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2010年12月

2010年12月31日 (金)

雪の大晦日

昨日で今年のブログはオシマイ、、、と思っていましたが、思わぬ朝からの大雪に、記録として残しておこうと思いまして、一筆。

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これこそほんまの雪見障子、面目躍如。
このころはまだ余裕で雪見なんぞを、、、


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だんだん笑い事でなくなってきたお昼前。
蹴上仏光寺。

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気をつけないと雪に足をとられそうな三条通、蹴上付近。
車はスリップして立ち往生して、後続車のドライバーに押してもらっている笑えない一幕も。

年内にこんな大雪、京都でもめずらしいと思うのですが。
雪に慣れていないので、車は数珠つなぎ。

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疏水べり、東山が全く見えないくらい吹雪いてます。


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昼過ぎから、少し吹雪はおさまって、なんとか雪の東山が見えてきました。
ちょっとサプライズの美しさ。


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南禅寺の山門も見えています。
足場さえわるくなければ、あそこへも行ってみたいけれど、ちょっと危険かも。

町中へでると雪の積もり方はそれほどでもなかったので、やはりこのあたりは洛外なんだなあ、、、と思ったり。
河原町からのバスはついに川端通りで立ち往生。
仕方ないので、皆停留所でないところで降りて地下鉄へ。

今年最後のえらいプレゼントでしたなあ。


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宵になってもまだ雪の降る白川。

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灯ともしごろに、雪は青味を帯びて、ここはどこの雪国かしら?
(市立美術館裏手にて)

今度こそ、皆様よいお年を。
明日の初詣はお足がたいへんそうですが。

2010年12月30日 (木)

根曳き松と結び柳

以前の家は思いっきりアメリカンカントリーをめざしていたので、こういうの似合わなかったんですが、京都だし、和の家だし、憧れていたお正月飾りがやっとできる!とはりきって花屋さんに予約してとっておいてもらった根曳き松と柳の枝です。

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まずは根曳き松。
お正月に門に飾って歳神様のよりしろとするもので、ご存じ門松の原型。

しかし、、、どうやって玄関に飾ったものだろうか?
まいてある奉書がけっこう分厚くて画鋲が通らない、、、、。

他のお宅ではどうしておられるのか?

某寺院の塔頭の飾りをみると、、、

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うわぁ〜、こりゃ豪快に釘を打って間にはさんであるわ〜。
というのであまり参考にならず。

で、考えたのがまず画鋲をうって、そこに吊るのに手持ちの金の刺繍糸でもって、わっかをつくったのです。

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こんな感じ。
色も金だとめでたいし。

完成!


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これでいつでも歳神様をお迎えできる清浄な雰囲気がもりあがりますね〜(自画自賛)

次に往生したのが結び柳。

初釜のおりにご覧になった方も多いと思いますが、昔の中国の風習にちなんだもので、人と別れるとき、送る者と送られる者が、双方柳の枝を持って、柳の枝と枝を結び合わせて、しなやかでよく曲がる柳の枝のように、無事に回転して帰るようにと旅中の平安を祈ったことから。

結び柳、または綰柳(わんりゅう)とも。

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まさにその柳の枝のしなやかで強いことを実感。
なにしろあんなにきつく丸めてあった枝が、とめてあった紐をほどくとするする、するするはじけること、はじけること!
なのでよけいに輪を作るのにてこずりました。

結んでもするすると解けてゆく、強めの力でたわめても、あざ笑うかのようにすっともとの形にもどる。

柳の枝のしたたかとも思える柔で剛な生命力は、まさに一陽来復、お正月にまことにふさわしいものだと実感いたしました。


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柳をいれるのは青竹。
東山三条の籠新さんまで走る。この季節柄、青竹の柄杓や結界がお店にならんでいました。
青さを少しでも保つため、ラップに包んであります。

この竹を、正月のこのために打ってもらった柳釘にかけます。

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人の苦労をあざわらうかのように、柳の枝にじゃれてくださるプリさん。
あかんって!

で、苦労の結果。

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まあ、お見苦しい点はスルーしてくださいませ。
来年はきっと、もう少しましにつくりますから。

でもアドバイスは大歓迎よ〜。


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あまった枝は小さい輪にして玄関へ。

でもね、、、、


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はみはみ、、、

、、、、、こうなることはわかってたのよsad


さて、今夜から皆が帰省してきて人がわっと増えます。
(ちなみに猫も1匹増えます)
どこまでこの飾りが美しくもつか疑問です。

ということで、皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。


2010年12月26日 (日)

年末の町めぐり

いつも洛外(=旧・岡崎村)で生活の大半をすごしているもので、憶良じゃないけれど、「天ざかる鄙に いつとし住ひつつ 都の風習(てぶり)忘らえに けり」そうですわ。(ようするに田舎くさくなるってことね)

これではイケナイ、、、と思ったわけではありませんが、たまっていた用事をすませがてら、あれこれお買い物などをしようと洛中へ。

まずは年末の賑わいの錦市場の風景を。

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流通システムのすすんだ現在において、錦の存在価値はどこにあるのかというと、、、行き着く先は観光資源なのかな、と思ってしまうのですが、日ごろここで普通のお買い物をしている京都人ってどのくらいおられるのでしょう。

、、、と言いつつ、有次の包丁(嫁いだ娘用)を年末に娘と買いにこなくちゃ、と思うのでありました。

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寺町を北上しまして、御池の手前、伊藤組紐店さん。
真田紐をはじめ、茶入の仕覆の紐や帯締め、ストラップなどもとめられるし、誂え注文もできるのです。

実は2年前、金沢で買った加賀刺繍の帯留めに合う帯締めを、買いに行こうと思いながらなかなか行けなかったのです。
やっと行くことができました。
三分紐を買ったのですが、帯締めとしては破格のお安さ。
あれこれ色々な色を揃えたくなるぢゃありませんか!
茶席に帯留めはNGなのでかろうじて自制しております。

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まあ、季節物ですので、これ締められるのは来年の秋ですね。

寺町のスマート珈琲は、やっぱり行列ができていたのでスルーして、、、
あら、ここにもお茶のルピシアが。


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広くてきれいで、品揃えも多く、フレーバーティーなど選ぶのも楽しい。
ただ残念なことに付属のティールームがないのよね〜。


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寺町と言えば学生の頃からおなじみの鳩居堂さん。
茶道具から書道の道具、香道の道具、紙料までみているだけで楽しい。
いつかは筆で手紙などをしたためるのが夢。(まあ、筆ペンにてこずっているようじゃあねぇ、、、、)

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一番お安い煉香「梅ヶ香」を。
お正月玄関あたりにくゆらせてみようかと。
(ホンマは早く茶室の炉中で焚きたいのですがね。)

御池を越えて寺町をなお北上すると、なじみのエリア。

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その筋の本の品揃えがすごい三月書房
どの筋かって?
う〜む、一言で説明はむつかしい。
しいて言えば芸術が好きで、日本文化が好きで、京都好きなら一日立ち読みしても飽きないかも。(お店の人には大迷惑ですが)
ちなみにお隣は大好物、「福だるま」がある舩はしや総本店。


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こちら三月書房さんのお向かいのグランピエ丁子屋さん。
昔二条通りにあって、りっぱな町家だったのですが、壊されて移転されました。(壊されたあとは未だに空き地)
けれども今度のお店も雰囲気のある町家なんです。

こちらは李朝家具も扱っておられます。
コーヒーテーブル用に小盤を買いました。よく見る12角形のものは京畿道タイプですが、今回もとめたのは四角い羅州盤とよばれるタイプのもの。


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さらに北上すると、和の紙料ならなんでもそろう紙司・柿本さん。
昔、娘が小学校に入学したとき、お道具箱に貼る和紙を買いにきたことが思い出されます。

ここまでくれば忘れちゃならないのが一保堂さん。

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大学でお茶をやっていたときに、使う抹茶はいつもこちらのでした。
茶経の包装紙もとてもいいですよね。

さて、三条河原町で用事があったため、南東に向かって歩きます。まあ、まっすぐではなくフラフラよりみちしながら。


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押小路を歩いていると、あら、こんなところに町家レストラン(ちなみに「さらさmange」さん)が、、、、と思って通り過ぎるとき、、、


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このろうじは、、、、
なんだかいろいろな京都ブロガーさんの記事で見たことのあるような、、、


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danger
PATISSERIE Salon de the m.s.hはここかあ、、、、

(エム・エス・アッシュね。フランス語ざます)

というので、ちょっと甘いものも欲しかったので、こちらでエネルギー補給。


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麩屋ロール。
お店が麩屋町にあるのも確かなんですが、生クリームの中に生麩が入っているのです!
あの食感が意外とクリームにあうのですね。
あとリンゴのジブーストにも限りなく後ろ髪をひかれながら、お店をあとに。(最近引っ越しで減った体重がまたリバウンドで、、、despair


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河原町を越えたところで、あ〜こんなところにあったんだ、酢屋さん
龍馬が投宿したことで有名で、今でも二階で開催中の龍馬展に足を運ぶ人は多いようです。
本業は銘木屋さん、ちなみに京都和菓子の会主宰の中川典子様のご実家でもあります。


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お花屋さんの店頭では仏手柑が。
最近お正月飾りにこれを使うのをよく見るなあ、、、と思っていたのですが、末広がりが縁起が良いと、昔から商家では飾られていたとか。
ちなみにそのままではまずくて食べられないそうです。砂糖漬けにするか、もっぱら観賞用。
それにしてもええお値段してますねえ。


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最後に三条大橋西詰の内藤商店さんへ。
以前に買った棕櫚の棒タワシがいたんできたので、新しいのを買いに行かないとなあと、朝、通勤のバスからいつも眺めてはそう思っていました。(このお店は私が出勤する8時前にもう開けてはるんです!)


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やっと新しいのを買うことができました。
1本は台所用に。
もう1本はいけこ様から教えてもらって、足袋の洗濯用に。

2010年12月25日 (土)

岡崎的日々

Merry Christmas!


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これはいただきもののクリスマスオーナメント。
馬小屋のキリスト生誕の場面。
なぜか幼子イエスの人形が2つ(!)ついてきたので、ならべてみました。
イエスは双子だったのか???

京都に住まいして2ヶ月。
平日はほとんど大阪、休日もなんだかんだで市外に出かけること多く、いまだに京都巡りができていないって一体、、、weep

生活圏の岡崎の中をぐるぐるするだけの日々ですが、それなりの楽しみもあるのです。

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お気に入りの散歩道、白川沿いの道に早朝こんな景色を発見。
川の右よりに点々と、、、
なんだかわかりますか?

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この季節ならでは。
流れが速いので、必死で足で水をかきかき、頭を水につっこんで、エサ取りに余念のない鴨さんたち。
がんばれ〜!


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白川と三条通の交差するところ。
学生の時からのお気に入りの白川橋からの風景。


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神宮道を少し脇に入ると、、、
おや、好日居さんもクリスマスの室礼ですね。

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しかまファインアーツさんのクリスマスマーケットをちょっとのぞきに。
ヨーロッパの小さなアンティーク雑貨がお手頃な値段で。
時節柄、グレゴリオシャント(聖歌)の木版楽譜なんかもあります。

手に入れたのはこれ。


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真ん中の小さいのです。
ヴィクトリア時代の英国製マスタードスプーン。

ちなみにこのシリーズ、そろえてますねえ。
左は100年ほど前の英国製シフタースプーン(砂糖漉し)、右はヴェネチアで買ったスプーン、ただし現代の物。

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クリスマス特別メニューの、スパイシーなグリューワインでぽかぽか、あたたまりました。lovely


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冬至を過ぎたばかりの日暮れは早くて、ついつい帰りは急ぎ足。
それでも一日一日と昼が長くなる、と思うと気分が明るくなります。一陽来復。

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冬の疏水の景色。
来春には一斉にこの景色が桜景色になる。
まちどおしいけれど、実は冬枯れの景色も好き。


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岡崎地区のランドマーク、平安神宮のこの鳥居はいつ見てもはでだなあ。
まわりが冬枯れで色彩を失っているだけに、よけいに。

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呪いの人形(ひとがた)、、、じゃありませんよ。
一年の穢れをこの人形に移して、大晦日に年越しのお祓いをしてもらうべく、氏子になった岡崎神社におさめにいかなくちゃ。
ちなみに岡崎神社、狛犬の代わりに兎の人形があちこちに。
来年は卯年なので、お参りの人が多いかもしれませんねえ。

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なんてことを千本玉壽軒さんの雪餅をいただきながら。

これは(和菓子がたいがいなんでもそろう)高島屋さんで買った物ですが、生活圏内にある上菓子屋さんもリサーチ済み。
神宮道の平安殿さんに、二条川端ちかくの京華堂利保さん。
お饅やさんは京華堂近くの丸美やさん。
これで京都生活の食の彩りが充実。むふふ。


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お家の坪庭では白侘助が咲くこと、咲くこと。
次々に花を咲かせてくれます。
散らずにそのまま花はおちるので、こんなことをして遊んでみました。

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これは椿の寺、法然院のまねっこ。


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茶席にも飾れそうです。
たくさん咲くのであちこちに飾ってみたりして。


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玄関にも。
花器は小谷真三さんの倉敷ガラス。

さて、夕餉のころになりますと、この方たちがわらわらと、、、


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お行儀よくすわっているのはよいのですが、あなたたちの食べるものはアリマセン!
それにそこは私の席なんですけど。

2010年12月19日 (日)

春日若宮おん祭・3〜常世の舞〜「細男(せいのお)」を中心に

御旅所の行宮の前には五間(9m)四方の芝舞台があり、神遊はここでおこなわれる。

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巫女(春日神社ではみかんこ、とよぶ)たちの神楽で幕開けが3時半ごろ。
それから夜の10時過ぎまでとだえることなく、さまざまな芸能がくりひろげられる。
これが神への捧げもの。

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少年たちのりりしい舞、東遊(あずまあそび)

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田楽座の田楽。

そのあとがいよいよ、他に類をみない、といわれる古代からそのままの舞、「細男(せいのお)」の始まり。

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白い麻の浄衣をまとった6人の舞人が御幣を捧げる。

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そして、目から下に白い布をたらして隠す。


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左の二人は最初から最後まで笛をふく。
真ん中の二人は素手、右の二人は鼓をもつ。舞うのはこの笛遺がいの四人のみ。

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笛の音はおよそ音階という物がなく、聞き慣れない不思議な音。

踊りもまるきり単調で、ふたりずつが袖で顔をかくすように、四角を描いてゆらゆら歩くのみ。
このように背中を曲げるポーズが特徴。

鼓組が舞うときは鼓を打ち鳴らすが、ほんとうにものの本に書いてあったとおり「ポチャン、ポチャン」という頼りない音になる。

左袖、右袖、両袖でそれぞれ顔を隠して舞っておわりとなる。

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ちょうど黄昏時に始まるので、10分ほどの間に急にあたりが暗くなっていくのがわかるだろうか。
まるでこの時を選んで舞っているかのようで、よけいにこの細男の不可思議さが増幅されるような気がする。


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細男の由来として(南北朝時代の「八幡愚童記」による)以下の伝説がある。

神功皇后が朝鮮出兵に向かうとき、常陸国の海底に住む安曇磯良(あずみのいそら)に船の舵取りをさせようと使いを出したが応じない。
訳を聞くと、自分は深い海底に長い間住んでいるので顔中に牡蛎が吸い付いてしまってあまりに醜いためでられないのだ、とのこと。
そこで住吉の神が自ら拍子をとって歌い舞うと、舞楽好きの磯良はたまらなくなって醜い顔を覆い、首に鼓を掛け「細男」という舞を舞いながら海からでてきて、神功皇后の渡海を助けた、という話。

しかし細男舞の起源だけは今も多くの謎がありはっきりとしたことはわからないそうだ。
ただこの舞はおん祭でしか残っていないらしい。

まあ、そういうことは民俗学者にでもまかせるとして、あの奇妙な音楽、奇妙な舞がかもしだす、彼は誰れ時の不思議な空間をわれわれは堪能すればいい。

一度見たら忘れられない。

細男のあとはプロの能楽士による神楽、舞う姿がりりしくて、平安時代のイケメンとはこういう感じか、とおもうくらいかっこいい和舞(やまとまい)、古代朝鮮、中国大陸から伝えられた舞楽、と続く。


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舞うも演奏するも南都楽所(なんとがくそ)の皆さん。

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この鼉太鼓の音にはしびれます。
特に有名な蘭陵王(超イケメンの顔を強面の面で隠して闘った強い王様)の勇壮な舞の時なんか。

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そして夜も更け、体に寒さが応え始めるころ、夜の10時半過ぎ、又すべての燈火が消され、暗闇の中「ヲーヲー」の警蹕とともに神遊をご覧になり終えた若宮様を、本殿にお送りするため十重二十重にとりまく榊を持った白衣の神官たち。

こうして神様は春日の社へおもどりになったようです。
また来年のおでましを約束されながら。

* * *

遷幸の儀、お渡り式、御旅所式、還幸の儀を通じていつもお見かけする方がいた。
若いのに着物姿がいたについた殿方なので、つい目がとまって。
最後までおられたので、「よほど好きなんやなあ。」とつぶやいたら、友人が「『おまえもな。』って言われるよ、きっと。」
coldsweats01確かに、、、

春日若宮おん祭・2〜芸能絵巻・お渡り式

寒い深夜から一転して朝は良い天気で空も明るい。

P1080234(荒池から興福寺五重塔をのぞむ)


県庁前の奈良公園の一画ではこれから始まる時代絵巻、お渡り式にのぞみ集まる人たちで賑わう。


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お渡りとは、ここでは行宮に遷られた若宮様のもとへ芸能集団や祭礼に加わる人々が社参する行列のことをいう。


おん祭でもっとも華やかな行事。
(ちょっとしばらく携帯画像が続くので、画質はおちます。あしからず)

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一番見るのを楽しみにしている「細男(せいのお)」とよばれる舞踊を披露する細男座の幟。

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田楽座の持つ「田楽花笠」。
一刀彫りのルーツと言われる木彫り人形が並ぶ。


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田楽座は御幣も一番華やか。

12時に県庁前を出発したお渡り式に先回りして、一の鳥居へ。

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今から行われる競べ馬、流鏑馬のために参道には砂がしきつめられている。


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若宮様います行宮の朝の風景。


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行列にかかせぬ馬もすばらしくきれいでりっぱ。
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さあ、お渡り式の一行がやってきました。
これは御幣と五色の懸絹。

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かわいらしいお稚児さんもお母さん方に手をひかれて。

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南大門跡でおこなわれる「南大門交名の儀」。
祇園祭のくじ改めのようなもの。

僧兵姿はもちろん興福寺。
おん祭は春日大社のお祭でありながら、興福寺の全面バックアップでおこなわれてきた、という歴史的事実から。
このあたり、神仏混淆の多く見られる奈良らしい。

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拝殿八乙女のお一人。
藤の前簪もうるわしい、巫女さんです。


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私的に大注目の細男座。

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この白馬が実にみごと。

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「松の下式」。
ここはかつて春日明神が初めて姿を現した(=影向:ようごう)という場所で、今は切り株だけになっているがこれを「影向の松」という。
お渡りの各座はここで足を止め、芸のさわりを披露する。


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これはなんであるか?

競べ馬のスタートフラッグ。
お渡りの最中にも早速競技はスタートする。

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赤方と青方で3組競い、勝った方の色が後の舞楽の先行をつとめる。
つまり赤方=左舞(中国渡来の舞楽)、青方=右舞(朝鮮渡来の舞楽)。


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さて、御旅所にお渡りの一行が到着し、御旅所祭の始まりの前にまずするのが「埒切り」。
入り口に立てられた簡単な柵の真ん中の白い紙にご注目。

これを切って一行は中に入れるのだが、その切る役を仰せつかるのが猿楽座の長。
現在は金春座がこれをあいつとめる。

この柵をもともと「埒」と言ったそうで、「埒があかない」はここからきたそうな。納得。

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田楽座入場。

先ほどの田楽花笠と高下駄に注目。

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流鏑馬の稚児。


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お渡りのしんがりをつとめる大名行列。
かつては郡山藩、高取藩がつとめていたもの。
現在は大名行列保存会のメンバーにより、再興された。
「エーヤッコラセー」の独特のかけ声が耳に残る。


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腹にひびくような、左右の鼉太鼓(だだいこ)が打ち鳴らされる中、神官たちが若宮様にお供え=神饌を次々に献じる。


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小さくてわかりにくいが、このお供えが「染御供(そめごく)」。
お米を青黄赤白に染め分けたお供え物。

神官の祝詞の後、日使(ひのつかい:祭をはじめた関白藤原忠通の名代)が御幣を奉り祝詞をあげる。


ちなみに昨年の日使はシャープの代表取締役会長。
今年は関西電力会長が務められた由。

さあ、神遊(かみあそび)、御旅所祭のはじまりはじまり。

2010年12月18日 (土)

春日若宮おん祭・1〜幻夜行〜遷幸の儀・暁祭

<春日若宮おん祭>
春日大社の摂社である若宮の御祭神を深夜0時、本殿にお迎えに上がり、約1.5km離れた御旅所へお遷し申し上げる。(遷幸の儀)
午前1時、若宮様いまします行宮前には神を迎えた事をしめす植松が建てられ、御殿の前の瓜灯籠に火が入る。
その神前に海川山野の品々が献じられ、古式「素合の御供(すごのごく)」が奉られ祝詞、社伝神楽が奏せられる。(暁祭)

これより若宮様、本殿にお帰りになるまでの24時間、行宮前にて各種芸能が奉納される神遊(かみあそび)が行われる。

(歴史)
 長承年間には長年にわたる大雨洪水により飢饉が相次ぎ、天下に疫病が蔓延したので、時の関白藤原忠通公が万民救済の為若宮の御霊威にすがり、保延元年(1135年)現在地に大宮(本社)と同じ規模の壮麗な神殿を造営し、若宮の御神助を願い、翌年春日野に御神霊をお迎えして丁重なる祭礼を奉仕したのが、おん祭の始まり。(春日大社HPより)

P1080223(若宮をお迎えする前の御旅所、行宮=正面のお社)

今年一番の寒さ、といわれた17日深夜、体感温度はとうに氷点下の凍てつく寒さの中、春日大社の参道で若宮のおでましをお待ち申し上げる。

参道は皆燈火が消して謹慎し、灯りといえば半月を少し過ぎた月の光のみ。
それすらまぶしいと感じるほど、目は暗闇に慣れている。
参列者は写真はもちろん懐中電灯、携帯の灯りをともすこと一切を許されない。


0時を過ぎた頃、真っ暗な春日の山の上の方、若宮社あたりから神をお送りする太鼓の音がかすかに聞こえてくる。
とたんにざわついていた参道が静まりかえる。

静けさの中、山の方から「ヲーヲー」という警蹕(けいひつ)の声が近づいてくる。

多くの神官の口から発せられるそれは幾重にも音程が重なるため、不思議でかつ、この世の物ならぬ声に聞こえる。

やがて現れる地面を曳かれる2本の大松明、その燃えさしが2筋の線を引いてゆく。
清められた神の通り道ができあがる。

そのあとを沈香をたく神官、そして、、、、
暗闇のなかで、榊の枝をもった白衣の神官たちが幾重にも幾重にも神霊をお囲みして「ヲーヲー」の警蹕の声とともに目の前を通り過ぎる。

古人が「青垣山の移りゆくが如し」とたとえた如く、榊の山が動いていくような、、思わず柏手を打って頭をたれずにはいられない衝動。

不信心者の自分の中に、まだそんな古代人のDNAが密かに残っているのを感じる瞬間。

これこそがおん祭の一番のハイライトだろう。

こればかりは言葉でうまく説明できない。
厳寒の深夜だが、是非一度参列されるがいい。

祇園祭などで見られるように、神様は御旅所に行かれるときには、御輿など遷座の祭具を使うのが普通だが、このおん祭ではそういったものが一切ない。

神はまさに霊であり、見る物ではなく、感じる物、それを神官が榊の枝で取り囲むのだ。

普段フラッシュ禁止、といわれてもフラッシュをたいたり、携帯をつけたりする不届き物が一人や二人いるものだが、ここでは一人もいなかったのが見事だった。
その神秘さに、あるいは幻のような景色に、ただただ圧倒されるばかりだからだろうか。

その後を楽人たちが、お遷りの間神様をお慰めする道楽(みちがく)を奏でながら続いてゆく。


その神様の通った後の、まだ残る松明の燃えさしをたよりに暗闇の中、参列者は約1.5km離れた御旅所まで同行する。
行宮に若宮様が入られると、宮前の瓜灯籠に火がほんのり入り、御旅所の燈火が一斉につけられる。

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午前1時、ますます空気は冷え込み、足の指先が痛い。

一転して目に鮮やかな蘇芳、濃紺の装束の神官による祝詞、素合の御供(餅と蜜柑、檜葉を紅白の神を張った箱にのせたもの)などが次々と献じられる。


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みかんこ(巫女)たちの舞う神楽のあと、夜はしんしんふけてゆき、宿直(とのい)の神官を残し、暁祭は終わる。

さあ、これから本殿にお帰りになるまでの24時間、若宮様はこちらで祭を楽しまれるのだ。
我々もお相伴させていただこう。

2010年12月15日 (水)

楽吉左衛門さんの還暦記念展茶会「私の好きな光悦茶碗とともに」

楽家当代の吉左衛門さんの講演会を聞きに行ったのは今年の夏でした。

それまであまりにアヴァンギャルドな当代の楽茶碗に???な思いだったのですが、お話を聞いてすっかりファンになってしまったのです。

その時に、楽さんの還暦の記念茶会がある、とお聞きしたのですが、希望者殺到が予想され、まあ、当たるわけないと思いつつ応募してみたのです。

、、、、、そしたら当たったんです〜!!happy02(普段はくじ運悪いんですけど)
(ちなみに、仕事を休むはめになりましたが。)

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あいにくの雨でしたが、一つ紋付きでいきましたわよ〜。


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一グループ12名でまずは楽美術館内の小間にて、楽さん自身のお点前による濃茶を。

雨ゆえに、ただでさえほの暗い小間はさらに暗く、床に置かれた燭の灯りだけで、よい雰囲気でした。
お軸は圓鑑国師(春屋宗園)の臘八偈。
(12月8日に悟りを開いたといわれるお釈迦様にちなんで、臘月=12月、八=8日、12月1日〜8日まで禅宗のお寺では臘八接心という修行がおこなわれる)


楽さんは今年60と1歳。
お父上の覚入さんがなくなられた時のお年と同じだとか。
早くに師匠でもある父上をなくされて、色々ご苦労されたと思いますが、その父上の歳を越えることに、格別の思いがおありになるのでしょうね。

主茶碗は楽さんご自身の焼貫、詩銘「一棃雨(いちりう:一鋤で掘り起こしただけ雨が地面にしみている)」
これには蘇東坡の詩がつきます。
久々の雨が南山に降って、荒れ地を耕すと芹が一本、根が生きているのをみつけた。
雪の季節を越えて、いつこの芽は動き出すのだろうか

獄からだされて流人生活をおくる蘇東坡の心境、相通ずるものがあったのでしょうか。

私はこの茶碗の末客でいただくことができました。
まさに織部もびっくり!のゆがみようの茶碗で、どこから飲んだらいいのやら、ちょっととまどいました。
平らなところからだと、こぼしそうだし、角からのむのも一苦労、口作りは厚く、唇が切れそうな荒々しさ。
なかなか当代のこの手の茶碗はむつかしい。

茶入もご自身の焼貫。蓋は形成の後から切り取った共蓋。
これは写真で拝見したことあり。

ゆがみのある茶入なので、仕覆がなかなかむつかしく、友湖の次期当主の方につくってもらったものもあるそうですが、本日は沖縄の織物作家、上原美智子さんの織られた印度ムガ繭金糸布の包み帛紗にて。

この方は蚕がはきだすたった一本の糸(ふつう絹糸は何本かを縒っている)から布を織られた方で、その布は中空になげるとまるで羽毛のようにひらひらおちてくるのだとか。(もう体力的に織れない、そうです。残念ながら)
楽さんはそれに感動されて依頼されたそうです。
物を作る人、というのはどこかで心と心がつながっていくのでしょうね。
(ものつくりの才のない私にはわからない世界があるのでしょう)

お菓子は西陣・塩芳軒さんの上用。
これがまた絶品で、、、、、lovely
中の餡が白餡、、、?かと思ったら口に広がる濃厚な黒蜜の味が、、、、
こんなおいしい上用、食べたことありません。
(またまた京都の和菓子の世界にじ〜〜んと感激するのでありました)

かざらない言葉で話されるお話を、小間という狭い、親密な距離で聞くことができた、というのは貴重な体験でした。


濃茶席の後は、楽さんのお家(江戸時代の建築・国の登録文化財)の中にある六畳+二畳のお茶室、翫土軒で。
奥様のお点前による薄茶席。

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お軸は当代のお好きな、光悦の手になる日蓮道歌。

終に小乗を以て衆生を済度せず
あしのはのすがたはふねににたれども なにわのひとをえいそわたさね

中風をわずらった晩年の光悦の、少し震えた字が胸にせまります。

蘆の葉=達磨の逸話〜小乗仏教では人を救えない、という大乗仏教を唱えた日蓮の言葉。
楽家は代々日蓮宗だとか。
苦しいときには、楽さんはいつもこれを見ておられる、というお話でした。

それにちなんで床の花は枯蘆。(楽吉左衛門記念館のある滋賀の佐川美術館の館長さんが、琵琶湖畔でとってこられたもの。館長さん、このお席で半東さんされていました)
古唐津の水指も蘆文、浄清の釜も蘆鷺地紋の車軸釜。

なんといっても感激は!
光悦のお茶碗を手にとって拝見できたことです!

美術館ではいつもガラスの向こう、一度手に取ってみたいと思っていたお茶碗の一つをこの手の中にとってみることができました。(これでお茶をいただけたのはお正客さんだけですが)

実はこの光悦、どこの美術館にもまだでたことのない、初公開の茶碗だったのです。
白釉で、同じ光悦の国宝「不二山」に形は似て高台にかけてするどく削り取られ、胴は「乙御前」のようにどこかやわらかい曲線、手の中でぽってり、吸い付くような感じとでもいいましょうか。重さは重くなく、軽くなく。

ああ、こういう茶碗なんだ、、、と体で感じることができてもう感激です。

これには益田鈍翁が入手のときのいきさつを書いた添文がついています。
益田家と楽家の縁戚関係により、今は預かりの状態だとか。
当分一般公開はされないようです。
(このとき、抽選にあたってほんとによかった〜cryingとしみじみ思いました)

銘は当代がおつけになった「冠雪」。
楽さんの光悦大好き、は講演会のときにお聞きしましたものね。


替え茶碗は桃山時代の黒織部、同じく桃山時代の安南の、欠けた部分を9代了入が補ったもの、当代の(アヴァンギャルドでなくて、乙御前みたいな)かわいらしい赤楽、銘「常初花」、婚約の折、当代から奥様に贈られた物。

「これは今でも私のもので、美術館にはお貸ししているだけです。」とおっしゃる奥様。
今でも釉薬をかき混ぜるのは奥様の役目とか。
苦しい時代もいっしょに乗り越えてこられた、というゆるぎない信頼と愛情を感じる言葉でした。


お菓子は聚洸さんの銀杏餅。
甘さをおさえた薄茶の席にふさわしい誂え菓子。

奥様が語られるお話は、楽さんが当代を継がれる決心をされるまでのお話や、亡くなられた先代のお話、次代を担う後継者のお話など、450年も続く長い歴史と、これからも続くであろう未来にわたって、限りない楽家への愛情をひしひしと感じられるものでした。

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心にしみるよいお話の数々をお聞きして、雨もなんのそのの満ち足りた思いで、楽家をあとにいたしました。
この機会を与えてくれたクジの神様に深く感謝をしながら。


(この調子で、近々茶友と行く予定の佐川美術館・楽吉左衛門記念館の茶室見学も燃えそうです!)

2010年12月13日 (月)

清心庵〜金毛院〜シメは神宮道・波多野

先日はお茶会の連ちゃんという、さすが京都!、、、というすてきな体験をいたしました。

午前中は、もちや様のお社中での初めての大寄せ茶会、ということでお招きいただきました。
場所は関西セミナーハウスという、京都も北の方、修学院と曼殊院の間にある施設の「清心庵」というお茶室にて。


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まだまだ京都初心者ですので、左京区にこのような秘境(?!)があるとは知りませんでした。
車を運転していったのですが、とちゅうけもの道みたいに道が細くなったり、なんだか狸谷不動尊のほうへ迷っていったり、えらい遠回りをしてたどりつきました。(到着したときには正直、遭難せずにすんだ、、、、と思いました。)


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ごいっしょしていただいた、ぽん様
しっとりとした景色になじんでおられますでしょ。


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清心庵入り口。


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お草履は鼻緒留めで。(イニシャルはちがうんですけど、、、)


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山の中腹にありますので、眺めのよいお庭です。白い山茶花がきれい。

待合いのお軸は大根の絵。
本席は「看々臘月尽」(虚堂録)
臘月=12月、1年が尽きるが如く、命も必ず尽きる、ぼやぼや生きていてはいけない。
いよいよこの季節になったのだなあと、あらためて思います。

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先生も、お弟子さんも茶会デビューとは思えない、なごやかでよいお席でした。
もちや様のお点前が拝見できなかったのがちょっと残念。
お運びはしっかりみせていただきました。happy01
なかなかどうして、堂に入ったものでした。

お菓子は老松さんの雪餅。
ふわふわで上品で、こういうのが日常いただける、京都暮らしのありがたさが身にしみますわdelicious

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名残の紅葉の吹き寄せ。
風情がありますね。

お昼からは、そらいろつばめ様におさそいいただいて、お知り合いの、宗偏流の先生がお釜をかけられる金毛院へ。(法然院の入り口のところ。法然院の住職さんの隠居場所として建てられたとか)


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こちら法然院ちかくの哲学の道。
養生のため、一部閉鎖になっています。

学生の時、この近くに2年ちょっと住んでいました。

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金毛院。
こちらではいろんな流派の先生方が月釜をかけておられて、臨時参加もできるのです。

遠州流、石州流と拝見したことがありますが、宗偏流ははじめて。


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お席は四畳半、土壁は錆が出て良い感じ。
本日のテーマは「討ち入り」ですので、夜咄の感じで手燭、石菖の鉢がでています。

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年の暮れゆえ、風炉先:伊勢暦。
軸:大石内藏助良雄の歌切。「うらみとは、、、(以下失念!)」
花入:桂籠(吉良上野介の偽首とした、とされる)
薄器:老松(蓋裏に老松の蒔絵有り。ご存じ「松の廊下」から)
建水:槍の鞘   釜:矢筈  (いずれも討ち入りの時の武器)
主茶碗:高麗茶碗 塩笥 銘「不識(達磨の言葉)」(塩は赤穂の名産)

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いや、討ち入りをテーマにこれだけのお道具がすっとでるあたりがすごいです。
宗偏流のお点前は、帛紗さばきはもちろんのこと、茶巾のたたみ方、茶筅通しのしかたも少しずつちがうんですねえ。


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流祖・山田宗偏は宗旦の弟子で、討ち入りのため、吉良邸の茶会の日を赤穂浪士に教えたことでも有名なので、この日の討ち入りのテーマもむべなるかな、です。


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帰りは哲学の道にそって歩いて。
観光シーズンは一段落したので、人もまばら、そして名残の紅葉が美しい。

本日の私の着物のテーマは「雪」でございます。

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ぼた雪のなかに雪輪がかくれている小紋と、東本願寺北・染工房 遊さんに染めていただいた雪華紋名古屋帯で。


さて、シメは夜、近所の神宮道・波多野さんで懐石を。


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こちらはちりめん山椒のお店のお二階にあって、全然気がつかなかったのですが、ときどき遠つ国からコメントをくださるKiremimi様お勧めのお店。

お昼も夜も松花堂がいただけるのですが、この日は懐石を。

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その中の一品、蕪蒸し。

おいしくいただきました。
歩いて行って帰れる距離にこのようなお店があるなんて、しあわせlovely

今日はいろんな方と、楽しくすごさせていただいた良き日でありました。

もちや様、ぽん様、そらいろつばめ様、宗偏流の先生、お隣に座られた漆師様、波多野さん、その他の方々、
ありがとうございました。


2010年12月11日 (土)

倉敷ガラス〜小谷真三展

85歳のシルバードライバーの運転で高速道路を走るのは、ある意味スリル満点ですぞ〜。coldsweats01

、、、というわけで父の運転で出かけた先は倉敷であります。

目指した場所は倉敷の旧街道筋にちかい融民芸店

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今年夏にでかけて、ああ、こんなところに民藝のお店が、、、と思って入ったところです。
ここで小谷栄次さんのガラスのコップを手に入れたのですが、12月にこちらでお父さんの方の倉敷ガラスの第一人者、小谷真三さんの展示会がある、という情報をいただいたのは好日居さんから。


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好日居さんでは小谷さんのグラスでお水がいただけます。
あ、このグラス家にもいくつかある、、、ということでお名前を知ったのが小谷真三さん。

その小谷さんと父が旧年来の知己であるという、不思議なご縁で、以来少しずつ集めているのです。

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店のなかはなんといっぱいのお客さんが。
小谷さんの作品はやはり人気があるのですねえ。


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小谷さんはもともと装飾用ガラス製品を作っておられたそうですが、昭和30年代、倉敷民芸館の当時の館長さんから、生活の実用になる物を作れ、といわれてグラス類を作り始められたそうです。

最初は少しゆがんだような作品に、「わざとヘタに作っている。」とダメだしが何回もあったそうですが、何度作っても同じような作品にしかならないので、館長さんも「これがあんたの作品じゃな。」と納得されたそう。
(ちなみに「倉敷ガラス」の命名はこの館長さん)

小谷さんのグラスはほんとうに、端整、とはほど遠く、どこかゆがんだりかしいだりしているのですが、そのとぼけた味がなんともいえず暖かいのです。わざとだそうとしてだせるもんじゃありません。

初日でしたので、小谷さん自身も来られていました。


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いろいろなお話をききました。
なつかしい、やわらかな岡山弁で。お話しし出すととても楽しい気分になれるのです。
ほんとに作品そのままのお人柄なんですね。
ちょっととぼけたところもcoldsweats01

最後にちょっとお聞きしたかったことを。
柳宗悦先生にお会いになったことはありますか?

彼が亡くなったのは昭和36年、小谷さんが作品を作り始めたのが39年なので、残念ながら面識はなかったそうです。
(息子さんの柳宗理さんとは畑違いながら仲良しとか)

作品は見ている間に次々と売れていって、おいとまする頃にはあんなにたくさんあったのに、すっかり閑散とするほど減ってしまっていました。やはり人気!

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わが家へもってかえった小谷さんのガラス。
(ちなみに実家からぱくってきたものもありcoldsweats01

素朴であること、丈夫であること、健康な作品であること。
実用品でありながら美しい、、、それが民藝の精神。
コレクションするだけでなく、どんどん使おう、と思っています。

どれどれ。

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いや、あんたは使わなくていいって。


2010年12月 7日 (火)

非時香菓・大和橘色づくころ〜秦家住宅

ご近所の好日居さんのところで、こんなすてきな催しを知りました。

秦家住宅で笙を聴く〜非時香菓(ときじくのかくのこのみ)大和橘の色づくころ」

秦家といえば祇園祭では太子山のでる油小路仏光寺の大きな京町家。
いままでも京都和菓子の会で2回ほどお邪魔したことがあります。(→

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でもこんなに暗くなってからお邪魔するのははじめて。

私の町家への憧れの原点は、夕暮れ時に玄関にぼ〜っとともる門灯の景色なのですが、その町家の、夜の本来の「暗さ」を味わえるのは初めてのこと。

(なので今日の写真は全部暗いです。時々何が写っているのかわからないのもありますが、苦情はうけつけませんcatface


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非時香菓は田道間守(たじまのかみ)が常世の国から不老不死の力を持つ霊薬として持ち帰った、、、という神話で有名です。
これは大和橘の実とされています。
なので、今日のこの会は、秦家のあちこちに橘の実がしつらえられています。

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秦さんのお家は大きな薬問屋さんでしたので、表にはミセの間、奥の座敷には苔の緑もすばらしいお庭、そして離れがあります。今日の笙の演奏は曲目毎に聴く場所を変えて、自由に楽しむ、というコンセプト。

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まずはミセの間で待機。
大きな火鉢がなつかしいです。


笙の演奏は田島和枝さん
天平時代の麗人もかくや、と思われるお衣装で。

あ、もしかして、田島さんと田道間守をかけて、非時香菓?と思ったりして。

笙の演奏は何年か前、東儀秀樹さんの演奏会で聴いたことがありますが、こんなに間近で聴くのは初めての体験です。
西洋楽器に慣れた耳にはとても不思議な音色に聞こえます。
目をつぶってみると、パイプオルガンに似ています。
あとできいたところでは音を出す原理が同じだそうで、むべなるかな、です。

笙は呼気、吸気、どちらでも音が出せるので音が途切れずに出せ、その分結露しやすいため、手あぶりで温めながら演奏する、、、というのは東儀さんの時に聴きました。
今では電気で温める機械もあるのですね。

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次ぎに奥座敷にて。
灯りはロウソクだけですので、庭は闇に沈んで見ることができませんが、以前の記憶をたよりに心の目で見ることができるような気がします。

今の生活でこれほどの暗さを味わうことができる機会は稀です。
ゆらゆらとゆれる灯心、奏者の影、聴衆の影、そして天空の音と称される笙の音色。
非日常で実に魅力的な空間でした。

(ちなみにこの会は、朝の部、昼の部もありました。でも夜の部に来て正解だと思いました。あら、他の回に来られたみなさま、ごめんあそばせcoldsweats01

笙の他にも、笙の倍の長さを持つ、正倉院復元楽器である竿(う)の演奏もされました。
これは笙より低音で、私はこちらの方の音色が好きかもしれない。
体の奥に響くような波長音で。

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ティーブレイクは好日居さんがいれてくださる岩茶(中国武夷山でとれる最高級の中国茶)・白牡丹。
また、その煎れる中国茶独特の所作が美しいのです。
小さい杯でいただいたあとは、その杯に残る茶の香りを楽しむのが流儀。
さわやかで胸がすっきりします。


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これが中国茶の点茶盤。

そのあと、秦家のご当主、めぐみさんが作られた蜜柑餅をいただく。
めぐみさんはこの家でお料理教室もされておられる腕前、さすがです。
ほんのり蜜柑の香りのする柔らかいお餅で、上に仏手柑の砂糖漬けが。おいしい、、、lovely
(暗すぎで、写真に全然写ってませんでした、、、、残念)


最後の一曲は田島さんが秦家の(すばらしい)お庭に出て、聴衆はそれぞれ離れや縁側、好きなところで聴く、というスタイル。
笙の音色が夜空に、ひいては天空にのぼっていくイメージが、ロウソクの頼りない灯りの効果とともに、とても幻想的なシーンをつくってくれました。
ブラヴォー!

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鳳凰が羽根を休めている姿を写したという、笙。
その造形も美しい。
ちなみにこれは制作に20年を要したという、京都在住の當野泰伸氏が制作された、世界にたった一つしかない象牙の笙です。
(これも演奏してみせていただきました)


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天平時代の装いを模した衣装をお召しの田島さん。
すてきですね。

三々五々、田島さんや好日居さん、秦めぐみさん、象牙の笙の作者の當野さんにお話を聞きながら、散会。

ほんとうにすてきな夜になりました。
ありがとうございました。

2010年12月 6日 (月)

大山崎山荘美術館〜民藝誕生

木津川、桂川、宇治川を望み、歴史的にも有名な天王山にある、大山崎山荘(正式にはアサヒビール大山崎山荘)、一度行きたいと思いながら、ちょっと京都市内から離れていることもあって、足がむかなかったのですが、nnya様のブログで圧倒される紅葉の写真を拝見し、しかも企画展が「民藝誕生」ということになれば、これは行かなくてどおする!


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JR山崎の駅をおりて、この坂を見たとき、ありゃ〜、、、と思いましたが(待てば無料送迎バスもあります)、結果として、こんな坂、全く問題にならないくらいすばらしかった!

1)大山崎山荘の建物自体がすばらしい。
2)市内ではもうピークをこえた紅葉が、ここでは今が盛り、その数も山全体なので圧巻。
3)民藝の初期のコレクション、特に李朝白磁・鉄絵,辰砂絵陶器がすばらしい。

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駅から坂道を登って約10分、山荘までの長い道のりは山全体がすばらしい紅葉で、どこをきりとっても圧倒的な美しさです。


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なぜこんな時に一眼レフをもってこなかったの!と悔やまれます。
コンデジではこの美しさがどうやっても再現できない、、、


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圧倒的に紅葉する木が多いのですが、他の季節はどうなのでしょう。
もう落葉しているはずなので、桜の樹は同定できませんでしたが。


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地面の黄金色は落葉した銀杏のです。
こんな景色を相手にシャッターを切っていたら、上り坂なんてことはすっかり忘却の彼方。


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昼下がりなのに、早くもかたむきかけた冬至間近の太陽光が、さらに美しさをきわだたせて、なんだか崇高なものを見たような気にさせてくれます。

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楓ばかりではなく、玄関前のドウダンツツジの大株もまたあっぱれ、お見事!

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昭和初期に証券会社を設立した財閥、加賀正太郎が、滞在したイングランドのチューダー様式に憧れ、自ら図面を引き建てた山荘。

内部もまた欅かオークの重厚な装飾で、建物自体が芸術作品です。(登録有形文化財)


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あのころの財閥はどうしてこう、お金だけでなく、教養・審美眼・美を実現する強い意志、を皆持ち合わせていたのでしょうね。(今のお金持ちはなんだかスケールが小さいな、、、、)

彼の死後、加賀家の手をはなれた山荘は荒廃し、山に開発の波が押し寄せたとき、この景観を愛する山崎町住民の景観保全運動は京都府もまきこみ、この周辺の土地買い上げに成功したそうです。
さらに山荘はアサヒビール株式会社が管理することに。

これに関しては、浅からぬ因縁が。

加賀正太郎はニッカウヰスキー会社設立にも関わっていて、その後ニッカはアサヒビールの子会社になり、しかもそのアサヒの初代社長・山本為三郎と加賀正太郎は親交があったのです。
おさまるべくしておさまった感じですね。
この山荘にとってほんとうに幸運でした。

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そして民藝と大山崎山荘の関係といえば、その山本爲三郎社長が民藝運動の支援者で、多くの民藝コレクションをもっていた、ということです。

今回の展示はそのコレクションの一部なのです。
これには民藝を展示する空間まで民藝芸術にしようと、柳宗悦らが実験した「三国荘」の話もあるのですが、それはまた他の文献(?)をご参考されるか、直接ここへおいでくださいませcoldsweats01

展示された品々は日本、朝鮮、中国、西欧の日々の生活に使われていた物たち。
その日常雑器にやどる「美」を見いだした民藝の人々の経験をなぞるように向き合ってみる。

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そのなかでも自分自身でいいな、好きだな、と思うのはやはり李朝の陶器。

李朝陶磁が展示された部屋にはあの浅川伯教・巧兄弟の写真が飾られ、また会えましたね、と挨拶。
この山本コレクションの李朝物はほとんど浅川兄弟が朝鮮で蒐集し、民藝の支援者であった山本氏に帰国のたびにお礼にさしあげたものなのだそう。


一番どきどきしたのは李朝の染付漢江図瓶。

やや大ぶりの八角形の膨らみをもつ瓶子でお酒でもいれたのでしょうか。
地色の白のなんというあたたかみ。
釉薬を掛けそびれたり、いわゆる虫食いになっている部分もいとおしいような。
手にとってさわってみたいなあ。

青の染め付けの模様は、小雨のふる朧月の漢江にうかぶ孤舟。
筆致はむしろ稚拙な感じなんですけれど、このおおらかさがいいのです。
李朝の家具なども、指物としてはむしろいい加減な感じがとてもあたたかくていいですものね。

ふう〜、、、、confident

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山荘の2階はカフェになっていて、テラスはご覧のような眺め。
木津川、桂川、宇治川。(同定できずcoldsweats01

こちらではアサヒビールはもちろん、大阪リーガロイヤルホテルから毎日運んでくるというスイーツもいただけます。


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コネクトしているのは、1996年に完成した安藤忠雄の美術館新館。
こちらは景観に配慮して、半地下に作られ、山本コレクションのモネの睡蓮数点をはじめヴラマンク、ボナールの絵画を展示。

まさかクラシックな山荘にこんな新館があって、上手にとけこませているなんて思いませんでしたわ。

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一度来たら、もう2回目以降は気軽に行けそうです。JR京都から各停で15分くらいですし。
こちらでは色々なイベントもよくおこなわれていて、お気に入りの好日居さんがらみの中国茶会も開かれているようですので、今度は是非参加しなくちゃ。
あ〜、いそがしい、、、、

2010年12月 3日 (金)

大阪/湯木美術館〜京都/北村美術館

昨日の雨と、今日の突風で町の景色が一気に変わりました。

ここのところ毎朝、きれいな紅葉でよそにでかけなくても楽しませてくれた楓が一晩で丸裸です。

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これはごく一部。
落ち葉が層をなしてがさっと降り積もり、そ、、、掃除があ〜〜〜crying

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季節はそろそろ冬支度。
坪庭の白い侘助が咲きました。

大きな美術館はともかく、プチ・ミュージアムは冬期休館するところが多く、まもなくお休みにはいるので、急いで廻っています。いずれもお茶に関する展示の美術館。

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まずは大阪本町、湯木美術館
くどいようですが、吉兆創始者、湯木貞一氏のコレクション。

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今季のテーマは「上方豪商の茶道具」。

上方の豪商、すなわち鴻池をはじめ加島屋、米屋殿村、千草屋平瀬、住友、京店持ちの三井も。
彼らの職種は両替商、蔵元、掛け屋、呉服商などさまざま。

もちろん経済力のバックあってのものながら、いいものを持ってたんですねえ、、、、。

この美術館が好きなのは、(とてもすいているのもさることながら)、ガラスケースの前にちょっとしたテーブルのような木の板がわたしてあり、展示を見ながらメモをとれるところです。

大井戸の「対馬」、さすが大井戸の正統派。

利休の「白餅の文」(白餅をもらったお礼を藪内剣仲に書いた物。古織の名もみえる)
そういえば最近「松茸の文」も見たよな。よくもらいものしてたのねぇ。

茶杓、仙叟「明暦々」。後に表千家6代覚々斎が対になるように作り添えた「露堂々」。
(禅語で、真理はあらゆるところで明らかに目の前にあると言う意味)

なんといってもインパクトがあったのが金森宗和作の赤平茶碗。

なんというか、つややかな赤、紅。
しかも形はゆがみ、一見灰皿のよう。
口造りは一部は分厚く、ここから飲んだらお茶をこぼしそう。
なんでこんな異形な茶碗をつくったのかしら。
姫宗和といわれ仁清に代表されるようなきれいさびが売りなのに。
なのでよけいに心にひっかかる。
これに緑のお茶をいれたら、、、う〜〜ん、ちょっとえぐいかも、、、

これを持っておられたのが、京橋の藤田美術館の藤田伝三郎さんだったのですねえ。

お次は京都、河原町今出川の北村美術館


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林業をいとなんでいた実業家、北村謹次郎のコレクション。
かれもまた茶道の深みにはまった財閥のひとり。

ここの展示はお茶事仕立てです。
寄付から始まって、待合、炭、懐石、(濃茶:今回はなし)、薄茶の道具組の展示になっています。
今季のテーマは「秋侘ぶ」。
なので、秋という、物が侘びていく季節をおしむ取り合わせになっています。
道具組の仕方の参考に。
(といってもこんなにいい道具、たくさん持ってませんから、本当は参考にしようがないのですが、、、)

目玉は石山切二枚継、貫之集下断簡、西本願寺伝来。
こういうのは野中の清水様の御領域ですが、例によって全然読み取れない私ですら、美しい、と感じました。
字ははっきりは見えないのですが、料紙の美しさは今までみたなかで一番かもしれません。
こんなのが茶席にかかっていたら、しばらく前をうごけませんよねえ。
 

 わびびとは としにしられぬ 秋なれや
  わがそでにのみ しぐれふるらん
 (部分)

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隣接する四君子苑は秋と春の短期間のみ公開。
今年の秋は無理でしたが、来春の公開にはなんとしても行きたいものです。

さて、ここにきたときはいつも、こちらへ。

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李朝カフェとでもよびたい李青さん。

李朝時代の調度や陶器でしつらえられた空間はとてもすてきなんです。
なにしろ女将さんが高麗美術館の館長さんの娘さんなんですから。


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韓国の餅鍋といったかんじのトックをいただく。
ほんとうは本棚にたくさんある、李朝の美術関係の本をゆっくり読みたかったのですが、ちょっとにぎやかなお客さんがおられたので、早々に退散。
でもいつもは静かでとてもおちつくんですよ。
高麗美術館のパンフレットなどおいてあったので、またあそこへも行かなくちゃ、、と思うのでした。

家に帰りつくと、、

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「おかえり〜」


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シメは今日のお茶趣を忘れぬうちに、一服自服。
ご近所の平安殿さんの上生菓子(銘「寒菊」)をいただきながら。

2010年12月 2日 (木)

across the 都大路 along the 二条 street

着物のメンテナンスのご相談でJR二条駅近くの凡蔵さんへ行きました。

バス?地下鉄?とも思ったのですが、天気も良かったので、わが愛車(電動アシスト自転車)で。

二条通りをひたすら西へ。
ほとんど高低差はないのでラクチ〜ン。
観光客でごったがえす東大路を越えれば、すいすいです。

そしていままで、観光客だった時代におじゃましたお店やカフェが、二条通りに沿ってたくさん点在しているのに気付きました。
なので、西から東へ、帰路でそのひとつひとつをチェックしてみました。


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まずはJR二条駅をあとにします。
二条駅とはいうものの、実はこの駅、御池通のドンつきになります。
なぜなら二条通りは二条城でブロックされるので。

そこで二条城までは御池通りを東進します。

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これはその御池通。
あの広い御池が堀川からこんなにせまい道路になるって、ご存じでした?

二条城の南には神泉苑

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弘法大師が善女龍王を勧請して雨乞いをしたり、祇園祭の山鉾の原型となった御霊会がおこなわれたところ。
私的には、岡野玲子さんの「陰陽師」の雨乞い対決を思い出しちゃうな〜。


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風水や陰陽道で、この場所は「水」に関係が深く、神泉苑は龍の水飲み場であった、という伝説も。
前を通る「御池通」が、ここの池からきているなんて、しらんかったなあ。

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紅葉も美しく、、、

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その年の恵方に向きを変えることのできる有名な恵方社。
歳徳神をお祀り。


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さて、二条城の前から東へ、ふたたび二条通りにもどります。


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上菓子屋さんの二条若狭屋
有名な焼き芋をつかった薯蕷、「家喜芋(やきいも)」の看板がでてますね。
「やき栗」もおいしそうです。

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白生地屋さんの三浦清さん
以前こちらで塩瀬の白生地を買って、名古屋帯を染めてもらいました。
悉皆もされているようですよ。

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こちらも上菓子屋さん、二条駿河屋
松露が有名。お干菓子なのに、とても上品な甘さでおいしい。


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こちらお茶をされている方なら、だれでもご存じ、干菓子の亀屋伊織さん。
店頭販売はなく、すべて予約のみです。お茶会に使われる干菓子の注文生産のようです。
以前、干菓子を入れる、桐の箪笥のみ、みせてもらったことがあります。
年季はいっていました。こういうお店があるのが京都なんですねえ、やっぱり。

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すてきな銀器のアンティークショップ・モモさんです。
京都大骨董市にも出店しておられます。
そこでお茶に使える道具を購入。(いまだ出番はありませんが、、、)
銀製スプーンも手に入れました。


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二条通りは大阪で言えば、道修町でしょうか。
薬関係の問屋さん、小売り屋さんが集まっています。
そのただ中にある、薬祖神社。
たしか御祀神が、神農さん、少彦名命、ヒポクラテスと和洋折衷だったっけ。


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以前からとても気になっている「吉田商店」さん。
これも薬品関係のお店のようですが、開いているときに通りかかったことがないのです。
一度探索してみたいのですけれど。

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IREMONYAさん。
愉快な顔付きにみえる入れ物がユニーク。
この入れもん、いろんなシーンで良く見かけます。


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Cafe Bibliotic Hello!
大きなバナナの木が目印。
ビブリオティックはラテン系の言葉では「図書館」。(ちなみにリブラリアは本屋さん)
文字通り、壁面いっぱいの本棚には主にアート関係の本がびっしり!
本を読みながら、コーヒーをいただけます。おちつけます。
けっこう人気で、以前行ったときは待たないと席があきませんでした。


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そして、お気に入りだったのに、いきなり更地になってしまった、大きな町家のアンティークショップ、丁字屋さんのあったところ。(丁字屋さんは今は寺町でお店を再開されています。)
あの町家はかつては檜書房という本屋さんだったとききますが、蔵もあって、すてきな町家だったんですが、もったいないことをしました。
あれから数年たってもまだ更地のまま、、というのはなんなんでしょう?


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老舗茶舗、柳桜園。
どちらかというと表さんのお好みとか。
かりがね焙じ茶が有名だそうですが、私はここで京番茶を買ったことがあります。
初めて買う、と言ったら、親切に入れ方を教えてくれました。
けっこう大きい紙袋に入っていて、それで630円はお買い得な気分にさせてくれたものです。
ちょっと焦げ臭い京番茶、たしか飲みきりました。


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寺町、河原町を越えて二条大橋。
ここまで帰ってきたらあとはもう私のテリトリーですわ。

行って帰って1時間でしたが、なんだか楽しい町巡り。
いままで独立した点だったスポットが、二条通りの線の上にきれいに並んで、より立体的に位置関係が把握できました。
こうして頭の中に、My京都の地図を作る作業、楽しみながらぼちぼち続けよう、と思っています。