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2011年7月

2011年7月31日 (日)

今年の祇園祭おさめです〜八坂神社・夏越祭

一月にわたる今年の祇園祭も本日の夏越祭でいよいよ締めくくりです。

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八坂神社境内の摂社、疫神社。
蘇民将来をまつっています。(厄除粽に書いてあるあれです)


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祇園祭関係者だけでなく、一般の参拝者も茅輪くぐりをして無病息災を祈ることができます。

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いやあ、おわっちゃったなあ、、、今年の祇園祭。

京都にでもどって初めての祇園さんは曜日巡りがよく、かなりのイベント神事を見ることができました。
(何に対してかよくわからないながら)がんばったので、良い感じで燃え尽きましたわ。
なので、関係者でもないのに、一ヶ月にわたる祭をやりとげたような擬似達成感があって、茅輪くぐりで締められてとても満足。(あ、できれば来年は鉾立て、試し曳きなどを、、、)


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こちらから茅(かや)をいただきます。

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垣根に差してある茅をいただくこともできます。

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さてこの茅ですが、慣れた方は上手にくるくると、観光客は神社の人や地元の方に指導してもらいながら、ミニ茅輪をこしらえます。
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完成。
なんだかなあ、、のできですが、これも粽といっしょに玄関に掛けて、厄除けとします。

おお!
お隣の方の茅輪!
なんと美しいできなんだ!

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とにもかくにも、今年の祇園祭、無事おわりました。
また、来年wink

粟田神社・納涼ビアガーデン

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粟田口の粟田神社デビューをしたのは、今年の3月でした。

粟田神社の名前は知っていましたが、こちらの秋の大祭は祇園御霊会の原型のひとつで、剣鉾も数基でる、ということはその時初めて知りました。

そして、ついでに知ったのが、7月最終土曜日の、粟田神社・納涼ビアガーデン!

これは行かねば〜!
と、思っていたのです。
この日はお昼に大雨があり、夕方からは晴れて、天然の打ち水がここちよいゆうべとなりました。


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一の鳥居は三条通に面していますが、実際の入り口である三の鳥居は少し奥まったところにあります。

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この坂道がちょっときついですが、ここを登っただけで、市内が一部俯瞰できるし、その分涼しいんです。


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早くもおつまみやお寿司などの売店が出ています。
氏子のみなさんのご奉仕でしょう。
背景に平安神宮の大鳥居、市立美術館などがみえるでしょう?

写真ではとんじゃってますが、はるか西山〜北山に囲まれ、京都はほんまに盆地なんやなあと実感できる眺めなんです。
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本社。
御霊会をされるので、お祭りしてある主神は素戔嗚尊。(八坂神社と同じ)

青楓が美しいです。


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境内ではすでに始まっていますね。


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みなさん、楽しそうです。
家族連れあり、外人さんあり。

おそらくほとんどは氏子の方々だと思いますが、部外者の私もなにげにとけこみまして、これこれ!


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団扇もいただいて、まずは一杯。

涼しいし、眺めは良いし、ほろ酔いで良い気分happy02
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虫除け対策もOKよ。


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ビールや飲み物のサーブはそろいのエプロンをかけたおじさま方。

ここ数年前から剣鉾の復活や新調、大燈呂というねぶたのミニサイズみたいな(本家は京都のようです)山車の180年ぶりの復活などで神社と氏子、学区の方々が努力を重ねてこられたらしく、その結束力はすごいです。


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少し夕闇がおりてきました。

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舞台では沖縄舞踊がはじまり、いやがうえにも雰囲気をもりあげてくれます。
このあと、フラダンスやカラオケ大会もあって、延々夜9時まで続くそうですが、このあたりでおいとまを。

そうそう、こんな方も来ておられましたよ。


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このあたり、ばっちり選挙区ですからねえ。

うちは粟田神社の氏子でもないし、学区もちがうのですが、チャリで5分のご近所さん、これは秋の大祭もたのしみだなあ、、、(←すっかりお祭り女です)

2011年7月29日 (金)

京の奥座敷〜貴船で川床料理

学生の頃、郷里の友人が尋ねてくるといつも強引につれていっていたコースが、鞍馬寺〜木の根道〜魔王殿・奥の院〜貴船神社でした。

けっこう険しい山越えになりますので、ほんに当時の友人達にはありがた迷惑だったかもしれませんcoldsweats01

それでも一山越えて、清冽な水の貴船にたどりつくと、すがすがしい気持ちになったものです。


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教養学部のころ、生物実習で貴船の植生観察というので、でかけたこともありましたね。

でも、、、、

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いつのまにこんなに人がわさわさ来る場所になったのだろう?

真夏でもたま〜に人にすれ違うくらいだったように記憶しているのですが、今の貴船は川床料理めあてのひとがいっぱいで、貴船銀座とでもよびたいくらい。

実はかくいう私も川床めあてなんですけれど、、、、coldsweats01

市内から車で小1時間、京の奥座敷といわれる貴船では川床は「かわどこ」と読むようです。
なぜなら座敷には床の間がつきものですから。
対して鴨川の川床は「かわゆか」。高床からきているらしいので。
なるほど、そういわれれば覚えやすい。

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貴船川に沿って、川床を売り物にしているお店がぎゅうぎゅうに軒をならべていますが、この日はこちらにお邪魔しました。
鳥居茶屋真々庵さん。
貴船神社の鳥居のほんちかく。


貴船と市内は気温が7℃違う、ということですが、入り口ではそれほど涼しいとは思いませんでしたが、、、

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川へおりていくと、ひんやり。むしろ肌寒いくらい。
この日京都市内は30℃は軽く越えていたはずです。


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水があって、さらにそれが流れていると空冷作用はたいしたものです。
加えて、この視覚的な効果。


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こんな感じで席と席の間に水が流れています。

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お約束の(?)足つけ。
(お見苦しい足はスルーしてください)

つけたときはそれほど冷たいとは思わなかったのですが、ずっとつけているとだんだん痛いほどの冷たさを感じるように。
この水は鴨川の水源のひとつでもあります。

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お昼時なので、お客さんはいっぱいでしたが、ぎゅうぎゅう詰めではないので、良い感じ。

川床料理のコースをいただきました。

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添えられた山野草はなんでしょう?
お店の方は山紫陽花といっておられましたが、ちょっと違うような、、、

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清流とくればやはり鮎で。

けっこうお腹がいっぱいになるボリュームでした。


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シメの鯛茶漬けがおいしかったわ。
これといって特徴があるわけではないのですが、この場所でいただくことに意義があります。

それを特に感じたのは本館のお手洗いに行ったとき。
水洗なんですが、ジェット機のトイレ仕様。
つまり下水がなく、水を汚してはいけないので(たぶん)タンクにためているのでしょう。

険しいこの場所に食材を運んできた手間と、美しい水への配慮がこもったお料理です。
ごちそうさまでした。

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お腹がいっぱいになったあとは、ここでごろりと横になって、お昼寝でもしてみたいなあ。


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こんな団扇もいただいたし。
(阿以波、、とまではいかないにしても、けっこう良い団扇ですよ)

さりとて、行儀悪いのでそれは断念して、せっかくなので貴船神社にお参りを。

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高いところからみると川の岸辺の青楓の美しいこと。

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神武天皇の母・玉依姫が黄船(黄色い船?一節には黄泉と通じるとも)に乗って川を遡り、この地に祠を建てたのがその始まりとかや。キフネが貴船に。

水を司る神様で、雨乞いの時にも勧請される神様。
かつては上賀茂神社と本社、摂社の格をめぐる壮絶なたたかいもあったとか。


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こちら水の神様らしく、有名な水占みくじ。
霊験あらたかな水につけると文字がうかびあがってくるしくみ。
(これってミョウバンでしたっけね)(←不信心者)

学生の頃、よりによって正月なのに、八坂神社でひいたおみくじが大凶だったとき以来、私はおみくじはひかないことにしていますので、スルーしましたが。gawk

2011年7月28日 (木)

神輿洗の神用水

今日は祇園祭の華やかイベントとしては最後の神輿洗い。

20時から四条大橋の上にて。

神幸祭に先立つ10日におこなわれた神輿洗式とほぼ同じです。

今晩はさすがにちょっと行けません。

でもね、でもね、、、、

こういうのだけはみつけちゃうんですよ〜happy02

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ほんとに別件で宮川町へいったんですが、その宮川町にほど近い鴨川東岸、斎竹にかこまれて、今夜の神輿洗に使われる神用水が三桶、鎮座されているのを偶然にも発見!(もしかして、よばれたか?)

(しかしだれも見張りしていないけれどいいのか?)

朝10時に六桶、鴨川の水をくみ、ここでお清めをして、三桶はここで、残りの三桶は仲源寺(めやみ地蔵)さんに予備として保管されるとか。

今夜の神輿洗式には行きませんが、こちらでいいものを見たので、今年はこれで満足ですわ。

祇園祭も、あと31日の八坂神社、茅輪くぐりだけになったわねえ。
(当然、締めのため行くけれど)

2011年7月25日 (月)

祇園祭・花傘巡行〜還幸祭

1週間前の神幸祭で、四条寺町の御旅所にお出ましになられた神様の乗られた三基の神輿。
24日に八坂神社におかえりになります。(還幸祭)

それに先立つ花傘巡行。

もともと24日の還幸祭にさきだつ後祭りの山鉾巡行が、昭和40年を最後に観光のため17日の前祭の山鉾巡行と合併されたことにともない、あらたに創設された行事。
だから歴史は浅いのですが、きれいどころが多くて華やかです。

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朝10時前、八坂神社の北の出入り口あたり、巡行の準備が整ったようです。

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わ〜、花傘娘〜。

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すてきね〜。lovely
学生の時にこれのアルバイトをやった友人がいましたが、やっぱ年齢制限があるんだろうなあ。
(20代までか?)

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薄衣にすけてみえる赤い帯も八坂さんの紋。

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これから四条通へくりだします。

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華やかな幌(母衣とも)を背負った幌武者。
戦国時代には、その目立つことからお使い番などの衣裳だったそうですが、実際後ろからとんでくる矢や弾から身をまもる実用性もあったとか。

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お迎え提灯の時にも巡行していた馬長稚児さん。
「最後までがんばれよ〜!」と沿道からかけ声も。
そうそう、しっかり〜!

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そろいの着物に水色の傘がいきな行列は八坂神社婦人会。
年齢的にはこれなら私でもいけるかも〜。(いけへんて)


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京都織物卸商業組合が出す5基の傘鉾のうちのひとつ。
このうしろに織物業界関係のお嬢さん達の、涼しげな着物をお召しになった行列が。

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おお〜!
先斗町のきれいどころ〜。
やっぱりその筋の方は艶やかさがちがいますなあ。

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こちらは祇園東。
いやあ〜きれいやわぁ。


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祇園祭の期間だけ、舞妓はんは「勝山」という特別の髷を結わはるのですが、これはちがうようですね。
一度勝山、見てみたい。

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津和野から逆輸入(?)された鷺踊り。

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羽根を広げた形はこんなふう。

規模としては小さい巡行ですが、とても華やか艶やかな行列でした。

一転して夜の部は男の世界!

還幸祭の神輿を拝みに三条通へ。

昨年は御旅所からのお出ましと、巡行後に八坂神社までお帰りのところを見ることができましたが、今年は巡行中を見ようと思って。

神輿は三基とも別々のルートで巡行するのですが、三条通は三基とも通ります。
なので寺町あたりからどこかで出会うだろうと三条通を西へぶらぶら。

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すると宮本講社神宝奉持列と烏丸三条の伊右衛門カフェの前にて出会えました。


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中御座を先導する、還幸祭の久世駒形稚児さん(神様の依り代)まで、まぢかで見ることができました!
いやあ、りりしいわあ。lovely

後続の神輿をお迎えに三条通をさらに西へ。


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このあたりは夜はとくに昔ながらの情緒がありますね。

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涼みがてら、あちこちの家の戸口でお年寄りも小さい子たちも出てきて神輿をまっています。
ほんとうにこのあたりでは祇園祭は地元の祭、,,という感じがします。


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そうこうするうちに堀川通りの東で三若の中御座がやってきました。


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スミマセン。
暗かったので、写真ブレブレ。
総勢400人の行列ですが、ここでは差し上げとか派手なことはないので「ヨイサーヨイサー」のかけ声だけ。


そのあと堀川通りを越えた向こう、三条会商店街のほうで賑やかなかけ声が。

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四若の東御座のようです。

この三条会商店街のなかには還幸祭の時に三座ともおたちよりになる御供社(ごくうしゃ)という八坂神社の末社があるのです。(その前に「オハケ」というミニ芝生のようなものが飾られるらしいのですが、今回はそこまでいくのは断念)

御供社は、もともと祗園御霊会の発祥の地である神泉苑の一角にあったそうですよ。

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差し上げ、ゆさぶりをやっていた東御座の神輿が、三本締めのあといよいよ動きだし、こちらへ近づいてきました。

え?え?


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ううわあ〜〜〜
男達のカタマリが押し寄せてくる〜
せまい商店街、逃げ場がない〜


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流されないように、つきとばされないようにこんな写真を撮るのがせいいっぱい。


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ぷは〜、、、とおりすぎた。


明日から始まる一週間のため、今年はここでお別れしました。

あ、三条会商店街の入り口にある三条若狭屋さんの「稚児餅」、忘れずに買って帰りましたよ。

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2011年7月23日 (土)

灰型〜梶の木

いよいよ灰型、二文字押切り3回目です。

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う〜む、、、、あまり進歩がないような、、、、

ただ、いままでは出たとこ勝負で形を作っていましたが、今では作る前に頭の中にこういうラインでこういう形、という設計図が描けるようになった気がします。(ただし施工はうまくいくとはかぎりませんcoldsweats01


相変わらず五徳の爪の周囲、前瓦の端、がシャープにいきません。

ご指導いただいている先生のは灰でできているとは思えないくらい、エッジがシャープなのですが、その境地まで果たしてたどりつけるのでしょうか。


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灰型は火が熾ってなんぼ、なんですが実際火の付いた炭をお稽古で入れるわけにはいかないので、炭だけおいてみました。
まあ、なんとか置くことはできました。
これも教えていただかなければ、形だけに満足して、胴炭がはいりませ〜ん、、、とか釜の底、思いっきりごりごりゆわしてます、、、ってことになっていたと思う。

せっかくなので、鉄風炉ではないのですが、掻上げの練習もさせていただきました。


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火箸を両手でもって下から上へ、掻き上げてつくります。


(真ん中のみだれは炭をおいた後なのでお見苦しいですが)

う〜む、、、これもテキストなんかのイメージとだいぶん違うわね〜、、、
まっすぐならないし、線の太さもでこぼこだし、、、

掻上げは本来、鉄風炉ややつれ風炉など、わびた風炉に使うもので、流水をあらわすため坎(水の卦)は書かず、捲灰もしないのが約束になっています。


さて、灰型のあとはお楽しみの先生の手作りのお菓子。


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この日は大徳寺納豆入りの琥珀羹。

亀屋則克さんの蛤にはいった「浜土産(はまづと)」を思い出します。


寒天でこの透明感をだすのはむつかしいのに、口溶けもよくほろほろで、大徳寺納豆の塩味がアクセントになって、おいしかった〜lovely
これをいただいて、平花月でお茶をいただきました。
ごちそうさまでした。


旧暦の七夕はまだですが、七夕と言えば梶の葉を思い出す方もおられると思います。
昔は七夕の短冊の代わりにこの葉に墨で和歌を書いたとか。
葉にびっしり生えている密毛が墨をとらえるので、字が書きやすいのだそうです。

お茶の方では、葉蓋(水指の蓋の代わりに梶の葉などを使う酷暑のあつかい)によく使われる葉です。
なので庭に1本、梶の木がほしいと思っていました。

たっての願いに造園屋さんが茶庭の裏に1本苗を植えてくれました。

なんとか冬をこして春先には葉芽がふいてきたのですが、、、、

ないっ!
葉っぱのあの特徴的な切れ込みがないっ!

これほんまに梶なん???と思っていましたが、ちょっとだけ分葉しているのもあります。

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右上の1枚だけね。

調べてみると一般的に梶の葉は分葉しない葉っぱも多いそう。
もうちょっと木が成長したら、かっこよく切れ込みがはいるのかなあ、、、

ちなみに近所の空き地に生えている雑草。
名前は知りませんが、こちらの方がよっぽど「梶の葉」みたいだなあ。


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さて、先日八坂神社でいただいてきた木槿「祇園守」、梶の木のお隣に地植えにしました。


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おお!
これはつぼみでは!

今年早速咲いてくれるのかなあ。
楽しみhappy02

2011年7月22日 (金)

四条御旅所〜下鴨神社・みたらし祭

いつも朝通勤に利用するバスは、四条河原町の停留所がちょっと阪急の出入り口から離れています。
ちょうど四条お土産物センター前がそのバス停。
時間もぎりぎりなので、バス停から阪急乗り場まで、毎朝、四条通を疾走しているのです。

ところがなんと、祇園祭の間はお土産物センターは神輿の御旅所に早変わり。
そしてバス停までその前を避けて、手前、しかも阪急出入り口の真ん前にとまってくれるんです。
ラッキ〜!
けれどバス停の位置まで変えちゃうって、祇園祭ってすごいです。

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神幸祭で、八坂石段下で大暴れした三基の神輿が鎮座されています。
ここに7日間お参りし、その間御旅所から家に帰るまで誰とも口をきかなければと願いが叶う、というのが「無言参り」。
まあ、私には無理ねcoldsweats01(7日通うのも、しゃべらないのも)

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御旅所に生けられていたのが祇園祭のシンボル的な花、ヒオウギ。
これがほんとうのヒオウギなんですね。モントブレチア(ヒメヒオウギスイセン)と花は似ていなくもないですが、葉っぱが全然ちがう。
これは一度見たら忘れられない印象的な造形です。

このあと、バスに乗って、東山安井にある柏屋光貞さんへおつかいものを買いに。

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カーテン閉まっているけれど、戸は少し開いているので中へ入ってみると、、、、
お店のかたが三人、なんだか疲れた顔をしてすわっておられた。
なんと、「今、休み。28日まで仕事になりまへんのや。」

へ?

あとで、こちら1年に一度だけ、祇園祭の宵山の日のみ予約販売されるという「行者餅」で有名なお店だったのねえ。
(知らないってコワイ、、、、私は大好きな摺干琥珀「おおきに」をもとめにいったのだが)

人気らしくて大量に売れた模様。
なのでお疲れで材料もなかったのかもしれませんね。
いやあ、来年の祇園祭の課題がまたできちゃった。


さてさて、場所かわってこちら夜の下鴨神社。

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いつもは暗くて静かであろう糺の森に灯りがたくさんともります。

土用のころにおこなわれるみたらし祭、足つけ神事がはじまっているのです。


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マイナーなお祭りかと思いきや、すごく大勢の人で賑わっています。
夏休みにはいったせいか子供連れの家族が多いです。

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この提灯は、、、、おお!みたらし団子だ!coldsweats01

みたらし団子の起源はこの下鴨神社の御手洗川の泡、、、らしいので。

この足つけ神事は平安貴族たちの禊ぎからきているものらしく、土用の丑の日に御手洗池の中に足をひたせば、罪、けがれを祓い、無病息災ですごすことができるというもの。

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受付で200円払うとこのロウソクをくれます。
裸足になって、いざ御手洗川へ。
1年にこの期間だけ、入ることを許される川です。
(葵祭の斎王代が禊ぎをされる川でもあります)

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つ、、、つめた〜!!

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でもきれいな水です。
井戸水を引いてきているので、多分水温15度くらいでしょう。
じっとしていると足がじんじんしてきます。
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途中でロウソクに火をともして、消えないようにそろそろと歩きます。


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御手洗社の前にもうけられたロウソク立てにロウソクをさして無病息災を祈りました。

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振り返れば、ゆらゆらとロウソクを持った行列はなにか幻想的な美しさです。

この祭は早朝5:30〜22:00までなので、いつの時間帯に来るか、でまた印象が違うと思います。
私は昨年から、くるなら絶対夜!とねらっていました。
でも早朝の御手洗川もちょっとみてみたいですね。

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参拝が終わった人には御神水がふるまわれます。
頭からかけてもらう人もいましたし、大きなペットボトルに詰めてもらっている人もいましたよ。


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冷たくておいしい。
来年は私もペットボトルやな。

境内のそばでみたらし団子の元祖、加茂みたらし団子が売られていましたが、行列ができていたので断念。
かわりにお客さんの少ない屋台でもとめました。


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これは団子4個ですが、もともとはみたらし団子、5個なんだそうです。
後醍醐天皇が御手洗川に手をつけると最初1つ、続いて4つの泡が浮いてきた、、、という伝説によるとかなんとか。

だから加茂のみたらしは1個だけはなれて、あと4個が並んでいる5個のだんごなんだそうです。

みたらし団子にもそんなお話しがあるんですねえ。

2011年7月18日 (月)

祇園祭・神幸祭〜神輿渡御 2011

昨年はまだ京都市民ではありませんでしたが、東へひっこされるちゃみ様の送別会を兼ねて、御旅所から八坂神社へ神様がお帰りになる還幸祭を見ました。

あれは四条寺町の御旅所前でしたが、それに先立つ、三基の神輿におのりになった神様が御旅所へおでましになる儀式・神幸祭は八坂神社にて。

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山鉾巡行の日の夕方6時におこなわれる神輿渡御の出発式の前に、どこからともなく法被をきたお兄さん、おぢさん方が。

下半身は七分丈のステテコ型から、半パン型、まれに締め込み褌と多種多様。
日ごろは種々の本業につかれている方々ながら、このときばかりはみなさん、生まれつきの輿丁(神輿をかつぐひと)に見えて、五割増しくらい男ぶりがあがってますね〜。


京都通のかたはすでにご存知でしょうが、祇園祭のクライマックスは実は山鉾巡行ではなくて、この神輿渡御なんですよ〜。
巡行はいわば、御旅所においでになる神様のための露払いのようなものなのです。

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西日をもろに浴びる祇園石段下、日焼け覚悟で待っていると、八坂神社の正門・南楼門からおでましの神輿先行の宮本組(のちに述べます清々講社の筆頭)神宝奉持列、豊園社御真榊行列。


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あ、一度お姿を拝見したかった久世駒形稚児さんだ。

遠すぎて、よくミエマセンsad

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かすかに胸に下げた駒形=ご神体が見えます。
久世の綾戸国中神社(南区久世上久世町)の氏子から選ばれたお稚児さんで、(長刀鉾のお稚児さんでさえ、正五位の位だけですが、)神様の依り代なので、=神様そのものなんです。
だから皇族ですら下馬する八坂神社境内も下馬されないんです。


そして、これからおこなわれる神輿渡御の三基のうち、素戔嗚尊鎮座される中御座神輿を先導されるのです。


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続いて三基の神輿と、先ほどの五割増し男前の上がった輿丁さんたちがわらわらとくりだしてきます。

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石段下に神輿勢揃いです。

神輿一つにつき担ぎ手400人(交代要員もいれて)ですから、およそ1200人の男達の大集合。
迫力あります。


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神輿は差し上げ(2トンの神輿を高くあげる)
差し回し(回転させる)、ゆさぶりなど激しく動かされ、男達の熱気ムンムンで、そうこうするうちに観客の方も引き込まれ、祭アドレナリン分泌がおこるんですねえ。
宗教儀式って本来そういうものかもしれませんが、私もまんまとのっちゃいました。
いっしょに拍手しながら、ホイットホイット!


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その総勢1200人が一瞬厳かな静けさにつつまれる出発のお祓いの時。


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そしていよいよ出発!

石段下でひとしきり差し上げ、差し回しをしたのち、三基それぞれのルートで氏子中を周り、最終的に9時半頃四条の御旅所に安座されるはず。

神幸祭では鴨川の東側がメインのルートですが、のちの還幸祭では西側がメインになるのです。

朝からの巡行観覧に、さすがに疲れて御旅所までお供はできないなあ、、と歩いて帰る道すがら、まあ、なんと何回もいろんな場所で神輿に出会いました。ルートが帰路にかぶってるんでしたね。


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東御座(櫛稲田姫命)の四若さん。
花見小路あたりで。

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舞妓はんといえば必ず連想する白川の辰巳稲荷の前。
ここで小休止らしく、色っぽい花街風の女将さんがお茶(ビール?)をさしいれて皆さん一休み。
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これは縄手のあたり。
中御座の三若さん。

のんびりそうに見えますが、けっこうなスピードです。
細い道だと、ぶつからんばかりでかなり危険です。
すごく迫力あるけれど。


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いつも通勤に愛用している京阪三条の前でも再び三若さんに遭遇。
こんなおちびちゃんのころから参加しているのですから、将来もずっと祇園祭の担い手になってほしいですね。


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日も暮れてきましたが、三条大橋の上はすごい熱気です。

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神輿のあとには神官さんの乗られた輿と清々講社の行列が続きます。

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清々講社とは、八坂神社の氏子区域全域にわたる旧25学区からなる町衆組織だそうで、明治の初め、寄町制度廃止とともに経済的危機に陥った鉾町を救済するためにたちあげられた募金組織だとか。

ここにもすざまじい、京の町衆の祇園さんにかける情熱の歴史を見たような気がします。

この行列をお見送りして、今日はお別れ、家路につきました。

巡行のあとの鉾町点描2011

学生の頃初めて山鉾巡行を見た私は感激して、どこまでも最後の鉾の後をついていったものでした。

鉾町にたどりつくと、そこには独特の風情があって、これにもいたく感動した記憶があります。

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なので今度も巡行をおえた山鉾が帰ってくる鉾町を見に行きましょう。


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ここは鯉山の会所。
鯉山は後祭巡行なのでまだ帰ってきていません。
鉾が切り離されるとこんな感じになるのね。

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山伏山ではもう解体がはじまっています。

祇園祭の鉾はもともと御霊会のためのもの、御霊=悪霊・災厄を移し宿らせることで諸国の穢れを祓ったといういわれのものなので、御霊の宿った物はいつまでもおいておかないで、さっさと片付けないといけないのです。


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しばらくして行ってみたら、山伏山、もうこんなになって、ご神体も会所の二階におもどりです。

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会所の一階では、山をひいていた学生アルバイトとおぼしき若者がお食事中。


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そうこうするうちに、四条通から室町通りへかえってきた菊水鉾が見えてきました。


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ここは直角にまわらないといけないので、思いがけずミニ辻回しを見ることができました。


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少しずつ少しずつ、水をまいた竹の上をすべらせて方向を変えてゆきます。

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そして狭い室町通りを凱旋。
広い通りでみてきた巡行のことを思うと、この狭い通りを、電線をよけながら屋根に気をつけながら行く鉾は、より風情があるんです。

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お囃子の調子が変わって、しばらくすると鉾はドックと連結。
そして三本締めで拍手。
炎天下を休みはほぼなしの数時間の巡行、ご苦労様でした。


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鯉山もご帰還です。

室町を北上すると次から次へと山鉾が帰ってくるのを見ることができます。


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黒主山。

ちなみに左手の浴衣姿の方は老舗の帯問屋、誉田屋源兵衛の社長さんです。
「ようがんばった!」とみんなを激励しておられました。


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帰ってきた浄妙山。

こうしてみると、室町にもマンションがふえたんですね。

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役行者山。

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たちまち解体にとりかかっています。

あとに余情を残すでもなく、未練もなしにさくさく片付ける手際はむしろすがすがしいです。
明日からは鉾町はもとの姿にもどるのでしょうが、今度このあたりを歩くときは、この風情を思い出しながら歩いてみようと思う。


さあ、いよいよ夕方は三基の神輿にのられた神様が御旅所におでましになる神幸祭だあ!

2011年7月17日 (日)

注連縄切り、くじ改め、そして山鉾巡行2011

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四条麩屋町、斎竹(いみたけ)にはられた注連縄。
これより先は神の領域を意味するもの。


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この結界を切り落とし、山鉾巡行の開始をつげる注連縄切り。
さあ、長刀鉾がゆっくりゆらゆらと近づいてきます。


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この注連縄=結界を切るべく、神のお使いとなった稚児は刀をぬく。

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ほんの一瞬の動作でお見事、注連縄は切り落とされました。


くじ取らずの長刀鉾の後に続く山鉾は、四条堺町にてくじ改めを。
奉行役の京都市長に各山の町行司がくじを見せ、順番通りに巡行しているかを確認する古式にのっとった行事。

木賊山でみてみましょう。

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こちらの町行司はりりしい少年です。
くじ札のはいった漆の箱をもって奉行の前へ進みます。

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烏帽子姿の奉行の前で、作法通り扇を使って箱の紐を解きます。
かっこいい。


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箱の中の札を見せ、番号を確認。

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ふたを閉めると、片手だけで箱を上手に回してくるくるっと紐をまきつけます。
うまくいくと周りから拍手が。


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そのあと小さな町行司さんは扇で山鉾をまねきよせます。

そしてゆっくり東行する山鉾。
絵になる式です。


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ゆっくりと、そして次々と山鉾が四条通を進みます。

ここで先回りをして広い御池通りで待つことに。


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おお〜、東山をバックに背負って鉾がやってきます。


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ここではやや遠目ながら、長刀鉾のお稚児さんの太平の舞をみることができました。

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鉾の軌道を修正する裏方さん達。
むつかしそう、ご苦労様。

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快晴の空は青く、、、、、そして紫外線と熱線もいっぱい。
あづい、、、、、


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四条傘鉾の棒ふり踊りの面々。


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暑いけれど、がんばれ!綾傘鉾のちびっこ!

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菊水鉾に添う荷茶屋(にないちゃや)。
柄杓がみえるでしょうか。
菊水鉾は、町に菊水井という武野紹鷗ゆかりの名水の井戸があった縁で、お茶と関係が深いのです。


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ちょっとお休み、、、、のこんな場面も。


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蟷螂山はカマキリの腕や羽根を操ってうごかしながら巡行。
人気です。

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姿のユニークさでは船鉾。
神功皇后出征の出船。
祇園祭前祭(さきのまつり)のしんがりをつとめる、くじ取らずの鉾。

山鉾巡行は以前、神幸祭に先んじる前祭(17日)と還幸祭に先んじる後祭(あとのまつり・24日)の2回行っていたのを、交通事情などから昭和41年にひとつにまとめられたとか。

最近になって、この後祭を復活させようという動きがでてきているようで、吉田孝次郎(吉田家ご当主)山鉾連合会理事長が後祭の復活を願った文を京都新聞にのせておられましたね。

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ここからがその後祭だった山鉾です。

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だからトップの北観音山はくじ取らず。

しんがりは、(昨夜おおあばれした)南観音山。
やはりくじ取らず。

いやあ、山鉾巡行をこんなにまじめに見たのは、大学に入ったばかりの年以来だなあ。
そして祇園祭自体が20数年ぶり。

京都に帰ってきたんだなあ、、、、、

宵山・日和神楽〜あばれ観音

宵山のすごいであろう人混みをさけ、夜10時前に家を出発。

地下鉄をおりたところで、目の前に南観音山の日和神楽にであう。

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明日の巡行の好天を願って(願うまでもなくよさそうですが)お囃子のある各山から囃子屋台がでて、御旅所までいくのです。(長刀鉾のみ八坂神社まで)

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向こう側で菊水鉾の屋台とすれちがうところ。

まだ人出は多いものの、ピーク時をこえ、四条通にもゆっくりそぞろ歩きをするゆとりが出る時間、こんな祇園囃子をきくのも風情があります。

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屋台は御旅所から帰るところで、これから町内をまわって山鉾へ帰還します。

では、先回りをして南観音山で待ちましょう。


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日和神楽が帰ってくると、ご神体の楊柳観音を台にのせて町内を走り回る、という宵山のフィナーレ、「あばれ観音」。
それを一目見ようと、夜の11時というのにかなりの人出です。

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あ、お囃子の音が近づいてきました。


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日和神楽のお帰りです。

そこから待つこと約30分、11時半に山の北側でワッショイワッショイ!のかけ声があがります。
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おお!
すごいスピードで近づいてくる!

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布と紐でぐるぐるまきやん。

あばれ観音の伝来は不明らしいですが、一説に宵山で会所に座らせられたストレスを一気に発散していただき、明日の巡行におとなしくしていただく、、、とか。

このぐるぐるまきではかえってストレスため込みそうですが。

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こうして3回町内をまわり、Uターンのとき、はげしく台をゆさぶるので、「あばれ」観音だとか。
Uターンの場所を確認したので、来年はもっと近くで暴れるところをみられるかな。


観音様が会所にご帰還になり、三本締め。

おもわず拍手がおこりました。

これにて宵山は終了。

いよいよあすは山鉾巡行ですねえ。

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飾り付けをすべてはずし、明日に備える山鉾を数えながら、帰途につきました。

う〜む、京都帰還1年目にして、あばれ観音までみちゃうとは、わりとよく頑張っているわい、自分coldsweats01

2011年7月16日 (土)

白昼の鉾町2011

(スミマセン。このブログ管理人の個人的情熱で今夜も祇園祭が続きます。)

真昼に36度を超えたらしい、京都です。
暑いです。
でも時間があれば、いっちゃうんです。
鉾町へ、、、


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いつもの河原町四条のバス停を降りて、え???

ここは四条のお土産物センターのはず。
いともかんたんに、御旅所脇の詰め所に早変わりできるんですねえ。
(いつもとおるのは朝早くなので気づかなかった!)

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白昼の鉾の前をびゅんびゅん車が通る景色。
タクシーやバスのドライバーにはいたく評判悪い広範囲の交通規制ですが、こんなのできるのは日本広しといえど、祇園祭だけでしょう。


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菊水鉾では亀廣永さんの「したたり」を購入。
(まあ、最近は年中買えるんですけれど、ここで買うことに意義があるのよね)

菊水鉾のご神体、菊慈童は菊の露のしたたりを飲んで、700年も生きた、という言い伝えから、なにか祇園祭にふさわしいお菓子を、ということでつくられた黒糖の琥珀羹なんです。
(ちなみにこちらの会所では宵山期間中呈茶があります。菊水井という名水にちなんでお茶と関係が。)


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こちらです。
琥珀羹はかならずしも好きではないのですが、このしたたりは別物。
ほろほろした食感がまた絶妙。


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電柱にまいてある黄色いネットは山鉾の巡行時、ひっかからないように、という処置でしょうか。


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こちら放下鉾は会所にあがることができます。


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鉾の歴史や伝えてきたことの誇りを熱く語る役員さん。
普段は入れない町家の二階です。

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長刀鉾のような生稚児のかわりに乗られる人形のお稚児さん、三光丸クン。
かわいらしいなかにもやんごとない感じ。

禅語に「放下着(ほうげじゃく)」という有名な言葉がありますが、この鉾の名前はそこからきているのですね。
初めて知った。

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会所巡りの楽しさのひとつは普段あまり見られない、ほんものの町家の中をのぞけること。
町家フェチとしてはうれしい限りで。


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さすが着物の室町、なのでこういった着物関係の出店(ふだんは卸しだけで小売りはありません)が多いです。

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昼間なので、保育園児達もお祭り参加。
かわいいですね〜。


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こちらも特別公開の時にはなんどもお邪魔した重要文化財の杉本家
祇園祭の期間ははじめて。

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表の間が伯牙山の会所になっています。
琴もありますね。
古代中国の琴の名手であった伯牙が、親友の死を悼むあまり琴の弦を切った、というお話に基づいているので。

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有料にはなりますが、杉本家の中へはいって屏風や、夏の町家の室礼を見ることができます。
何度も来ていますが、夏はやはりすてきでしたよ〜。
町家は夏をむねとして作られているのですね。

座敷の真ん中に大きな氷柱がたてられ、これにさりげなく蔦をからませてあります。
氷柱用の専用の家具なんでしょうか、したが竹のすのこになっている台でした。

杉本家のお母さんが、溶けた氷の水を受ける容器をいれかえながら、「こうして手で触って、それを顔や体につけると涼しいんですよ。」と教えて下さいました。

実際の気温はそれほど変わらないでしょうが、目で涼しげな氷柱を見ているだけで気温が下がるような気がします。
昔暮らしの智恵ですねえ。
ちなみにこの暑さで直ぐ溶けるので、大きな氷柱が1日2本はいるそうです。

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最後に3年後の復活をめざす大船鉾。

(京都人にしたらついこないだのcoldsweats01)いくさ、禁門の変で焼失した大船鉾ですが、ご神体の神功皇后の面をはじめ、舳の金幣、刺繍の舵など大方の物が残って各家に大事に保存されてきたそうなのです。
ですから船さえできれば復活できるわけで、そのための資金集めがたいへんだそうです。


大船鉾は、神功皇后遠征のお帰り、凱旋の船鉾だそうで、出征の出船の鉾が今の船鉾とか。


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とばりの向こうからかすかにのぞく神功皇后像は(ちょっと不気味ですが)凱旋時、臨月だったそうで(赤子はのちの応神天皇)そういえばお腹がふっくらしてる??


さて、私もささやかながら資金協力を。

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3年後の勇姿が楽しみです。


さて、今年の厄除け粽は、、、、

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太子山町の秦家のめぐみさんのファンなので、太子山のにしました。

聖徳太子といえば、娘が通った学校が四天王寺だったので、在学中太子像の写真もたくさんもらったし、関係なくもないかな〜、、、と思ってcoldsweats01

今年一年、いろんな厄をよけられますように。


2011年7月15日 (金)

宵々々山2011

早くももう宵々々山です。
なのにすでにすごい人です。


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まだ明るい内に鉾町巡り開始。

むかしは宵山しかなかったそうですが、私が学生の頃、宵々山が始められたばかりだったというような記憶が。
それがいつのまにか宵々々山まで!

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やはりこのコンチキチンを聞かなくてはね。

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う〜ん、20数年ぶり!

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鉾町は着物問屋さんが集まる室町あたりが中心になります。
室町の旦那衆といえばかつては洛中の文化経済を牛耳っていた方々。
着物業界の斜陽にともなって、かつてほどではないにしろ祇園祭の役員さんの姿にその名残をみるようです。


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このあたりは日ごろ良く歩き回ったり自転車で疾走しているエリアなんですが、今日は日ごろの姿を想像できないほど、祭色に染まっています。

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宵山(宵々々山はややこしいので以下略)の一番の楽しみは細い小路をそぞろ歩いて、山鉾や会所飾りを見て歩くこと。

この時、地図はないほうが楽しい。
小路の角を曲がったとき、思いがけず駒形提灯をみつけるとうれしくなります。
あ、右にも左にも山鉾が、、、どっちへいこうかな、、、


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しかし、食べ物系の屋台が増えたこと。
これが渋滞の原因にもなっているもよう。

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なるほど。
こういう御朱印帳があると、むきになってコンプリートしたくなってしまいますね。

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山伏山のお飾所では茅輪くぐりを。


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お飾所は風情のある町家であったり、マンションやビルの一室だったり。

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参拝者はそれぞれの山の厄除け粽やお守り、オリジナル手ぬぐいなどをおもとめです。

厄除け粽は1年間、玄関に飾るわけですから、どこのをチョイスするか、これは問題です。

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しかし、動く美術館とはよくいったものだ。

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鉾町の玄関飾りも情緒があります。

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このすごくりっぱな町家自体にもひかれるなあ。


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屏風祭も楽しみですが、私はこの大量の赤穂緞通に目がheart01

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お会所のもう一つの楽しみは、子どもたちの

♪厄よけのお守りはこれより出ます ご信心の御方様は
受けてお帰りなされましょう ろうそく一丁献じられましょう
ろうそく一丁どうですか~

、、、のかわいい歌ですよね。
これを聞かないと、宵山に来た気がしません。


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ちょっと小路の迷路にはいりこむのもまた一興。

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ありゃ?
これは御池ゼストあたりで見たことがあるような、、、、

帯問屋誉田屋さんの前にて。
作者は青蓮院の襖絵も描いた木村英輝氏。

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時代とともに町の景色はずいぶんかわったところもあれば、ずっとかわらないところもあります。


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こちら黒主山。
近年新調された後掛の飛龍文様錦入刺繍の説明をしてくださる役員さん。


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いずれも鉾町の財力と見識の高さにうなってしまふ。

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新町通りにある北観音山。
この通りは宵山の間、四条から北上のみの一方通行なので、ご注意を。


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ひときわ立派な屏風祭されているお家、,,と思ってよく見ると、おお、何度かお邪魔したことのある吉田家ではありませんか。

表の格子戸をすべてとっぱらってあるので、全く雰囲気が変わっています。


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奥の間では、吉田家のご当主、かつ山鉾連合会理事長の吉田孝次郎さんを囲んでなにかの会がおこなわれているもよう。
いいなあ〜、うらやましいなあ〜。

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こちらの屏風飾りも屏風よりもお宅のすばらしさと、赤穂緞通に目が釘付け。


P1010493西洞院の蟷螂山は学生の時に新たに復活したことで話題になりました。
今は昔のはなし、現在ではすっかり常連さんの風格があります。

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四条通の鉾の辻。


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こちらは太子山、山鉾の最西端になります。


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この太子山の前にあるのが、こちらも何度かお邪魔した秦家住宅
ご当主のめぐみさんが、宵山のにぎわいも、太子山あたりにくるとややおちついて、昔ながらの祭の雰囲気がただよっている、と以前おっしゃっておられました。

ほんにそのとおりで、山鉾の前に木の長椅子がいくつもならべられ、ご近所のかたとおぼしき方々がのんびり夕涼みをされていました。
代々鉾町で生まれ育って、親から子へ、子から孫へ受け継がれていく、、、っていいなあ。
これもうらやましいなあ。


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勇壮な船鉾。
昔、まだ小さかった子どもたちと登ったのは、この船鉾でしたねえ。


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こちらもかわいい厄除粽売りさん。

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この綾傘鉾の真ん前に、杉本家とおなじくらい立派な町家の大店があったんです。
そこの二階に友人が下宿しており、われわれは「綾小路の家」と呼んでいました。
宵山の時には集まって、ビールをのみながら綾傘鉾を見下ろして夜通しさわいだ思い出があります。

30年以上も前のお話しです。
もしかして残っていやしないか、、、と思いましたが。
残念ながらご多分に漏れず、ビルにかわっていました。

あのころは鉾町にももっとたくさんの町家が残っていて、今以上の風情を添えていたような気がします。

かわったことも多いように思いますが、当時よりはるか昔から、祇園祭はあったのだし、これからもずっと続いていくのだろうし、時代とともに祇園祭自体、姿形を変えてきたのだし、私が共有、知り得るのは、そのわずか数十年の間だけ、のことです。

その数十年、祇園祭があることに感謝しつつ、元気な限りは楽しませていただきますわ。


2011年7月12日 (火)

お迎え提灯〜神輿洗式

10日、鉾立てを始めた鉾町もある京都です。

暑い、、、、、


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あまりの暑さに家の中で、猫が行き倒れています。

あ、、、、プリさんのむこうに、、、、

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う〜む、、、そこは少しは涼しいのか?

ちなみに家中で一番暑い奥の和室に温度計をおいてみました。
(しめきりで、平屋部分、黒い雨戸なので)

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うわあ〜、、、、36度、、って体温やん。
おいといたらもっと上がりそうだったので、こわくてやめました。

まあ、そんな暑い日中をこえ、少しは涼しくなるかな、という思惑を軽く裏切ってくれた夕暮れ。

こんな場所におりました。

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八坂神社の石段下です。

祇園祭、この日の行事はお迎え提灯、引き続いて神輿洗式。

ご存じのように祇園祭は7月まるまる一ヶ月かけるお祭りなので、毎日なにかしら行事があるのです。
そこは勤め人のつらさ、曜日によっては全然行けない行事もあるわけで、行けるときにはがんばっていっておこう!と。

だから祇園祭行事をコンプリートさせるのは数年かかりそうね。

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さあ、西の方からお迎え提灯の行列が帰ってきました。

神様が御旅所にいかはるには三基の神輿でいかはるんですが、そのうちの一基、中御座の神輿を四条大橋の上で鴨川の水で清める、、、というのが神輿洗式。
そのお迎えにくるのがお迎え提灯です。


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いやがうえにも祭ムードをもりあげるコンチキチンのお囃子、今年の担当は放下鉾。

このお迎え提灯はもっと早い時間に八坂神社をでて、鉾町を練り歩き、市役所前で各地の郷土芸能を披露しているはずです。

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これはその中の小町踊りのおじょうちゃんたちでしょうか。
(なにぶん遠景でスミマセン)


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これは一度は見てみたい子鷺踊の子どもたち。

(津和野町の解説より)
もとは京都の八坂神社祗園会で行われていたもので、京都から山口、山口から津和野へと伝えられました。天文末期より漸次衰え、坂崎出羽守に至って一時中断しましたが、亀井氏の入城と共に諸式の復興に努めました。三代茲政に至り寛永20(1642)年、人を派して京都祗園会の鷺舞を伝授させ、翌年正保元年の祗園祭から鷺舞を復興させ現在まで継承されています。

はるばる島根へ行って、京都へ里帰りした芸能のようです。
島根の鷺踊りの方が有名ですけどね。

その他、馬に乗ったりりしい少年の馬長稚児の姿もみましたよ。
(写真全然うまくとれてない、、、でしたが)


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日も暮れて、薄暗くなったころ、役員さんたちが石段を登ってゆきます。

そのあとに中御座神輿をかつぐ四若の若者(一部おぢさん)たち。

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中空では上弦の月もゆれています。

あとからおいかけて神社の境内にはいりましたが、すでに中御座はかつぎだされたあとのもよう。

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東御座、西御座がのこってはります。
これにはまだ神様はのっておられません。

17日の山鉾巡行のあとの夕暮れ、神幸祭の前におこなわれる御霊遷しで初めておのりになるんです。

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四条通に出た、神輿を先導し道を祓い清める大松明。

中御座神輿が四条大橋にたどり着くまで、ちょっと追いかけてみましょう。


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同じ事をみんな考えていると見え、四条通の歩道はすごい人です。
(車道には神輿関係者しか出られない)
「ホイトホイト!」のかけ声は沿道からもわきあがります。

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かつぐ人もたいへんだな、この暑さの中では、、。

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四条大橋の中ほど、北側で神輿洗いの神事はおこなわれているので、南側から行った私たちにはさっぱりなにをしているかは見えませんでしたがcoldsweats01

この橋の南側の半分の道は、バスだけは通れると見えて、神事とのあいだを時折○番のバス、△番のバス、、というふうに通り過ぎます。またおもしろいもんですね。その乗客になってみたい。


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神事が終わり、御神輿がお帰りになった後、撮ってみました。

午前中、この注連縄の間から、神職の手によって鴨川の水=神輿お清めの水はくみ上げられ、仲源寺(めやみ地蔵尊)に一時保管されるそうです。

中御座神輿が神社に帰った後も、行事があるようですが、さすがに翌日の仕事のことを考え、そのまま帰途につきました。
祇園祭はまだまだ長い。


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学生の頃は、多くの観光客がそうであるように、祇園祭といえば山鉾巡行と宵山と思っていました。

その後、おりにふれ祇園祭のことを知れば知るほど、なにかとんでもなく厖大で、底なしの深いお祭りであると思うようになりました。
参加した行事について、後で調べてこうして書き記すのも、半分は自分の勉強だと思っています。

まあ、リタイヤしたら、朝から晩まで祇園祭にはりつけるかしら。
いやいや、そのころには体力の方がいまいちかも、、、coldsweats01

2011年7月10日 (日)

高台寺・傘亭でお茶を

暑いです。
京都だけじゃあないんでしょうね。


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ノウゼンカズラはこの暑さにもまけず元気そうです。

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円山公園。
東山も暑さに煮えていそうです。

あら、でもこの階段を登ると、小高くなるためか、すこし涼しい。

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ここは高台寺。

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こちらには吉野太夫を身請けした灰屋紹益の愛したといわれるお茶室、遺芳庵があります。
明治時代の移築とか。
どういういきさつでここにきたのか、不明。

この大きな窓が、吉野窓といわれる窓。
吉野棚という、茶席で使われる棚には、この窓の意匠がいかされています。

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お向かいの茶室、鬼瓦席の前では、この暑い中、お庭のお手入れのかたが、、、
ご苦労様です。

それでも方丈の中は涼しい風がとおります。

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あら、ここから霊山観音が見えるのね。

いつも来るときはライトアップの時で、夜だったから気づかなかった。


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見えにくいですが、お庭にはネジ花がたくさん咲いていました。

御霊屋を通りすぎて、どんどん登ります。

一番高いところにあるのが、重要文化財の傘亭と時雨亭。

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時雨亭の二階を見上げたところ。

土間廊下でつながれている傘亭、時雨亭は、伏見城の遺構を移築したとか、利休のデザインであるといわれますが、ほんとうのところ、確証はないようです。


それでも、ねねさん(のちの高台院)と秀吉がふたりだけのプライベートをここですごした、と想像した方が楽しいですよね。


ふだんこちらは外からしかのぞけないのですが、今回の震災の被災者チャリティーとして、現在中に入ってお茶をいただくことができます。(〜7月18日まで)


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時雨亭の一階は待合いになっています。


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土間廊下をわたって、傘亭の中へ。

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傘亭の名の通り、傘の骨組みを内から見るような屋根の竹・葭組みです。
ここまでは普段でも外からのぞけますが、中の間に座ることができたのは感激です。

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右手の竹の跳ね上げ戸の向こうは、伏見城では池だった、ということになっており、池で水遊びした後、太閤さんが舟をつけて傘亭にはいり、ねねさんとお茶を楽しんだ、、、、というイメージ。


左手の奥にはかまどもみえています。

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お菓子は千成瓢箪の薯蕷。

ここではお点前をしたのではなく、奥のかまどでどなたかが(利休さんだとさらに面白い)点てたお茶を楽しんだようです。

一段高くなっている場所に秀吉がすわったであろう、といわれていますが、この日は「太閤出陣図」の軸がかかり、太閤の馬印、千成瓢箪の置物、堆朱の天目台にのった天目茶碗が飾られていました。

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われわれへのお茶も、天目台に載った天目茶碗なので、すっかり太閤気分(?)

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傘の部分は何度も張り替えたでしょうが、この木製の部分は当時のままだそうで、ちょっとなでてみて、往時を想像するもまた楽し。

建物の傷みがはげしいので、こういう特別な時しか中へは入れませんが、昔はこちらで実際お茶会をされたこともあったそうです。
それにしても貴重な体験をさせていただきました。

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傘亭を出ての帰り道、市内をみおろすこの竹林は、下界の暑さがうそのような涼しさでしたよ。


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おお、そういえば、この日偶然にも私が持っていた扇子は瓢箪でしたわ。(by 宮脇売扇庵)


下界に降りると、、、、やっぱりあち〜〜shock

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なので、高台寺都路里で、こんなものを、、、、

これがまたでかいかき氷で、さすがの私も完食できず半分でギブアップ。

その足で祇園さんまで。

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能舞台で、アルバイトとおぼしき若者が傘に造花を取り付けているところをみかけました。
祇園祭グッズとは思いましたが、「これ、なににするん?」とたずねたところ、「さあ???」

おいおい、、、、、

思うにお迎え提灯(7月10日)の時に使う傘の飾りかと。
左手の黒いタイヤのような物はみんな提灯でしたし。

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私の中の、祇園祭ムードももりあがってきましたよ〜。


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さて、この日わざわざこちらへ来たのは、、、、


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これこれ。

移住前から、京都に引っ越したら是非手に入れよう、と思っていた祇園守(白い木槿)の苗。
茶花としてもこの季節、とても涼しげだし。


問題は、、、、ちゃんと育てられるかどうか、、、なんですがcoldsweats01


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地植えにすべきか鉢植えにすべきか、、、それが問題にて候。(←アニメ「へうげもの」風に)