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2011年12月12日 (月)

白沙村荘〜銀閣寺畔・関雪翁の夢の跡

観光客でにぎわう銀閣寺参道にありながら、一歩中へ入ると景色を独り占めできる(確率が高い)場所があります。

画家、橋本関雪翁が住まいとした白沙村荘がそれです。

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いつも前は通りすぎてしまうのですが、中へ入ったのはもう何十年ぶりでしょうか。

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紅葉の美しい季節でありながら、この宏大な(10000㎡)敷地内、ほとんど他の方をみかけませんでした。

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こちらは関雪翁が住居とした瑞米山と号する建物。

扁額がかかっていますが、漢文ゆえ、私にはさっぱり、、、、
関雪翁は漢籍への造詣が深かったそうですから、なるほどの扁額。

そういえば彼の絵画は中国の古典に題材をとったものが多いです。

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いったいどこのお寺かしら、、、と思うようなたたずまい、個人のお宅であったとは思えません。

敷地の東寄りには大きな池(芙蓉池)があるのですが、その池が見え隠れする道をいく趣向になっています。

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どんな侘び茶人がお住まいかしら、、、と思ってしまうような侘びた茅葺き門。

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視界がひらけると、池の向こうに関雪が、屏風など大型の作品を制作する場所であった存古楼。

内部は撮影できませんが、スコーンとなんにもない板張りの空間は、ちょっと体育館みたい。
絵を描くのに高い天井など、採光に工夫などあって、夏などは風邪が吹きぬける快適な空間であろうなあ、と思いました。
目の前は池、木々の緑、私のような凡夫でもなんだか画想がわいてきそうですわ。

こちらではクラシックのミニコンサートなどもひらかれると聞きました。
行ってみたいですね。

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当時、この銀閣寺参道あたりは田んぼが広がる田舎であったそうです。
ここに土を盛り、作庭、デザインもすべて関雪自身がされたとか。第1次完成が大正5年、以後順次土地を拡張していって、この広さになったそうです。


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さてもさても、野村得庵といい、藤田男爵といい、北村謹次郎といい、みなさんご自分で好みの庭を作る優れた才があったのですね、その財力に加えて。(うちらはどっちもないわ〜)

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四畳半茶室、問魚亭。
どちらかというと、待合いのような風情。

お茶をよくされたよね夫人のために、こちらには三つのお茶室がありましたが、残念なことに2年前、火事で憩寂庵と倚翠亭の二つの茶室が焼失してしまいました。
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けれども現在復旧工事がすすめられており、池の向こうに見えるビニールシートがその現場。
来年にはお披露目できるかもしれませんとのこと。


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太い竹の床柱。


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この庭には、お堂だってあるのです。
よね夫人の菩提を弔うために建てられたそうで、現在は関雪が蒐集した仏像のうち、鎌倉時代の地蔵尊がまつられています。

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お堂のまえにあった仏手柑。
もう、その季節か。

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また関雪は古い石造蒐集も熱心だったようで、平安時代の国東塔から鎌倉時代の板仏や五輪塔などあちこちにそれらが点在しているのですが、すごいのがこの鞍馬石の巨石、鬱勃縦横石(うつぼつじゅうおうせき)。

どこからもってきたんでしょうねえ。
繰り返しますが、石造物蒐集も、野村得庵、藤田男爵、北村謹次郎と共通しますわね。
そんなに惹かれるものがあるのでしょうかしら???

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池の奥にはこれまた蒐集物の羅漢さまたちが、ひっそりと。

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ここは嵯峨野あたりの廃寺かしら、、、いえいえ、一歩外に出ると観光客がいっぱいの場所なんです。


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東山を借景に、美しきかな。


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池にはこんなお客人も。


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改めて持仏堂をふりかえったところ。
墨染めの衣をまとった僧侶でもたっていたら絵になりますね。

最後に関雪の作品の展示室へ。
ここでは東北の旧家で発見された関雪の「赤壁の賦」の屏風一双がすばらしかった。

左双が蘇軾の赤壁の賦、右双がその風景を描いた絵(長江にに船をうかべて赤壁に遊ぶ、、、の図)。
(帰っておもわず赤壁の賦の復習をしましたわ)

こちらへ寄贈がきまっていたあとにあの震災、からくも難をのがれ、予定より早くこちらへ来たとか。
ほんとうに良かった。(この震災では多くの貴重な資料や古文書、美術品が失われたとききます)

さて、おなかがすいたら、白沙村荘の一部でもある、こちらのイタリアンレストランへ。


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NOANOAさんで、手打ちパスタランチを。
ここは私が学生の時からあるんですよ。


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つきあたりの洋風の建物は、関雪が西洋美術のコレクションを蔵するために作ったもので、これも有形文化財なんです。

さて、お腹が満たされたあとは、哲学の道をそぞろ歩いてお家へ帰ろう。

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さざんか、紅葉、、、


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イチョウ、、、(疏水の東側の道)


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そして、冬支度をすませた桜と、、、東山。

なんて美しい町なんだ、京都は。


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コメント

昨晩この前を通ってユキパリスさんのお宅へ行って来ました。
白砂山荘でお酒の試飲会に出掛けた事が有ります。
四季を問わずに楽しめる素敵た処ですね。

凡蔵母さん様

ほんとうはこのあとユキ・パリスさんへ行く予定だったのです。
アクシデント(食事中に財布忘れに気づいてとりにかえった!coldsweats01)があり残念でしたが。

私の大好きな散歩道です。何も考えない哲学の道です。
京都は自然があって 美しい 美味しい物もあるし 最高の都市ですね。

ひいらぎ様

なのにまだ京都移住は考えられませんか〜?coldsweats01
早朝、夜更けの京都もらくに楽しめますよ〜。

白沙村荘、こんなに広いんですか。
私は何十年か前に、行ったのか行かなかったのか、記憶が曖昧です。近いうちにぜひ行ってみなければ。
野村美術館の和室の扁額「聴雨」は閑雪翁の寄贈だそうで、得庵さんと交流があったのでしょうね。
時代は変わりましたが、しぇるさまも同じ地域の住人ですね!

そらいろつばめ様

私もウン十年前に来たときの記憶がさっぱり、、、
あのころはここのよさをわかるには未熟すぎたのでしょう。(今もまだ未熟ですけれどcoldsweats01
改めて行ってみて、ここの宏大さに驚きました。南禅寺周辺に散在する大庭園に負けていませんもの。
そうか、関雪さんと得庵さんは同じ時代の人だったのですね。
あのころの財閥に共通した庭園作りブームでもあったのでしょうかしらね。

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