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2010年5月

2010年5月30日 (日)

母屋の上棟

久々に5月らしいすがすがしい1日でした。(というまに6月ですが、、、)

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鴨川の風景。

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「大」の字が、少し見えにくいですが、緑濃い大文字。


茶室の上棟が今年1月、そしてようやく母屋の上棟式を、このさわやかな日に無事迎えることができました。


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屋根のむくり(ゆるやかな湾曲)がわかるでしょうか?

とても美しいです。


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うねる古材のゴロンボ。

ずっと憧れてきた町家の火袋の部分にあたります。
(養生をはずすわけにはいかないので、木材をお見せできないのが残念ですが)

当初、新築でどれだけ町家の意匠が再現できるか、全然わかりませんでしたが、思った以上のものができつつあり、貴重な縁があって、設計の労をとってくださった建築士さん、すばらしい匠の技を発揮してくださる大工さん、に感謝です。

数寄屋造りの技の数々は、京都だからこそできた面もあり、いまさらながら京都に居を構えるありがたさも実感です。


完成までには今少しかかりますが、この家に、京都に、住める日を心待ちにすごすことにいたしましょう。

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もうすっかりなじんで、この土地に前からあるような錯覚を覚える青楓です。

その枝越しに躙り口です。

2010年5月27日 (木)

「井戸茶碗の謎」「神の器」〜申 翰均

それは朝鮮の飯茶碗である。それも貧乏人が普段ざらに使ふ茶碗である。
全くの下手物である。典型的な雑器である。一番値の安い並物である。
作る物は卑下して作ったのである。個性等ほこるどころではない。
使ふ者は無造作に作ったのである。
・・・・・・・・・・・
土は裏手の山から掘り出したのである。釉は炉からとってきた灰である。轆轤は心がゆるんでいるのである。
形に面倒は要らないのである。数がたくさんできた品である。仕事は早いのである。削りは荒っぽいのである。
手はよごれたままである。釉をたらして高台にたらしてしまったのである。
室は暗いのである。職人は文盲なのである。窯はみすぼらしいのである。焼き方は乱暴なのである。
引っ付きがあるのである。だがそんなことにこだわってはいないのである。
またいられないのである。安物である。誰だってそれに夢なんか見ていないのである。
・・・・・・・・・・・・
これほどざらにある当たり前な品物はない。これがまがいもない天下の名器「大名物」の正体である。
・・・・・・・・・・・・
あの平々凡々たる飯茶碗がどうして美しい等と人々に分かり得ようや。
それは茶人達の驚くべき創作なのである。飯茶碗は朝鮮人たちの作であらうとも、「大名物」は茶人達の作なのである。

                    柳 宗悦 「茶と美」


まさしく私の愛読書からの井戸茶碗に関する引用。

そして井戸茶碗=朝鮮の雑器、、、と大方の日本人(多分大方の韓国人も?)は認識していたと思うが、それにまっこうから異を唱えたのがこの本。

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「井戸茶碗の謎」申 翰均・著  バジリコ株式会社


そらいろつばめ様から教えていただいた本です。

著者の父上は初めて高麗茶碗を再現した陶芸家で、彼もまた陶芸家であり、韓国陶磁器の研究をされている。

彼によると、井戸茶碗は、宮中用祭器に対して庶民の祭器であったという。

祖先を祀る祭器であれば、それは高い技術と細心の注意をもって、陶工たちがこしらえたもので、片手間にさっと作られた雑器ではありえない、と。

不思議なことに、いまでは韓国の人ですら、井戸茶碗の本当の使われ方を知らないそうだ。
むしろ、柳の雑器説が大方に受け入れられているらしい。

なぜ、高麗茶碗(井戸、三島、刷毛目、熊川、斗々屋、金海、伊羅保などなど)が朝鮮半島でも作り方がわからなくなるほどとだえたのか?
それは当時の朝鮮人、特に両班階級が、白磁の発明とともに、端整さと白の色を好み、白磁ばかりを使うようになったからとも、豊臣秀吉の朝鮮侵攻のとき、多くの朝鮮陶工が日本に連れ去られて打撃をうけたからとも。


朝鮮半島ではほとんど井戸茶碗は出土しないそうで、それが著者の祭器(=先祖を祀ったあとは粉々に割って、別の場所に埋めた)説の根拠の一つになっている。
他にも、井戸茶碗が安定の悪そうな高い高台をもっているのは、祭器(=この茶碗にそなえられたものは絶対に食べない)であるがゆえで、もともと日本人とちがって、茶碗を手に持たずに机においたまま食べる朝鮮人にとって、安定の悪い茶碗は実用になりようがない、とか。

この新しい井戸=祭器説はどのくらい受け入れられるだろうか。
これに関して著者以外に研究している人はいるのか。

知識のない私としては反対、とも賛成、とも言いかねるが、さまざまな窯の跡をたずね、自分でも作陶されるという、肌で感じるもののある著者の説は説得力がある。

そして多くの現代までの陶工が試みてきて、ことごとく失敗した、井戸茶碗の再現。
それほど井戸茶碗は高い技術がないと作れない、ということはよく理解できた。

だから柳の文のように、貧乏な陶工が雑に大量に作った物ではない、ことだけは納得。

しかし、貴族階級の両班たちが使った祭器にくらべて、高い技術で作られた物ではあったものの、決してとりすました、フォーマルな物ではなく、あくまで庶民のものであっただろうし、それゆえに唐物に対する存在としてあえて「雑器」としたのは柳のレトリックだと思う。

均整のとれた器ではなく、少しゆがんだ井戸の美しさ。
それに美を見いだしたのは紛れもなく日本の茶人であったけれども、それを作った陶工たちもまたそのゆがみやわざと残した轆轤目に美しさを表現しようとした、のもまた真実ではないかと思える。

今後の研究でどのように展開して、どのような結論が出るのか。
今の今まで、井戸茶碗は朝鮮の雑に作られた雑器であると信じて疑わなかっただけに、目からウロコの本でした。
(この本は「へうげもの」の公式HPにもとりあげられています)

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さらに驚きは、筆者がこういう小説も書いていること。

秀吉の朝鮮侵攻時、日本に連行された朝鮮陶工が一生をかけて、井戸茶碗を作ろうとする物語。

主人公は架空の人物だが、他の登場人物はほとんど実在の人物。
特に、日本に陶芸の高い技術をもたらした朝鮮人陶工(多くはむりやり拉致されてきた)たちの実像は、悲惨さも、栄光もあり、初めて知ることばかり。小堀遠州や細川三斎なども登場。

朝鮮側から見た、文禄・慶長の役(朝鮮侵攻:朝鮮では壬申倭乱)についても、たいへん興味深く読んだ。
有田、唐津でなぜあれほど焼物が発達したのか。
連れてこられた朝鮮の陶工たちの力なしでは、当時西洋でたいへん人気があり、日本の主要輸出品にまでなった陶器は生まれなかったことも、再認識。

そして、著者はご自分の井戸=祭器説を、この小説でさらに説得力のあるものにするのに成功した、と思う。


これらの本を読み終えて、なぜあれほど当時の茶人が井戸をはじめとする高麗茶碗に熱狂したのか、高麗茶碗とは一体どういうものだったのか、わずかながらわかったような気がする。

茶碗一つに、どれだけ陶工たちの熱い情熱や苦労がこめられているか。
そのことに思いをはせる心構えはなにより大切だと、思った次第。

できうれば、一生に一度、ほんものの井戸茶碗をこの手にふれることができたらな〜。

2010年5月26日 (水)

皐月雑記・2

この春は活躍(?)しすぎて、電池切れ。

充電期間にはいっております。

身の回りのお気に入りをいくつか、、、、

<その1>

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これはソウルではやりのラッピング。

韓紙で作った普通の紙紐なんですが、一部をほぐして広げると、こんなふうに葉っぱのようになります。

目の前で店員さんが上手にしてみせてくれました。

いろんな色の紐を使うとおもしろいかも。まねっこしてみよう。


<その2>


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で、そのラッピングの中味。

刺繍入りの濃い青と、水色の(写真では白になっちゃってますが)麻の布。

のれんのようにして使えます。

夏向きで涼しげ。


<その3>

麻といえば、こちらも有名。

奈良晒の中川政七商店

江戸時代からの老舗で、奈良はもちいどの商店街をちょっとはいったところにあります。

ここの若い当代社長が意欲的にいろいろな商品展開をされているのですが、梅田の某デパートで中川政七商店xgrafのコラボ展をやっていました。

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grafはプロダクツデザインなどを手がける大阪の会社。

奈良晒の製品を始め、文具や鞄、スカーフ、大和茶など多岐にわたる品揃え。

どれも欲しくなるようなすてきなデザインで、あれこれ迷って購入した物はこちら。

木版画の散華と、ルピシエのお茶、その名も「奈良まほろばティー」。(緑茶に梅のフレーバー)

そして、、、


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中川政七商店の小棗サイズのプチ缶。

中に飴が入っているのですが、表に貼られた奈良晒の色あわせがすてき。襲の色目になっています。

私が買ったのは春の紅梅と、冬の残月ですが、他にも夏、秋バージョンがありました。

お茶を入れるのにもちょうど良い大きさ。棗のかわりにも使えないかしら。

<その4>


このプニプニ肉球は、、、
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実はベーグルなんです。

岐阜の大垣にあるベーグル専門店、エルクアトロギャッツのもの。

まあ、店の名前を聞いただけでも店主さんが猫好きってわかりますよね。

カタラン語(バルセロナのあるカタルーニャの言葉)で「4匹の猫」ですから。
(ちなみにカスティージャ語=公用スペイン語ではロスクアトロガトスになります)

かわいそうだけれど、一山ずつちぎっていただきました。
おいしかった!

<その5>

で、その猫、、、です。


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おとうさんが、パソコンをいじっているのにわざわざやってきて、足元にで〜んと座り込み、存在をアピール。

「邪魔!」といわれても、必殺・かわいこぶりっこ目線であっというまに陥落させます。

まだまだ甘いぞ!旦那。

<その6>

去年からの作品、蝸牛のごとき進捗具合なので、ちびちびアップしています。


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13枚のレモンスターバリエーションのパターンの間をつなぐのに、こんなミニレモンスターを作っています。

12枚作る予定でただいま5枚ができました。

完成は、、、、いつでしょうねえ、、(遠い目)

2010年5月23日 (日)

花月のお稽古〜軸荘付花月〜風炉の逆勝手

実はほぼ一月、お茶のお稽古ができずにいました。

なにせ怒濤のスケジュールの春でしたから。
(よおあそんどるなあ、、、と思われた方もおられますよね、きっとcoldsweats01

先生の先生宅での花月のお稽古。


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で、気がつくといつのまにか風炉の季節ではありませんか。
えらいこっちゃ!頭の切り替えができていない。

ちゃんと鍛錬できているお茶人さんなら、炉、風炉の切り替えはスムーズにできてあたりまえ。
私はまだまだ修行が足りません。

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茶花としては人気がありますが、ほんとに茶花なの?と思えるくらいの存在感のある大山蓮華。
開いてしまうと、中のおしべがどうもなあ、、、、

まずは先月からの復習の東貴人且座をやりまして、炭、花、香を。
風炉の炭点前が、catfaceむむむ、、、な状態だったので、香にあたってラッキ〜。

濃茶を一同いただいたあと、東さんが貴人さんなので、いきなり上座へ移動されるのがおもしろい。
現代の生活で貴人さんと同席することはまず一生ありえないので、こういう席で雰囲気を楽しめます。

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お菓子は(水仙と同じだけど水仙じゃありませんよ)「卯の花」。
まさに夏到来です。

この藤の懐紙、きれいでしょ?奈良の紙問屋だった老舗、藤田芸香亭でもとめたもの。
5月しか使えませんがね。

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大棗も藤の蒔絵です。
蔓ものが大好きな私好み。lovelyほしいわ〜。

さて、今回初登場は軸荘付花月。

ただし付いてくる花月は普通の花月なので、要は小習の軸荘のお稽古なんです。
、、、、、で、知らない、、、

軸の飾り方を全く知らない。(恥)
軸の紐のかけ方も、この前やっと覚えたところで、運悪く運良く「月」があったって、手取り足取り、一から教えてもらうことに。

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床の間におかれた軸と白菊扇。
(帛紗は本当は紫を使うらしいですが、ないので朱で代用)

軸荘は本来はお軸が宸翰、名物などのときにされるものですが、まあだれもそんなもの持ってないしね〜。
先日の冷泉家展のときにでていたような物が対象なんでしょうね。

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白菊扇。
長さ1尺、10本骨。
表裏とも銀砂子で、表には墨絵で楼閣山水、裏には胡粉一色で白菊、というお約束。
どういう意味があるのか調べてもわかりません。

この扇子をぱちっと片手で一つひらいて、軸の紐をはさみ釘にかけたりはずしたりします。
この扇子を腰にさすのは武士っぽくて、かっこいいです。

軸に巻いてある美濃紙の長さの設定や、軸の広げ方、巻き方、紐の扱いなど、初めて勉強させてもらいました。
普段、ふつうの軸を掛けるときにも必要な知識がつめこまれていて、確かに小習は茶道のあらゆることの基本なんだなあと、再認識。

さて、一度帰宅して夕方からはいつものお稽古。


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お花は鉄線と、白いのは(たぶん)ショウマ。(nageire様より、白糸草とご指摘いただきました。)

この日は初めてづくしで、風炉の逆勝手。

逆勝手はどうしても大炉のことがあるので、真冬に炉でやるのが普通だったため、風炉の逆勝手って意外とされていないかも。

大筋は炉とかわらないのですが、特徴は水指の蓋の開け閉めですね。
なんと四手になるんです。

右でつまみをとって、横、横、上で左で下座に置く。(スミマセン。お茶やってないかたはなんのこっちゃ?ですね)
閉めるときは、左でとって上、横、右手でつまみをとって閉める。

薄茶でしたので、まだついていけましたが、濃茶、炭点前になるとどういうことになるのかちょっとおそろしい。

しかし、風炉に頭が切り替わっていないまま、平点前をとばしていきなりこんなのばっかりって、どうなの?coldsweats02


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香合も風炉の季節、焼物から軽やかな木地や蒔絵にかわります。
お稽古には、紬の単衣を早々と着ていきました。

夏は来ぬ、です。

2010年5月18日 (火)

ソウル点描〜後編

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いきなり「現代(ヒュンダイ)」。
いわずとしれた韓国車のトップメーカー。
いやあ、これも経済の勢いを象徴しているようでりっぱやなあ、、、、

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15世紀初頭に朝鮮王朝の離宮として(後には王宮として機能)建てられた昌徳宮の門の屋根。
西遊記の登場人物の形の人形がのっています。
鍾馗さんのようなもの?

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この隙間のないペイント。
日光東照宮はこの影響をうけているのかしら。

当初、王宮として建てられたのは、昌徳宮より古い景福宮。(時間の都合でこちらには行けず)
これは豊臣秀吉の朝鮮出兵によって全焼したのだそうな。(のちに何度も再建)

景福宮正門はソウルのシンボル、光化門。
植民地期には朝鮮総督府がこの門の取り壊しを検討したが、なんと柳宗悦らの働きかけで、それを免れたとか。
ここでも柳の足跡にいきあたるとは。


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光と影の美しさ。
日本ならさしずめ書院障子、、、、というところか。


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窓を開け放てば、自然と一体化するここち。


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窓という額縁に切り取られた白い躑躅。

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王宮をあとにして向かった別名骨董街、仁寺洞(インサドン)の、ここもかならず立ち寄る韓国茶カフェ、傳統茶院。

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こちらももとは大きなお屋敷。

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こちらの李朝家具もすてきなんです。

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いただいたのは柚子茶とならぶ、韓国茶の巨頭(私がいってるだけです)、「水正果(スジョンカ)」。
シナモンの香りの甘いお茶で干し柿がはいるのがお約束。

これは自宅でも作れると聞いて、シナモンスティックを買ったまではよかったが、、、、
そのあとなんとなく作れてないのよね、、、

このあたり、陶磁器を扱うお店も多いのですが、そこそこの工芸店で、ぱっと見た目にいいな、と思うような写し茶碗(粉引や刷毛目、三島、なんと井戸まで)があったのですが、、、

よく見ると、どうみても日本で大名物、国宝クラスの高麗茶碗に明らかに似せてあるのです。

釉薬のかけ残りの形が有名な国宝粉引茶碗を意識しているのですが、ちょっと稚拙だったり。
井戸の高台の梅花皮(かいらぎ:釉薬のちぢれで鮫肌のように見える部分で井戸茶碗の見所になっている)を無理矢理似せてるけど、まったくの別物になっていたり。

似せようとしていなければいいお茶碗なのにねえ、、、お値段も手頃だし。


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仁寺洞の乾物屋さん。

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臼の踏み石。なにもこんなにぎょうさん集めんでも。


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韓国菓子をうる屋台。手前の茶色いのは飴のかたまりです。
これとパフ状にした穀類を、混ぜ合わせてお菓子にして売り物に。

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「チャングムの誓い」で料理指導をした方がプロデュースされたレストラン、「宮宴(クンヨン)」。
こちらでは宮廷料理をいただきました。


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宮廷料理は、庶民の韓定食より洗練され、唐辛子をあまり使わない薄味が特徴とか。
このように、チマチマでてきます。
見た目にはとても美しく、味もマイルドでおいしいのですが、いかんせん、パンチに欠けますわ。
なにより、量に不満あり!

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ホテルの結婚式会場で目撃したお祝いの花輪。

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こちらは6年ぶりの東大門市場。
大阪で言えばセンイシティ、その規模の大きい版。
衣料に関するものなら厖大な物量を誇ります。しかも超安い!

明洞など、おしゃれな町中ではついぞ見ない、ごくごく普段着の地元のおっちゃん、おばちゃんがいて、活気にあふれたアジア〜な雰囲気があって、ここはまだ昔と変わっていない、と安心。


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ベルト屋さんはこのようにベルトだけ。しかも半端な数じゃない。
傘屋さんは傘ばっかり、帽子屋さんは帽子だけ、ネクタイ屋さんはネクタイだけ、、、というお商売の仕方。

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こちらはチマチョゴリのお店。生地も売っています。
きれいlovely

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こちら焼き魚横町といわれる、生け簀の魚を目の前で焼いて食べさせてくれる庶民の食堂街。
良い匂いです。

さて、なんで韓国に4回も行くか?

実は韓流ドラマ、、、ではなくて、食べ物!

コリアンフードは私の味覚のツボに真正面ストライクなんですわ。
それに韓国料理は、お野菜が案外たくさんいただける料理でもあるのです。

下降していた食欲も、不思議と韓国料理を食べると一気に爆発。
食べ過ぎると普段は○痢ピ〜になるのに、全然、そんなことなくて、めちゃ胃腸は快調。

そして今回の旅でいっちばん感動的においしかったのはこれ!


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まるごとの鶏肉を豪快にハサミで切って、鳥のスープといっしょに煮込むタッカンマリというご馳走。


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これをコチュジャン(赤い辛いやつ)などの調味料、薬味でいただくのですが、んまいのなんのって!


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うまさの秘密はこのタレにもあると見たのだが。

というわけで、ますます韓国料理の深みに、ずぶずぶはまっていく、、、、のでした。

こりゃ帰ってからも鶴橋(韓国料理、特に焼き肉屋さんが林立している大阪のコリアンタウンのようなところ)あたりへいかなくちゃ〜。

2010年5月17日 (月)

ソウル点描〜前編

気になったソウルの町並みを。

前編は特にお気に入りの北村(ブッチョン)韓屋村、坂道に沿って並ぶ韓屋の織り成す美しい景色を。

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ここが一番のビューポイント。

それぞれのお家は今でも住宅ですが、おそらく富裕層の方々。

ただし、みなさん、見た目はジャージーなんか着て、けっこう普通。

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2年前までは、このエリア、それほど有名というわけではなく、観光客の姿はほとんど見なかったのですが、今は団体さんまでくりだす人気のエリアになっています。

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普通の韓屋だったところが、おしゃれな店になって、たくさんできているのにもびっくりしました。
店がたちならぶあたりには、週末ということもあって、韓国のカップルやら、日本人や中国人団体観光客やらがわんさか。

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そうそう、町家ショップが次々できる京都と同じ現象ですね。


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取り壊されて、新しい家が建つのも同じ。
京都の景観条例と同じく、ここも国の規制があって、多分新しく建てられる家も、まわりの雰囲気にとけこんだものになると思います。
ただし規制以前の建物ではどうみてもそぐわない、奇抜なデザインの家もあり。


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2年前は客は娘と二人きりだった韓国茶カフェ、チャマシヌゥントゥル。
この日は満員御礼の大人気でした。

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なんといっても、調度=李朝家具がいい。


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中庭の眺めがいい。(咲いている紫の花はオダマキ)

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茶器がおしゃれでお茶がおいしい。
ちなみにこのお茶はチャマシヌゥントゥル・ブレンドのハーブティー。


他にも、ガラスケースの中にはレプリカではなく、ほんものの朝鮮王朝時代の青磁や白磁、井戸茶碗に刷毛目茶碗などが飾られ、ついへばりついて見入ってしまいました。

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おもしろかったのはこれ。
土風炉、というのはありますが、陶器の釜はちょっとめずらしい。
日本にもあるのでしょうか?

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もう一カ所、北村で行きたかったのはこちら、韓尚洙(ハンサンスー)刺繍博物館。
韓国の刺繍の人間国宝、韓さんの私的博物館。
韓屋を利用して、細かい、そして息をのむような見事な手仕事を展示されています。

この日は奥の部屋で観光客のグループがポシャギ(韓国独特の裏表のないパッチワーク)の1日講習を受けておられましたが、見事にオッサンばっか!

怪しげな手つきでチクチク針を手にしている姿は、ポシャギというより糸の通し方からおしえてやってくれい!という感じ。coldsweats01


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こちらのおばちゃん(こう呼ぶのがぴったりなかんじ)、お金を払ったのに、チケットといっしょにお金まで返してくれるおとぼけぶり。(もちろん、返しましたよ)

講習は時間的に無理だとしても、ポシャギのテクニックは一度は知っておきたいと思っていたので、講習用キットがほしい、とおばちゃんに談判。

英語も日本語も通じないので、身振り手振りと、紙に書いて、ようやく目的を達成。
なんだかおばちゃんにすっかり気に入られて(?)有料であろうカラーのきれいな図録をただでいただきました。ラッキーheart01

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このキット、針、まち針、糸通しまでついているんですよ。
説明書はハングルで読めませんが、そこは絵もついているし、なんとか、、、。

コースターのようです。
楽しんで作ろうっと!

2010年5月16日 (日)

北村ゲストハウス〜ソウル


サッカーワールドカップ開催年からですから、かれこれ8年前から、都合4回目、2年ぶりのソウルです。

来るたびに洗練されて大きくなって、人も町もおしゃれになっていくのには、国の勢いというものを感じてしまいますね。
ただし、最初訪れたときの、いかにもアジア〜という猥雑さが無くなっていくのは少し残念。(市場あたりはそれでもまだアジア〜、ですよ)

2年前に来たときにはまだかろうじてあった食べ物の屋台が表通りからすっかり一掃されてしまったのにはびっくり。
ソウルに行ったら必ず行く!という仁寺洞近くのホットク(お菓子の一種)の屋台がなくなっていたのは、ちょっとショックでした。

今回はどちらかといえば、接待旅行みたいな(接待する方!)ものでしたので、行った場所はちょっと私の好みとははなれていたんですけれど、唯一わがままを通させてもらったのが宿泊場所。

前回来て、すっかり気に入ってしまった三清洞・北村韓屋村。朝鮮王朝時代の古い韓屋群を、国家プロジェクトで保存したエリアです。

このエリアにある築100年の韓屋を利用した北村(ブッチョン)ゲストハウス
風呂が無くシャワーだけ、という不便さはありながら、この伝統的韓屋に泊まってみたかったのです。
(いわゆる京都の町家ステイのようなもの?)

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たどり着いたのは灯ともし頃。
この季節ソウルでは、旧暦でお釈迦様の誕生日を祝うため、大通りにはみなこのような提灯がともされ、風情がありました。
この緩やかな坂を登って北村地区へ。

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一歩大きな通りを入ると、もう地元の人たちの普段の生活空間。
薬屋、食べ物屋、クリーニング屋などがならんでいます。

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たどり着いた夜の中庭の雰囲気はこんな感じです。


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同じ景色の翌朝版。
こういう中庭を4棟が取り囲んでいる感じ。

韓屋の門の意匠はなかなかステキで、2年前門ハンティングをしたのですが、あの閉ざされた門の内側はこうなっているんですねえ。


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ちなみに門はこんな感じ。
ちゃんと電子ロックになっているのが今風。
まだ小さい赤ちゃんのいるご夫婦が、改装してゲストハウスにされたとか。


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泊まった部屋はこんな感じです。
鍵なども金輪をはめこむ方式のレトロなものそのまま。
床はオンドルになっていて、部屋全体がほんのり暖かくなります。
ただし、真冬はちょっとつらいかも。


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玄関から客間の入り口がならぶ風景。
韓国の時代劇なんかによくでてくる作り。

この建具の縦線の美しさがまたなかせます。


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別の棟です。


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縁側にあたる使い込まれた木の床が美しい。

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裏庭もええ感じやわ〜lovely
我が愛する京町家にどこか通じるものがあります。

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ふたたび夜の風情。


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共同自炊のキッチンは、びっしり、宿泊客のお礼の手紙や写真でうめつくされています。
そうそう、朝は自炊です。
一人旅の韓国人の方とあいさつしながらトーストとコーヒーを。

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共同リビング。
ネットもここでし放題。

最初に宿泊代をお支払いした後は、出入り何時でも自由、出発時も鍵さえ置いておけば自由、という気楽さ。

シャワーは少し使いにくく、順番待ちをしないといけないので、共同シャワーや共同部屋はいや、と言う方にはお勧めしませんが、、、、。

その不便さを補ってあまりある、昼は植木の木漏れ日を、夜はしっとりし五月の夜気を、楽しむ伝統的韓屋にお泊まり、すてきでしたよ。(宿泊費も超お得)


   *    *    *
地図
ちなみに最寄り地下鉄駅は3号線・安國(アングッ)駅。(仁寺洞の北です)


2010年5月12日 (水)

冷泉家〜王朝の和歌守展

京都文化博物館にて、特別展「冷泉家〜王朝の和歌守展」をみてきました。

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いわずとしれた、藤原俊成、定家、為家などの和歌の綺羅星、エリートを祖にもつ和歌の家、名家であります。

御文庫とよばれるこれら古書を擁する冷泉家の蔵は、江戸時代の大火も免れ、明治維新に東京遷都についていかなかったため関東大震災で失われることもなく、奇跡的にのこったタイムカプセルのようなもの。

長いこと非公開で、本の整理・目録作成が始められたのはつい最近のことらしいです。
なんにしても国文学者、歴史学者などにとってはお宝の山であることでしょう。

今回の展示は

第1章 家祖    第2章 明月記 (定家さんの日記、教科書でもメジャー)
第3章 勅撰集 (古今集の定家本などなど)  第4章 私家集 (定家監督、書写が多いです)
第5章 歌書  第6章 宸翰 (天皇直筆の書のことね)

俊成、定家のビッグネームの直筆がおがめるとは。
筆遣いは、ほんにその人がそれを書いたその瞬間の息づかいまで感じられるようで、千年ものへだたりをあっというまに飛び越えるが如く、、、です。

先月、野中の清水様のご厚意でたくさん見せていただいた古筆を拝見してより、くずし字を勉強しようと、誓ったのですが、いまだ力およばず、このおびただしい歌の書を読むことはほとんどできませんsad

それでも、ああ美しいなあ、こういう字で歌がさらさら書けたらなあ、、、と思わずにはいられません。
生来の悪筆でして、このような美しい字には人一倍憧れがありますの。

なによりもこれらのおびただしい古書が、そして和歌守の家が、現代まで生き残ったことの奇跡に感動しますね。
それも京都であるからこそ、、、、でしょう。

この貴重な古写本だけでなく、今に残る最古の公家屋敷の建築(冷泉家住宅:重要文化財)、七夕の乞巧奠(きっこうでん/きこうでん)や端午の節句の飾りなどの年中行事などの文化遺産を保存し、冷泉流古今伝授を継承することを目的として財団法人冷泉家時雨亭文庫が設立されたのは1981年だとか。

現在では春秋の短期間、冷泉家住宅は一般公開されているそうで、これも一度行ってみたいです。

それから、展示会場には冷泉家の乞巧奠のしつらえの実物が披露されていました。これはわりと有名なので、雑誌なんかでみたことがあります。
この七夕には、真ん中に広げた白い布の帯を天の川に見立て、王朝時代の装束に身をつつんだ歌人男女がそれをはさんで、恋の歌をとりかわすそうです。みやびですねえ、、、

麗しい水茎のあとを見てしまったので、なんだか自分もすらすら美しい字が書けるような錯覚におちいりまして、出来心で冷泉家バージョン・筆ペンなんか買ってしまいました。(そんなわきゃないのにねえ、、、)


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冷泉家〜王朝の和歌守展は6月6日まで。
京都文化博物館:三条高倉


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また少し、留守にします。
コメントへのお返事、遅れるかと思いますがお許し下さい。


2010年5月11日 (火)

洛中風散歩

さわやかな五月の空のもと、洛中風散歩を。(NPO京町家・風の会主催)
観光地でない京都探訪です。

開催中の町家ショップらりぃ(〜5月16日まで)もからめて、バリバリの京女、あまね様と風小僧様の解説付きで町歩きです。

今回コースに選んでいただいたのは御所南〜西陣エリア。


集合しましたのはこちら。

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実はここはこどもみらい館(間之町通竹屋町)なんですが、かつて京都市立竹間小学校があった場所。

ちなみに今回の散歩のサブテーマは「統廃合された番組小学校」、、、、かも。

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間之町(あいのまち)通。

番組小学校とはなんぞや?
明治維新後、住民自治組織であった「番組(町組)」を単位として創設された、64の小学校のこと。

京の町衆が自らの手で建て、運営したということで、その地域の絆は強く、多くの洛中の小学校が平成になって統廃合されてなくなったにも関わらず、○○学区という地元意識はすごいらしいです。

今でも初対面の時には「あんた、どこの学区?」と聞かれるとか。

学校名もとてもみやび。
乾隆、聚楽、待賢、銅駝、明倫、室町、龍池、京極、春日、有隣、、、、、

昔京都に住んでいた頃、まだ現役だった小学校が、この10数年間でびっくりするほど消えているのは、少子化の時代とはいえ、残念ですねえ。建築的にもすばらしいものも多く、なかには明倫みたいに有効活用されている校舎もあるようですが、校舎ごとなくなった学校もあるようです。

時とともに、洛中でさえ、地域の絆、学区意識も希薄になりつつあるようなのは、中核たる学校がなくなったことと無関係ではないでしょうね。

あら、前置きが長くなってしまいました。

どこをどう歩いたか、おわかりになる方はおわかりでしょうが、私は途中からもうさっぱりどこを歩いているのやら、、、
まあ、地図でもご準備ください。


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御所南のあたりは神社関係の職業が多いそうです。
こちらは神祭具製作所。

神棚などつくるお家らしいですが、これだけで職業として成り立っているのは、さすが京都です。
他にも宮司さんの装束を誂えるお店とかも。


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正教会としては日本で一番古い京都ハリストス正教会
明治34年建築。
柳馬場夷川下る。

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長谷食品店。柳馬場二条。
一階とその上とのテイストのギャップがなんともインパクトありますね。


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西村衛生ボーロ。
間之町夷川下る。
子供の頃からいまでも大好き、衛生ボーロ。

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このガラスのバッテンを見て戦時中を思い出すあなたは、昭和一ケタ生まれ?
(あ、私は知識として知っていますが、現物は知りませんよ〜)


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比較的新しく改修したらしいお家ですが、ちゃんとバッタリ床机がついています。
木材は新しそうなので、わざわざ新しく作られたようです。以前の古い家にもあったのでしょうか。
いいですね。


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古建具ではすごくお世話になっている井川建具屋さん、
烏丸夷川東入る。


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大正の頃にはこういう洋館風の建物をくっつけるのがはやったようです。
京都ではわりとよく見かけます。
京都人、けっこう新しもん好きですから。coldsweats01

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車屋町夷川上がる。
このあたり少将井御旅町。
かつて祇園祭の御旅所のひとつだったとか。


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この建物の一角にかつて名水がでたという少将井旧跡が。
わざとらしく(?)ビンにつめた水は何?


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さて烏丸丸太町、創業江戸時代、老舗の果物屋八百林さんとこの「みつばちハッチ」さんでフレッシュジュース休憩。
こちらもちや様のご愛用。

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坪庭は狭いスペースなのに、オープンエアというだけでなんだかほっとする空間になっています。
大きな風呂敷包みはあまね様のお荷物。
上手につつんではるでしょ?

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一息入れた後は烏丸を西へ。

梅屋小学校跡。新町丸太町。
これも消えた番組小学校。
跡地は広場と第二日赤病院、子ども事故防止センターに。

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麩饅頭で有名な麩嘉さん。
西洞院椹木町上る。

こちらは歴史的な名水、滋野井を復活されたことでも有名です。
おいしい麩を作るのに井戸水は欠かせないそうですが、ピンチの時もあったようで、それについてのエピソードもうかがいました。(→

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いつもならこの立て札の下に滋野井の水があって、自由にいただけるのですが、今年8月までは、工事かなにかでだめなようです。
紙コップも用意いただいたのに残念!


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入り口に飾られた八角。


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雨樋を上手にかくしていますね。
建物の木の部分は、食べ物を扱う店、ということでベンガラもなにも塗装していないそうです。
木材そのものの色の経年変化が美しいです。


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このあたりにあった番組小学校の滋野小学校、戦後は滋野中学校。
現在は京都まなびの街・生き方探求館として活用。
後ろの黄色く塗り替えられた壁が不評らしいです。確かにちょっとセンスわるい。
もとは石の良い色だったそうです。

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お留守のお地蔵様。
きっとどこかできれいにお化粧してもらっておられるのでしょう。

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堀川下立売。ちょっと目をひく建物。
四柱推命教室らしいが来歴は不明。
これも大正年間くらいのものかしら。

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らりぃの参加店、薪炭・ペレットストーブなど取り扱っているHibanaさん
大宮通下立売。
京都にはこういう自然エネルギーが似合うような気がします。
薪、炭なんて今の子どもたちは見たこともないかも。
気密性の高い現代家屋では一酸化炭素中毒に注意ですが、風通し良好(すぎる)な町家にはいいかも〜。

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前から不思議に思っていた、智恵光院通下立売のこの唐突に道の真ん中に浮島の如くあるこの交番。
なんでこんなところに?なければ車の通行もすっきりするのに、と思っていたのです。

ところで、京都は空襲にあわなかったと思いこんでいたのですが、実は二カ所、爆撃をうけたのがこのあたりだったそうです。
で、交番の背後に見える公園に、かつては警察署があり、爆撃をうけて破壊されたために急遽近くに作った交番が戦後もそのまま残ったようです。
いやあ、町並みは歴史を語りますね〜。

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家具磨きの椿油でお世話になっている山中油店さん。
200年前の創業。智恵光院通下立売西入る。

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お店の前にその西陣の空襲に関する資料が展示されていました。

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いよいよ散歩の終着点は、その山中油店さん経営のカフェ、綾綺殿さん。
浄福寺通出水上る。

平安時代、内裏の中で舞いや宴が行なわれていた殿舎が「綾綺殿」で、まさにその場所にあたるそうです。

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築100年、以前はお米やさんだったそうですが、建物としては天井の高い織屋建てのように見えます。


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こちらご自慢のパニーニをやっと食べることができました。
パニーニのカリカリ感がとてもおいしかったheart01

お絵かきカプチーノも有名なので、ご一緒した夢風庵様の茶プチーノ(抹茶のカプチーノ)も撮らせてもらいました。(蕎麦板付き)

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普通の目線ではわからない、しらない、ところをたくさん見せていただき感謝です。
京都は普段の生活も奥が深いことがよ〜くわかりました。

それにしても小学校の統廃合ぶりのすざまじさには改めてびっくりしました。
歴史ある名前が消えていくのはさびしいですね。
せめて地名だけは整理せず、このまま残してほしいと思いました。
歴史を示す地名は京都の宝だと思いますので。


2010年5月 7日 (金)

倉敷逍遙

岡山から倉敷までは電車で約15分。

20年ぶりくらいかなあ、、、。思い立ってでかけてみた。

JRの車窓から見える緑の田園風景にふと口をついて出てきたのは、なつかしいGLAYのMayfair

 Mayfair 風は薫る 色づく季節見守るように、、、、、、
    、、、、、記憶をたどる岐路にあの日の空、、、、、、、、
 、、、、、、それでも 心なぞる 五月の風 涙流れても 優しくて、、、、、

倉敷といえば、もう説明不要でしょう。

今回はスライドショーと思って、町並みをぼ〜っとながめてね。

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連休最後の日ゆえ、観光客もそれほど多くなく、裏道にちょっとはいると、こんな景色も独り占め。


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旧・倉敷銀行、大正11年建築。

大原美術館で有名な大原一族が設立した銀行。


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ステンドグラスも当時のもの。


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つきあたりが大原美術館

子供の頃から何度となく行って、どこにどんな絵がかかっているかまで覚えていたものです。

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これでもか、これでもか、のなまこ壁。

、、、、と思っていたら、真打ち登場!!


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うわぁ〜〜〜coldsweats02

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この車庫のおさまりがステキ!


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時代劇のセットのようだ。

でも、倉敷行きの一番の目的はこちらだったりする。


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倉敷民芸館

先日でかけた東京駒場の日本民芸館に刺激を受けて。

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ここは記憶にはないのだが、小学校に入る前くらいのころ、ここの前で叔母さんたちと撮った写真がある。

まあ、そのくらいの子供には全く興味がわかない場所だったに違いない。

こちらはなんと江戸時代の米倉を改修した建物。

この倉敷美観地区での伝統的建築群の利用改修第1号らしい。

しかも駒場の民芸館に次ぐ第2号の民芸館なんですと。(昭和11年)

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駒場の以上にあちこちにちりばめられた李朝家具が、もうなかせますhappy02
バンダジも、以前手に入れたのと同じようなモリジャンも、ソバンも一級品ばかりがなにげにおいてあって、このままこちらに住まわせてくださいませ、、、といいたくなるような。

以前、倉敷ガラスの第一人者小谷真三さんの記事を書きましたが、小谷さんもまた柳宗悦の教えにであい、民藝の担い手となったわけで、なんだか、私の好きな美しいもの、、、はそこにいつのまにか集約するなあ、、、と思ったのでした。

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美観地区のシンボル、今橋。

このほとりに普段は非公開、年に2回だけ、イベントにあわせて短期公開される、大原孫三郎(大原美術館をつくった財閥ね)の別邸、有隣荘があります。


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と、思ったら、その有隣荘の二回の窓から、なんじゃこりゃ〜〜〜!!??

どうも、そのイベント(ヤノベケンジの幻燈夜会)
のものらしいです。びっくり。


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気をとりなおして、中を拝見。

なんと庭園は、京都のあの有名な(平安神宮、無鄰庵、並河靖之邸などなど)七代目植治がてがけたそうですよ。

縁側に立って、庭を見ると、目の前にば〜ん!と大原美術館のイオニア式円柱の門、足元には、これまた今頃はまあないだろう、、と思われるような自然の巨石がふんだんに。

こちらもみごとな邸宅でございました。内部の写真がないのが残念ですが。

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美術館へ行ったら、必ず行く、というお約束のカフェ、エル・グレコ

もちろん名前は、大原美術館のシンボル的名画、「受胎告知」の作者名から。

こちらも、もとは美術館付属の事務所だった建物で、味があるんですよ。

かつては小谷真三さんのガラスコップでお冷やがでたんですけれどね。
有名になりすぎて、使えなくなったみたい。


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青楓の美しさ、、、、天下は麗しの皐月でございますな〜。

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最初の写真の民藝の店で買った小谷栄次さん(真三さんの息子さん)のガラスコップ(無色)と実家からパクってきた もらってきた真三さんのガラス器(ブルー)。
あたたかいガラスです。

2010年5月 5日 (水)

実家へ〜キルトと猫のご縁

連休を利用して、実家の岡山へ帰ってきました。

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緑陰ゆたかな西川。

子供の頃の遊び場でした。

流れてくるいろんなものをすくい上げては遊んでいました。

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幼稚園〜中学までの通学路にあった、某銀行は今ではマンションになっていますが、当時のファサードの飾りと柱の一部がこんなかたちで保存されています。


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この「禁酒会館」と書かれた、ちょっと特異な建物も通学路で、目にしているはずなんだが記憶にない。

調べてみると大正12年に建てられ、空襲を奇跡的に免れた歴史ある建物で(→)国の重要文化財になっているらしい。

たぶん、私が岡山に住んでいた頃は閉鎖されていたのだと思う。今は店舗や事務所がはいっているようですが、子供の頃なんで気付かなかったかなあ、、、、、。(当時は建物なんかに興味はなかったってことね。)

さて、表町まででかけたのは、、、、

キルトと猫つながりでいつもブログにおじゃましている、ふーテトママさん(猫日和。キルト日和。)がこちらにいらっしゃると聞いたので。

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岡山の丸善。

私が中・高校生のころ、ここはまだ古い店舗で、1Fは本、2Fは文具をあつかっていて、定期試験の終わった日には必ず立ち寄る楽しい場所だったんです。

こちらで、ふーテトママさん、先日から展示とカットクロスやキットの販売コーナーをされているそうです。


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あ、ありますあります。作品が。

いつもブログで拝見していて、色づかいがとてもきれいなのにうっとりしていたんです。

我がかつてのホームグランドにおいでとあれば、おめにかからねば!

で、そのコーナーにいらした女性、お孫さんがおられると聞いたし、それにしてはお若い方だから違うかな〜、、と逡巡していたのですが、、、、

この方がふーテトママさんでした!

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若々しくて、すごくおしゃれな方なのでした〜。

初対面ですのに、やはり地元出身、話題が次から次へと、、、おまけに同じ中学の同窓であることも判明し!
もう、すっかり岡山で中学生、高校生をやっていた時代にかえってしまいました。
(県立高校の制服談義は最高でした!)

ママさんのHNのもとになった、ふーくん、テトちゃんという猫ちゃんも、いつもブログで写真をみるのを楽しみにしているんです。(お気に入りは、ちょっととぼけたふーくん。)
ママさんのつけられたキャプションがまた、じわっと笑えて、笑えて、、、

関西の方にこられることもあるそうですので、今度は是非大阪でもお目にかかりたいですね。
同じ猫とキルト仲間の(勝手に仲間にしちゃってますが)nnya様もごいっしょできるといいですね。

ちなみに上のキルト、すごい手がかかっているんですよ。
布の方向まで計算して縫ってあって、、、、これで2ヶ月弱とか。
とてもマネできません。

ママさんのブログで拝見した畳のへり(!)で作ったバッグも実物をみて、「私も作りたいっ!」と。
これが手芸材料になるとは!すばらしい。しかもかなりおしゃれ。


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キットとカットクロスまでおみやげにいただいて、感謝です。

いずれもママさんお気に入りのかわいい〜柄なので、切って使うのがもったいなくて、、、、coldsweats01

また、ブログでもすてきな作品、拝見するのを楽しみにしていますね〜。

2010年5月 3日 (月)

東大寺華厳茶会

さわやかな皐月の1日、風にはためくのは幡(ばん、又は、はん:寺院の飾り)。

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こちらは南大門。


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そうです、ここはこちら。

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東大寺大仏殿。

裏千家大宗匠による盧舎那仏へのお献茶式がおこなわれました。


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大仏様の前ですが、いつもと全然ちがう雰囲気になっています。
一般の方ははいれないので、外ではおしあいへしあい、、、、。

今年は遷都1300年祭ですので、いつもよりさらに大勢の人がお参りのようです。

空いていた椅子に時間が来ると、奈良県茶業会議所の方々が、次々と、、


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大和茶をアピール?

茶業会議所の方々は皆様、直垂に烏帽子、といういでたちで、なんと茶壺道中まであったのです。


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茶壺奉納に続いて、茶業の方による、新茶の奉納。


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読経のあと、茶壺の碾茶を挽き臼にかけるため下げてきます。


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茶壺を大宗匠が口切りされ、(普通口切りは茶葉が成熟する11月ごろなのですが)挽き臼にかけられます。

まあ、少量なんですが、、、、

その引かれた抹茶を少し、茶器に入れてお茶をたてられ、大仏様に献茶されました。

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役目を終えた茶壺と挽き臼。

バッチリ見える場所に座れたので撮ってみました。

そういえば、昨年の夏、奈良県庁屋上で空中大和茶カフェ、、、なんて催しがありましたね。(行けませんでしたが、、)
奈良県も、大和茶売り出しに本腰をいれているのでしょう。

献茶式のあとは、境内のあちこちにあるお茶席巡りです。


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これは普段見ることのできない大仏殿の側面です。

この前にある大仏殿集会所では副席。

(ここに入るのに1時間ちょい待ちcoldsweats02

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席入りをお待ちの皆様。

したたる緑と、大仏殿の回廊と、和服姿がなんだか絵になっています。

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皆様が目にしているのは、このような、気持ちの良い風景。大仏殿前の境内です。

続いて東大寺本坊の家元席では濃茶を。

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若草山を借景にしたお庭が美しい。

人混みで騒々しい参道を一歩はいると、こんな庭がかくれているんですねえ。


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いただいたお菓子は鶴屋吉信(なぜに京都の和菓子?)の「唐衣」。
先日の私・作の和菓子とずいぶんちがいますね〜coldsweats01。(あたりまえか)

最後に行ったのが、真言院境内勧学院の東大寺席。


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こちらもまた、絵になるでしょう?

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お水取りの松明を発見。

ここの席が一番よかったかな。
なにしろご本尊の前に点前座があって、東(とう)さんをご住職がされていましたし。

お運びの方が歩くたびに鶯張りの床が、鳴って風情がありました。


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ええ〜と、、、銘もお製も聞くの忘れました。
中は黄身餡で、きれいでおいしかったです。

三席まわって、それぞれ生菓子を計3つもいただきましたので、もうお腹いっぱい。(辛党にはちょっとつらいかも)

あんまりお茶席の感想がないって?
う〜ん、sadやっぱり、大寄せの茶会はどこかちがうのでは?と思ってしまって。

お茶屋さんや道具屋さんに、「はい、入って」「はい、出て」と指図されていると、なんだか放牧中の牛や羊になったような気がしてねえ。

それに、肝心の道具は飾ってあるだけで手も触れられないし。
お客さんはお客さんで、席主がお話ししているのに、隣同士おしゃべりに余念がないし。

五月のさわやかな風と緑と、東大寺の読経と香の匂い、、、、それが一番の収穫かも。


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奈良公園の藤。

まだ早いようですね。

五月の半ば過ぎ、また春日大社の藤を見に行きましょう。


2010年5月 2日 (日)

皐月雑記

       皐月空 一直線に 初ツバメ


<その1> 豆皿

某デパートでは、若手作家の作品が月替わりで置いてあるコーナーがあります。

メジャー作家ではないのですが、良い物がけっこうあって、お値段もお手頃なのでよくのぞきます。

今日はこんな豆皿をみつけました。


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(大きさ、手と比べてね)

なんといってもこの絵柄にひかれたのです。

少し小さくてわかりにくいですが、蟹、金魚、柳に蛙なんです。

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蟹のアップ。

他にも楽しい絵柄はいろいろあったのですが、このタイプのお皿はこの3枚だけ。

できれば他の絵のもほしいなあ、、、、と作者を調べてみると、なんと京都の伏見の工房のものだったんです。
工房いろ絵やさん、といいます。

しかも町家ショップらりぃに参加してはる工芸百職さんでもとめることができるそうなんで、これは一枚ずつ集める楽しみがまたふえましたhappy01


<その2> 庭

このお庭ともまもなくお別れです。

最後の春の庭です。


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黄モッコウバラ


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この季節が一番美しい、カーペットのようなクリーピングタイム


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こぼれ種から自生したネモフィラ


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生い茂るレモンバームの若葉を摘んで、熱湯をそそぎ、ハーブティーに。

とてもさわやかでおいしかった。


<その3>  ピースワーク

ほぼ1年かけてやっとここまで。

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この13枚と、あいだに簡単なパターンをいれてタペストリーにする予定。

あと1年かかるかな?coldsweats01(さぼりすぎ!)


<その4> 練りきり

前回はこなしの和菓子を作ってみましたが、今回は練りきりに挑戦。

まずは白玉粉を用意して、、、、


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水で溶かし、レンジでお餅みたいにふくらませるまでチンして、できあがったのは求肥。(アメーバみたい、、)


レンジで水分をとばした白餡にこれをまぜて、、、、

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粗熱をとるために、小さくちぎってはまとめる、を繰り返し。

この作業が大切なのだとか。(だから練り・切り、、、?)

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二つに分けて一方に色をつけます。

本当は紫にしたかったんですが、青が強すぎて、思う色にならず。

でもあつかいはこなしより楽なような気がします。

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形づくりは、、、、、あははcoldsweats01

ホンマ、へたくそ!!

ちなみに旦那は「富士山か?」と言いやがったpout


菖蒲、、、、には見えないか、やっぱり。