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2010年7月12日 (月)

「ええもんひとつ〜とびきり屋見立て帖」山本兼一・著

「利休にたずねよ」で直木賞をとらはった山本兼一さんの新刊です。

実は山本一力さんの本だとばかり思って中も見ずに買ってみて、「あれ〜?一力さん、京ことば上手に使わはるな〜。」と。

あはは、、、兼一さんの方でした。京ことばがお上手もなんも、京生まれの京育ちのおひとやんか!

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舞台は幕末の京の町、三条木屋町に「とびきり屋」という骨董屋をかまえる若夫婦、真之介とゆずを巡る物語。

骨董屋さんの仕入れや、商売の仕方など、裏側をのぞけるのも楽しみだし、ストーリー自体もほのぼのとして面白いのですが、私が一番楽しんだのは、京都の地名がたくさんでてくることなんです。

もちろん、幕末のころの京都と今の京都は違うことも多いとは思いますが、少なくとも通りの名前や、100年以上の歴史を持つ老舗やらはかわらないわけで、地名を聞いただけで、ああ、あの辺や、、と頭にうかべてはニヤニヤしてしまいます。


(こんなに変わらない町って他にあるでしょうか?)

しょっぱなから下御霊神社が出てきて、ああ、寺町のあそこやな、、、と。

ゆずの実家が新門前の格式のある大きな骨董屋、とくれば新門前、古門前の骨董屋ストリートを思い浮かべますし。

三条通りの富小路あたりの名代の扇屋、、、とくれば、ははあ、、宮○売扇庵だな。

山本氏の茶道や香道への造詣の深さも生かされていて、作中にでてくる骨董品には、聞香炉や茶壺など、茶道・香道の道具も多く、道具の見分け方の参考になるようなことも書かれていて、勉強になります。

登場人物も魅力的な主人公(とくにゆずさん、すてきどっせlovely)だけでなく、坂本龍馬や桂小五郎、その奥さんの幾松さん、新撰組の芹沢鴨まででてきはるのえ。(なんだか自然に不自然な京ことばになっちゃうな〜coldsweats01

そして規模としては小さいながら、おなごし(女子衆)さん、丁稚さんを何人か、かかえる京の商家のくらしが垣間見えて、そして町家のたたずまいまでが目に浮かぶようでした。

「何十年、何百年とつづく京の古い店は、どの家も、じぶんたちの商売をかたくなに守り通している。それは、人と人のつながりがあってこそ成り立つ。仕入れ先と店。店と客。長年にわたって培われた信頼関係があればこそ、商売がうまくまわっている。」

京の老舗の極意ですなあ。

願うらくは、こういう矜持をもったお商売の仕方が、この先もずっと王道であり続けますように。

この「とびきり屋見立て帖」は多分シリーズ化されると思うので、続きが楽しみです。
この仲良しの夫婦、実は駆け落ち同然、その夫婦の物語の今後もみのがせませんわ。


   *     *     *

「ええもんひとつ〜とびきり屋見立て帖」

  山本兼一・著   文芸春秋社

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コメント

おもしろそうな本ですね。図書館にリクウェストしないといけませんねえ。
マンション暮らしのうちは家に本はなかなか置けません。
ところで昨日 苦楽園口から歩いて10分くらいのところに 山本邸というところに行きました。
西宮市の所有です。立派なお屋敷と茶室 この茶室は不昧流の茶室だそうです。不昧流の点前ってまだ見たことがありません。武家ですので 袱紗は右につけるのでしょうかねえ。

京都を舞台にした小説というのは、地名だけでも、グイグイ読まされてしまいますね。森見さんの小説もそうですし、京都○○殺人事件、といったミステリーもそうです。
京都の地名というのは、それだけ詩情や歴史上の連想を誘う力があるということでしょうか。
京都に通いはじめた頃、新幹線の中でズッと、京都の地図を「読んで」 いたことがありますが、全然飽きませんでしやよhappy01

ひいらぎ様

しらべましたら、山本清記念財団ででていました。毎年夙川のお花見で歩くほん近くにあったのですねえ。あのあたり、外からみるだけでもため息ものの豪邸が続きますから。
書道や短歌、裏千家の茶道教室などもひらかれているようですね。あんなお茶室がお稽古に使えるなんてうらやましいです。

S&Y様

私もよく手持ち無沙汰な時、ネットでヤフーやグーグルの京都市の地図を「読んで」いますよ。拡大すると店舗の名前まででてくるので、ああ、ここしってるしってる、ここは気づかなかったな、今度行ってみよう、、、、などあれこれ。
地名で景色が浮かんでくる場所を見つけるのはわくわくするし、ほんまに楽しいですよね!

しぇる様
山本清記念財団でのお茶の稽古は広間だそうです。キャンセル待ちで初心者向けだそうです。
以前の先生はいい道具を普段にお使いだったとか。

しぇる様のお通いになっておられる先生はいろいろなことをされて羨ましいです。なかなかあのようにやっていただける先生はおりません。
私達は仕方がないので友達と勉強会と称してお茶をしたりしています。
実家の父のことで6月はお茶どころではなく これからもそうそう予定が入れられません。いつお呼びがかかるかというところです。キャンセルが出来るものしか入れられません。ふう~!
今日は久しぶりにお茶です。

ひいらぎ様

お父上の介護、さぞたいへんなことだろうとお察しいたします。
うちも今はまだ元気にしてくれていますが、いつなんどき同じようなシチュエーションになるかわかりません。

お茶の先生にはいろいろしていただいて感謝しております。
私が完璧な弟子でないのと同じく、完璧な先生というのはそうそうおられないでしょう。
受け身で教わるだけでなく、口幅ったいですが、先生の足りないところは自分で勉強して補おう、と勉強してきたことが、お茶に対する気持ちをより強くしてくれたような気がします。

しぇる様
教わる方がすぐに忘れますのに 先生に完璧を求めるのは無理ですねえ。亡き母がやはり 「どの先生も得意不得意があるので そのつもりで。」と 言っていました。
昨日は京都で花月でした。
茶箱付き 雪月花 炭付 でした。
私は途中からでしたから 全部は参加できませんでしたが
とても勉強になりました。
また久しぶりのお茶でしたので 緊張しました。

ひいらぎ様

岡本浩一先生の「茶道を深める」の中の一番好きな文章です。

「古来、茶湯を心の友、心の支えとして、自分の持ち場で「生」を生き抜いた人は多い。それが私たち、市井の茶湯者につながる系譜であろう。」

苦労の多い実生活の中で、茶道を心の支えとして、、、いければいいですね。

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