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2012年9月

2012年9月30日 (日)

妙心寺・退蔵院〜仲秋の名月を愛でる観月茶会

えらい仲秋の名月になってしまいました。


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2日前は十三夜の月が「秋月揚明輝(陶淵明)」の様子でしたのにね。

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昨日は残念なことに月こそみえない小雨模様でしたが、台風が来る前でしたので、なんとかいってきました。

妙心寺の塔頭退蔵院の「仲秋の名月を愛でる観月茶会」。
まあ、観月、、、は当然ながら無理でしたけれどね。

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退蔵院は1404年開山、方丈は桃山時代の建物(重文)という歴史のある塔頭です。
年間を通じていろんな催しをされていて、この日は遠方からお越しの方も多いようで。

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その方丈の枯山水(狩野元信・作)を背景に、この黄色い丸い菊がお月様のかわり。

お寺の副住職さんのお話しをきいてから、お茶席の順番がくるまで三々五々、方丈のあちこちで待ちます。


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退蔵院で一番有名なのはこの紙本墨画淡彩瓢鮎図(ひょうねんず:ちなみに鮎はアユでなく、中国ではこれがナマズという字)・国宝。

もちろんレプリカ。
(本物は京都国立博物館に寄託されています。)

室町時代、水墨画の先駆者といわれる相国寺の僧、如拙の作といわれ、「ひょうたんでナマズを押さえる」という禅の公案を描いたもの。

どうやって小さい瓢箪の中にぬるぬるするナマズを入れることができるだろうか?
もちろん、公案ですから、そのままの解答はありません。

画面上半には、大岳周崇の序と玉畹梵芳など30人の禅僧による画賛、すなわち禅僧によるそれぞれの答えが書かれています。

よめないんですけれど、珍答、奇答もあるそうです。


かつてここで参禅した宮本武蔵はこの瓢鮎図がとても心に残ったようで、自分の刀の鍔に瓢箪・鯰をデザインしたものが残っているとか。

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これは「袴腰の門」といわれる門ですが、写真では見えないですねcoldsweats01
本当は袴の後ろみたいに破風が直線的な台形をしているのですが。


それにしても、お寺の夜の風景、、、って好きだなあ。

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茶会は広間でおこなわれましたが、出てきたお菓子はこちらの名物(?)鯰まんじゅう。

懐紙にもナマズ!

結構なお点前にて、お茶を一服頂戴す。

足がしびれたらしく「自分の趣味にヒトをまきこむな!」と同伴した帰省中の息子に文句言われつつ。coldsweats01


さて、おしまいの後、「この広間のどこかに隠し茶室があるのですが、どこかわかりますか?」との半東さんの問い。

みたところどこにもそれらしき物は、、、、

と思っているとなんと床の間のすぐ横の壁がするすると開いて、なかになんと水屋と二畳台目の小間の茶室(「囲いの席」)がcoldsweats02

参禅を第一主義とする妙心寺では、茶の道が修行の妨げになると禁じた時代があったところ、茶の湯に執心のあまり、第六世千山和尚が密かに作ったのだそうです。

それだけ茶の湯はかつて魅力があったのですね。

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お茶をいただいたあとはお楽しみの懐石を。(会席か?)

おいしかったですよ。

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途中でなんと、琴と尺八の生演奏も。


琴もよいですね。

普段はオーボエふいたり西洋クラシックファンのダンナですが、リタイヤ後は三味線をやろうかと言っておるのです。
三味線は指を痛めそうだし、琴もいいかもcoldsweats01なんて言っておりました。


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昭和の名庭、余香苑の夜の風情を楽しみつつ会はおひらきになりました。

まあ、名月はほんとうに残念でしたけれど。

2012年9月27日 (木)

富田林・寺内町(じないまち)〜江戸時代の町へGo!

先日の峯風庵さんのある富田林・寺内町は奈良・橿原市の今井町とともに重要伝統的建造物群保存地区に指定されたエリア。

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今井町よりは狭いものの、その街並みはまけていません。

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古くは17世紀、江戸初頭からの建物もあるそうですが、今井町と同じく、皆さん、現在でも住んでおられるお家がほとんど。
生きた江戸の街並みなのです。


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歩いてぐるっとまわって小1時間、タイムスリップした気分で気の向くままに歩くのがおすすめ。

こちらのお家の前の「水」槽は防火用でしょう。
時代劇によくでてくる桶を山積みにしているアレです。

標識の「城之門筋」は町の中央を南北に通る道ですが、建設省の日本の道100選に選ばれています。


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寺内町の起源はなんと室町時代にもさかのぼるんです。

西本願寺派興正寺の僧・証秀が、1560年に、このあたりの荒芝地を百貫文で購入し、地元の村の協力も得て、芝地の開発、興正寺別院の建立、畑・屋敷・町割等を行い、富田林と名を改めたことに始まるといいます。
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寺を中心に建設された町=寺内町。

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右手の立派な建物がその興正寺別院です。

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寺内町はそのころから町民の自治を行っていたのですが、当時の支配者、本願寺を敵とみなす織田信長とも、本願寺派でありながらうまく折り合って「寺内之儀、不可有別条(じないのぎ、べつじょうあるべからず)」との書状を得ることに成功。

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今井町が信長と戦って舌を巻かせて自治を勝ち取ったのもすごいですが、正面からぶつからず、したたかに戦略的に自治をかちとった寺内町もすごい。(今の日本の政治家はこれに学んでほしいわ)


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ではちょっと、建物の意匠ウオッチングを。

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この複雑な瓦の重層。
一番上は煙出し。

鍾馗さん?もいてはるよね。

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こちらの瓦も手が込んでいます。

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お蔵の窓の意匠も手を抜いていませんね。

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玄関のファサード。
この板はいったい何のため??

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格子の向こうにオリジナルの瓦を飾るお家。
なぐりの格子、出格子、二階の格子、、、、縦の線がとってもリズミカル。

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モチーフが今井町ではシンボルになっていた駒繋ぎの輪。


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こちらにも。


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こちらの全景はこんな感じで、ここは仲村家。
酒造業を営み、幕末期には吉田松陰が20数日滞在したそうですよ。
18世紀後半(1782年~1783年)の築造だそうな。

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こちらの格子も京都のはんなり格子とちょっと趣が違いますね。


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こちらは木綿業をいとなんでいた木口家。

京都のばったり床机によく似た跳ね上げ式の板は、商品をならべていた「あげ店」とよばれるもの。


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掲示板も街並みの雰囲気を壊さぬように。

寺内町ではたくさんのイベントが住民主催でよくおこなわれているようです。

10月13日には後の雛祭りなんて魅力的なイベントもlovely

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古い家を、ギャラリーや陶芸教室、カフェ、花屋さんなどに利用しているところもあって、これを見て歩くのも楽しいですよ。

こちらはおいしい、と評判のパン屋さんですが、峯風庵さんからの帰りに寄ったときにはもう売り切れ閉店でしたwobbly

最後に今井町で言えば今西家にあたる、寺内町開闢以来の町の重鎮であった旧杉山家住宅のご紹介。


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杉山家は江戸時代から明治時代にかけて、この住宅で造り酒屋を営んでおり、江戸時代中期17世紀中頃の建造。
寺内町の中でももっとも古い建築物とされていて、また現存する町家の中でも最古と考えられているそうです。
(重要文化財)

現在では富田林市が買い取り、解体修理工事ののちに一般公開されるようになりました。


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堂々たる土間です。
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その一画にはおくどさんが。

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ここは二条城の座敷?
かと思うくらいのりっぱな大床の間。


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奥座敷にめんする庭も風情があり、小間の茶室もちゃんとあります。

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この杉山家、与謝野晶子らとともに活躍した明星派の歌人・石上露子の生家なんだそうですよ。


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ちょっと住んでみたい。
(掃除はしたくないけれど)

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庭には見事な萩の垣根。


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よき秋の1日でした。

2012年9月26日 (水)

峯風庵で懐石料理教室〜富田林じない町

こちらは天王寺から近鉄で25分、富田林の駅をおりて歩けばすぐにタイムスリップできるじない(寺内)町

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奈良・橿原市の江戸の町今井町には規模的に少しおくれるものの、こちらもなかなかすばらしい街並みが残っています。

こんな楽しい♪町のご紹介はまた後日、今回はこのじない町にある築140年以上の町家で、茶事・茶会のサロンである峯風庵さんへ、茶懐石料理教室のおはなしを。

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庵主さんは、茶道を探求し、人間力開発プログラムとしての茶道の普及に努めることをライフワークとしている、と言い切られる方。
お茶への思いのその強さ、深さに圧倒されます。

じない町のみならず、千里や塚口などにもでかけて茶事、茶会、懐石料理教室などをされるなど、すごいバイタリティをもつ魅力的な方なんです。

実は昨年末、某所にて初めてお目にかかりまして、お話しをうかがい、「懐石料理教室、是非いきます!」、、、と言ったものの、ここまでくるのに4分の3年もかかっちゃった。


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じない町の古い街並みをすぎてたどりついた峯風庵と庵主さんは、見てすぐに入居を決めたという運命的なめぐりあいだったとか。


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こちらはメインのお茶室。
囲炉裏の炉に、江戸時代の古い屋敷の重厚な表戸を天板にしたテーブル。
正座しなくてよい、足にやさしい茶室です。

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こんな垂涎の階段箪笥もあるんですよ〜lovely


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欄間も江戸時代のもの?

漆喰の壁も江戸時代からの生活の空気を吸ってくすんでいます。渋い!

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坪庭もあって、厠は本来戸外だったもよう。
トイレは設備もとってもレトロでした。


さてさて、本日の懐石の献立は、少し季節を早めにさきどりした10月、名残の茶事の懐石です。

最初に庵主さんから簡単な献立の説明を聞いてすぐに実習。

細かい役割分担を決めてはいないのに、自分から用事をみつけては、さっさとてきぱきと、ぶつかることなく7名がスムーズに動く様は、さすがにみなさん、ベテランのお茶人さん!と感動いたしました。

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私と言えば、一応主婦歴も長いので、まあ、それなにり料理はできますが、実は基本的な事がわかっていなかったことに気づいたりして、、、、
人生死ぬまで勉強ですわ。
でも、小器用なのでcoldsweats01、悪目立ちせず、さりげに無難にがんばったかしら。


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庵主さんは、主菓子も含め10種類の献立同時進行を、あっちへいって指導、こっちへきて注意、、、とこれぞ八面六臂。
どこにあんな体力気力バイタリティがあるのでしょうcoldsweats02

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これは実際の茶事・懐石の配膳に便利そうな棚。

こういうのがあれば、空間を上手に使えそうですね。


約1時間半、さあ!ついに完成!


ではご紹介しましょう。
ヨダレをたらしながら見てくださいhappy02

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飯・汁(さつま芋)・向付。

向付はしめ鯖のおろし和え。おろしは葡萄の粗みじん、わさびなどで味付け

普通茶懐石に、背の青い魚は使わないのですが、名残の時期に限って格を落とす、という意味で使われ、和え物にすることが多いのだそうです。

葡萄の粗みじんがほんのり甘さをそえて、こんな意外な組み合わせもあるのね、と感心。

この写真ではわかりませんが、今回向付の器はお客さんごとに違うものをばらばらに使っています。
本来向付器は同じ物を使うのですが、名残の季節ということで、あえてわびたものをかき集めました、という風情で。

この名残の季節はやつれ風炉や、藁灰など一番侘びた物が使われる季節ですので、私の例の自分で(ぶさいくに)金繕いをした茶碗も、だせるかな〜、、、っとcoldsweats01

汁は白味噌多目の赤味噌少々。
寒くなるにつれて白味噌は多目に、逆に夏場は赤味噌、八丁味噌など。


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煮物碗。

菊花豆腐。
中に(私がみじん切りにした)海老が入っています。
お出汁は素材を生かすため、ごく薄め。

飾りの三度豆、縦に半分に切ってあります。
こんな切り方、いままでしたことがありません。
一手間でこんなに美しくなるのね。

それから画像が行方不明、、、の焼物は戻り鰹の雉焼。

名残の季節はやはり戻り鰹。
(春は登り鰹)

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強肴(しいざかな)

昆布巻き・さつま芋・三度豆。
彩りよく。

強肴のコンセプトは、本来材料の余り物を使うこと。
あまり豪華な強肴はお腹にもたれて、お茶を飲めなくなってしまいます。
(時々そういうのをみかけますが)

昆布巻きはコンニャク、ゴボウ、干し椎茸入り。
実は私、初めて昆布巻きを巻き巻きしましたの。
あれは買うものだと思っていたので。
でも、意外と簡単なのにはびっくり。

炊くのに少し時間がかかるけれど。

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小吸い物は茗荷の細切り。
茗荷の上手な皮のむき方をおしえていただく。

ちなみに小吸い物椀は出張中(?)とのことで、小さい椀を使っています。


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八寸。

秋刀魚の甘露煮芥子まぶし・松茸

普通八寸は杉の木地を使いますが、名残の頃にはそれももう古くなりました、ということで陶器などを使うそうです。


市販の甘露煮は味も濃く、べたべたして八寸にこびりつきますが、これを煮立てた酒にさっとくぐらすと、あら不思議!
べたべたはとれて、味も上品になるんです。
目からウロコのテクニック!

これは試してみよう。


香の物の切れ目、隠し包丁の入れ方も学習。

最後にこれが最高においしかった栗きんとん。

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主菓子です。

栗と白餡を火練りしたもので、こんなに美味しい物が自分でつくれるなんて、、、lovely

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茶事の流れに沿って、亭主側と客側に別れていただきました。
もちろん、千鳥の盃もいたしましたよ。


飯後の茶事がいまのところ私のせいいっぱいですが、教えてもらいながらでもいったん自分でやってみると、手作り懐石の敷居が下がったような気がします。
これはこれでまた楽しい世界がひろがっています。

しかし、実際に自分で懐石を作るとなると、一体何人水屋のお手伝い、しかも料理がある程度できる人、をたのまないといけないのでしょう。
一人や二人ではちょっと無理なような気がします。
やっぱりまだ遠い道のりかな。


それにしても、御指導くださった庵主さんのお茶への見識、情熱はすばらしい。
教えていただくことがまだまだたくさんありそうです。
毎月は無理としても、また行きたい。

それに、、、


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うふふ、、、、

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庵主さんも大の猫好きでいらっしゃる!!

こちら先代の猫の後を継いだまだ1歳にならない、いちごちゃん。

当方、猫を見たらヨダレがたれるので、、、、lovelyいや〜ん、らぶり〜heart01

2012年9月24日 (月)

人間国宝・江里佐代子の截金〜香雪美術館

このところ美術館めぐりばかりでございます。

でもあちこちであまりに魅力的な展示がおこなわれているんですもの。
行かないわけには!

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ところは阪急御影、神戸の「六麓荘」といわれる超・高級住宅地。

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朝日新聞創設者、村山香雪こと村山龍平のコレクションを収蔵する香雪美術館

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村山龍平は、藪内流茶道を修め、先日書きました住友春翠とも交流のあった、財閥数寄者のひとりです。
この美術館は、広い旧村山邸(重要文化財)の庭の一画にあります。

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美術館の応接室からちらりと見える旧村山邸。(ふだん非公開)
HPをみると近代数寄者のどなたにも遅れをとらない、数寄をつくしたすごい大邸宅のようです。

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藪内家の燕庵写しの玄庵という茶室もあります。(これも非公開)

庭園は年に何度か公開され、年に1回は玄庵で藪内流の茶会(点心は吉兆lovely)がひらかれます。
(かつて阪神間に住んでいたときに、行こうとしてチャンスを逃したことあり)

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さて、今回目的の展示はこれ。
当時最年少(56歳)で人間国宝となり、5年前62歳の若さで異国で急逝した截金(きりかね)作家、江里佐代子の作品展。


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実は截金の作品には以前から少し興味があったのですが、先日NHKの番組で、彼女の生前のドキュメントの再放送があったのです。
(『NHK工房探訪・つくる  截金 江里佐代子』 1990年9月放送)

しかもそこに写された工房はなんと!
いつもの散歩コースの謎の家、ご近所だったんですcoldsweats02
表札もない、かわったデザインのお家だな、となんとなく眺めていましたが、そのデザインが截金のモチーフだということに今やっと気づきました。
平安佛所

放送は現在行われているこの展示会にあわせた再放送のようで、これは行かずばなりますまい。


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截金は細く切った金箔、銀箔、白銀箔を筆と接着剤を用いて貼ることによって文様を表現する伝統技法。

日本では古く奈良時代から存在し、本来仏像・仏画の衣や装身具を荘厳するためのもの。


江里さんはもともと仏師である夫君(江里康慧氏)の彫った仏像を截金で荘厳する仕事をされていたのですが、そこから独自の技法、デザインを発展させて工芸品、美術品の作家となり、その技量をみとめられ人間国宝になった方。


京都迎賓館の舞台扉の截金でも有名ですね。


TVではその創作課程も見ることができましたが、まあ実に細かい細かい、しかも緻密な作業です。

まずはその金箔を切ることから、高等技術。
竹刀という竹の道具で細く太く、様々な太さに切っていくのですが、細いものは髪の毛よりほそいんじゃないかと思います。
しかもちゃんとまっすぐな、同じ幅の直線になっていなければ作品には使えません。


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(購入した絵はがきより)


これを2本の筆をあやつって貼り付けていくのですが、下絵はあってなきがごとし、勘だけで貼り付けていくのにあの幾何学的模様(少しでもずれたら総崩れ)がびし〜っとそろうのはまさに神業です。


展示は、御夫君の仏像に荘厳したもの、香合や盒子などの小物、風炉先や衝立などの大きなものまで。

截金制作工程の写真解説も興味深く、さらに竹刀で切った箔の糸を太さ別にそろえてしまっておく引き出しなどもありました。

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(パンフレットより)

まあ、どの作品もどうやって、どれだけ時間をかけて根気よく完成させたのか?と不思議におもえるくらいのすばらしいものばかりで圧倒されました。

すごい、、、、


パンフの右下の方にあるのが截金を漆でカバーする技法を用いた棗。
なにしろ棗は帛紗でふきますので、截金だけでは剥がれるのです。

そこへ漆を塗ると、最初は漆の黒っぽい色にかくれてうっすらとしか見えないのですが、なんと時が経てばたつほど漆は透明になって、下から截金が浮かび上がってくるのですって。

この棗は、赤っぽくなった漆を透かして、かなり明るく截金が見えるようになっています。
いいな〜lovely
(ちなみに漆は経年で赤く透明になるのです。これがまたいいんです。先日楽美術館の鑑賞茶会、楽さんと一閑さんの合作の暁塗りというのがありましたが、まさにこれかな)


まだまだこれから、というときに講演、取材先のフランスで脳出血で急逝されたのはほんとうに残念なことでした。


でも現在は、彼女が指導した若い世代(長女の左座朋子さんなど)が育ちつつあるようで、工芸展などで截金作品を見る機会も多々あります。

いつかは、なにかひとつ、茶会・茶事に使えるものを手に入れたいものです。

2012年9月22日 (土)

梨木神社・萩まつり〜チャリで御所西めぐり

よい天気にめぐまれた初秋の一日、チャリをとばして梨木神社へ。

こちら22日、23日の両日萩まつりがおこなわれています。


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なにしろ神社に行く道すがら、寺町通りにも萩がいっぱい植えられているのです。


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鳥居をくぐると両脇に萩がしだれかかっていますが、花はまだ少し早いようです。

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萩の枝につるされた短冊には、いろんな一が歌をしたためています。
授与所で短冊をもらって、だれでも書くことができるので、歌心のあるかたは是非。


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梨木神社にはなにげなく行っていましたが、実はすごく新しい神社だったんですね。

幕末のお公家さんで、維新の原動力の一端をになった三条実萬公、実美公父子が御祭神なので、明治の神社。
三条家の旧邸のあった梨木町にちなんで梨木神社と。
(へええ〜〜知らんかったcoldsweats02


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萩まつりの間、神殿の前では狂言や弓術などがおこなわれますが、私が行ったときには上方舞をされていました。

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神社のお茶室では、いくつかのお社中がお茶の教室をされています。
(かのランディ先生もね)


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萩まつりではそのお社中が交代で抹茶席を設けられ、今年はちょっとお世話になっている先生がお手伝いされる、というので参席させていただきました。

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こんなすてきな環境で、お茶のお稽古できるなんていいですね〜。
(しかもお茶はつねに染の井の名水だし)

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茶道の心得のあるものもないものも、萩の季節を愛でつつ、ごいっしょに一服のお茶を楽しむ。


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床の花は、わ〜い、山芍薬のはじけた実だ!
我が家のはまだはじけてませんが。

山芍薬はどうしても葉の水上げがむつかしいようです。

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本席の後は茶道学園の生徒さんによる副席もあって、こちらででた富山の不破福寿堂の鹿の子餅、おいしかったわdelicious

六角形のめずらしい風炉に灰型がこれまたお見事でした。
さすが!


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境内の名水、染の井。
残念ながら萩まつりの間は汲み取りできません。
お茶席で、いただいたから、ま、いいか。

せっかくここまできたので、先日鑑賞茶会に行ったにもかかわらず、時間がなくて見ることができなかった特別展示を見に、楽美術館へチャリをとばして。


御所東の清和門から、自転車にのりにくい砂利をふみつつ御所をつっきって蛤御門から出て、ひたすら西へ。

と、思うまもなく油小路の楽美術館へ。


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ほんとうに洛中のこの距離感がとってもいいわ。
チャリでたいていのところには行けるんですもの。


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今回は楽茶碗だけでなく、大西家歴代の釜、宗哲・一閑歴代の漆器が拝見できるのがうれしい。

とくに釜は大西初代の浄林、楽さんが一番好きだという二代浄清がならんで展示。

このころはまだ大西家は千家とあまりかかわりがなく、遠州流、石州流の釜を作っていたとのことで、確かに武家好みかも。
浄林はやっぱり鐶付きがおもしろい。
ストイックな感じではなく、多分な遊び心があるような気がします。


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入り口のお花も、かわっていました。
どなたがいれられるのか、館内の竹花入、籠花入、秋の草花のなげいれが見事でした。


さて、せっかくここまで来たのだし、チャリなんだし、ここからちょっと上へ登って武者小路通りへ。


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外から眺めるだけですが、官休庵
武者小路千家。
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若宗匠の宗屋さんは、インテリでたくさん本もだしてはって、ご活躍中。
(ご著書、おもしろいです。「茶―利休と今をつなぐ」「もしも利休があなたを招いたら」など)

こちらで中に入ってお茶をいただける催しもあるのですが、曜日があわず断念。

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武者小路千家の生け垣は枳殻(カラタチ)。


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なんとそのお隣は(千家十職の塗師)中村宗哲さんのお宅なんですよ。


さて、そのまま東へ向かい、烏丸一条虎屋菓寮でむしやしない(軽食)を。


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青大豆ごはん。
来月から小豆ご飯にかわります。
こちらも楽しみ。

2012年9月20日 (木)

東博・秋の特別公開にて「流れ圜悟」

ここは上野の森。
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連休とあって、上野駅周辺は家族連れで賑わっていましたが、影も長くなる時間、帰る人の方が多い具合でした。


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上京の帰りに時間の許す限り、こちら東博(トーハク)こと東京博物館で。


正面の本館(重要文化財)は昭和初期の建物ですが、博物館自体は明治5年に創立された日本初の博物館。

入場料は、、、と思っていると、

ななな、なんと!
この日は敬老の日なので入場無料!(もちろん敬老年代でなくてもcoldsweats01
太っ腹!!

(しかも展示物の写真撮影もOKだなんて、、、泣かせるほど太っ腹!日本にもこんな博物館があったのね〜happy02


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本館の向かって左、明治42年、皇太子(後の大正天皇)ご成婚を祝って作られた表慶館 。
重要文化財です。
あの時代の雰囲気がよくでている感じです。

さて、展示品ですが、真剣に全部見ようとしたら、ルーブルや大英博物館みたいに泊まりがけでそれだけのために1週間はかかるのではないかしら。

残念ながら時間もあまりありませんでしたので、見る物を超しぼっての本館入館。

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重文だけあって、建物自体がまたいいのよね。
重厚で。
いくらゴージャスでも大規模でも、モダンな建物っていまいち惹かれません。


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陰翳礼賛。

今回の中で一番お気に入りのショット。

静かに座って、展示品を検索する人。


さて今回、どうしても東博へ、と思ったのはこれが出ているからなんです。


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国宝「流れ圜悟」


宋代禅林の巨匠・圜悟克勤(えんごこくごん:1063-1135)が,その法嗣の虎丘紹隆に与えた印可状の前半で、現存最古の墨蹟、さらに古来墨蹟の第一とされてきたもの。
(圜悟はかの禅の公案集「碧巌録」を編んだ人)

村田珠光が一休宗純から与えられ、床に掛けたことから茶席に墨蹟を掛けることが始まったといわれます。


なので、お茶をやっておられる方なら名前は一度はどこかで見たり聞いたりしていると思います。
、、、、のわりには名前ばかりでどんな墨蹟なのか知らない人が(私も含め)多いはず。


なぜに「流れ圜悟」といわれるかというと、昔、薩摩は坊津の浜に桐の古筒に入れられて流れ着いたという伝説があるから。
(真偽のほどは不明、でも大陸からこういう漂流物が流れ着くことは実際によくあったそうです。)

印可状の前半なら、では後半はどうなったか?
現在その存在はわかっていないそうです。

東博の説明文によると、これを半切したのは伊達政宗だということですが、これにも諸説があって、実際これを切るなどという事ができたのは、政宗の茶の師匠であり、当時天下一宗匠であった古田織部くらいしかいない、という説もあります。

半切したのは墨蹟としてちょうど良いサイズに大胆にもしたかったから、、、といわれると、あの男ならやりかねん、と思えますね。(「へうげもの」の愛読者ですのでcoldsweats01

大徳寺大仙院,堺祥雲寺伝来、のち松平不昧公の所蔵となり,その子孫である松平直亮氏(明治〜昭和)によって、東博に寄贈されたもの。

で、、、、さっぱり読めません。

一応活字にしたものが添えられているのですが、こんなむつかしい漢文、だれも読めないよ〜。

読めないけれど、この墨蹟の背負ってきた歴史、経てきた人の手、、、を思えば、相対して感慨いと深し、の思いです。


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他にもかの有名な(教科書に載っている)一休和尚像、佐竹本三十六歌仙断簡うち壬生忠峯、高野切、寸少庵色紙などの展示も見ました。

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(芦屋釜)

あとは時間が許す限り、茶道具を中心に見て回り、、、


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(彫三島)

心から満足して、上野の駅をあとにしたのでありました。


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(景徳鎮・青花魚藻文壺)

2012年9月18日 (火)

楽美術館・明月の鑑賞茶会

楽美術館では年に数回、収蔵作品を使っての鑑賞茶会をしてはります。

楽さんご自身が亭主をされ、あの歴代の楽茶碗を、掌にのせ触れ、口をつけてお茶を味わえる、、、というすばらしい企画heart04

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楽さんのお家のお茶室、翫土軒でいつもはあたらぬくじに当たって楽吉左衛門還暦茶会によせてもらったのはもう2年も前になるんですね。

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ただいま秋期特別展「肌をめでる〜樂茶碗の陶肌 大西 釜の鉄肌 一閑・宗哲の漆肌」開催中。

本来ならこの展示を拝見してから参席すべき所、茶会の前も後もかけずりまわる予定があって、見ておりません。
茶席での楽さんのお話が、主にこの展示についてのことでしたので、ああ、展示がすなわち待合、という趣向だったか、と悔やむも、とき既に遅し。

(遅まきながら、他日この展示は見に行こうと思います。楽茶碗より大西家の釜とか、他の十職の作品が多い展示というのもめずらしいし。)

ちなみに翫土軒(がんどけん)は六畳+二畳、楽さんは表千家です。

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お軸は大徳寺のお坊さん(名前不明)の明月画賛。
円相にも見える満月に、「取不得捨不得 咦(?)」。
これは曹洞宗・永嘉大師證道歌が出典のようです。

花入は三代一閑(18世紀ごろ)の桂籠。
花は秋海棠、かりがね草という紫色の萩ににた花。

鉄風炉が大西家十代浄雪、それに掛けられた刷毛目釜がその弟の奥平了保作。

水指が、かわった手のついた釣瓶型の白楽、楽家十一代慶入。

さて、いよいよ手に触れてお茶を味わえるお茶碗。

主茶碗は「姥捨」、六代左入、二百之内。
(享保18年に制作された二百碗の連作のひとつ。一作ずつ作行きが異なり、それぞれに表千家七世如心斎が銘を書き付けている)


このすざまじき銘の茶碗を選ばれたのは、軸の「明月」に対応して。
謡曲「姥捨」は月の名所、更科が舞台。(田毎の月で有名ですね)

 さなきだに秋まちかねて類ひなき 名をもちづきの見しだにも
             覚えぬほどに隈もなき 姨捨山の秋の月 

畳の上に置いた姿を見ると、光を吸収するような黒です。
見る人の意識も吸い込まれていきそう。
なぜ、これに「姥捨」という銘がついたのでしょう。

謡曲では捨てられた老婆は、明月に照らされてその魂は昇華されていったのか、いまだにさびしく更科の山に残っているのかわからない終わり方をするのだそうです。

  我が心慰めかねつ更科や姥捨山に照る月を見 て  (古今集:老婆がよんだことになっている)


そして茶杓が碌々斎(表千家十一代)・「標月」。


お菓子が聚洸さんの「雁月」
(黒糖葛につつまれた芋餡(?)がおいしかったです。)

この茶室にて、すざまじき秋の野の明月を堪能させていただきました。


数茶碗として出てきて、手に触れて鑑賞できたお茶碗は他に

*赤楽 「秋海棠」 旦入
*露山焼 「山里」 慶入
*赤楽       弘入
*黒楽四方茶碗(ムキ栗みたい) 「四季の友」  覚入  (私はこれでお茶をいただきました)
*赤楽 「蒼雲」 当代楽さんが吉左衛門を継ぐ前、29歳の頃の作

この蒼雲は一見まっとうな(?coldsweats01)楽茶碗にみえますが、高台から腰にかけて荒々しい貫入がはいって、今の作行きに通じる物がすでに内包されているようです。

それでも「若い」と感じるのは、手びねりだからこそ、とのこと。
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楽さんのお話は、お茶をやっている者にはいつもとてもおもしろく、彼の生き様も垣間見ることができるような気がして、何度でも聞きたい。

普段はガラスケースの向こうでヨダレをたらしながら(?)見ているだけの茶碗に直に触れて、お茶室でお茶をいただいて、かつ楽さんのお話をきける、、、というのは理想的な茶碗鑑賞の方法に思えます。
それなりにリスクもあるでしょうが、楽さん、太っ腹。

う〜、、、やみつきになりそう。happy02


2012年9月16日 (日)

住友コレクションの茶道具・住友春翠〜泉屋博古館

唯一お茶関係の洛中の美術館で未到だったのが、実は一番我が家から近い鹿ヶ谷の泉屋博古館でした。

住友家歴代、とりわけ住友春翠のコレクションがその多くをしめており、彼のコレクションのメインは中国古銅器なので、なんとなくスルーしてたんです。

でも、今季の展示が「茶道具」となれば行かねばなりますまい。

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さすが、住友さん、潤沢に土地を使って、広々と開放的なエントランスです。


春翠は清華家(摂関家に次ぐ公家の階級)、徳大寺家の生まれで、今の清風荘(西園寺公望の別邸で京大に寄付された)あたりにあった徳大寺家別邸で産声をあげたとか。

実兄が西園寺家に入った公望公。
春翠は住友家へ入り、家長として事業を発展させた実業家。

本名が友純さんで、これは「ともいと」さんと読みます。(いやあ、お公家はんらしいわぁ。)


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実は徳大寺家の(かなり)末裔の方を存じ上げていて(普通の人で普通に生活してはります)、春翠さんにもなんとなく親しみをおぼえてしまいます。(おそれおおくも)


彼の青銅器のコレクションは有名で、常設展でみることができますが、実は茶の湯にも造詣が深く、茶道具のコレクションもすばらしいのです。


父上の徳大寺公純(きんいと)さんは玄々斎に茶の湯を習っていたそうですし、春翠も当時の財閥数寄者と茶の湯を通じた深い交流があったのです。
その交流録には、近くの野村美術館の野村得庵や高橋箒庵、三井泰山などの財界の巨人の名前がずらずらと。

(今回、こちらの展示にいくと、野村美術館の割引券がもらえます。11月10日には野村の谷晃先生の講演会もこちらでおこなわれます)


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そういえば大阪市立美術館に隣接して公開されている慶沢園は春翠の別邸。(まだはいったことありませんbearing
小川治兵衛の作庭で、長生庵と名付けられた茶室があり、ここで春翠は茶会を楽しんだそうです。
のちに住吉へ居を移すに際して、美術館建設を条件として、辺り一帯の茶臼山とこの慶沢園を大阪市に寄付しました。
太っ腹!

あの大阪市立美術館はそうやってできたのか。
しらなかったなあ、、、


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東山を借景とした広々とした中庭をはさんで、常設展示場と特別企画展示場が別れています。

春翠に興味をもって調べてみたら、いろいろおもしろかったので、肝心の展示物そっちのけで、つい彼のことばかりになってしまいました。

彼の茶道具コレクションは渋いです。ハイレベルです。
中国青銅器コレクションをしているだけに、唐物の名品がずらっとならびます。
高麗茶碗もすごいです。

へたに私の感想をのせるよりは、是非ご自分の目でご覧になったほうがいいです。

でもちょっといわせてもらうなら、、、、

*高麗小井戸茶碗「六地蔵」 高台だけでなく胴から腰にかけての梅花皮がすごい
*  同    「筑波山」 「六地蔵につぐ名品なり」の箱書付。枯れた感じがこれまたすごい
*紅葉呉器  これがいわゆる紅葉色の「紅葉呉器」かあ
*唐物鶴の子茶入「漱芳」 すごく小さくてかわいらしい茶入 つやつやしてなんだかおいしそう(?)
*砂張舟形釣花入「松本船」 おおぶりの舟花入 すごい貫禄 広間じゃないと似合わないかも
       村田珠光の弟子が所持していたものだそう
*古天明日の丸釜「時津風」 桃山時代の釜 釜肌にぽつぽつあいた虫食いが時代を感じさせてよいです

そのほか寒雉、与次郎、仁清、定家、伝西行、長谷川久蔵(等伯の夭折した息子)、松平不昧、片桐石州、、、ビッグネームが目白押し。


最後に春翠自ら削った茶杓が数本。
その姿は細く華奢でいかにもお公家さん風にやさしい。
茶杓には削った人の人柄がでるというし、写真を見ると細面のやさしそうなお顔。
実業家として辣腕をふるったので、やさしいばかりではなかったでしょうが、その人柄にふと思いをはせたのでありました。


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2012年9月15日 (土)

南禅寺御屋敷通で京料理〜熊魚菴

南禅寺御屋敷通、いつもの散歩道。

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野村碧雲荘の手前、細川家別邸のおとなりにある建物がずっと気になっていたんです。

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なんの表札も目印もない、なんとなくこぎれいな数寄屋だけれど、この建物は一体なに?

個人のお屋敷かとおもったけれど、板前さんの格好をした人がときどき出てはるので、なにやら謎の会員制割烹とか?
と、想像をたくましくしていたのですが、ひょんなことから情報がはいりまして、ここは(会員制ではないcoldsweats01)普通の会席料理のお店と判明。

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早速、偵察にいかなくては。

実はこちら熊魚菴(ゆうぎょあん)という、たん熊北店系列のお店だったのです。

エリアがエリアなので、看板も広告も出すこといっさい禁止なので、謎のお店になっていたもよう。
ここを見つけはった人はどうやって知ったのでしょう。
(洛中のホテルに支店があるらしいです)

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以前はおそらく古い建築物のお屋敷だったと思われるこちらに新たに建て直したそうですが、よい雰囲気の数寄屋の造りですね。
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カウンターは榧の一木造りのりっぱなもの。

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壁の染付の干支タイルはもしかして、、、と思ったらやっぱり村田 森さんのもの。


私の干支は〜、、、と、、、いやん、歳がばれるじゃん。ナイショ。

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重陽の節句の日にお邪魔したので、菊酒がでました。

料理は会席と書かれていますが、流れ的にはお茶事の懐石。
盃もちゃんと杯台ででたのですよ。


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菊の節句の向付。
ほんものの菊の演出がうれしいです。

これも器は村田 森さん。特注品とか。


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蒸し物はスッポンのお出汁の卵豆腐。
スッポンのお出汁は、鰹だしにくらべると淡泊で上品。
いかにも京料理らしいわ。(私は鰹出汁の濃いのがすきですがcoldsweats01


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鯛の薄造りで手前の薬味を巻いて、ポン酢でいただく。んまいlovely
こんなに薄づくり、自分じゃとうていできません。
包丁のお手入れもさぞや大変だろうなと。


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焼き物はぐじ(甘鯛)の一塩焼。
骨をはずしながら、ほじほじして食べます。目の周りがおいしい、、らしいのですが、私はどうにも苦手。

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本日のメインディッシュ、松茸でフィレ肉を挟んであげたもの。
これ、最高!

今年お初の松茸をぜいたくな食べ方でいただきましたっ!

うどと大根の伽羅煮のつけあわせもおいしかったです。

淡泊な京料理の王道のなかで、これだけがパンチがきいて、コースの中でよいアクセントでした。

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蕪蒸し+菊菜+湯葉。
京料理のイメージてんこ盛り。
これもお出汁が鰹ではなかったと思います。
やっぱりスッポンかな?


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こちらは器もみせてくれます。
湯飲みなんですが、有田でしょうか、けっこう手が込んでいる。


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季節ぴったりの萩の蒸し物碗。(ほ、、ほしい、これ)


これはなんと鱧のそうめん巻き。
黄交趾の器でサーブされた香物とともにいただきます。
お茶漬け代わり、というか懐石で言うところの湯斗ですね。


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フルーツののるボンボニエールのような器。
すてきlovely
これもたん熊北店(本店とは別の店)の大将の特注品とか。

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〆にでてきたこの涼しげな錫のいれもの、なんだと思います?

(画像はありませんが)
正解は葛きり。
上の段が葛で下の段に黒蜜がはいっていました。
(鍵善さんのミニバージョンかな)

もうお腹いっぱいいただきました。

帰りはおそくなっても歩いて帰れる距離、そしてなによりあこがれの御屋敷通にある、というのがポイント高いわ。
ここは散歩コースとはいえ、夜にくることはまずありませんから、めすらしい夜景も楽しめました。

それにしても帰りの時間、このあたりは人っ子一人とおらないのよ。
そこがまたよいのですがね。(お一人様だとちょっと恐いかも〜)


<おまけ>

キタ〜ッ!!


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いよいよ山芍薬、実が開いてきましたよ。

キシャ〜ッ!!(怪物が口をあけているところを想像)

(こわ、、、、coldsweats02

2012年9月13日 (木)

逆勝手の花月

七事式の会で、席主さんが「逆勝手の花月をしましょう。」と、突然。

ええ〜っ?!coldsweats02

平の逆勝手にあまり自信ないのに、その花月って一体、、、

科目は「炭付花月」「濃茶付花月」「員茶之式」、全部逆勝手で。

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一生懸命逆勝手の予習をしましたが、考えてみれば逆勝手って今までほとんど炉でしかしたことがないのに気づきました。
寒い季節の大炉は逆勝手と決まっているので、それにあわせて炉ですることが多いと思います。

風炉の逆勝手はまた炉と微妙に違うのよね。
むつかしい。

しかも風炉の逆勝手の炭手前なんてしたことありません。

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炭斗の炭の組み方も鏡面になります。


風炉への炭の置き方は本勝手と同じ。
羽根をつい右手でとりそうになるけれど、必ず左→右に渡す手間が増える。
水指の蓋は三手から四手に一手ふえる。

柄杓を蓋置に引く手は左手。
これは炉でも同じなんですが、炉が体の向きから自然に左手で引けるのに対して、風炉では右隅ねらいで腕を交差させるように引く、というのがなんだか斬新。

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濃茶付花月ではおしまいの総礼座代わりがばたばた。
本勝手では「二上がり三下がり」の左側通行になります。
ところが逆勝手はじゃあ「二上がり三下がり」で右側通行になるかと思いきや、そうは問屋がおろさない。
二下がり三上がり」で、やっぱり左側通行になるのね〜っcoldsweats02

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みなさま、足にどうしても注意がいって、間違っていないか確認しながら歩くので、腰が引けて、一歩一歩ゆっくりとした歩き方になります。
これは、、、、そう、地雷原を歩いている感じといえばぴったり!

間違わないように、声をだして「右、右、右、、、」と言いながら、左足がでる不思議coldsweats01

そして、時々帛紗をつかもうと、空を切る左手coldsweats01
(逆勝手では帛紗をいつもとは逆に右に吊るので)


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員茶では十種香札の置き方も逆に。

いやあ、逆勝手のお茶室を(好むと好まざるとに関わらず)持ってはる方は、いっつもこんなご苦労をされているのでしょうか。
まあ、慣れだと思うのですが、逆勝手になれてしまうと今度は本勝手がむつかしくなりませんかね?


ほんま、よい頭と体の体操をさせていただきました。
いつものルーチンワークばかりしていると、脳は働かなくなるので、時には逆勝手で刺激を与えてやるのもいいかもしれませんわ。

席主様、いつも複雑な七事式のお稽古にしてくださってありがとう。(とほほほ、、、)


2012年9月11日 (火)

弘道館月釜〜重陽 菊の文人茶会

新しい年度が始まった弘道館月釜です。

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今年度から茶友が数人、あらたに月釜会員になって、ますますご盛会、なによりです。
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この価値ある建物を守るためには、やはりその価値を知って、維持企画に賛同、参加はわれわれにできる唯一のことなのよ。


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入り口におかしな福助さんのポスター。

これは弘道館もサテライト会場になる国際芸術祭(本部は近江八幡旧市街、東近江市五個荘)びわこびえんなーれ2012のポスター。

電車の中で茶会をしたり、湖上茶会もあったりでおもしろそうなイベントもりだくさん。
ご興味のある方は、上記HPをクリックしてみてね。


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重陽の節句と重なった年度初めの茶会は文人趣味の煎茶会で。

「菊の文人茶会〜煎茶ゆかりの女文人にちなんで〜」


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待合にしつらえた座敷にはいってびっくり!

墨、筆、紙が用意され、
「ここは文人になったつもりで興に任せて筆をとって、重陽にちなむ菊の絵をかく」という趣向。

お手本を描いて見せて下さった方の筆さばきに感動。
墨の濃淡だけで、あざやかな菊花が紙の上に。

この部屋には屏風があって、蘭、竹、梅が描かれており、これに私たちが描いた菊で四君子完成というもの。


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すばらしい絵心のある方もおられれば、四苦八苦されておられる方もあり。
だれに見せる、というものでもありませんのでそこは幼稚園児の絵でもよいではありませんか、とひらきなおって茱萸袋の小菊を描いてみたcoldsweats01

朱肉をなすりつけるとそれらしくみえるのが不思議。


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本席では冷煎茶点前。
といってかたくるしい作法があるわけではありません。
正客もお詰めもなく、自由な文人趣味を楽しむのが煎茶道の極意。


本日のテーマのごとく「私流」煎茶家元(?)の女性(お名前を失念しました、ゴメンナサイ)のお点前。


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昭和の初め頃の冷水器を使って冷煎茶をいれます。
これ、上の氷が溶けた水を下でうけて、小さな蛇口からとれるようにしているんです。
冷蔵庫がなかった時代の智恵ですねえ!


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瓢酌(瓢箪製)と古染付の足つき器を水指に見立てたもの。

いかにも文人趣味。

煎茶は身分にとらわれない思想がベースなので、女性も進出するチャンスがあったのです。

弘道館(塾の方)をつくった皆川淇園の時代、池大雅の妻玉蘭(文人画)や、梁川星厳の妻紅蘭(漢詩人)など女文人が輩出され、彼女らもまた自由に煎茶を楽しんだそうです。


床には江馬 細香(紅蘭と並び称された女流漢詩人、頼山陽の愛人だったという説も)6歳の時の書のお軸が。
、、、栴檀は双葉より芳しとはこのことね、私は五十路になってもこんな字書けん!


もう一つの床には文人が珍重した南画(文徴明)。


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冷煎茶は玉露の雁がね、なので煎茶としてはかなり玉露っぽい。
冷たいのに、お茶のうまみがたっぷりでていて、これぞ「葉茶!」という印象。
お茶名もこれまた菊のゆかりの「紅菊香」(先春園)。

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お菓子は当然老松さんの光琳菊の薯蕷。(菊の節句ですし)

中の餡がきれいなピンク色だったんですlovely


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部屋の室礼として、ちゃんと着せ綿した菊もありました。

(これで露をとって体をふくと不老長寿云々ですが、それは旧暦のはなしですよね。
こんな(クソ)暑いのに露がとれるとは思えない。)


今回も女文人の蘊蓄をたっぷり太田さんが語って下さいました。

煎茶をいただきながら、ちょっとだけ文房四宝を愛する女文人気分です。
(漢詩の一つも南画の一つもかけませぬが)

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今年度も美しい庭、風情ある屋敷、でさまざまな趣向のお茶会が楽しめそうでわくわくです。

2012年9月 8日 (土)

大原の里つれづれ白露のころ〜2012

西行のお友達だった寂然入道の「大原十首」より。

  
 あわれさは かうやと君も思ひ知れ 秋暮れ方の大原の里


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かつては遁世の地だった大原も、いまでは秋ともなれば民族の大移動かとおもうくらいの人出なので、京都バスだとたちっぱなしですごく時間がかかるのです。

でもその観光シーズンの前の今ぐらいだと、左京区からなら車で20分もあれば着くことが判明。

、、、、って、大原も左京区だった!!coldsweats01
(大原の皆様、ゴメンナサイ〜coldsweats02

まずは野村別れのところにあるこちらで、、、

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ここは紫蘇の葉を栽培するところから漬けるところからご家族でやってらっしゃる辻しば漬本舗さん。

ここの味付柴漬の大ファンなんです。
(大手の○○や××より全然おいしい。)
いつもは通販でとりよせていますが、今日はお店で買えましたっ!

野村別れを少し西に行ったところ、ここに里の駅・大原があります。

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大原の里を守るためには農業活性化が大事、と大原の農家仲間が立ち上げたクラブを核にして設立された農業法人、大原アグリビジネス21が経営。

その中のメインとなる旬菜市場では、その日大原の里の採れたての旬のお野菜を産地直送で買うことができます。


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旬菜市場の入り口。
さすが大原だなあ、、、、coldsweats02


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野菜には、どれも作った人の写真と名前が添えられ、なかにはきっと大原に移住して新しく農業をはじめたんだろうなあ、と思われるような若夫婦もいて、なんだかほほえましい。

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中にはこんな手作り品のコーナーも。
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大原だけに紫蘇の葉も大量に買えます、しかも驚くほどのお安いお値段で!


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大原のお母さんたちの手作りレストラン、花むらさきでは、やはりこれでしょう。
紫蘇ジュース!


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こちらでのお買い物。

万願寺とうがらし、ミニトマト(炒めたり煮込みに最適なタイプ)、紫蘇ゼリー、それに左の黄色いのはなんとオクラの花なんです。
オクラの花がこんなにでかいとは、、、また食用できるとはしらなんだ。(ゆがいたら、4分の1くらいになって、やっぱり粘るんだなあ)
あと、花むらさきのお弁当。(これお野菜が豊富でとても美味しかった!)


さて、こちらには茶花に使える切り花もあれば、山野草コーナーもあるんです。


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その山野草コーナーに出品してはる大原山草園へも足をのばしてみましょう。

車が離合できないような細い山道を進むと、、、

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おお!?

こんな山の中に侘び数寄の山居が?

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洛中のどこぞの寺、、、といわれてもわからないわね。
同じ敷地内の京都庭園研究所は和庭の設作庭をされているので、そのモデル庭園だったのですね。


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なのであちこちにこんなすごい石の蹲居があったり、


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実際お茶会ができる茶室があったり(中を拝見させてもらいましたが、スサ壁がすごかったわ。茶室回りも数寄づくし)


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渓流を眺められる広いスペースがあったり。

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あ、大原の里はもう紅葉がはじまっているようです。

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山野草コーナーではあれこれ物色したあとで、はじけるまえの実がついた山芍薬の鉢を買いました。
この実ははじけるとすごくインパクトあるのよ。
かれんな白い花からは想像もできないような、、、

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なんと、苔もケースで売ってる!
しかも1ケース1000円ちょっとだって!

這苔、砂苔にいたくひかれつつも、敷くなら春先の方がよい、というアドバイスを園長の辻さんにいただいたので、これはまた来年の課題。


ここまできたら、近くの寂光院へいってみましょう。
(20代のころ来たっきり、ウン十年ぶり)

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寂光院の前に秋海棠の群生を発見。


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自生なのか、どなたかが植えたのが増えたのか。
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秋海棠の花はいいですねえ。
ベゴニアと同じ科だけれど、葉っぱが全然ちがう。

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 露結ぶ庭の萩原霜枯れて籬の菊の枯々に移ろふ色を御覧じても御身の上とや思しけん (大原入)

「平家物語」の最後の舞台はこの大原寂光院。

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建礼門院のジェットコースターのような数奇な人生に思いをはせる。

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紅白のサルスベリに守られた本堂。
ほんとうにこぢんまりとしたお寺でまさに草庵ともいうべきか。


大河ドラマで今はまだ子供の建礼門院(徳子)だけれど、阿波内侍(信西入道の娘)はもうでてきていたかな?

主人公が平清盛なので、大原御幸まではやらないでしょうねえ。
後白河が若すぎるし。(白河法皇の伊東四朗再登板だとぴったりなんだが)

(脇道にそれますが、視聴率低い低いといわれながら、私の周りの人はほとんど楽しみに見ているので、なんで低いのかよくわからない。
入り組んだ階級闘争・人間模様はみていてとても面白いし、画面が汚いといった某知事もいたけれど、私は美術もすごいと思う。十二単のテーマカラーで人物像を象徴させているところなんか。マツケンは好きだし、、、でも山本耕史さんの悪左府が最高だったな。)


えらい脇道にそれましたcoldsweats01


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 庭の夏草茂り合ひ青柳糸を乱りつつ池の浮草波に漂ひ錦を曝すかと誤たる  (大原御幸)


恩讐を越えて後白河法皇と建礼門院が対面したという心字池。
それぞれの胸の内に去来するものはなんだったのでしょう。


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当時の面影をのこす寂光院本堂は平成12年、こころない人の放火によって(犯人不明のまま時効)全焼、ご本尊の地蔵菩薩も黒こげになってしまったのです。

現在は作られた当時をしのばせる彩色あざやかな復元された地蔵菩薩がおわします。


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帰り際、入り口の木戸に誇り高い女院の紋が。

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寂光院の手前には、今も大原の里に眠る建礼門院徳子の御陵。

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帰りの道すがら、みつる工芸さんの看板を発見!


みつる工芸さんは柿渋やベンガラ、草木染めの工房なんですが、なかでものれんが有名。

洛中の町家のお店や料亭、ああ、あそこのお店ののれんもみつる工芸さんだったか、と思うくらいあちこちに使われているんです。(冒頭の辻しばさんののれんもそうですよ)

実はあまねさんとこのエステイト信さんののれんがこちらのだったのを、ちらっと覚えていたので行ってみよう!ということに。


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こちらはご家族でやっておられるのですが、お住まいもこんな大原の農家の造りです。
大きなわんちゃんと黒猫ちゃんがいましたlovely

奥の棚に押し込んである布の山は主に麻布、これを手作業で染めて縫製し製品に。

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みつる工芸のみつるさん。

かつて室町や西陣界隈で呉服関係の卸しをされていたそうです。
多分繊維業界の表も裏もご存じでしょう。

「大量生産の時代はもう終わりました。」
のお言葉が印象にのこりました。

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家屋の裏手にある染め工房。
その大量生産の対極をいく手作業をほんのちょっと拝見させていただきました。


色味の違う柿渋や、藍(藍の花もみせてもらった!)、草木染料などが大小さまざまな入れ物に入ってところせましとならんでいました。


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柿渋で染めた麻の反物を干しているところ。
伸子(しんし)張りです。


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それぞれ柿渋、ベンガラ、藍につかったブラシ。
年季がはいっています。

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染色につかう水は大原の山の水。
水道水だとカルキとか抜かないといけないので具合悪く、そこへいくと山の水に恵まれている大原は植物染料染めにはよい場所なのですね。


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模様を描くためのシルクスクリーンも山と重なっていました。
工房の歴史ですね。

私は、家の座敷においてある裁ち板を使ったローテーブル用テーブルランナーをずっとずっと捜していました。
いろいろ試しては、なんか違う、と思っていたのです。
でも、やっとここで希望のものに出会うことができたようです。

こちらでサイズ、色、麻布の種類を指定して、誂えてもらうことにしたんです。
できあがりがとても楽しみ。

さて、大原を旬菜市場で買った野菜の袋をぶら下げつつ歩いて家に帰り着いたとき、かたく閉じていた山芍薬の実、ちょっと割れて中の鮮やかな赤をのぞかせているではありませんか!

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グロテスク、という人もいますが、私は好きなの。
全開するのが楽しみです。

2012年9月 5日 (水)

卯sagiの一歩

う〜ん、なぜか卯年の女性が元気だ。

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先月宮川町を歩いていてたまたま見つけた町家カフェの名前が「ろじうさぎ」さん。


もとらくたびのガイドさんだった女性がオープンしたばかりのお店ですが、この方が卯年なので「ろじうさぎ」という名前をつけたとか。

京都に関する図書コーナーも充実なんですよ。


ロケーションといい、町家の雰囲気といいすてきなお店でしたが、実はここ、岡崎にも元気な卯年の女性がオープンさせたお店があったのです。

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なんと、わが愛する(?)好日居さんのお向かい。

ここはまえから大きなよい雰囲気の仕舞屋で、分限者が住んではるんやろうなあ、、、と思っていたのです。
それがつい最近、ランチもいただけるおばんざいカフェになって、これは一度は行かねば、と思っていました。


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お店の名前は卯sagiの一歩

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かつての仕舞屋の雰囲気をほとんど壊さず残しているのを見て、なんだか安心した気分。

それもそのはず、ここの仕舞屋はオーナーさんのお母さんがつい最近まで住んでらしたというご実家だったんですね。


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玄関の小上がり。
いいですね〜、この感じ。

築80年だそうです。


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庭をへだてるガラスの引き戸はもちろん、なみなみガラス(表面が波打っている昔のガラス、もう作れない)。
蹲居もありますね。


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玄関をふりかえったところ。

この左手のだいどこのあったところがカウンターになっていました。

残念ながら火袋はふさがれていて見ることはできません。
でも以前住んではったときからふさいでいたそうでbearing

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町家に住んでる友人宅に遊びに来た、という感じでこの庭の景色を独り占めできるこの席に。

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おばんざいセット。

どれも京都でずっとケの日に家庭で作っていたであろう「おばんざい」。
左端の蓮根餅がおいしかった。

これに、メインディッシュが選べます。


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茄子の挟み揚げを選びました。
どれも家庭で作るような懐かしい味で、これにわらび餅デザートが付いてもうお腹いっぱい!

(自分で料理しろよ〜という声が聞こえてきそうな、、、coldsweats01

このおばんざいセット、夕方8時までいただける、というのもポイント高し。
ワインなどのアルコールもおいてあるんですよ。


年代からすると、ろじうさぎさんと同い年だろうな、オーナーさん。
卯年はぴょんぴょん跳ねて、元気いっぱいの女性が多いのかな。

近いので、またよらしてもらおう。


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帰る道すがらの白川にかかる橋。
用もないのに、ここにきたら必ず渡ることにしていますの。

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春夏秋冬、大好きな風景です。


2012年9月 3日 (月)

重陽・登高の茶事(飯後)

重陽の節句が近づくと、大好きなこの詩の一節が口をつきます。

九月九日 山東の兄弟を 憶ふ   王維

獨り 異鄕に在りて  異客と 爲り,
佳節に 逢ふ毎に  ますます親(しん)を思ふ
遙かに知る  兄弟 高きに登る處,
あまねく 茱萸(しゅゆ)を插して  一人(いちにん)を少(か)くを


古く中国では、9月9日の重陽の節句には、家族が集まり高台に登って菊酒を飲む、登高飲酒の習慣がありました。
その時に、髪に茱萸(グミではなく、呉茱萸という漢方にもなる植物、カワハジカミ)をさしたそうです。

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今回の飯後の茶事は、重陽の節句を少し先取り、登高の趣向にいたしました。

そのはじめとして、席入りの挨拶の時にこの詩を書いた紙にヒペリカムの枝を添えて。

(ほんとうは呉茱萸にしたかったのですが、手に入らないので、イメージ的に似ている??ヒペリカムに)

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それぞれお客さまにこの枝を御髪に挿していただいて、本日は登高、山に登ってこれから宴を、、、という趣向で。
みなさま、はずかしがらずにやってくださいました。happy01

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当日おちついて灰型を作る自信がないので、これは前日につくった丸灰。
(師匠、いかがでしょうか?)

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ほんとうは鬼面鐶付切掛け風炉は、わびた小間より広間で使うのがふさわしいのですが、これは母からもらったもの。
使わないのもモッタイナイので、今回初登場。

切掛けは灰器、中掃きがいらないので、ある意味とても楽です。

飯後はこれといった決まりがないのですが、今回吸い物+向付、八寸でやってみました。

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前日がんばって頑張って作った、、、というか下ごしらえしたのですが、吸い物の具を考えるくらいで本式の懐石よりはるかに楽です。
これなら私にもできるわ。


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お酒はやっぱりこれでしょ。菊酒。
月の桂のにごり酒に食用菊を。


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飯後の茶事は別名・菓子の茶事とよばれますので、お菓子は大切。
着せ綿なんかがよく使われますが、あまり重陽の節句にちなむばかりでも重いので、今回のお菓子はこれ。

千本玉寿軒さんの葛菓子、銘を「星月夜」。
ここの葛は葛焼もだけれど、ほんとうに色がきれいで大好きなんです。
すてき〜lovely


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中立の後は花の準備を。
重陽らしく菊を、、と思ったのですが、ここでまた少しばかり趣向を。

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ユザワヤで㎝何円で買った赤い布でせっせと手作りした茱萸袋〜happy02


これも中国からきた習慣で、重陽の節句に呉茱萸をつめた赤い茱萸袋を柱にかけ、邪気を払い、寒を防ぐまじないとするそうです。
これは宮中につたわる行事でもあり、端午の節句には薬玉を飾り、重陽の節句にこれを茱萸袋にかえるのです。

実は主菓子を出した重箱の蓋の模様が薬玉だったので、ぴったりだと自画自賛。

(茱萸袋に関しては、9月9日、嵐山の法輪寺で求めることができますので、ご興味のあるかたは是非。)

茶事のメインイベント濃茶、今回も(私の中ではいままで最高においしい)宇治田原のかねまたさんの、「うじみどり」を。

今回はとってもうまく練れたの(これも自画自賛)。


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続き薄の干菓子。
鍵善の「菊寿糖」に亀廣保の秋海棠。

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亀廣保さんは干菓子専門のお菓子屋さんだけれど、その細工はいつもすばらしい、と思います。
この秋海棠の葉っぱの裏をみてください。
ぺたっとならないように支えがついているんです。(もちろん食べられます)
これ見た時は感動しました!


薄茶の茶碗は季節柄、萩の絵のついたものと、萩つながりで古萩。

古萩はかなり古い物で、貫入がしっかりきわだっています。
お正客様に、「これは銘をつけられたらいかがですか?」といわれたので、考え中。

「萩」だけに「さを鹿」とか「宮城野」とか?coldsweats01

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今回いつも途中で消えてしまう煙草盆の炭、続き薄でだしたもののみ、灰になるまで完全燃焼。
灰にいれるまでに、しっかり真っ赤に熾しておくのがコツかも。


なごやかな薄茶席がおわり、本日の茶事、無事終了です。

亭主七に客三の楽しみ、確かに亭主は楽しかったですわ。

お帰りの際、みなさま、御髪のヒペリカムをはずすのをお忘れなく。

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さて、今回初めて飯後の茶事をしましたが、これはいい!と思いました。

1)時間が3時間と短いので客への負担が少ない。
2)飯後の案内は昼下がり以降になるので、朝、準備に時間的余裕がある。(お菓子など自分でとりにいける)
3)満腹の懐石やお酒で客も眠くなったりせず、適度な緊張感をもってメインの濃茶席にのぞめる。


正午の茶事でなければ物足りない、という方もおられるでしょうが、私なら招くのも招かれるのも、飯後がいいなあ、と当座は思うのです。(まあ、自分の力量不足のせいもあるのですがね)