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2010年6月 6日 (日)

道修町〜湯木美術館

大阪には町の名前がお商売のシンボルになっているところがけっこうあります。

たとえば、北浜なら、ああ証券取引の町。船場ときけば繊維の町。
松屋町は人形やおもちゃの町。

そして道修町といえば薬の町なんです。

ちなみに松屋町、道修町、が正しく読めたらあなたはりっぱな関西人(というか大阪人)。

(正解:まっちゃまち、どしょうまち)

道修町は北浜の少し南、少し歩けば、いくつかの誰でも知ってる大きな製薬会社のビルを見つけることができるだけでなく、家族でやっているような小さな漢方薬の会社や問屋にも行き当たります。

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なんだかレトロ感ただようビル、、、と思ったら、武田薬品の旧本社社屋です。
昭和3年建設。


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近代的ビルのあいまには、こんな懐かしい明治、大正のものと思われる建物も散在しています。
こちらは漢方薬を扱っておられるようです。


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「神農さん」の看板が目に付きました。(右上の虎の看板)

神農さんは、古代中国の伝説上の三皇五帝のひとり、百草を嘗めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教えたという、まさに薬の神様。道修町にこそふさわしい。

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少彦名神社とありますが、少彦名命も健康、医薬の神様なので、薬関係の神社には神農さんといっしょに祀られているようです。

京都の二条通もまた薬関係の店が集まっているところですが、そういえば烏丸二条の薬祖神社にも神農さんと少彦名命と、それにヒポクラテスなんかもいっしょに祀られていましたねえ。

「くすりの道修町資料館」なんかもくっついているんです。

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中は普通の神社ですが、関係なくもないのでお参りしてきました。

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献灯の「薬」のロゴがおしゃれ。


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この神社の入り口には谷崎潤一郎の「春琴抄」の碑があります。
そういえばあの小説の舞台は道修町だったんだ。wink

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更に南下。目標はこちら湯木美術館

吉兆の創始者、湯木貞一の茶道道具のコレクションで、こじんまりした美術館ですが、けっこうツボを刺激してくれるお道具がよくでます。


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春に「茶の裂地展」に行こうと思いつつ逃してしまったので、こんかい「釜と水指展」は是非に、と。
(6月30日まで)

利休所持、宗旦箱書きの与次郎作、阿弥陀堂釜でてました。
阿弥陀堂、、、良いですね、あの形。

茶飯釜には「飢来飯 渇来茶」の字が。

信楽鬼桶水指、「鬼」がつくだけに、でかくて迫力ありました。

私ともう一方しかおられなかったので、へばりつきながらじっくり拝見できてよかったです。


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最後に、井戸茶碗がマイブームなので、展示されてはいなかったのですが、湯木美術館所蔵の大井戸茶碗「対馬」のポストカードを買って飾ってみました。(写真立て、いまいち合ってません。そのうちちゃんとしたものを、、、)

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コメント

献灯の「薬」のロゴ、ちょっとおもしろい。でもなぜか月餅の表面のお飾り模様を思い出して食べたくなりました。bleah
あんまり大きくなくて「ツボ刺激」の美術館っていいですよね。混んでいないと好きなものが気の済むまでじっくり見られますものね。

yuchi様

そういえば月餅の表面にも似たような文様が、、、あれは東南アジアでは仲秋の名月のお菓子だそうで、季節外れなんですが、ちょっと食べたいですね。まだ大きい奴、まるまる一個は完食したことがないのですが。
プチ美術館、阪神間には意外とたくさんあるんです。
時間の許す限り、特にお茶関係の展示はいかなくちゃ!と思っております。

小学校が高麗橋三越そばだったので、道修町はすっごく懐かしいところです。
北浜に実家のある幼馴染もいますしね。
神農さんも小学校の頃はよく行きました。

プチ美術館、並ばずに入れるし、人の頭・肩越しじゃなくゆっくり観ることができるのでいいですよね。

夢風庵様

高麗橋三越!懐かしいですねえ、、、無くなってもう5年くらいですか。
きっとこのあたり、夢風庵様のかつてのテリトリーだろうな、と思いながら歩いていました。
神農さんがここに祀られているとは全然知らなかったのですが、このあたりのネイティブには有名だったんですね。

この湯木美術館は近くに友人の妹さんの嫁ぎ先があり一度見に行きました。
間口が狭く見落としてしまいそうですが、でもモダンな建物はいいですよねっ、

それに平岡珈琲店も近いしぃー・・・笑

この大井戸茶碗対馬、いい色合いのようですねぇ~

ヘルブラウ様

そうなんですよ、湯木美術館に行ったときは必ず平岡珈琲によるんですよ。でも!この日は満員ではいれませんでしたのweep
このあたり、ヘル様にとってもかつてのテリトリーですよね。

大阪人です!読めてよかった!笑

うろ覚えなのですが・・・お茶の先生が、神農さんの「張子の虎」の姿をお稽古の日に・・・今日は神農さんですからね・・・と。
そんなことを思い出しました・・・あの張子人形ではなくて・・・香合だったかと記憶しているのですが・・
大阪ならでは?・・・いかがなものでしょうか・・?

nnya様

さすが、読めましたね!(あたりまえ、、、か)

張り子の虎はなんでかな〜?と思ってはいたのですが、言われて調べてみると、こういう事らしいです。


「文政五年の秋、疫病(コレラ)流行して万民大いに
苦しむこれにより、道修町薬種商相議り、疫病除薬として
虎頭骨等を配合し、
虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)という丸薬を
施与すると共に張子の虎を作り、神前に祈祷を行い、
病除御守として授与する。
古人、病を療するに薬を服用すると共に、また神の加護を祈る用意の周到なること誠に想うべきものなり。」

し、、、しらんかった!
勉強になりました。bearing

道修町〜湯木美術館のお写真、この界隈の気配をとてもよく表しております。11月22・23日の「神農祭」は大阪の冬の始まりを告げますが、「少彦名神社」の佇まいは、夏も木の間の岩清水のように、ひそやかな涼しさを街にもたらしてくれます。
 この神社が現在のように境内・社殿等を有する「神社」となったのは、明治44年なのですね。それまでは小祠だったのですが、大阪薬種卸仲間商組合が明治政府による「神社合祀令」に抗して、独立存置を決意し、寄付によってその小祠を「神社」としたのは、大阪商人の心意気をいかんなく示すものと言えるでしょう。

みゆき様

そうなんですかcoldsweats02
そんな歴史があの小さい神社にあったなんて、存じませんでした。
神農祭も調べなおしてみましたら大阪の無形文化財だったのですね。
実は大阪で長いこと仕事をしているのに、ほとんど大阪初心者で、最近やっと大阪の地理がわかりかけてきたところです。こういう発見があって、大阪を見直しつつあります。
これは11月、神農さんのお祭り、一度行って張り子の虎をいただかねば。

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