですよ)
ノンコウの楽水指、「晩鐘」(釣り鐘形)

すごい、、、、としか言いようがない。


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青年部席の立礼は時間の関係で行けず、最後にいきましたのが東大寺席、勧学院にて。

勧学院は9世紀に空海が建てた学問所みたいなところですが、そもそも東大寺は華厳宗、そのなかに真言宗の施設を作ったわけで、空海の影響力のすごさを物語っているようです。

現在でもこちらでいろいろな仏教系講座がひらかれています。

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お菓子は薯蕷、「えくぼ」(製菓は失念)

こちらご本尊の前でお点前をされるという、東大寺ならではのお席です。

正客さんの菓子器が、お水取りの期間、練行衆が使う朱塗りの桶でした。
茶杓もお水取りのお松明の竹から。

花台が升形東大寺古材(天井を支えている柱の先の部分)。

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見物は皆具のなかの火箸。
大仏殿の瓦をとめてある古釘なんです。

ああ、これも東大寺ならでは。


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遅手の桜が散る院内もすてきでした。

華厳茶会では記念品もけっこうなものがでます。
昨年は東大寺の装飾画を描かれた方の鸚鵡の絵の香合でした。

今年は、、、


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田原陶兵衛の萩茶碗。

現在の東大寺管長・北河原猊下の手になる日輪の絵のついたお茶碗です。
これはお茶会にも使えそうですね。

満ち足りた気持ちで東大寺を後にしたのですが、実はそのあとこんな場所に行きましたの。


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西の京の駅をおりると出迎えてくれた今を盛りの花の女王、牡丹。


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ご覧の通り、手のひらより大きい。

こちら「凍れる音楽」で有名な、ご存じ薬師寺。

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何しに?って、実はこれだけを買うために。


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ならまちの和菓子屋、樫舎さん。
けれどそこでは買えない葛菓子、「白鳳の飛天」。

薬師寺の催しの時のためだけに作られるお菓子で、薬師寺さんでしか手に入りません。
好きなんです、これ。happy01

2011年3月 8日 (火)

橿原市・今井町〜江戸時代へのタイムスリップ

この機会にと、ずっと行きたくてなかなか行けなかった、貴重な歴史的町並みを残す今井町に足をのばすことにしました。

奈良市街地から車で小1時間(または近鉄橿原線・八木西口駅下車)、こんなところに江戸時代の町割りが残っているのか?と思えるような景色の中、おお、あれはなんだかその匂いがする、、、、


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といってもこれは明治36年の建物、奈良県指定文化財旧高市郡教育博物館、現在は今井まちなみ交流センターとして、今井町歩きの前に情報を仕入れることのできる場所になっています。

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江戸時代の今井町の模型。
廻りを掘り割りで囲まれ、実際要塞都市としても機能していたそうです。

説明は町民のボランティアさん、ここが見所、ここははずさずに、1時間半ならこのコースで、ととても親切に地図にいろいろ書き込んでくださいました。

さあ、いよいよ江戸時代にタイムスリップだーhappy02


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おお、いきなり映画村のような、、、いえ、失礼、映画村よりはるかにりっぱです!

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歩くたびに展開する歴史的町並みに私の目はlovely

ご覧の通り、電柱、電線、ありませ〜ん!

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中世、攻め込まれても敵が直進できないように、京都みたいに碁盤の目の町割りでなく、筋違いの道を多用した町割りになっているそうです。


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今井町が歴史に登場するのは14世紀、興福寺の荘園としてなのですが、戦国時代、称念寺を中心に寺内町を形成。

戦国時代は次々と変わる支配者に対抗するため、濠で町を囲み土塁を築き自衛のため闘ったそうです。


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(厨子二階の意匠にも注目ね!)

その力には戦った織田信長も一目置き、都市としての自治権を与え、以後「海の堺、陸の今井」といわれ自治都市として栄えたそうです。
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こちら河合家住宅、18世紀にはすでに酒造業をいとなんでいたそうですが、いまでも河合酒造を営業されています。


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中も拝見させていただけます。
おお、あれは駕篭ではないか!


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広い土間にはおくどさんもあります。
こちらのお酒を一杯試飲もさせていただきました。


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さて、今井町、江戸時代にはいると幕府の天領になります。
しかし豊かな今井の財力が魅力であった幕府は、これを支配するのに、優遇をもっておこないました。

惣年寄を頂点に、警察権・司法権・行政権を与え、自治的特権を与えたのです。


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元禄年間には「大和の金は今井に七分」と称されるまでに繁栄したそうです。

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東西600m、南北310mしかない小さなエリアなのにすごいですね。
そういえば、立ち並ぶ町家はどこもたいそう立派な物がほとんどで、贅を尽くして造られた、、、という感じがわかります。

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雨樋にも金をかけてますね〜。
こいう意匠を見て歩くだけでも楽しい。

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今井町は明治維新を経ても鉄道敷設に反対するなど、結果的には江戸時代からの町並みのみならず、自治都市としての結束力も保存することに成功したのですが、、、

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戦後、建物の老朽化で多くの民家が倒壊寸前。
そこを民家調査に来た東京大学工学部建築学科の学者グループが再発見、これは国の重要文化財に指定する価値がある、と運動した結果、今では8軒が重要文化財指定をうけています。

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そうしたお上からの保護だけでなく、町民自身による「町並み保存運動」がおこり全国にさきがけてNPO法人などつくり努力されているとか。

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ただ、中には住む人もいなくなった空き家が100軒ほどあって、この空き屋対策も重要とか。
観光客に開放している民家に、ガイドを兼ねて常駐するのは、手弁当の住民のボランティアさん。
みなさん交代でされているそうですよ。


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もちろん現在でも住んでおられる方もたくさんいて、そのうち文化財指定を受けた家などは、その家の住人さん自らがガイドしてくださるのです。

なんという、町並みに対する意識の高さ!


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まあ、それも遠い先祖の時代からほとんど変わらず、濠に囲まれた半閉鎖空間で、ともに生活してきた住民同志の強い絆あればのことでしょう。

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京都のように大きな都市で住人の流入出が多いところでは、この方式はむつかしいでしょうね。

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空き家の利用法として、体験宿泊のできる施設もありましたよ。


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江戸の町並みでも、生活するのは今の人々。
ここらの小学生はうらやましいなあ。
この町並みの価値を忘れないでね。

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こういう生活感たっぷりの民家もありますの。

最後に今井を代表する最大の民家、今西家のご紹介を。

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まずは二条城をおもわせるような風格のある外観、明らかに他の建物との格の違いを認識できます。


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この家は町の一番西のはしに出っ張るような形でたっています。


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壁の定紋は「川井」、かつて今井町の惣年寄を代々つとめた川井家をあらわしています。
大坂夏の陣で大阪方に攻め入られたとき、川井の一族が戦い町を無傷のまま守ったことから、「今井の西をよく守った」ということで以後今西家となのったそうです。


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まあ、一歩入ってその規模に度肝をぬかれます。
今西家の方は、現在この家には住んでおられませんが、すぐそばの家にお住まい。
そして観光客の求めに応じて説明をしてくださるのです。

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先に述べたように、自治都市の惣年寄ですので、警察権、司法権があったので、この広い土間は御白州として使われていたとか。


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この途中までしかない敷居の溝がわかるでしょうか。

賊が攻めてきたとき、とっさに雨戸を閉めると自動的にロックできる構造になっているそうです。

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戦後解体修理が行われ、出てきた棟札により、1650年の建立ということがわかったそうです。
その時に、この大きな梁の3本のうち、1本だけが使い物にならず新調したのですが、どれだかわかります?

実物だとわりとはっきりわかるんです、一番手前の1本だって。
さすがに360年の年輪にはかなわないものがありますね。


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今井町の民家でよくみかけるこの「駒つなぎ」、実はこんな所にも意匠として使われていました。


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京都のしっとりとした情緒のあったエリアが、けばけばしいお土産物屋に占拠された悲しい場所にかわってしまった例をいくつかしっています。

今井町はおそらくそんな二の舞はふまぬことでしょう。
観光客は、静かに歩いてこの町並みを楽しみましょうね。

同じ場所に同じ住民が昔からずっと住んでいると、しがらみなどもあって大変では?と思っていましたが、今西家の方の言葉がとても印象的でした。
「昔から同じ住民が住み続けていることが私たちの誇りなんです。」

2011年3月 6日 (日)

中川政七商店・奈良本店〜あーとさろん宮崎

奈良に行くときには必ずよるカフェやお店がいくつかあります。


今回またあらたに寄る場所が増えてしまいました。
京都店も最近できたばかりの中川政七商店の奈良本店。

もとは奈良晒を扱っていた商家、近鉄奈良から近い、もちいどの商店街からちょっとはずれた細い小路に本店があるんです。
こちらの商品は大丸などのデパートでも買えるのですが、やはり大きな町家だという本店へ行ってみたいなあと思っていたのです。


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1階の表はモダンですが、厨子二階をみてもらえればわかるようにりっぱな町家なんです。

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中は遊・中川ラインや粋更ラインのお店になっていて、ついつい買い物にはしってしまふ、、、。

茶房がついているのはここだけ、さっそく靴を脱いでお座敷へ。

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だいどこの間にあたるところはテーブル席で。


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奥座敷はこのような、たいそう私好みの席になっておりますlovely

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お庭もりっぱで、

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トイレなどは正しく「屋外」にあります。

初日いただいたもの。


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「むしやしない」(まあ、軽食ですね)のあったかいにゅうめん。
とろみのついた出汁に生姜がたっぷりであったまること。
ありがたや。

で、翌日も友人をつれてまた行ったのです。うふふ。


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膝を痛めている友人のために今回は座敷のお隣のテーブル席で。

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寒さにちぢこまった体にやさしいお重ランチ。

2ヶ月ごとにメニューはかわるそうですが、大和菊菜の柚子浸し、五穀生麩と里芋の行法味噌田楽、たたきごぼうの胡桃胡麻和え、蓮根の甘酢和え、奈良漬、古代チーズ「蘇」、黒米ごはん、、、、などなど健康によさそうなものばかり。


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お重についてくる五目野菜の餡かけ。
これも生姜がよくきいて、おいしかった。

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デザートの大和茶アイスは鹿の最中付き!
スプーンは水牛の角製。

ここは小物にも凝っていて、各テーブルにのっているのはこんなもの。

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紅白のはコーヒーシュガー。
ちいさな関守石のような小石は伝票押さえ。
下の古帛紗の文様は笹蔓緞子ですが、左のはしにうつっている座布団をよくごらんください。
わかりにくいですが、これも笹蔓の文様なんです。
まあ、おしゃれlovely

というわけで、奈良にきたときに素通りできぬ場所がまた増えてしまいました。

素通りできぬ、といえば前からお気に入りの場所、高畑のあーとさろん宮崎さん。

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アンティークもあつかっているギャラリーで、この日は版画展をされていました。

こちらの奥のカウンターではコーヒーをいただけるのです。
そしてここのカウンター廻りがいたく気に入ったあげく、今の家を造るときになぞらしてもらったものなのです。

参考までに2年前の記事のカウンターの画像です。

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こちらのオーナーさんは相変わらず忙しく遊びに仕事に飛び回っておられるようです。
いつもコーヒーをいれてくださるのは娘さん。

奈良の赤膚焼の茶碗がほしいと前々から思っており、いろいろお聞きしたのですが、ほんとうに陶芸作家さんのことをよくご存じで、とても勉強させていただきました。

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こちらで使われているお茶碗(いずれも作家物です)をあれこれ出していただいて、手にとって拝見させてもらいました。

奈良絵(右手前の茶碗、左の湯飲み)のお茶碗は絵がピンキリなのですが、こちらの窯のものはとても丁寧で緻密できれいです。買うのならこの窯のものだな、と心に決めました。

そして真ん中奥の生成り色の茶碗、これがいたく気に入りまして。

やはり裏千家のお茶をされている娘さんの先生が東大寺で釜をかけられた記念のお茶碗だそうで、なんの模様かわかりますか?

そう、大和三山(香具山、耳成、畝傍)なんです。

奈良絵のものはすぐ大和のものだとわかりますが、このお茶碗のようにさりげなく、大和を主張しているのもいいなあ、、と思いました。

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一見伊賀にみえるこの鉢、実はえらく気に入りまして。
これも作家さんのもの。

これに水を張ったら、肌に水がしみでて美しいだろうなあ、、と思っていたら、やはり立礼のお茶会でお客様に見せる茶巾入れとして水を張って使われたとか。いいですねえ、想像してみると。

というわけで、今回もなにがしかの収穫を得ることのできた居心地のよいスペースなのです。

そうそう、こちら生菓子を持参すると、これらのお茶碗でお抹茶をたてていただけるそうですよ。
次回は持って行かなくちゃ。

2011年3月 4日 (金)

東大寺修二会〜お水取り2011

今年もやって参りました、この季節。

ブログを始めた年の3月からなので、もう5回目になります。

近鉄奈良駅を降りると、なんと粉雪のまう奈良。
またまた寒い日にあたってしまった、、、、けれど、この寒さがお水取りには似つかわしいのです。

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まあ、足取りはだいたい例年通り。
ちゃんともちいどのセンターの萬々堂通則さんによりまして、この季節限定の上生菓子、「糊こぼし」(これも毎年解説しているような、、、、coldsweats01修二会で御堂に飾られる紙の椿:あるいは糊をこぼしたような白い斑がはいる東大寺・開山堂にある椿)を求めます。

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赤があざやかなやわらかい上生です。
この赤は京菓子ではみられません。よりプリミティヴで力強い感じ。

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陽のおちてきた奈良公園の中をとおりぬけ、

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片岡梅林の梅を愛でつつ、


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浮雲園地をつっきる。
遠景は若草山。


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東大寺二月堂にはもう灯がはいっています。


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例年の如く南側最前列をゲット。

厚着の上に厚着して、貼るカイロをはりまくって静かに日没を待ちます。
なにしろ12月の深夜の春日若宮おん祭の時には死にそうなほど寒かったので、今回寒さ対策は万全。粉雪がちらついてもOK!

しかもその上に(100円ショップで買った)ビニールレインコートを火の粉よけに。wink

次第に人が集まって、暮れていく様子を。(遠景は奈良市街地)


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右手の大きな杉は「良弁(ろうべん)杉」。
東大寺建立に、大きな役割を果たした良弁和尚が、幼少のみぎり鷲にさらわれて、この杉の上にひっかかっていたのを助けられた、という伝説の杉。ただし何代目からしいです。

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すっかり日も暮れ、二月堂の下では「火消し部員」がスタンバイOKのようです。

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19時、周囲の灯りがすっと消えると、二月堂に登る階段に先触れの火をもった堂童子が階段を登って上堂を告げ、またおりてゆきます。

いよいよ参籠所から練行衆の上堂、先払いのお松明がゆっくりと階段を登ってきます。
いつもいつも感動の瞬間。

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まぢかなので、練行衆が差懸(さしかけ:練行衆のはく特製の木の履き物)をタ〜ンタ〜ンタ〜ンタタタタ、、と音高らかに内陣に入る音を聞くことができます。そのあと追うように梵鐘の音。
音だけでも入陣の様子が目に浮かぶようです。


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火はいいですねえ。
たとえいっときでも、いろいろな悩みを浄化してくれるような気がします。


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今年もたくさんの火の粉を浴びて、無病息災で。


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そのあとは、下に落ちたお松明の燃え残りをめぐって争奪戦?
さきほどの「火消し部員」のおじさんが今年は親切で、たくさんこちらへ放り投げてくれたので大豊作でした!

しばらくは外陣で音楽的な読経の声を聞き、戸帳にうつる幻想的な影がゆらゆらゆれるのを見、こうべをたれるのでした。

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日にちによれば過去帳(有名な青衣の女人がでてくるやつ)の読み上げも聞けるのですが、この日は神名帳の読み上げを。

修二会では上七日は大観音、下七日は小観音が本尊とされ、どちらも絶対秘仏で練行衆ですら見ることができないとか。

小観音については有名な逸話があって、実忠和尚(じっちゅうかしょう)が夢で見た兜率天での行を、人間界でもできないかと考えていると、難波津から生き身の小観音があらわれ、それを本尊として修二会をはじめたというもの。

絶対秘仏で見ることはゆるされない仏ながら、過去数回おこった火災からはお救いしなければならず、そのとき垣間見た人が残した絵が残っているのですが、なんとも神秘的な仏像なんですね。
生き身、、実はいまも息づいているかも、、、なんて思ったりします。

人もまばらになったころ、さきほどお松明が登ってきた階段をおりて帰路につきます。

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実はこの日も奈良国立博物館にて、お水取りの勉強をしてきました。
毎年なにかしら新しい知識を得ています。

知れば知るほど、修二会は奥行きの深い行なのだなあと思うのです。

日にちのしばりから、今はお松明しか見ることができませんが、リタイヤしたあかつきには数日泊まり込みで深夜の行も見てみたい。
まずはお水取りの名の由来になった12日深夜におこなわれる閼伽井屋の若狭井からくみ上げられるお香水の行列。
次に火と水のもっともダイナミックな行、達陀(だったん)。


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こちらは閼伽井屋。
お水取りの12日になると榊が新しい物になり、注連縄にも独特の飾りがつけられるのです。

遅参した若狭の遠敷(おにゅう)明神がおわびに湧かせようと約束し、白と黒の鵜とともにわき出た香水が若狭井だとか。


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鼻のさきが冷たくなるほどの寒気がしんしんとおしよせてきたので、人気もまばらになった二月堂に後ろ髪を引かれながらも別れを告げます。

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「もうお帰りで?」

そうよ、もう寒いからね、鹿さん。


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戦利品(?)をチェック。
部屋中杉の焼けた良い香り。

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遊・中川さんの奈良本店でおまけにくれた糊こぼしの造花を飾ってみましたheart01

2010年12月19日 (日)

春日若宮おん祭・3〜常世の舞〜「細男(せいのお)」を中心に

御旅所の行宮の前には五間(9m)四方の芝舞台があり、神遊はここでおこなわれる。

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巫女(春日神社ではみかんこ、とよぶ)たちの神楽で幕開けが3時半ごろ。
それから夜の10時過ぎまでとだえることなく、さまざまな芸能がくりひろげられる。
これが神への捧げもの。

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少年たちのりりしい舞、東遊(あずまあそび)

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田楽座の田楽。

そのあとがいよいよ、他に類をみない、といわれる古代からそのままの舞、「細男(せいのお)」の始まり。

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白い麻の浄衣をまとった6人の舞人が御幣を捧げる。

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そして、目から下に白い布をたらして隠す。


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左の二人は最初から最後まで笛をふく。
真ん中の二人は素手、右の二人は鼓をもつ。舞うのはこの笛遺がいの四人のみ。

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笛の音はおよそ音階という物がなく、聞き慣れない不思議な音。

踊りもまるきり単調で、ふたりずつが袖で顔をかくすように、四角を描いてゆらゆら歩くのみ。
このように背中を曲げるポーズが特徴。

鼓組が舞うときは鼓を打ち鳴らすが、ほんとうにものの本に書いてあったとおり「ポチャン、ポチャン」という頼りない音になる。

左袖、右袖、両袖でそれぞれ顔を隠して舞っておわりとなる。

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ちょうど黄昏時に始まるので、10分ほどの間に急にあたりが暗くなっていくのがわかるだろうか。
まるでこの時を選んで舞っているかのようで、よけいにこの細男の不可思議さが増幅されるような気がする。


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細男の由来として(南北朝時代の「八幡愚童記」による)以下の伝説がある。

神功皇后が朝鮮出兵に向かうとき、常陸国の海底に住む安曇磯良(あずみのいそら)に船の舵取りをさせようと使いを出したが応じない。
訳を聞くと、自分は深い海底に長い間住んでいるので顔中に牡蛎が吸い付いてしまってあまりに醜いためでられないのだ、とのこと。
そこで住吉の神が自ら拍子をとって歌い舞うと、舞楽好きの磯良はたまらなくなって醜い顔を覆い、首に鼓を掛け「細男」という舞を舞いながら海からでてきて、神功皇后の渡海を助けた、という話。

しかし細男舞の起源だけは今も多くの謎がありはっきりとしたことはわからないそうだ。
ただこの舞はおん祭でしか残っていないらしい。

まあ、そういうことは民俗学者にでもまかせるとして、あの奇妙な音楽、奇妙な舞がかもしだす、彼は誰れ時の不思議な空間をわれわれは堪能すればいい。

一度見たら忘れられない。

細男のあとはプロの能楽士による神楽、舞う姿がりりしくて、平安時代のイケメンとはこういう感じか、とおもうくらいかっこいい和舞(やまとまい)、古代朝鮮、中国大陸から伝えられた舞楽、と続く。


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舞うも演奏するも南都楽所(なんとがくそ)の皆さん。

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この鼉太鼓の音にはしびれます。
特に有名な蘭陵王(超イケメンの顔を強面の面で隠して闘った強い王様)の勇壮な舞の時なんか。

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そして夜も更け、体に寒さが応え始めるころ、夜の10時半過ぎ、又すべての燈火が消され、暗闇の中「ヲーヲー」の警蹕とともに神遊をご覧になり終えた若宮様を、本殿にお送りするため十重二十重にとりまく榊を持った白衣の神官たち。

こうして神様は春日の社へおもどりになったようです。
また来年のおでましを約束されながら。

* * *

遷幸の儀、お渡り式、御旅所式、還幸の儀を通じていつもお見かけする方がいた。
若いのに着物姿がいたについた殿方なので、つい目がとまって。
最後までおられたので、「よほど好きなんやなあ。」とつぶやいたら、友人が「『おまえもな。』って言われるよ、きっと。」
coldsweats01確かに、、、

春日若宮おん祭・2〜芸能絵巻・お渡り式

寒い深夜から一転して朝は良い天気で空も明るい。

P1080234(荒池から興福寺五重塔をのぞむ)


県庁前の奈良公園の一画ではこれから始まる時代絵巻、お渡り式にのぞみ集まる人たちで賑わう。


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お渡りとは、ここでは行宮に遷られた若宮様のもとへ芸能集団や祭礼に加わる人々が社参する行列のことをいう。


おん祭でもっとも華やかな行事。
(ちょっとしばらく携帯画像が続くので、画質はおちます。あしからず)

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一番見るのを楽しみにしている「細男(せいのお)」とよばれる舞踊を披露する細男座の幟。

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田楽座の持つ「田楽花笠」。
一刀彫りのルーツと言われる木彫り人形が並ぶ。


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田楽座は御幣も一番華やか。

12時に県庁前を出発したお渡り式に先回りして、一の鳥居へ。

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今から行われる競べ馬、流鏑馬のために参道には砂がしきつめられている。


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若宮様います行宮の朝の風景。


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行列にかかせぬ馬もすばらしくきれいでりっぱ。
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さあ、お渡り式の一行がやってきました。
これは御幣と五色の懸絹。

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かわいらしいお稚児さんもお母さん方に手をひかれて。

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南大門跡でおこなわれる「南大門交名の儀」。
祇園祭のくじ改めのようなもの。

僧兵姿はもちろん興福寺。
おん祭は春日大社のお祭でありながら、興福寺の全面バックアップでおこなわれてきた、という歴史的事実から。
このあたり、神仏混淆の多く見られる奈良らしい。

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拝殿八乙女のお一人。
藤の前簪もうるわしい、巫女さんです。


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私的に大注目の細男座。

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この白馬が実にみごと。

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「松の下式」。
ここはかつて春日明神が初めて姿を現した(=影向:ようごう)という場所で、今は切り株だけになっているがこれを「影向の松」という。
お渡りの各座はここで足を止め、芸のさわりを披露する。


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これはなんであるか?

競べ馬のスタートフラッグ。
お渡りの最中にも早速競技はスタートする。

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赤方と青方で3組競い、勝った方の色が後の舞楽の先行をつとめる。
つまり赤方=左舞(中国渡来の舞楽)、青方=右舞(朝鮮渡来の舞楽)。


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さて、御旅所にお渡りの一行が到着し、御旅所祭の始まりの前にまずするのが「埒切り」。
入り口に立てられた簡単な柵の真ん中の白い紙にご注目。

これを切って一行は中に入れるのだが、その切る役を仰せつかるのが猿楽座の長。
現在は金春座がこれをあいつとめる。

この柵をもともと「埒」と言ったそうで、「埒があかない」はここからきたそうな。納得。

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田楽座入場。

先ほどの田楽花笠と高下駄に注目。

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流鏑馬の稚児。


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お渡りのしんがりをつとめる大名行列。
かつては郡山藩、高取藩がつとめていたもの。
現在は大名行列保存会のメンバーにより、再興された。
「エーヤッコラセー」の独特のかけ声が耳に残る。


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腹にひびくような、左右の鼉太鼓(だだいこ)が打ち鳴らされる中、神官たちが若宮様にお供え=神饌を次々に献じる。


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小さくてわかりにくいが、このお供えが「染御供(そめごく)」。
お米を青黄赤白に染め分けたお供え物。

神官の祝詞の後、日使(ひのつかい:祭をはじめた関白藤原忠通の名代)が御幣を奉り祝詞をあげる。


ちなみに昨年の日使はシャープの代表取締役会長。
今年は関西電力会長が務められた由。

さあ、神遊(かみあそび)、御旅所祭のはじまりはじまり。

2010年12月18日 (土)

春日若宮おん祭・1〜幻夜行〜遷幸の儀・暁祭

<春日若宮おん祭>
春日大社の摂社である若宮の御祭神を深夜0時、本殿にお迎えに上がり、約1.5km離れた御旅所へお遷し申し上げる。(遷幸の儀)
午前1時、若宮様いまします行宮前には神を迎えた事をしめす植松が建てられ、御殿の前の瓜灯籠に火が入る。
その神前に海川山野の品々が献じられ、古式「素合の御供(すごのごく)」が奉られ祝詞、社伝神楽が奏せられる。(暁祭)

これより若宮様、本殿にお帰りになるまでの24時間、行宮前にて各種芸能が奉納される神遊(かみあそび)が行われる。

(歴史)
 長承年間には長年にわたる大雨洪水により飢饉が相次ぎ、天下に疫病が蔓延したので、時の関白藤原忠通公が万民救済の為若宮の御霊威にすがり、保延元年(1135年)現在地に大宮(本社)と同じ規模の壮麗な神殿を造営し、若宮の御神助を願い、翌年春日野に御神霊をお迎えして丁重なる祭礼を奉仕したのが、おん祭の始まり。(春日大社HPより)

P1080223(若宮をお迎えする前の御旅所、行宮=正面のお社)

今年一番の寒さ、といわれた17日深夜、体感温度はとうに氷点下の凍てつく寒さの中、春日大社の参道で若宮のおでましをお待ち申し上げる。

参道は皆燈火が消して謹慎し、灯りといえば半月を少し過ぎた月の光のみ。
それすらまぶしいと感じるほど、目は暗闇に慣れている。
参列者は写真はもちろん懐中電灯、携帯の灯りをともすこと一切を許されない。


0時を過ぎた頃、真っ暗な春日の山の上の方、若宮社あたりから神をお送りする太鼓の音がかすかに聞こえてくる。
とたんにざわついていた参道が静まりかえる。

静けさの中、山の方から「ヲーヲー」という警蹕(けいひつ)の声が近づいてくる。

多くの神官の口から発せられるそれは幾重にも音程が重なるため、不思議でかつ、この世の物ならぬ声に聞こえる。

やがて現れる地面を曳かれる2本の大松明、その燃えさしが2筋の線を引いてゆく。
清められた神の通り道ができあがる。

そのあとを沈香をたく神官、そして、、、、
暗闇のなかで、榊の枝をもった白衣の神官たちが幾重にも幾重にも神霊をお囲みして「ヲーヲー」の警蹕の声とともに目の前を通り過ぎる。

古人が「青垣山の移りゆくが如し」とたとえた如く、榊の山が動いていくような、、思わず柏手を打って頭をたれずにはいられない衝動。

不信心者の自分の中に、まだそんな古代人のDNAが密かに残っているのを感じる瞬間。

これこそがおん祭の一番のハイライトだろう。

こればかりは言葉でうまく説明できない。
厳寒の深夜だが、是非一度参列されるがいい。

祇園祭などで見られるように、神様は御旅所に行かれるときには、御輿など遷座の祭具を使うのが普通だが、このおん祭ではそういったものが一切ない。

神はまさに霊であり、見る物ではなく、感じる物、それを神官が榊の枝で取り囲むのだ。

普段フラッシュ禁止、といわれてもフラッシュをたいたり、携帯をつけたりする不届き物が一人や二人いるものだが、ここでは一人もいなかったのが見事だった。
その神秘さに、あるいは幻のような景色に、ただただ圧倒されるばかりだからだろうか。

その後を楽人たちが、お遷りの間神様をお慰めする道楽(みちがく)を奏でながら続いてゆく。


その神様の通った後の、まだ残る松明の燃えさしをたよりに暗闇の中、参列者は約1.5km離れた御旅所まで同行する。
行宮に若宮様が入られると、宮前の瓜灯籠に火がほんのり入り、御旅所の燈火が一斉につけられる。

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午前1時、ますます空気は冷え込み、足の指先が痛い。

一転して目に鮮やかな蘇芳、濃紺の装束の神官による祝詞、素合の御供(餅と蜜柑、檜葉を紅白の神を張った箱にのせたもの)などが次々と献じられる。


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みかんこ(巫女)たちの舞う神楽のあと、夜はしんしんふけてゆき、宿直(とのい)の神官を残し、暁祭は終わる。

さあ、これから本殿にお帰りになるまでの24時間、若宮様はこちらで祭を楽しまれるのだ。
我々もお相伴させていただこう。

2010年6月13日 (日)

飛鳥〜万葉の国

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飛鳥川。

 明日香川 瀬瀬の玉藻のうちなびき 情(こころ)は妹に寄るにけるかも   作者不詳


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甘樫丘(あまかしのおか)に登りて。


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夕暮れの畝傍山。

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耳成山、天香具山。

 かぐ山は畝火を愛(を)しと耳成と 相あらそひき 神代よりかくなるらし いにしへも しかなれこそうつせみも つまを あらそふらしき      天智天皇


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水が張られ、田植えを待つばかりの水田の景色。


  大和は国のまほろばたたなづく 青垣山ごもれる大和し美し         倭健命

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  紫陽花の八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ       橘諸兄


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水落遺跡。

日本で初めての時計(漏刻=水時計)を司ったところ。


  時守が 打ち鳴す鼓 数(よ)みみれば 時にはなりぬ 逢はなくもあやし       作者未詳

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明日香村の暮色。家路をいそぐ。

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君も早くお家にお帰り。

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河原撫子。

  なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほひ思ほゆるかも        大伴家持

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万葉文化館にて。
万葉の時代のおおらかな男女交際の場、歌垣か。


率(あども)ひて 未通女壮士(おとめおとこ)の 行き集ひ かがふ刊歌(かがい)に 人妻に 吾(あ)も交はらむ 吾が妻に 人も言問(ことと)へ      高橋虫麻呂


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同じく万葉文化館の、「さやけしルーム」にて。(超・お気に入り)
キトラ古墳の天文図か。

  天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に漕ぎ隠る見ゆ         柿本人麻呂 

<おまけ>


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キトラ古墳壁画四神特別公開は本日限り。
飛鳥資料館にて。

初公開の南壁「朱雀」も見られます。
1300年の時をこえた朱の色。

ちなみに朱雀の目は必見。
(「ゴルゴ13」デューク東郷の目を連想した私、、、、)


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お昼におすすめ、手打ち蕎麦の山帰来さん。

(山帰来は別名サルトリイバラという植物)


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そばがき。


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小エビの天ぷら蕎麦。

美味!

紫の辛み大根のおろしがきいています。
予約がおすすめ。

2010年6月11日 (金)

おばさまたちの合宿 in 飛鳥〜古都里庵

雲一つない空の下、のどかな田園風景は、飛鳥の里です。

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飛鳥は1年に最低一度は訪れていますが、ここに古民家をまるまる一軒、貸しきりできる宿があると聞いて、これは是非一度泊まりたいなあ、、と思っていました。

音頭をとってくれた友人のもと、ついにそれが実現。
あつまった仲間は5人。

いずれも妙齢のcoldsweats01おばさまたち。


でも好奇心と向学心では若いもんにはまけませんわ〜。

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その古民家、古都里庵の玄関です。

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ここはかつて築80年のぼろぼろの古民家だったそうです。

今のご主人がこの家に出会い、古民家再生専門の大工さんや、日本庭園専門の庭師さんとともに蘇らせたのが2年ほど前。

今はこうして一日一組限定の貸別荘になっています。

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八畳の居間から庭を望んだところ。

とても広くて、それぞれが別々の部屋でくつろげるくらいです。


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建具も舞良戸(まいらど)や帯戸など、古建具を見つけてきて使用されています。

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浴室の戸はこんな感じ。
よくこんな古建具、みつけましたね〜。
垂涎もの。

ちなみにお風呂は広くてよい香りのする檜風呂でしたよ。


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こんな板の間も。
この三角クッション、最高にすわりごこちがよかったです。(東南アジアのものらしいのですが)
和室にもにあいそうで、これもほしいなあ。


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六畳の間には囲炉裏もあって、こんな自在がかかっていました。
この長年燻された色がよいですねえ。

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どこか懐かしい感じの洋間もあります。

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町家必須アイテムの階段箪笥もちゃんと二階への階段として機能。

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二階は天井の低い屋根裏的お部屋になっていて、下の台所がみおろせます。

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寝室として使用。

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このお家のすてきなところは、庭や畑(広い畑もあるのです)でとれたお花をさりげなく、あちこちに生けてあって、調度もセンスの良いアンティークだ、というところ。


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こちらは座敷からみえるお庭で、ぼ〜っと眺めていると、時々野鳥がやってきては水浴びをしたりするのを見ることができます。

ちなみに池には錦鯉がいっぱい。


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庭はここだけではないので、裏から廻ってみましょう。


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食べ物を盛るのにもよさそうなギボウシの葉。

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座敷庭から続く小高い山も全部敷地だそうで、こんな竹林まであります。
春には宿泊客が筍採りをされるとか。

今を盛りに山盛り咲いていた栗の木もあちこちにあるので、秋には栗拾いもできるそうです。


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これはなんの葉っぱかわかりますか?
私は始めてみました。

ミョウガの葉だそうです。
いつも食べているのは芽ですものね。こんな葉っぱになるとはしらなんだ。


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こちら台所の上のふきぬけ。

さて、この宿の特徴はなんといっても自炊!

食事は付いていないので、自炊するか、外食するかなのですが、飛鳥の里では夜食事ができるところは、ほとんどないのです。

食器や鍋、電子レンジ、電気釜などの調理器具、調味料一式はそろっているので、材料さえもちこめば、自炊OK。


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そこは皆様、それぞれ仕事をおもちの兼業主婦ですので、手際よく、ワイワイ楽しみながらあっというまにご馳走ができましてよ。good


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テーブルに並んだこれでもか!の量のご馳走。
とても5人分にはみえません。→実際多すぎた。


夕食、後片付けがすむと、あたりは都会では味わえない、暗さを楽しめる夜です。
昼間とうってかわって涼しい夜風に、かわずの鳴き声だけが聞こえる音です。
そうか、苗代、田植えの季節ですものね。

そんなこんなで、そなえつけの日本酒などちびちび飲みながら、若返って、さながら学生時代の合宿みたいに楽しい時をすごしたおばさま達なのでした。


    *     *     *


古都里庵:奈良県高市郡明日香村真弓1473  
     0744−54−1055


近鉄飛鳥駅からほど近く、高松塚古墳、キトラ古墳も近いです。