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2012年3月 9日 (金)

修二会〜お水取り2012

今年も奈良・東大寺、二月堂では修二会の本行がおこなわれています。

(お水取りについて、先月奈良に行った試別火(ころべっか)のころの記事で少し書きましたので、ご興味のある方は御併読くださいませ。昼のあかるいうちの二月堂とも比べられますのよ〜。)

お水取りのお松明はもう十数年前から、毎年欠かさず行っているので、このブログでも毎年くりかえしになりますが、それでも同じ時候に同じ仲間と、こうして行くことができるのはありがたいことだと、感謝しつつ。

たどるコースも毎年だいたい同じ。

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もちいどの商店街の萬々堂通則さんで、上生の「糊こぼし」を調達。
修二会の間、二月堂を飾る椿の造花を模したお菓子で「糊こぼし」と銘をつけられるのは、萬々堂通則さんだけ。


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東大寺開山の良弁さんのお堂に咲く椿も糊こぼし。


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奈良公園の中にあるお宿は青葉茶屋。
かれこれ30年くらい前から実は利用しているのです。

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宿で荷解きしたあとは奈良公園をつっきって二月堂へ。
昨年はほどよく咲いていた片岡梅林ですが、今年はごらんのように、まったくつぼみです。


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この若草山を胸にいだくような、くれなづむ浮雲園地が大好き。


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二月堂到着。
このころはまだそれほど人はいませんが。

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小口塗りの白が美しい二月堂。
奥の方、左端にちらっとみえるのがお松明に先導された練行衆が上堂される登廊。

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そろそろ日も暮れて参りました。

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ご覧のようにこのころになると、立錐の余地もないとはこのことか、と思うほど混み合って参ります。
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登廊から、いよいよ最初のお松明が登ってきます。
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練行衆上堂(お堂に入る)の独特の差懸(さしかけ・履物)の床を高らかにふみならす音も聞こえます。

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それほど信仰心などない私ですが、この火をみると、なんだか敬虔な気持ちになって、おもわず手を合わせてしまいます。

昨年はお松明を見に行って、すぐそのあとでした、あの大震災がおこったのは。

これから、お松明をみるたびに、あの日のことをずっと思い出すのだろうな、と思いました。
合わせる手にも今までとは少しちがう思いも。

天下安穏、五穀成熟、万民豊楽を祈り、十一面観音にひたすら祈願する修二会の間に、あの震災がおこったということで、少なからず衝撃をうけた練行衆もおられると聞きます。

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またこうして今年もお参りできたと、いつもこの時は、なにものかによって「生かされている」と実感する。
ありがたや。
あの震災の後なおのこと、さらにその思いを強くする。


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雨のようにふりそそぐお松明の火の粉をあびて、また1年、無病息災であれと。

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すべての練行衆が上堂されると、初夜の行法の始まり。


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外陣をとりまく局までは、女人でもはいることができるので、そこでしばらくお声明を聞き時を過ごします。
ゆらぐ灯明にてらされたお供えの餅(壇供・だんく)や、糊こぼしの造花、練行衆の影、南天などを垣間見つつ。

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そしてお堂をでると、あれだけ人がいたのがうそのようです。

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お松明の名残のある登廊をおりて、帰路に。


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食堂(じきどう)の前ではもう翌日のお松明の準備が。

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ふりかえり見上げる二月堂。
練行衆の祈りが届きますように。

(真ん中がとぎれてみえるのは、ここに良弁杉というでっかい杉がたっているからなんです)


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練行衆の食事を用意するめったに中が見られない湯屋の戸が開いていましたので、ちょっとのぞき見。

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幻想的な雰囲気の夜の裏参道をとおって帰ります。

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今年もお松明の燃えさしをたくさんいただきました。

お宿ではこちらの名物、二月堂由緒料理を。

すなわち、練行衆たちが召し上がる精進料理をそれに似せたスタイルで。


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よって、膳は練行衆が古くから使っているという「日の丸盆」。

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練行衆は一日1食しか正式の食事をされません。


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なのでご飯もてんこ盛り、、、(かどうか、、?coldsweats01
このように、しゃもじをたてるのが作法なのです。

修二会、満行まで1週間をきりました。
無事終わりますことを。


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修二会〜お水取り2012を参照しているブログ:

コメント

修二会は行ったことがありませんが幻想的なのでしょうね。
夜は基本的に出かけない事にしておりますので こうやって写真で見せていただくのはありがたいことばかりです。
練行衆の方は1日一度の食事なのですね。行とはいえ 大変でしょうね。
食いしん坊の私は料理に釘づけです。
干し柿のおいしそうなこと。
日本の文化はすばらしい!

お松明が上がるころは雨がやんでいましたが、
帰るころにはまた細かな雨が降ってきました。

西行がなくなったのが旧暦の2月15日
修二会の終わるころ桜が咲くことがあったのですね。

今日は大阪城公園の梅が本当に風情がありました。

天行健

地上に何があろうとも、
天の行いは健やかなようです。

ひいらぎ様

こうして写真でも火の粉をあびると無病息災ですわよ。
(保証はできませんがcoldsweats01
お料理は精進ですが、一見カマボコに見える山芋など工夫がこらされていました。
練行衆たちは軽い間食はあるそうですが、あれだけ激しい行をされるのに、正式には一食だけとはたいへんです。だから満行のときの達成感は大きいのでしょうね。

野中の清水様

私たちの一日あとに行かれたのでしょう。
以前行った時、お松明の時だけ雨がやんで、なんだか不思議な気がしたことがあります。
結界された場所だからでしょうか。

西行忌のころはまだ山桜とても早い気がするのですが、当時の桜はちがったのでしょうか。

  花あれば西行の日とおもふべし  角川源義

これは昭和の人(角川春樹の父)の歌ですが、やはり如月の望月のころ、、、では早いですよね。

鎮護国家、天下泰安、風雨順時、五穀豊穣、万民快楽...

私は寺社で手を合わすということがありませんでした。
でも、いまは神社では「国家隆昌 家内安全」、お寺では「鎮護国家 五穀豊穣」を
念じて(間違ってるかもしれませんが)手をあわせ、頭を下げるようになりました。

昨年の明日、ちょうど朝に松葉ガニが届き、お昼には管直人首相の辞任は不可避だね、
という状況でした...

カニは、その日とても食べられませんでした。

とんぼ@岡崎様

本日は市民マラソンで岡崎エリアは騒々しいことこの上ありませんでしたね。
おでかけにも支障がありませんでしたでしょうか。
1年前の今日、2年前の今日、、、ずっと何年先も思い出すと思います。
17年前に神戸近くに住んでいましたので、今でも1月17日が特別な日であるように。

祖母が伊丹の陸軍の火薬庫が爆発した大轟音と震動が灘でも感じられた(大正時代?)
ことや、関東大震災後や大阪大空襲後の惨状を時おり語っていたのを、
遠い遠い昔のこととして聞いていた、小さい頃の私。
今回も、被災地の人々に心を寄せ、共に乗り越えて行きたいですね。

うちの周辺は、今日月曜朝には軽く積雪!三月の雪でした。
厳冬を凌いでもらうために、スズメさん達にお米、メジロさん達に
ミカンを出しているんですが、いつ止めるのがいいか思案中です。

昨日はガサガサしてましたね〜
2時頃に国立博物館近辺に行かないとならなかったのですが、
お昼前に覚悟して車を出して迂回路をとって東山通にでようとしたのですが、
なんと、どこもガラガラでした。
しかも四条、五条の交差点もガラガラ、四条通もスカ〜ンと抜けていて、ビックリしました。
おかげさまで到着が早すぎて困ったくらいです。
事前に散々告知されていたのが、効いたんですね。

とんぼ@岡崎様

なにせゴールに近いエリア、私は一歩も外へ出なかったのですが、ヘリコプターやら拡声器やら、声援やら、いつも静かな場所とは思えないくらいでした。
ダンナは徒歩ですら、規制されてどこへも行けない!と帰ってきました。
でも四条、五条のあたりがすかすかだったとは!

スズメ、メジロさんにもおやさしいのですね。
一応野生の小鳥なので、なくなっても生きてはゆけると思いますが、草木の芽吹く頃まで、、、でしょうかしら。

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