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2010年4月26日 (月)

日本民藝館

私が茶道を考える上で、思想的にバックボーンになるものを求めていたとき、出会ったのが柳宗悦。

もちろん、久松真一先生の茶に関する本はバイブルではあるのですが、いかんせん、哲学者の本ゆえか、難解な部分もあり、、、。

それまで河井寛次郎や濱田庄司とともに民藝運動をしていた、、、というくらいの認識しかなかったのですが、昨年大阪民藝館を訪ねて、興味を持ち、その茶道に関する本を読みあさるうち、これこそ私の茶道に対して思うところ!と運命的(おおげさ)出会いを感じたのです。

それからいつか東京の日本民藝館に行ってみたいものだと、思っていたのですが、このたびの上京ではたすことができました。

まずは渋谷から京王井の頭線にのりかえ。


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おお、話には聞いていましたが、実物を拝見できるとは!

岡本太郎画伯「明日の神話」。

メキシコの田舎でうち捨てられていたこの壁画が発見され、展示できる場所をもとめてさすらっていた、というのは有名な話。

ここなら、大勢の人も行き交い、絶好の展示場所です。
ほんによい永住の場所がみつけられてよかった、と実感。
この壁画にこめられたメッセージも多くの人に伝わるとよいなあ。

駒場で下車。
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天下のT大。
(時計台は意外に小さい。K大のほうが立派!)


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T大でお勉強中(?)の猫。


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T大の桜。(えらいT大にこだわってますね。ライバル心むきだし)
八重ですが、このようにまだ満開。

この桜の道を歩いて、今が盛りの花水木の美しい住宅街を抜けます。

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このあたり、目黒区駒場、見ただけで高級!とわかる立派で閑静な邸宅街なんで、びっくり。


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たどり着きました。日本民藝館


柳が「民藝」という新しい言葉を造り、無名の職人たちが、民衆の日常生活のために作った実用品の中にこそ、正統な美があり、その美の基準を提示するために作りたいと願った美術館。

昭和11年完成。

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外壁が大谷石の腰張りで蔵のよう。
また虫籠窓は町家をイメージさせ、屋根はお城の門のようだなあ。なんだか不思議な建物。

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道をへだてて向かいにある、現在民藝館西館になっている旧・柳宗悦邸の長屋門。
なんでも栃木から移築した物らしく、屋根がなんと大谷石というめずらしいもの。
こちら第2,3水曜、土曜は公開されているのですが、残念ながらこの日は中へ入れませんでした。


さて、本館のほう、内部は撮影できないので、購入した雑誌で雰囲気だけでも。


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入ったとたん、お、河井寛次郎記念館みたい、と。
まあ、当たり前と言えばあたりまえなんですが。

靴をぬいですぐ、大谷石のフロア。
足に石のざらざら感がここちよい。

漆喰壁の白と、年月を経て良い色になった木材部分との調和が美しく、手すりの曲線もどきどきしますね。


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この日の展示は「朝鮮陶磁」。
柳が実用品への美へ開眼したきっかけが、朝鮮陶器だったわけで、いわば民藝のルーツ展というわけですね。

2階建ての各展示室は玄関と同じような雰囲気のしつらいで、ところどころにおかれた李朝家具がまた垂涎ものなんです。
蔓を編んでつくられた大籠に、白山吹の花がなげいれられていて、すてきでした。

高麗時代〜李朝朝鮮の茶碗、壺、食器などなど。

このコレクションは数が半端ではありません。
これをひとつひとつ、全部柳が蒐集したのですから、すごい情熱をかたむけていたことがわかります。
しかもどれも、破片すら美しい。


これほど集めるなんて、よほど資産家だったのね、、、、と思っていたのですが、関東大震災のあと、しばらく住んでいた京都で、東寺などの骨董市に出かけては、これらを蒐集したのだそうです。しかも、これらの陶器は当時「下手物」とよばれ、市などでは二束三文で売られていたとか。
柳の審美眼に感服!です。

また、彼は茶道に造詣が深かったのですが、当時の家元制度や、それをありがたがり、心を忘れた茶人たちを厳しく批判しているのです。(参考:「茶の病い」「茶道を思う」)
それは現在にもあてはまることが多いように思います。

柳曰く、「生活で美を味わうのが真の茶である。」

この思想は実に久松先生の茶にたいする思想と異口同音なのです。
我が意を得たり、と思うところであります。

そして、彼が「発見」した、名も無き職人の何の衒いもなくこしらえた、実用的な日常的な美。
これはなんでもない雑器=井戸茶碗に美をみいだした、安土・桃山時代のわび茶人たちと同じではないですか。

柳も利休に匹敵する美の巨人だと、思えるのです。


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日本民藝館を参照しているブログ:

» 駒場の東大周辺 (ビバさんのさんぽ道)
これまで東大は本郷のほうしか行ったことがなかったので、前田公爵邸に行く時に構内を横切って行ってみました。 こちらにも時計台がありました。 教養学部1号館。旧制第一高等学校本館。登録有形文化財。1933年完成。設計は内田祥三、清水幸重。 教養学部900番教室(講堂) 旧制第一高等学校講堂。1938年完成。設計は内田祥三、清水幸重。1977年にパイプオルガンが設置され、定期的に演奏会が行われ、外部の人にも公開されているそうです。 駒場公園のすぐ隣に日本民芸館があります。 ついでにここにも... [続きを読む]

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これまで東大は本郷のほうしか行ったことがなかったので、前田公爵邸に行く時に構内を横切って行ってみました。 こちらにも時計台がありました。 教養学部1号館。旧制第一高等学校本館。登録有形文化財。1933年完成。設計は内田祥三、清水幸重。 教養学部900番教室(講堂) 旧制第一高等学校講堂。1938年完成。設計は内田祥三、清水幸重。1977年にパイプオルガンが設置され、定期的に演奏会が行われ、外部の人にも公開されているそうです。 駒場公園のすぐ隣に日本民芸館があります。 ついでにここにも... [続きを読む]

コメント

私も2年前に旧前田公爵邸に行く時に、T大を通って日本民芸館にも行きました。
ご存知のこととは思いますが、ここのT大の時計台は安田講堂よりは小さいのでK大のほうが勝ってますね。オホホ。

vivasan 様、しぇる 様
あの~、盛り上がり中、恐縮なのですが、T大の駒場はK大でいえば教養部。K大の教養部には時計台はなかったのでは、、、。

柳宗悦を初めて私が知ったのはたしか白洲正子の著書で、
日本が世界に誇れる美の達人です。

ー生活で美を味あうのが真の茶人ー
しぇるさんは見事にこの道を行かれてると思います。
昨今の茶道の世界ではこの道へは到底いけない方も多いのではないでしょうか・・・

これは私も見に行かねば、と思っていたところです。柳宗悦は良いですね。
但し、雑器=井戸茶碗説は、「井戸茶碗の謎」を書いた申翰均氏が、その著書の中で、柳氏に感謝と敬意を表しながらも、その点だけは誤解だと強調しています。野村美術館のセミナーで講義を聴いた時は、私も驚きました。
それでは井戸茶碗何かというと、先祖を祀る儀式に使われた祭器だということです。そのために細心の注意と最高の技術で焼かれた物だそうです。発掘されないこともそれを示しているとのこと。
申さんはご自身が井戸茶碗の復元に取組んでいる作家であり、研究者でもあります。その話は私にも本当に驚きでした。

vivasan様

前田侯爵邸、行きました。(またアップする予定)
どこかで、この侯爵邸の記事読んだなあ、、、と思っていたら、、、そうだ、vivasanのブログでした!
実は安田講堂のほうと混同しとりました。(←無知)
でも本郷の方と比べても、やっぱりK大の方が立派、、、ですよねえ。

S&Y様

↑、、、というわけで、あれは本郷の方の時計台でしたね。(T大関係の方におこられそうですね)
でも、そのくらい印象に残らない。だから意匠的にいっても美しさからもK大の時計台の勝ち!、、、と思うんですが。coldsweats01

ヘルブラウ様

いえいえ、ブログではかっこいいこと言っても、実生活は「美」とはほど遠いんです。catface
柳の思想を是としながらも、今の家元制度の大興隆をみると、少し複雑な気持ちになります。家元、流派をはなれた、すばらしい市井のお茶人さんはきっとあちこちにおられるとは思いますけれど。

そらいろつばめ様

井戸茶碗が祭器だったとは、初めてうかがいました。そうなんですか?これはちょっと調べてみないといけませんね。価値観がひっくりかえってしまいそうですもの。
「へうげもの」で、朝鮮の使者が井戸茶碗でもてなされて、「こんな粗末な器で我々をもてなす気か?!」と激怒した場面もいずれ修正しないといけないのかもcoldsweats02

格調高い民芸とお茶の話題ではないですが、

K大の教養部のA号館には時計台ではないですが、鐘のある塔がありましたね。鐘がなるのは聞いたことありませんでしたが。
K大の時計台では毎日正午と午後6時に鐘がなっています。

時計台は何といってもK大ですね。武田五一先生のお作ですから。

vivasan様

A号館の鐘、、、う〜ん、なんだか記憶の彼方でおぼえていません。
でも教養部と本部はお向かいですし、ほぼ同じ敷地と考えていいですよね。
そうなんです。やっぱりK大の時計台に軍配ですよね。愛校精神を抜きにしても。、、、、って安田講堂みたことないんですけど〜coldsweats01

しぇるさん、危うく、平成版・仁和寺の法師、をやるところでしたね。実は、私もよくやりますhappy01

S&Y様

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本当に恐縮ものなんですが、客観的に見て本郷のT大の時計台の方が規模は大きいと想います。あの建物(安田講堂)の地下にはイギリスの大学の地下にあるような古いプールもどこかにあったはずです。

ヘルブラウ様

実物を見ていないので、なんとも、、なんですが、少なくとも写真で比べて心惹かれたのはK大の方だった、、、、ということです。ウン十年前の受験生だった頃から。
いまだに時計台だけを見るとT大かKO大かW大か区別が付かない関東オンチでして、、、coldsweats01

ヘルブラウ様、しぇる様
安田講堂というのは、近代化を急いだ帝国日本の象徴のような建物の1つですから、デカサ、荘厳さという意味では、ヘルブラウ様の仰る通りで、長い銀杏並木の向こうに時計台がそびえる風情はなかなかのものです。
ただ、どちらが好きか、というのは個人の主観ですから、(紅萌ゆる、とああ玉杯、どちらの寮歌がよいか、のような話で)正解はないのでしょうね、、、。
(追記)自称、関東オンチの、しぇるさんのために、拙ブログに特別の一冊を急遽紹介しました。時間のあるときご覧ください。

S&Y様

それはそれはありがとうございます。
これから本郷あたりに用があるか?といえばあんまりなさそうなんですがcoldsweats01

よかったですね。実は私は過去2度、大阪からここを見に上京したのですが、2度とも臨時休館で見れませんでした。ウェブサイトにまったく、書かれてなかったんで、本当に残念です。臨時といっても日は決まっているそうで、それならせめてウェブサイトには書いてほしいと思いますよね。こんなこともありますので皆さんも、気をつけてください。

怒りのアフガン様

(ランボーのファンの方でしょうか?coldsweats01
それは残念でしたね。
私はたまにしか東京へは行かないので、ちゃんと行けてラッキーでした。
まあ、民藝とネットは合わないような気もしますので、ウェブサイトが更新されないのもなんとなく納得したりして、、、。
今度はどうか事前に電話確認などされて、是非ご入館できますよう、お祈りしますわ。

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