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2010年7月

2010年7月30日 (金)

御所籠〜色紙点前

今日は月に一度の大先生のところの花月のお稽古に参りました。

ただ、この日、ある方のお姿がありませんでした。

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つい2ヶ月前、いっしょにお稽古させていただきました。
お元気そうで、来年掛けることになったお茶会の話をされておられました。

一ヶ月前、「病院へいったあと、お稽古に行く予定でしたが長引いていけません。」というお電話がありました。

そして今日までの間に亡くなってしまわれました。
見つかったときは、もう手の施しようのない手遅れのご病気だったそうです。

お若いとはいえないお年でしたが、それでもまだ早すぎるお別れでした。

昨年は京都で掛けられたお茶会に初めて行かせていただき、良いお席だなあ、、、と感動したのに。
ついこの前まで、お元気でいっしょにお稽古させていただいたのに。

長患いでなかったことは、ご本人にも、ご家族にもある意味よかったかもしれませんが、あまりに突然で言葉を失いました。

この歳になると、いろいろ訃報に接する機会もそれなりに増えてくるのですが、この方とのお別れほど衝撃を受けたものはありません。

まだまだ自分には時間があると、やりたいこと、したいことを先送りしていては間に合わないこともあるのですね。

  それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。、、、、、われや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしづくすゑの露よりもしげしといへり。されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。、、、、、、、あはれといふもなかなかおろかなり。されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり。    「白骨の御文」(蓮如上人)

ご冥福をお祈りいたします。


さて、今日は御所籠のお点前を自己学習。


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この御所籠は数年前に手に入れたのですが、今日までずっとしまいっぱなしでした。
いつものお稽古では、茶箱は毎年卯の花、花、雪、月で力尽きて、御所籠まで全然だれもたどりつけないのです。

このままではイケナイ、と一念発起。


自己学習の参考になるのはこの本です。


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カラー写真がとてもきれいで、名物茶箱の紹介などもあっておすすめですよ。


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普通の茶箱と違って付属物がたくさんついてきます。

茶巾箱とその仕覆、茶碗2個を包む大津袋、茶碗2個の間にはさむへだて(放射性廃棄物のマークみたいな布)、棗の仕覆はもとより、振出(金平糖などいれる:右上の端にみえてる瓢箪型のもの)の仕覆(網、長緒)まであるのです。

御所籠は、圓能斎が愛用した御所で用いる御用籠を、その息子淡々斎が父亡き後に御所籠と称して作り、考案した点前だそうです。


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点前道具をひろげるとこんな感じに。
とりどりの古帛紗が色紙のように散らばっていることから、色紙点前とも。

ちなみに真ん中の茶碗がのっている古帛紗は本来他の物と同じサイズの紫塩瀬地なのですが、どういうわけか、このセット、それだけが欠けていたのです。
なので代用。

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ちなみに籠の内側はこのような利休梅緞子が張られていて、なかなかきれいです。

あくまで自宅での、所作のみのお稽古ですので、実際お茶はたてていません。

なので、学習した後はキッチンの片隅で別のお茶碗にたてて一服いただきました。

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お茶碗は昨年、五条坂陶器祭で(値切ってcoldsweats01)手に入れた夕顔の平茶碗。
夕顔の意匠が気に入っています。

そういえばあれは六道参りのあとでしたね。
今年は、あの方も槇の枝をつたってご家族の元にかえられるでしょうか。

今日は抹香臭い話ばかりですみません。
まあ、お盆もちかいことですし、お許しください。

お菓子は上賀茂、霜月さん。

ごちそうさまでした。

2010年7月27日 (火)

油照りの京都町歩き

「京都の朝はイノダコーヒから」

って、いつごろから言われているのでしょう。

昔はイノダコーヒの名前すら私は知らんかった。
単に無知なだけだったのか?

というわけで、その言葉にのせられて堺町のイノダ本店に、有名なモーニングをいただきに。

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なにせ昨夜は遅くまで還幸祭を見ていましたので、最初からお泊まりの予定で。

住むようになったら、まあわざわざモーニング食べには行かんよなあ、、、今のうちに、、、ということで。


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メニューは、「京の朝食」1200円がスタンダードらしいが、ちょっと昨夜の中華がお腹に残っていたので、夏の限定メニュー、京夏野菜モーニングを。

(ホテルでもらった)京都新聞なぞ隅から隅まで読みながらいただく。
(う〜〜ん、通っぽい?)


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席は2階でしたの〜。はじめて。

ゆっくり目の朝ご飯のあとは今出川まで北上してこちらへ。


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烏丸今出川上ルの俵屋吉富さんプロデュースの京菓子資料館

実はおつかい物の干菓子をもとめに俵屋さんの烏丸店に行ったのですが、ばら売りの干菓子がなくて(小川店にはあるのです)、でもせっかくここまで来たし、、ということで。

「婚礼菓子」という企画展中。

見事な糖芸菓子の数々をみせていただきました。
そういえば、最近では結婚式の引き出物、といえば洋菓子が多いですね。
かつては紅白饅頭をはじめ、鶴亀の打ち菓子などよくみたものですが。

京都ですら、ご多分にもれず、和菓子の引き出物率は低いそうです。
私なんか、洋菓子より饅頭の方がもらってうれしいですけどねえ。


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付属の坪庭のこの蹲居は水琴窟になっています。
ただ、びっくりしたのはこの苔!

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普通は杉苔かなんかだろ〜?と思うのですが、どう見ても、扁平なゼニゴケにしかみえない。
ゼニゴケは普通「悪い苔」といわれるやっかいものなんですが、ここまでびっしり生えてると、それなりにきれい。
わざわざこの苔にしたのでしょうか?謎です。


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そこから少し北上して西にいったところに「和室deお稽古」を主催されているbe-京都さんへ。

ここもすごく大きな町家なんですよ。
その座敷などを利用して、日舞や鼓、活け花などの講座がひらかれているようです。


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夢風庵様が「Postcard Collection X 涼を感じる小物展」に出品してはるので、それを拝見に。

なんといっても町家の造りがいいなあ、、、と思いつつ広い座敷の方をちらっと見ると、、、
あら〜makiちゃんが!

整理収納アドバイザーの講師で講義されてる真っ最中でした。

やっぱり京都はどこぞで知人に出会いますね。coldsweats01

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夢風庵様コーナーでこちらをもとめました。
ガラスのペンダント。

涼しげでしょ?
金属アレルギーの私にはこういうタイプのネックレスが、直に肌につける夏にはありがたいのです。


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そのまま西に進んで、表・裏千家のある小川通りの俵屋吉富さん小川店へ。

懸案の干菓子をもとめに。

こちらはこの春先にいちど来て、その干菓子の美しさに感激したものです。
(↓その時の写真を流用・ただし春バージョンです)


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この宝石みたいなひとつひとつを選んで、きれいな箱にいれてもらって、これはお使い物にします。

ここまでくればお隣の茶ろんたわらやを素通りするわけには、、、


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はい、いただきました。
抹茶と涼しさを演出したこのお菓子。銘は「玉すだれ」。


そのまま北上して茶道資料館もついでに。

「千家茶道の継承 裏千家十三代 圓能斎鉄中宗室」の企画展中。

なにせ圓能斎といえば、宮尾登美子さんの「松風の家」の中心登場人物のモデルですから、とても興味深く拝見しました。
明治になって廃れた裏千家を必死で盛り返した、近代中興の祖、とでもいうべき方です。

新島八重子(新島襄の妻)へ与えた許状もありました。
その波乱の人生の最晩年に、それまでの華々しい経歴すべてを捨てて、彼女は茶道の師範として生きたそうです。

そこから裏千家は学校茶道への足がかりを見いだしたそうですから、人の縁というものは不思議です。


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岡崎にとって返して、お気に入りの好日居さんへ。


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この日は冷たい岩茶を所望したのですが、こんなすてきな茶器がでてきました。

好日居さんのご友人作、金属の片口にたっぷりの氷。
器のまわりの水滴がまた涼しげ。


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ここに熱いお茶を注いでいただく。
さわやかで、おいし〜。
油照りの中をここまできて、癒されました。

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なんとずっと一度食べたくて果たせずにいた、亀廣永さん(高倉通蛸薬師上る)の「したたり」がついてきて感激!

『したたり』はもともと祇園祭の菊水鉾のお茶会に出されていた献上菓子。
今でも菊水鉾のお茶席でオリジナルのお皿とともに供されています。

はい、想像した以上においしいお菓子でした!

好日居さんと共通の話題・小谷真三さんの倉敷ガラスでもりあがったあと、なんと、ここでも「京都は狭い!!」という出会いがありまして、悪いことはできへん、悪口はいえへん、と再確認catface

でも、あちこちで出会いがある、ということは来るべき京都生活の彩りとなって、楽しみでもあります。

さて、お家に帰ろう。
秋にはこの周辺がお家になるのだよ、むふふ。

2010年7月25日 (日)

祇園祭・還幸祭と、笑顔で送り出しの会

どこにいても暑い日々が続いていますが、この日はまたとりわけ暑い京の町中へ。

山鉾巡行の夜に、四条御旅所におでましになられた神様が八坂神社におかえりになられる還幸祭の日。

ちと読みがあもうございましたわ。

御旅所からお出ましを見て鴨川の方にぬけようと思ったら、、、、、

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なんじゃこりゃ〜!!

御旅所の前でトラップされる。
前にも後ろにも進めん!!

あきらめてかぶりつきで神輿のお出ましをみる。

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まずは三若さんの中御座(素戔嗚尊)。
四条通のどまんなかで差し回し〜。

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「まーわせ、まーわせ」というドスのきいたかけ声とともに。

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多分、お祭りの役員さん。

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四若さんの東御座(櫛名田姫)、お出ましの儀式。
二礼二拍手一礼。


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いなせな法被のおにいさんがた。

中にはきりっと古式ゆかしいcoldsweats01褌を着用されている方も。

五分刈りの頭にさらに八坂神社の社紋をそり込んだお兄さんもいて、すてきlovely(これあとちょっとで写真撮れんかった。)

このころから空模様があやしくなり、こもりにこもった湿気と熱気が一気に放出!

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稲妻つきの大夕立。

おにいさんたちもずぶ濡れ。
神輿もずぶ濡れ。

それをふきはらうお祭りアドレナリン。

「ほいとー、ほいとー」(「ほ」にアクセントがあるかんじで)

錦の西御座(八柱の御子神)が出る前に、少しのスキをついてやっと地下からトラップ脱出。

めざすは(30分おくれで)こちら。

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四条大橋の西詰のランドマーク、ヴォーリズ建築の東華菜館。

ここは立地の割にリーズナブルなお値段なので、学生の頃もビール飲みにいったものでしたが、ほんまにお久しぶりで。
(ここのエレベーターは必見です!)

神様が町中を巡行されて神社におもどりになるまで、こちらですごします。
(暑い中、重たい神輿をかつがれ巡行されるお兄さんたちには申し訳ないですけど〜)


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御所でお花見や、祇園・又吉さんでご一緒した、ちゃみさんが四年半をすごされた京都をとうとう離れることになりました。

なので「笑顔で送り出す会」をこちらで。

音頭の労をとってくださったもちや様あんのちゃんこいんさん、そして初めましてのぽのこ様(いやあ、うわさには聞いていましたが、吉本の芸人さん?と思ったくらいの話芸の持ち主様でしたわhappy02)。

皆様、私よりはるかにちゃみさんとのおつきあいの長い方ばかりです。


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ちゃみさんとは、もう少し、いろいろなお話をお聞きしたかったのにちょっと心残り。


新天地でもまた、あの笑顔でがんばってくださいね。

そうこうするうちに、8時過ぎ、窓の下に、おお、御神輿が市中を回り回って、ついに四条大橋までお帰りに。


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夕立のあと、少し涼しくなった大気の中、満月に近い月齢の月の下、神輿は粛々と八坂神社へ。

われわれも追いかけましょう。


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途中の花見小路でちょっと舞妓はんに浮気を(?)して、、、、


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石段に腰をかけて、神輿の差し回しを。

「まーわせ、まーわせ」

山鉾巡行が整然とおこなわれる印象があるのに比べて、神幸祭、還幸祭はどこかもっと原始的な感じがします。

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神社の中にはいっても神輿は練りをくりかえし、


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やがて舞殿に入られます。(これは中御座)


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おつかれのお兄さん達。

なかには熱中症で倒れられた担ぎ手さんもおられたようで。

長い道のりの巡行のあと、最後のクライマックスまで、お疲れさんです。


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次いで東御座が舞殿にはいるところ。

このあと、西御座と三神輿そろったところで、ほぼ深夜、すべての灯りを消した中で神様がお社に帰られる御霊遷し(みたまうつし)があるのですが、残念ながら、その前に体力切れ。

来年はいけるかな、(来年は日曜日で翌日仕事なんだが、、、)

最後までつきあってくださった、ちゃみさん、この夜が思い出に残りますように。
またいつか笑顔で合いましょう。confident

祇園祭も今年はこれでいよいよフィナーレです。

2010年7月23日 (金)

お茶のお稽古〜名水点

あっついですね〜。

でも今日は朝、まだ庭が日陰のうちに草抜きしたのよ。(←えら〜い・自画自賛)
それでも汗だらだら。
今日はきっと一日中、体はちょうどいい塩加減になってたと思う。

庭で咲き始めたミソハギ。(禊ぎ+萩、、、なんだそうな)

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それでも夕方はエイヤっと着物を着て、お茶のお稽古、いきましたわよ。

着てしまうと、なんだか体がしゃんとするのですが、着るまでが汗まみれの地獄shock

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床は天神祭の色紙。
24・25日は大阪では天神祭です。


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お花は小エビ草と、、、、

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このプチプチの花の名前、、、失念いたしましたcoldsweats01
なんでしたっけ?(薮茗荷と判明:nageire様、ありがとうございます)

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本日のお稽古は名水点(めいすいだて)

釣瓶の水指に御幣つきしめ縄がついていると、名水をくんできた、、との印です。

中味も先生が亀岡からくんできはった本物の名水です。
(亀岡も名水の多い土地なんですね)

濃茶をいただく前に、名水所望して、一碗の水をみんなでいただきます。

これが新しい杉の釣瓶だと(本来は常に新品を用いるのですが)水にほんのり杉の香がうつって、、、そう、酒樽のお酒のようで甘露なのです。

釣瓶の水指の扱いを復習。(おほほ、、けっこう忘れてますわ〜)
釣瓶はふたも全部しっとり濡れているのがご馳走。
腕の良い指物師のつくった釣瓶なら、濡れていると重ねた蓋がぴったりすいついて、離れないのではないかと、ふと心配したりして。

水をいただくのはすべて釜の蓋が開く前に。

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お菓子は赤穂名物・塩味(しおみ)饅頭。
ちょっぴり塩味のきいた餡を寒梅粉で包んだもの。
赤穂は塩の名産地ですからね。

汗で失った塩分補給にちょうどよいせいか、やけにおいしかったです。

最後に先生の力作の(?)薄器をご紹介。

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ガラスの茶器にすぐれものの蒔絵シールを貼ったもの。

とてもシールには見えない。coldsweats02
金魚が涼しげです。

2010年7月21日 (水)

北の国から

関西が最高気温を記録した日、私は別世界、気温20℃のこ〜んな所にいました。

(涼しいをとおりこして寒かったですが〜sad

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所用あって北海道へ。
せっかくだから今人気の旭山動物園まで足をのばしたのです。

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さすが北海道の景色は広々ですねえ。
あいにくの雨模様。

せっかく関西で梅雨明けしたというのに、雨においかけられるなんてcatface

まあ、この動物園はいろいろなメディアで取り上げられていますから、あえて説明はいたしません。

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動物園に行くなんて、子どもが小さいとき以来なので、ひさしぶり〜!!

まずはここで一番人気のしろくま館へ。

たしかに!
これは迫力ありました。

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目の前をごぉ〜っと(本当に音が聞こえるような気がします)巨体がとおりすぎるよ〜〜coldsweats02

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おりかえし〜!!

水の中でシロクマが目をしょぼしょぼさせているのまで見えました。

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水の中でポリタンクと遊ぶシロクマの図なんて、まあ初めて見ますわ、この歳になって!

たしかに陸上にいるだけのシロクマはそれほどの人気者ではないのですが、こうして水中で生き生きしている姿を見ると、また全然シロクマへの認識がかわりますね。

これだけでもお見事!

あと、これだけは見て欲しいの。

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シロクマの後足の肉球〜〜happy02lovelyらぶり〜!

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ついでペンギン館。名物、水のトンネルです。


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空飛ぶペンギン〜〜!!

(なんて「!」の多い記事なんだ。それだけ感動しているの)

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こちらも人気、水の柱の中を自由自在に行き来するアザラシ。

水中だとえらいかっこいい!
(陸上で、のたっとしているところは、ものぐさものに見えるのに、、、)

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「もぐもぐタイム」というのがあって、いろんな動物の餌付けと同時に動物に関する説明を聞くことができます。
もちろん、対象はお子様なのですが、大人でも勉強になりますわ〜。


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  カバ「にいさん、にいさん、説明はもおええから、はよエサちょうだい」

(なぜ関西弁なのかはワカリマセンcoldsweats01

スタッフさんがとてもたくさんいるのにびっくり。
入園料も大人800円とお安いのに。
中にはボランティアの方もおられるのかも。

あと、旭山独自のとりくみがあちこちで垣間見えて、おもしろかったです。
動物のネームプレートなど手作り感いっぱいで、ほほえましい。

手作り看板をいくつか。

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「着任のご挨拶?!」

(キョン、、、って「こまわりくん」で初めて知ったっけ。←わかる人にはわかる)

あと、動物園の永遠のテーマ、動物は檻に閉じ込められてかわいそうか?
それに対する、旭山の答えがこれ。(クリックで拡大すれば読めると思います)


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でもって、一番のお気に入りは、この方〜!


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デッサンの狂った巨大なネズミ、、、といったふうのカピバラ。
まさに世界最大のネズミの仲間なんですが。

このぬぼ〜っとした顔と、もっさりした動きは見ていて癒されるんです〜。

関西への帰路は空路で。
北海道のたれこめた雨雲を突き抜けて、関西圏に入ると雲ひとつなく、はるか琵琶湖がきれいに見えました。

久々に窓側の席にすわったので、(いつもはトイレにいきやすい通路側)こんなきれいな天空の入り日を写真に撮ってみました。

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2010年7月18日 (日)

灰形独学中

ほんとに今年の梅雨は雨がだらだら続いて、じめじめ、ジメジメ。

玄関のクロスにカビが生えた、、、、のは初めてじゃなかろうか。

だから、たとえ死ぬほどあぢ〜!!と思っても、この久々にカラリと乾燥した空気はとてもうれしい。


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わあ、入道雲だあ。

      ♪Rows and flows of angel hair
       and icecream castle in the air,
       and feather canyons everywhere...
 (”Both Sides Now ” by Joni Mitchell )


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で、祇園祭の粽を、、、、といいたいところですが、これは「たねや」さんの粽(というより笹饅頭っぽい)。

山鉾巡行の17日だけの限定販売、、、というのについ飛びついてしまったわけで。

宵山でゲットできる厄除け粽はもちろん、中味は入っていないのですが、これはあくまでお菓子ですので、中はおいしい麩まんじゅうでした。(食べられる粽としては川端道喜さんのが有名ですが)

学生の頃は、厄除け粽はたしか鉾の上から観衆にむかって投げられており、うまいことキャッチするのがとてもむつかしかったんです。

いつごろから、あれをしなくなったんでしょうねえ。

さて、本題の灰形。


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風炉の時期に茶会をしようと思えば、手早く灰形をつくれるのは必須です。


昨年は小さめの瓶掛で練習したのですが、ここは一つ、本格的に、と道安型の土風炉をお安くゲットしました。

その名の通り、土でできています。上に漆をかけてあるので、漆の良い匂いがします。

ほんとうは灰形教室でちゃんと教わりたいのですが、平日のところが多くてちょっと無理。

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本とくびっぴきで独学中なんで、まじまじとは見んといてねcoldsweats01

へたくそ!!、、、なのはわかってアップしているので。

まあ、発展途上ってことで。


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道具だけは立派なんです。

灰匙とこれが意外にお役立ちの使い古した筆。


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写真では見えにくいですが、風炉壁に接するところの灰を整えるのにとても便利。


これはさる先達さんに教えてもらった方法なのですが、灰道具には欠かせないです。

匙の重みですっときれいな表面ができると気持ちいいのですが、五徳周辺に小技をきかせていると、あっというまにいらない筋ができたり、これを修正しようと思うと、ちがうところが崩れてきたり、、、、

一筋縄ではいかん灰ですわ。


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苦労のあとがみえみえの二文字押し切り。

だから、目を細めてぼんやり見て下さいって!coldsweats02
(まじまじと見ないように。不細工だから)

前瓦の位置もちょっとおかしいかも。(作っているうちに移動してしまった)

しかもぺたぺた、きちきち灰を押さえつけているので、炭火がおこるかどうか少し不安な仕上がり。
(ある程度灰はふかふか空気を含んでいないと、炭火はうまくおこらないのです)


やはり灰形はむつかしい。

地道にこつこつと日々の練習あるのみですね。

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最後に真ん中に八卦の「坎(かん)」の卦を書きます。(はい、これも不細工ですね)

上に火が乗るので、水の卦である坎を書いて鎮めるのです。

ここらへんは茶道と陰陽五行の深い関係があって、もっと勉強したいとは思っているのですが。

さて、風炉の季節の最後のころには、もう少しましな灰形をおみせできるようがんばります。


2010年7月16日 (金)

祇園祭月のあれこれ

京都はいまごろ宵山ですごい人だろうなあ、、、、と遠い目。

イマニミテイロライネンコソハ、、、、、ってこの台詞、昨年も言っていたようなcoldsweats01

いや、マジで来年こそは。

で、今年は祇園祭とは関係なく、たまたま7月の雑記をあれこれと。

<その1> お茶のお稽古

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床のお花です。
オミナエシ、キキョウがもうでているのですね。

7月の異名の一つが「秋初月(あきはづき)」。(あくまで旧暦対応ですから)

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棚は淡々斎好みの溜精棚。

裏千家の溜精軒の窓を模したもの。柄杓の柄をもって組まれています。
本歌は使い古した柄らしいです。

この日のお稽古は花月の初心者クラス。

濃茶付花月と貴人清次花月。
初心者クラスとあなどるなかれ、なかなか落とし穴がありますぞ。


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梶の葉に盛られたお菓子は「水中花」。

涼しげです。
(誰ですか?松坂慶子さんのタイツ姿を連想した方は?)

暑くてぼ〜っとした頭には、花月はよい刺激剤になりますね。

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お干菓子は、私がおもちしたもの。
いつもの干菓子屋さんで買いました。
ここのはいつもきれいで楽しいのですが、特に鮎がすてきでしょう?


<その2> 「花結び手帖」 青幻舎・刊


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こんなすてきな本を買いました。

366日(含閏年)それぞれの366個の花紋のデザインなんです。

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花のデザイン一つ一つがとてもすてきなんで、これをモデルにスタンプを作ったり、刺繍したりしたら楽しいだろうな、、、と。


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それぞれの日、紋に花言葉ならぬ個意言葉がついています。
ちなみに私の誕生日のは「誇り」自分を信じて進む、、、、、の”向う勲章菊”。

インドの国旗の真ん中のマーク(糸車ですが)に似てるなあ。
「自分を信じて進む」か、、、、ほほ〜catface
いい言葉だな。(他人の意見に耳をかさない、、、でないことを祈る。)

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着物のしゃれ紋にしてもきっとおもしろいと思うわ。


<その3> 留袖ドレス


今年4月にお願いしていた未仕立ての留袖の反物(もともとただでいただいたもの)を使ったドレスが完成しました。

柄の取り方がやはり難しかったそうですが、残り布でスカーフも作っていただいて大満足です。
フォーマルな場で近々着用予定です。

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<その4> キルトトップ90%完成

一応目標は11月の作品展。

しかし!京都引っ越しもあるし、間に合うか!?

裏布をつけてキルトもしなくちゃならないし、、、、。


がんばれ、私!


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<その5> 茶杓(の元)をいただく

現在着々と完成にむかいつつある、京都の我が家。

言葉に尽くせぬお世話になっております、その家の建築家の先生から、私の茶名拝領のお祝いをいただきました。

茶杓なんですが、、、、、

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ななな〜んと!
先だけは曲げてあるものの、「ご自分でお削りください」と。

自ら作った茶杓をお茶会で使うのは、茶人の楽しみでもありますし、私も是非やってみたいことの一つなんです。
が、、、、、今まで一本も削ったことがないsad

この竹も「滲み竹」といって、真竹の老齢期(120歳?!)に竹の表面に現れる茶色のまだら模様がでる、それということで茶杓としてよい景色のでる竹のようです。

なので、いきなり素人が手をだしてよいものかと?

これは後日、ご先達にご指導をあおいで削ろう、と思います。
完成のあかつきには、、、、やっぱり「茶杓荘り」かしら。


<その6>  本日の猫さま

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今年はイタリアへ行くらしいです、この方。

2010年7月12日 (月)

「ええもんひとつ〜とびきり屋見立て帖」山本兼一・著

「利休にたずねよ」で直木賞をとらはった山本兼一さんの新刊です。

実は山本一力さんの本だとばかり思って中も見ずに買ってみて、「あれ〜?一力さん、京ことば上手に使わはるな〜。」と。

あはは、、、兼一さんの方でした。京ことばがお上手もなんも、京生まれの京育ちのおひとやんか!

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舞台は幕末の京の町、三条木屋町に「とびきり屋」という骨董屋をかまえる若夫婦、真之介とゆずを巡る物語。

骨董屋さんの仕入れや、商売の仕方など、裏側をのぞけるのも楽しみだし、ストーリー自体もほのぼのとして面白いのですが、私が一番楽しんだのは、京都の地名がたくさんでてくることなんです。

もちろん、幕末のころの京都と今の京都は違うことも多いとは思いますが、少なくとも通りの名前や、100年以上の歴史を持つ老舗やらはかわらないわけで、地名を聞いただけで、ああ、あの辺や、、と頭にうかべてはニヤニヤしてしまいます。


(こんなに変わらない町って他にあるでしょうか?)

しょっぱなから下御霊神社が出てきて、ああ、寺町のあそこやな、、、と。

ゆずの実家が新門前の格式のある大きな骨董屋、とくれば新門前、古門前の骨董屋ストリートを思い浮かべますし。

三条通りの富小路あたりの名代の扇屋、、、とくれば、ははあ、、宮○売扇庵だな。

山本氏の茶道や香道への造詣の深さも生かされていて、作中にでてくる骨董品には、聞香炉や茶壺など、茶道・香道の道具も多く、道具の見分け方の参考になるようなことも書かれていて、勉強になります。

登場人物も魅力的な主人公(とくにゆずさん、すてきどっせlovely)だけでなく、坂本龍馬や桂小五郎、その奥さんの幾松さん、新撰組の芹沢鴨まででてきはるのえ。(なんだか自然に不自然な京ことばになっちゃうな〜coldsweats01

そして規模としては小さいながら、おなごし(女子衆)さん、丁稚さんを何人か、かかえる京の商家のくらしが垣間見えて、そして町家のたたずまいまでが目に浮かぶようでした。

「何十年、何百年とつづく京の古い店は、どの家も、じぶんたちの商売をかたくなに守り通している。それは、人と人のつながりがあってこそ成り立つ。仕入れ先と店。店と客。長年にわたって培われた信頼関係があればこそ、商売がうまくまわっている。」

京の老舗の極意ですなあ。

願うらくは、こういう矜持をもったお商売の仕方が、この先もずっと王道であり続けますように。

この「とびきり屋見立て帖」は多分シリーズ化されると思うので、続きが楽しみです。
この仲良しの夫婦、実は駆け落ち同然、その夫婦の物語の今後もみのがせませんわ。


   *     *     *

「ええもんひとつ〜とびきり屋見立て帖」

  山本兼一・著   文芸春秋社

2010年7月10日 (土)

猫とキルトと+green

朝から雨でした。

でもここ大阪レトロタウン中崎町(カテゴリ「中崎町」参照)では、雨音もやさしいのです。

梅田から徒歩圏内、というのがうそのようです。

この日訪れたのは、私の中崎町巡りの始まりとなったうてな喫茶へ。

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ブログを初めて一番先にコメントのやりとりを親しくさせていただいたnnya様は、このうてな喫茶を検索していてたどりついた方なのです。

読めば「猫」と「キルト」という共通項に「園芸」までいっしょの趣味とは〜!

あれから3年はたつのに、まだおめにかかったことがなかったなんて不思議。

そしてnnya様のブログから、芋づる式に(coldsweats01)同じく「猫」「キルト」「園芸」が共通項でブログを知ったふーテトママ様は、なんと同じ中学の「同窓」という共通項まで!


ママ様には実家が近い、ということでこの5月
に先におめにかかることができました。

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ママ様が関西へ来られるのを利用して、これは是非3人で会わなければ〜ということでこの日、きっかけとなったこのうてな喫茶へ集合!

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それぞれ初対面の出会いもありましたのに、まるでず〜っと昔からのお友達のように感じるのが、ブログのいいところですね。
とっても意気投合して、それはそれは話題がつきる、ということがなかったのです。

猫のこと、キルトのこと、子供たちや家のこと、庭の植物のこと、あれやこれやトピックがめまぐるしくも変わりながら、私も久々に(ほぼ)同年代トークを炸裂させました!

雨の日で、お客さんが少なかったのでよかったですが、うてな喫茶様、さぞやウルサイ、文字通り(!)姦しいと思われたでしょうねえ。
ご迷惑おかけしました。
でも楽しかったんですもの。

あまり長居もご迷惑なので河岸をかえようと、最後に写真を。
快くシャッターをおしていただいて、ありがとうございました。

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お店をでて、中崎町巡りを始める前に、虫やしないを。

で、ご案内したのがこちらkitchen
さん。

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おばんざいセットです。
なんだかメニューも以前来たときより増えましたね。
とてもヘルシーでおいしかった。

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こちらの圧巻は奥の棚に飾られたアンティークというよりはブロカンテ、我々が子供の頃現役だったようなおもちゃや本などなんです。
なつかしい〜!

ここでもまたおしゃべり炸裂。
ちょうど猫の話をしているときに、雨の中をこそこそっと入ってきたサビ猫ちゃんに、みんな一斉にカメラを!

さすが、みなさま、猫好き〜!


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われわれの歓声にびびらせてごめんね。

サビちゃんはこのお店のベンチの下にご飯をおいてもらっているんですね。
きれいな缶がそれです。
(全体、中崎町は野良も含めて猫遭遇度、高いです)


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まだまだおしゃべりがつきないわれわれは3番目の河岸へ!

選びましたのはkitchenさんの並びにある古書肆+珈琲のアラビクさん。

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入り口の戸の色をきれいなブルーにされましたね。


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看板もおしゃれです。

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こちらでも他にお客さんがいないのをよいことに長々とおしゃべり。
すみませんねえcoldsweats01

私はお気に入りの水だし珈琲ですのよ。

たてこみだしてからやっと腰をあげて、そこから歩いてのぞいて、、、が楽しい中崎町ウォークを。


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済美公園で、さっきのサビちゃんにまた会いました。
さっきはご飯のじゃまをしてごめんね。

ブロカンテばかりのお店をひやかして、あら、これなつかし〜。使ってたよね、こどものころ。
こんなのあった、あった、家に。
などと、若いもんにゃわからんだろ〜トークも。


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すごく入り組んだ路地に「canetonカヌトン」さん発見!

カヌトンさんは中崎町草分け的なお店で、以前は別の目立つ場所にあったのですが、ある日突然閉店してしまったのです。

ああ、こちらに新たにオープンされてたんですね〜。
隠れ家的な町家(以前は町家ではなかったと思う)で、ここの方がぴったりかも。

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こちらは雑居ビルにいろんな楽しい雑貨や着物、本屋さんまでそろったサクラビル

ビル自体もレトロです。


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2Fの廊下はこの通り。
われわれには縁の深い猫グッズのお店を発見!

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「sciarpa」さん。

猫のステッカーやら絵はがき、アクセサリーやありとあらゆる猫雑貨が。

そして「店長」さんがこんなところに〜!

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そばでワイワイさわいでも爆睡中。ぴくりともしませんでした。
さすが店長、度胸すわってるわ。

さらにこちらは一番遠いところにお住まいのママ様がすでにご存知だったという文房雑貨のお店ムロラボさん。

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このお店も見つけられたらえらい!というような路地のなかにあります。

中学の時、丸善で買って大事にしていた銀色のインクを見つけて感激!
あのころと同じデザインだわ。

このあともシロツメ舎さんでビンテージもののレースやボタン、雑貨をみたり、手ぬぐい屋さんをのぞいたり、ほんとに半日たっぷり、とても初対面とはおもえないおしゃべりをくりひろげた私たちでした。
雨も夕方からすっかりあがりましたしね。

お二人とわかれて家路につくころは、昼が長いこのごろでもとっぷり暮れておりました。


ブログがなければ知り合う機会すらなかった私たちが、こうして縁あって楽しい1日をすごせたのはほんとうにありがたいことですね。


nnya様、ふーテトママ様、それぞれの猫ちゃんのももちゃん、ふー君、テトちゃん。
今後とも、このご縁を大切にしていきたいです。
ありがとうございました。


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最後に、おふたりからのお土産やら、この日中崎町で買ったものなどいろいろを。

これを見ながらまた楽しい1日を振り返れそうですわ。


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wink

2010年7月 7日 (水)

「にゃんとも猫だらけ」展〜子猫・こねこ・子猫

JR京都駅、伊勢丹7Fの美術館「えき」

こちらにはずせない展示が。

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その名も「にゃんとも猫だらけ」。

すでにお友達のブロガーさんたちも行かれたようで、おくればせながら私も。

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私の好きな、猫大だい好き〜、、、の歌川国芳さんの絵を中心に、浮世絵に描かれた猫・猫・猫。

三毛だのぶちだの、しかもボブテイル(みじかいしっぽ)の日本猫なのがとてもいいわ。

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洋の東西を問わず、芸術家って猫好きが多いと思う。
レオナール藤田も、国芳とおなじく、懐に猫を入れていたというし、クリムトも猫の多頭飼いだったというし、猫が描かれた絵も多いですよね。

何を考えているのか、しっかり顔に出るわんこにくらべて、何を考えてるのか、さっぱりわからない猫のミステリアスさがうけるのかも。(その実な〜んにも考えていないと私思うの、猫って。)

昨年ぽん様のとこの玉葱工房で手に入れたのはこちらのTシャツでした。


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ああ、この絵は国芳の絵だ!と思っていたので、さがしましたよ。

ありましたありました!

なんと「猫石の怪」の化け猫とともに描かれているではありませんか〜。
おどろおどろしい巨大化け猫のまえで、こんなユルイ踊りを踊ってる場合じゃないだろ〜とcoldsweats01

おもわず、クスクス。

このTシャツ、実はブロ友3人(皆様、妙齢の)おそろなんですよ。
3人そろって着用し、道をのっしのっし、と歩いていても、目をそらさないでね。

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ショップでなにか良いアイテムはないかな、とさがしてこちらのシールをもとめました。
猫のと、国芳といえば猫と同じくらい好きな擬人化金魚のを。

展示は7月11日までですよ〜。猫好きの方、おいそぎを。

さて、ここからはほんまもんの猫のはなし。

友人のところに子猫がやってきた、とのこと。子猫と聞いては行かなくては!

名前はシマちゃん、生後1〜2ヶ月。離乳中。

か、、かわいい〜〜lovely

だけど、「わっしょい期(寝てるか遊んでるかのお年頃)」なので写真をまともに撮らせてくれない!

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なのでこんな写真ばかりですけど。

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カメラをかまえると、そのストラップにもれなく噛みついてきます。


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なにも、そうムキになってかまんでも、、、、

シマちゃんは兄弟と2匹で捨てられていたんだそうな。
友人がシマちゃんをひきとって、もう1匹もちゃんと里親さんがみつかったそうで、ほっと。

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カメラストラップに飽きたら今度は日傘のストラップにぱんち!ぱんち!

なんででも遊ぶねえ。

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まともにお顔を撮ろうとして、捕まえても、これこのとおり。

触ったときの、この子猫特有のふわふわ感がいいわ〜lovely
握れば壊れてしまいそうなほどの骨格の手触りも、ええわ〜(←変態、、、ではない!)

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やっと、まともな写真が撮れたと思ったら、このあと頭突き、くらいました。


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ちょいとエネルギー補給。

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充電完了後はさらにパワーアップ!全然疲れをしりません。

おかげで私の手はボロボロですわ。(泣)


こうやって遊んで、遊んで、大きくなるんだよ〜。


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子猫の時代は短い。今のうちに楽しんでね。

大きくなりすぎると、全然遊びに興味をしめさなくなりますけど。

体を動かさずに、自分の射程距離内のものにだけ、ものぐさに手をだすという、どこかの大猫のように、なっちゃうかもね〜。

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2010年7月 6日 (火)

賀茂川に沿って

あちこちの山鉾町で吉符入り(祇園祭の始まりの儀式)が行われたであろう、この日。

残念ながら今年の祇園祭はゆっくり楽しめそうもないので、街角でみたその雰囲気だけを。

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河原町にも恒例、八坂神社の社紋入りの幔幕が。

来年は仕事帰りに四条通を通るし、きっと楽しめるはず。(遠い目)

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この写真ではなんのことかわかりませんよね。
まだ全然、鉾たってないですが、ここ四条烏丸の辻にたつと西に函谷鉾、東に長刀鉾、北に孟宗山が立つ予定。
ああ、残念やなあ、、、、


さて、今出川通の北、高野川と合流するのが賀茂川、合流した後が鴨川、というのはよその人はあまりご存じないかも。
私もそれを発見したのは大学に入ってしばらくしてからでしたもの。

高麗美術館を出て、そのまま北に行くとその賀茂川にかかる御薗橋にでます。

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この橋をわたると上賀茂神社はすぐそこです。
(そうそう、上賀茂、に下鴨。使い分けてますね)

この橋の近辺には大学時代、ちょっと思い出があってね。懐かしかったわ。
風景はあまりかわっていないけれど、橋の手前、鉄板焼きのお店がたてものそのままにドラッグストアになってたなあ。


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上流を見る。

写真にはすれすれにしか写っていないけれど、あのころから「MKタクシー」本社の大きな「MK」の文字がみえたっけ。
近くにはボーリング場もあったんだが、いまどき残っているかどうかしらね。


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川のそばの散歩はやはり気持ちがいいねえ。
いろんな花も、雑草にしてもかわいいのが咲いているし。


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一本だけ、鮮やかな色の、これはキスゲでしょうか?


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川に沿って少しさかのぼると目的のお店が。
霜月(そうげつ)さん。

先日お茶のお稽古でいただいたこちらの木の芽琥珀がおいしくて、また季節によって味が変わるとのことで、偵察にきたのであります。

この日は夏バージョンの「柚子蓼琥珀」と「紫蘇琥珀」でしたよ。

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まあ!
なんてきれいなんざんしょ!

宝石みたいですわねえ。
こちらのお店、18年前にここに開業されたそうです。

ご夫婦と若い衆一人?でしてはるので、ここの琥珀はデパートなどでは入手できないそうなんです。
1年間、季節の味を色々取り入れて試行錯誤の末、完成したとりどりの季節の琥珀。

これは秋バージョンがどんなのか、楽しみです。またここまでこなくちゃ。

京都バスで賀茂川に沿って南下します。
このルートは学生のときに愛用したなつかしいルートです。


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出町柳でおりると、ここが賀茂川の終点、ここからは鴨川になります。

この川の渡り石は、京都ドラマでのお約束のロケ地ですね。
なんだかいつも唐突にこのロケーションがでてきますよねえ。


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左手には賀茂大橋。(ここは賀茂、なんですね)

学生の頃、この橋の東詰近くに下宿していたので、この橋は青春のシンボルでもあるのです。
当時はここを市電が走っていました。
電停の名前はズバリ、「賀茂大橋東詰」。

橋の上からは、大文字の送り火がよく見えたものです。
今年も大文字、やっぱり見られそうにないのが残念ですわ。
いろいろ身に付いたものが重くてねえ。(あ、身に付いた脂肪、、じゃありませんよ!)

最後に関係ないんですが、家の近くの和菓子屋さんで、霜月の琥珀といっしょにいただいた和菓子を。
そう、まもなく七夕ですものね。


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銘はそのまま「天の川」。

2010年7月 4日 (日)

高麗美術館〜浅川伯教・巧が愛した朝鮮美術

あのような時代に(日韓併合)こんな日本人がいたとは!

恥ずかしながら浅川兄弟については、ほとんど知らなかった。
柳 宗悦の年譜にその名前があったことはかすかに記憶してはいたのだが。

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京都は上賀茂近く、お気に入りの高麗美術館にて、開催中の特別企画展<浅川伯教・巧が愛した朝鮮美術>を。

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展示物よりも、浅川兄弟、とくに弟の巧の生き方に深く感銘をうけ、鳥肌がたつ思いだった。

時代は朝鮮が日本帝国主義下の植民地であったころ。

山梨に生まれた浅川伯教(のりたか)は京城(現ソウル)の日本人尋常小学校の教師として海をわたり、そこで当時朝鮮人が見向きもしなかった白磁の美しさにうたれた。

そのころは朝鮮の焼物といえばイコール高麗青磁であり、李朝になってから使われるようになった白磁は二束三文の値打ちしかなかったそうだ。

冷たく端正で高貴な高麗の青磁にくらべ、李朝の白磁はあたたかくおおらかで、庶民の日常の器。
その美しさに朝鮮人自身が気づいていないことに彼は衝撃をうけた。

(思えば井戸茶碗も、本国ではいつしか雑器扱い、ついにはその製法も何に使われたのかすらわからなくなったことなどを考えると、朝鮮人は足元の美を看過しがちなのか。これは朝鮮半島の背負ってきた歴史ゆえか。)


彼は陶器のみならず、木工家具など朝鮮民衆が使用した生活品に強く惹かれ、忘れ去られていた美を見出す。

そして全国の窯跡をくまなく訪ね歩き、朝鮮陶磁史を体系化、後に「朝鮮古陶磁の神様」と称された。

一方弟の巧もまた、兄から見せられた白磁美しさに感銘をうけ、朝鮮に渡ることを決意。

専門の農林研究で朝鮮の山々の緑化に大きな業績を残しただけでなく、その仕事で朝鮮全土を歩き回ったがゆえに、当時の朝鮮人の生活、習慣、風土にじかにふれ、その生活の中にとけこんだ朝鮮陶磁、木工家具の美しさにひかれていった。

そして、日本帝国主義下の同化政策のもと消えていこうとする、そして朝鮮人自身も忘れていこうとしていたこれらの美をおしみ、各区をまわって蒐集したものを『朝鮮の膳』や『朝鮮陶磁名考』等の名著として残した。

いまだ民芸運動を唱える以前の柳宗悦に、ロダンの彫刻を介して初めて伯教がであったのが1914年。
そのときに土産として持参したのが「染付秋草文面取壷」(ポスターに乗っている壷)。
それがのちに民芸運動を導いた柳が、朝鮮陶磁の美に開眼した瞬間だといわれる。

以後、柳は頻繁に京城の浅川兄弟をたずね、親交をふかめていくことになるが、特に年が近いこともあり、弟の巧の人柄に強く惹かれていった。


巧は流暢に朝鮮語を話し、いつもチョゴリ・パジ(民族服)をきてマッコリを飲みソルロンタンをたべ、多くの朝鮮人の友人がいた。彼のわずかな給料は、貧しい家の子供の学費や、生活に困っている家の生活費として消えていったという。

人間的あたたかさ、やさしさ、おもいやりの心をもった、どこか茫洋としたこの青年を、朝鮮の人々は愛したという。

彼の家に遊びにきた朝鮮人の娼婦が同じく朝鮮人の警官とけんかになり、それを尼さんがなだめる、、、という場面もあったそうで、彼の交際は身分など関係のないものだったことをしのばせる。

今の時代でいうと、どうということもないと思えるかもしれないが、かの時代、軍人が電車で座っている朝鮮人の老人をたたせて席を横取りする、ということが平気で行われていた時代の話なのだ。

しかもあまりに流暢に朝鮮語を話し、どこからみても現地の人に見えた巧は、ときに日本軍人に理不尽なしうちをうけたそうだが、決して「私は日本人だ。」と言わなかったそうだ。朝鮮人がそういうときにするように、何も言わずそっとその場を立ち去った、という。

声高に、日本の朝鮮支配を批判したわけでもなく、政治とは無縁の人だった。
ただ、ただ、朝鮮を愛し、その失われてゆく文化、芸術を惜しみ、そして朝鮮に愛された日本人だったのだ。

巧の写真をみると、そのあたたかな人柄が伝わってくるようだ。
決して男前、というのではないのだが、好きなタイプだなあ。

しかし、体が頑丈なことが自慢だった巧が、過労もあったろう、肺炎に倒れ危篤に陥ったのはまだ40歳のときであった。

彼の重い症状に心配を寄せる、民芸の河井寛次郎が、浜田庄司にあてたハガキが展示されていた。

危篤に陥った巧に、なくなる前にあってやって欲しいと伯教が柳にあてた手紙も展示されていた。

これらの手紙がほんとうに胸をうつ。
今回の展示で、実はこれが一番こたえた。

朝鮮の人たちからだけでなく、日本の仲間からもこれほど愛された人間。

愛されすぎて、神にまで愛されてしまったのだろうか。

柳はとるもとりあえず、すぐに京城にむかったが、到着寸前の列車の中で「タクミ シス」の電報をうけとった。

いかに柳が浅川巧を惜しんだことか。


巧の亡がらは白いチョゴリ・パジに包まれ、棺は朝鮮の民衆によって担がれ、朝鮮の共同墓地に埋められた。
彼が愛して、また愛された朝鮮の土に文字通りなったのだ。
(しかもあの時代に!)


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彼の生涯を描いた「白磁の人」。

これを原作に、浅川兄弟のふるさとである北杜市では映画化のプロジェクトもあるという。
これは見に行きたい。永島敏之が浅川巧役、、、なのかな?

柳宗悦の美意識や、茶道にたいする考え方を尊敬してやまないのだが、その彼を朝鮮陶磁や木工=庶民がつかっていた道具=用の美に目覚めさせる契機となり、民芸運動を推進する大きな力となった浅川兄弟のことも、もっともっと知りたいと思った。

思えば、「民芸」という言葉も知らず、李朝家具のおおらかな美しさに惹かれた。

井戸茶碗を通じて柳宗悦を知った。

なんだか一つの道筋の上を導かれているような気がする。

そしてまた、柳を通じて浅川兄弟をしることができた。


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美術館でこの本を購入した。
ゆっくりと読んでみようと思う。


2010年7月 2日 (金)

但馬の国にて(後編)

さて、先日の続きです。

お茶事のあと、そらいろつばめ様ご夫婦に、但馬のあちらこちらを御案内いただきました。

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この豊かな緑の但馬の景色。


前編にも書きましたが、地形上の理由から、但馬はずっと円山川の氾濫、洪水と闘ってきた土地です。

昔からの伝統的な治水の根本は、「水の付かないところに家を建てる」「水が付くところには建てない」という生活の知恵であったといいます。

氾濫したときにはそれを受け入れる遊水地は、洪水の引いた後は、運ばれた栄養分に富んだ土壌で豊かな農地になり、人々はまたそこに田畑をつくったのです。

ところが現在では、「水の付くところ」だった場所すら次々と宅地になっていき、頑丈鉄壁の堤防を作り、川をその中に閉じ込めるという治水法が主流となり、、、、、その結果、6年前の台風のときの被害をより甚大にしたということだそうです。

これ、すべてそらいろつばめ様の受け売り。
(もともとこちらで生まれ育ったご主人より、但馬のことをよくご存知だとかcoldsweats01


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但馬といえば忘れてはならないのが、ここ出身の沢庵宗彭禅師。
沢庵さんゆかりの出石・宗鏡寺(すきょうじ)。

有名なのは紫衣事件。
このため時の将軍秀忠によって奥州に流されたが、大赦ののち三代家光に重用され、大徳寺、妙心寺の権威奪還、その基礎を盤石にした沢庵さん。

今、茶道雑誌の「淡交」で沢庵さんの伝記が連載され、面白く読んでいるのでよけい興味ふかいものがあります。


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山にいだかれた静かなお寺です。

これはなんだかわかりますか?掛樋の先です。

なんとモリアオガエルの卵なんですよ。
ちゃんと下に孵化したオタマジャクシをうけとめる、蹲居の水が!
うまく距離をはかって産卵するものですねえ。


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復元されたものですが、沢庵さんが出石に帰ったときに好んで過ごしたという投渕軒。

こういうところで身も心も清々しい生活を送る、というのは禅宗のひとつの到達点かもしれませんねえ。
(私なら半日でギブアップ)

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こちらは「いずし古代学習館」。

ここでは記紀の世界を味わえます。

新羅から但馬の地にわたってきたアメノヒボコ伝説(おそらく製鉄技術を持った技能者集団を象徴していると思われる)、
垂仁天皇が田道間守(たじまもり)を常世の国(中国南部からインド方面)へつかわし、非時香具菓(ときじくのかぐのこのみ=今の橘といわれる)を持ち帰ったという伝説、、、、、などなど。

(ちなみに田道間守はお菓子の神様として各地にまつられ、京都の吉田神社内にもまつられていますね)

昔子供の頃に読んだ神話の世界を思い出しましたが、その舞台がこの但馬あたりだったとは、しらなんだ。

思うのは、古代には日本各地にそれぞれ高度で豊かな文化が花開いていて、けっして地方だからといって文化がおくれたりしてはいなかった、ということ。

歴史の針が少しずれていれば、但馬が国の都になっていた、という可能性だってあったはず。

今の日本の大都市集中的文化、というのはどうもおかしいんじゃないかしら。

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最後はこちらです。
現在の但馬を象徴するもの、といえばなんといってもこれでしょう。

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日本最後の野生のコウノトリが絶滅したのが昭和61年、豊岡の地だったのです。

以後、(ロシアから来た)コウノトリの飼育、繁殖、野生馴化に多くの人々が努力、苦労を重ねてきたそうで、その様子は時々TVのニュースなどで拝見できますね。

今では100羽以上のコウノトリが生息しているそうですが、野生馴化はなかなか大変なようです。

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いました、いました。
童話の絵本などで見た、赤ちゃんをくわえてくるコウノトリそのものです。

遠くに見えた人工巣塔の上にとまっているのは見えたのですが、残念ながら放鳥されたコウノトリの飛翔の姿はおがめませんでした。

白いボディに黒い風切り羽根、さぞや美しいことだろうなあ。

この他にも、たくさんいろいろな話を聞かせていただきましたが、私の拙い文章ではすべてをうまくお伝えできないのがもどかしいです。

そらいろつばめ様はほんとうにいろいろよくご存知で、そして嫁いで来られたこの但馬の地を、但馬ネイティブ以上に愛しておられることがひしひしと伝わってきました。


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最後にお土産までちょうだいして、恐縮です。
ほんにいろいろと、ありがとうございました。

お土産は奥州会津若松のものですが、田道間守にちなみまして「かぐのきのみ」。
最後の最後まで、きっちりテーマが完結いたしましたわねhappy01