フォトアルバム
Powered by Six Apart

« 一畳台目の茶事〜壺中日月長 | メイン | Deutscher Weihnachtsmarkt 2011 »

2011年12月20日 (火)

松浦の太鼓〜弘道館月釜

古川町市場にて迎春の風景を。

P1140436

結び柳。
(茶人の家では正月にこれを床の上から下までたらして飾る)

P1140435

そして棒鱈。
京都人のお正月に欠かせない棒鱈と海老芋の「いもぼう」。
(私はいまいち、、、coldsweats01

さて、そんな慌ただしい中、弘道館の月釜へ。(会員ですの)

いつも御所の駐車場に車をとめているのですが、この日は隣国の大統領がおこしとのことで、駐車場の入り口で免許の提示を求められました。(こんなおばさん、みただけで、テロリストでも右翼でもないってわかるやろ!pout

P1140438

弘道館の月釜は毎回テーマがあって、それをさがすのが、また博覧強記の席主、太田さん(有職菓子御調進所老松さん)の蘊蓄をあれこれ聞くのがとても楽しい。


12月のテーマは「松浦の太鼓」、忠臣蔵をめぐる歌舞伎の演目です。

なので入り口にはこんな槍と「討入」の文字が。


P1140440

おおまかな歌舞伎のストーリーは、、、

子葉という俳号まで持つ、赤穂浪士きっての俳人であった大高源吾(享年31)が笹売りに身をやつしているところに行き会った俳句の師匠、宝井其角は上の句を「年の瀬や 水の流れと 人の身は」と読みます。

これに答えて源吾は「明日待たるゝ その宝船」と詠みます。
其角はこの句の意味を測りかねるのですが、同じく其角の俳句の弟子であった風流大名、松浦候はそれを聞いて、これはまさしく明日こそ討ち入りじゃ、と解釈するのです。

松浦候(モデルは平戸藩主松浦鎮信とか)は実は吉良上野介の屋敷のとなりに屋敷をかまえていて、なかなか大石内藏助が討ち入りをしないことに業をにやしていたのです。

まさしくその夜半、突然ひびく陣太鼓に松浦候、指をたてて数をかぞえ、「三丁陸六つ、一鼓六足、天地人の乱拍子、この山鹿流の妙伝を心得ている者は、上杉の千坂兵部と、今一人は赤穂の大石、そしてこの松浦じゃ」と大喜び。

本懐をとげ、松浦屋敷へやってきた源吾は句の隠した意味をわかってくれたことを喜び、松浦候は「忠義に厚き者どもよ。浅野殿はよいご家来を持たれたものよのう」と感激するのでした、、、、


と、まあこういうお話し。

その松浦鎮信の数代後世の子孫、松浦静山(「甲子夜話」の作者で明治天皇の曾祖父になる)は弘道館をひらいた皆川淇園とよくつるんで遊んでいたとか。

P1140441

待合いには大石内藏助の消息。

本席:

花器は桂籠。(吉良上野介の首級を奪われないために、首に似せてこの桂籠を槍の先にくくりつけた)
花は四十七士への手向けの菊。

床は大高源吾の消息(内容不明)

この方、ほんとうにすぐれた俳人だったようで、武士としての生き様を選んだのは惜しいことかもしれません。

本懐をとげたあと、泉岳寺にて
    「山を抜く 刀も折れて 松の雪」

辞世   「梅で呑む茶屋もあるべし死出の山」

師匠の其角、源吾切腹の知らせをうけて 「うぐいすに此芥子酢はなみだかな」

また彼は茶道も山田宗偏を師匠としており、討ち入りの夜の吉良邸の半東は宗偏。
本懐をとげるために師匠を利用したことをわびる手紙があるそうです。

香合は大石神社の陣太鼓の形の土鈴。

炉縁の蒔絵は細川家の九曜紋。(大石内藏助は討ち入り後、細川家のお預かりとなった)

正客のお茶碗が松浦家伝来の茶碗。(何焼なのかは不明。唐津っぽい?)

真塗り小棗は宗旦。(吉良上野介は宗旦の教えを受けていた。山田宗偏もね)


P1140442

お菓子は食籠に入ったあつあつの薯蕷。
これも陣太鼓。

あとも茶杓の伝来とかいろいろお話しあったのですが、まわりがざわつくので全部はとらえきれず。
討ち入りを陣太鼓で知った大名が(松浦候?)それを聞きながら削った茶杓とか?真偽はわからないそうで。

確かにすごいお道具もでるのですが、ここではそれをありがたがるより、テーマにそったものを見て「なるほど〜」と合点するのが楽しいです。
太田さんのお話を聞きに来ているようなもの。(大高源吾の孫が池田屋事件で勤王方として落命した、、、なんて蘊蓄も聞けますのよ。)


そうか、こんな道具のとりあわせで遊べるのか、と感心することも多くて。

おもしろかったのは、お正客が上野介の旧領地(多分三河)出身で、大の吉良びいき。
歌舞伎の仮名手本忠臣蔵ですっかり悪役になってしまったことに憤慨しておられました。
実際主君としては名君だったらしいです。
しかも風流大名で、茶道も宗旦にまなんだあと、卜一(「上」の字をばらした)流という流派の家元だったんですって。

そうして考えてみると、辛抱ができずにキレちゃって、家臣を路頭にまよわせた浅野内匠頭が一番アカンかったんではないかと思えるわね。


今回も弘道館・月釜、堪能いたしました。happy01


トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/349039/27627917

松浦の太鼓〜弘道館月釜を参照しているブログ:

コメント

弘道館の月釜は面白そうですね。
私もいつか行ってみたいです。

ひいらぎ様

ビジターも歓迎なので是非ご参加ください。
毎月のテーマが楽しみなんですよ。happy01

しぇる様のあとの席でした。すれ違ったようです。
待合にいる間、漏れ聞こえる笑い声が大層楽しそうで、入れなかったのが残念でした。
さすがに、お菓子が美味しいですよねhappy01

ぴお様

ぴお様もおいででしたか。
蘊蓄だらけのお茶会でしたね。
お菓子は割ってみたら中がオレンジ色の餡でびっくり。
おいしかったですね〜。
また来年も楽しみに、参加しませうねhappy01

コメントを投稿