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2012年10月22日 (月)

神無月雑記2012

<その1> 着物の染め替えと髪飾り


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これは私が学生時代から着ている色無地・一つ紋です。

学生の頃は淡いクリーム色でした。
嫁にいくにあたって母がこのカレー色金茶色に染め替えてくれました。

なにかにつけ便利な色無地ですが、なんだかね〜、この色顔写りが悪いというか、顔色が悪く見えて老けるんですよね。(まあ、確かに老けては来たが)

で、2度目の染め変えをお願いしました。

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明るい臙脂色にしました。

生地がよかったのか(おかあちゃん、ありがと)2回染め替えてもつやが失われていません。


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太陽光でみるとこんな感じで、やっぱりこの方が顔写りよいし、ちょっと若く見えるしcoldsweats01正解でした。

まだまだ活躍してくれそうです。
そう思えば着物ってほんとうに経済的。


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四条祗園近くの和髪飾りのお店、金竹堂で欲しかった柘植の髪飾りを買って、、、


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こんな感じでお茶会へ行きましたとさ。


<その2> 灰型・向山


10月はお茶では名残の月。
風炉もそろそろおしまいです。

この季節独特の中置(風炉を畳の中央において、水指が勝手付に移動)用に向山を作る。

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おお!
美しい向山!

、、、、、ってこれは師匠のです。

私のはこちら。

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なんだかなあ、、、coldsweats01

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家の風炉はとうとう片付けました。
いよいよ炉の季節ですね。

<その3> ソウル旅行・補遺

キンキラキンの華やかな建物が立ち並ぶ宏大な昌徳宮(李朝の離宮)の一部に、こんなひっそりした渋い建物群があります。

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楽善斎とよばれる建物で、王亡き後の未亡人になった王妃や王の側室が住んだ場所。


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この渋さが日本人にはしっくりきます。

日本の梨本宮家長女であり、李朝最後の王妃となった李方子(まさこ)はここで暮らして、1989年、ここで亡くなられたのだそうです。
(以前来たときに説明は聞いているはずですが、さっぱり記憶にない。というかそういう説明なかったのかも。パンフレットにも書かれていないし)

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日韓併合による確信的政略結婚でありながら、ご夫婦のお互いへの愛情は深かったそうです。

敗戦によって李垠・方子夫妻は王族ではなくなり、一在日韓国人となり日本で細々と暮らされ、希望した韓国帰国も当時の大統領李承晩により拒否されました。

1963年夫妻はようやく帰国を果たされましたが、7年後御夫君と死別され、韓国に帰化し、ここ楽善斎で暮らしたそうな。

以後亡くなられるまで、韓国の障害児教育にとりくんだり、日韓関係改善のために尽力されました。

かつての宮家の中にこんな背筋をのばして、激動の歴史の中、自分の分を見事に生き抜いた方がおられたとは。
ここはそんな方が暮らした場所だったのだなあ。


<その4> 三条京阪で、「重陽に寄せるお茶ノ時間」


10月23日は旧暦で9月9日、重陽の節句です。
新暦だと菊がまだそれほどきれいに咲かないけれど、今は菊の盛りですね。


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三条京阪にあるレストラン街・KYOUENの真ん中に突然お茶室が出現。


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好日居さんが2日間だけ出張茶会をされました。
(京阪主催で無料だったんですよ〜)

気分は「賣茶翁」だそうです。


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菊のしつらい。
どんなスペースでも茶室になるこの不思議。
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このグラスの中の日果さんのお菓子。

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取り出してみると、、、おお、小菊だ!

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あいたグラスを差し出して、抹茶をそそいでもらう。
菊花をちらした菊茶!


寿命がのびそうですね。

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コメント

灰が・・・!!こんなに美しくなるんですね!!!coldsweats02
あ・・・先生の方ですcoldsweats01


李垠・方子ご夫妻の物語はドキュメンタリーか何かで少し見て(数年前か、ドラマでもありましたっけ)、背景はともかく、いいご夫婦だなと思えました。

李垠氏が亡くなられた後も、夫の国に残り、韓国、日韓のためにご自身できることを、強い意志でなさってきた姿は美しかったですね。

可愛いお菓子ですねえ。着物も昔はよく染め替えをしましたが 生地もよいからですね。

夢風庵様

灰型、、、おほほ。
永遠の課題ですわ。あと何年たったら師匠レベルになれるのかしら???

嵯峨侯爵の娘、満州国に嫁いだ愛新覚羅浩さんといい、李方子さんといい、あのころの女性は宮家でもお公家さんでも、背中がぴしっとした生き方をなさったのですねえ。
でも基本はご夫婦の愛情あればこそ、でしょう。

ひいらぎ様

あまり袖を通さない着物はやはりあるもので、それを染め替えたり、仕立て直すことで蘇るんですから、着物はやはりすごい。洋服ではこうはいかんよねえ。

着物は高いけど、こうして染め変えたりして何年も着られると、帰って経済的なのかもしれないですね。
素敵な色です。
それに髪飾りもとっても良いですよ♪
後ろ姿のシェルバンさんによくお似合いです(^'^)

お抹茶をグラスに注いだ物、とってもお洒落ですね。
これは冷たいのですか?
コーヒー無料より、こちらの方が嬉しいかもしれないです♪

灰をこんなにきれいにできるのですね!!
向山というのですか?
旧姓で呼ばれたかと思っちゃいました(笑)

こまち様

さらに羽織にして、布団のかわにして、最後ははたきにした、、、そうです、着物。
さすがにそこまではしませんが、着物を大事に着るのは美しい日本の始末の心、、、かな。coldsweats01

お抹茶は大きな器で点てて、グラスに注ぎ分けてもらったので、熱い抹茶なんです。茶碗でいただくのと味までちがうみたいに思えます。おしゃれです。

あら、こまちさんの旧姓ってそうだったんですか?ちなみに私の旧姓はこれの一字違いですのhappy02

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