フォトアルバム
Powered by Six Apart

« 我がまち・宝塚〜宝塚ガーデンフィールズ | メイン | 上棟式〜Part 1〜 »

2010年1月 6日 (水)

「仮想 茶会潜入記」 谷 晃・著

茶の湯文化史の研究家、野村美術館の学芸部長、そして心茶会の遠い先輩である谷先生の本をご紹介。

茶道雑誌「淡交」に連載されていた当時から、茶会記をかくもわかりやすくおもしろく書かれた物は初めて、と思って楽しく読んでおりましたが、加筆されてやっと単行本になりました。


51vndwazw8l_ss500_

設定がユニークです。

稲田宗雁という谷先生を彷彿とさせる架空の茶人(実際、挿絵の髷を結った宗雁さんはお髭の谷先生にそっくり!)に時空を越えて実際歴史上にあった茶席に参加させ、使われた種々の道具、供された料理、参席した客、席の雰囲気などを綴らせているのです。

実際の茶会記は読みづらく、(古語なので)理解しがたく、お手上げ、全然読もうという気がしないのですが、こんな風に短編小説風にかみくだかれると、こうも興味深いものになるとは。


ただ16世紀以降の茶道の歴史の知識、時代的背景の知識が多少必要です。逆に、出てくる人物に多少でも知識があればおもしろいことうけあいです。

そして、谷先生の茶道に対する考え方もチラホラ垣間見ることができる茶道論にもなっています。


全編28茶会、松永久秀の多聞山城茶会からはじまって、信長、光秀、秀吉の茶の湯がもっとも革新的な発展を遂げた時代の茶会、利休最後の茶会、ここだけフィクションの利休亡き後の利休亡魂茶会、時代がうつって小堀遠州、片桐石州の茶会、禁裏の茶会、金森宗和、千宗旦、藤村庸軒、松平不昧、幕末の彦根の茶会、、、、もう綺羅星のごと。

近代にはいって野村得庵(野村碧雲荘・野村美術館ね!)など近代数寄者たちの茶会。

かれらが「発明」した「大寄せの茶会」や「点てだし」、など見て、「ずいぶん茶の湯も様変わりした。」
と思う宗雁さん。

16世紀からかれこれ400年近くを幽明の境を行き来していた彼がどっと疲れ、「わたくしもそろそろ身をひくべき潮時のようだ。」と思わせたのがこの大寄せの茶会。

近代数寄者の発明したこれは、一時はすたれかけた茶道を蘇らせ、さらに多くの人に茶の湯を普及させた、という功もあるが、あまりにも簡便にすぎて、茶の湯の根本ととおくへだったったものにしてしまった、という罪もあると思う。

一座建立も一期一会も知的格闘もへったくれもありませんからねぇ、、一般的に大寄せ茶会は。

そして、どうもその後、成仏してしまったらしい宗雁さんの最後の(フィクションですが)茶会が天上茶会。

お先に天上へ行った方々と再会されたようです。

利休や古田織部、小堀遠州、松平不昧からなんと岡倉天心(「茶の本」執筆)などと茶の湯談義をされます。

「茶の湯は古くから禅の考え方を取り入れてきたと言われるが、茶の湯には禅だけでなく、道教も神道の考え方もある。」

なるほど。

これは谷先生の茶道論でもあるのでしょう。

なんと心茶会の久松真一先生の言葉も引用されています。

利休曰く「私の茶の湯は絶対的なもの、唯一無二なものではなくて、たとえば天心さんが茶の湯について考えたこともその通り。遠州さんにしてもしかり。さらにいえば芭蕉さんが”貫道するものは一なり”といったことが非常に重要です。ですから私だけでなく、織部さんの、不昧さんの、それぞれの茶の湯において貫道するものを見つけること、さらにいえば日本文化に貫道するものがなにかを理解すること、それは頭や理屈でなく茶の湯の実践を通じて体得することですが、それを久松さんは”心のひとつがね”という言葉で表現した。」

む、む、む、、、、むつかしい。

理解した、、、とは言い難い。

まあ要するに自分なりの茶の湯の道を続ける理由を一生かかってみつけろ、ということだと理解しておこう。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/349039/22841627

「仮想 茶会潜入記」 谷 晃・著を参照しているブログ:

コメント

しぇる様
まだひよっこの私ですら もう大寄せは卒業させていただきます!
何か お茶と違う! 家で母が生きていましたときは初釜を家族で普通にしました。別の料理がついていたわけではないですが 花びら餅をいただき 濃茶 薄茶を裏の母や表の兄家族と点前も次々と変わってやっていました。

今年も自分の身の丈のお茶をしたいと思うのです。

しぇる様
はじめまして。 茶道からこちらのブログを見つけました。
拝見すれば、茶道に対する考え方など共感する事多くてコメントさせて頂きました。
私もしぇるさんと同世代の働いてる主婦です。
若い頃 表のお茶に親しんで中断して最近また再開しようと模索中です。
何故模索かと言うと自分にあったお稽古場が見つからないのです。
そうしてると自分が何でまた茶道を習うのか解らなくなって
大寄せの茶会で楽しめばいいやと行ってもなんか違う。
えらそうな事言えるほど教養も財力もないしとへこんでいます。
拝見すればしぇるさんは茶道をきわめて京都にお茶室造って
住むなんて行動力がおありで羨ましいです。
また、教養の深さにも感心してます。
この歳になる厳しいことが多くてテンションがなかなか上がらないのですが
頑張ります。  また お邪魔します。  宜しくお願いします。

ひいらぎ様

大寄せは茶道の入り口としては、良いと思うのです。何の知識もなしに行っても、それなりに楽しめます。そこから入って、もっと深く知りたい、という思いがわいてきたら、大寄せに飽き足らなくなり、自分なりの茶の道を模索するようになればいいですね。
問題なのは、大寄せ=茶道と表面だけ見て思ってしまう人もいるだろうということ。(かつては私もそうでした)入り口あたりに立ち止まってくれた人をいかに茶道の深みに導けるか。お茶を深くやっておられる方にお願いしたいことです。(あ、私はダメ。身近の旦那や娘すら調伏coldsweats01できてません)

しぇる様
いつも興味深く拝見しております。
大寄せのお茶席にたまに行きます
面白いですね。お正客さんが決まらないと延々10分ぐらいやってます。押しつけ合いが。
ところが一度、心茶会によせていただいたとき、待合で皆さんのお話をお聞きしていますと、何やら自然とお正客さんが決まって行きました。
本来はそんなものなのでしょうね。
お茶を始めたのは茶事をしたいからなのです。
時折、一汁三菜ぐらいで家族、親せき、友人でしています。
結局、難しいお手前は教えてもらわず、平手前だけ四年間先生に来てもらい、親せきのものが10人ほど寄り集まって稽古をしました。
天目台も唐物も扱い方はわかりません。
お茶事以外でも時折声掛けしてお茶を楽しんでいます。
その時にはお茶を点てる前にお線香を1本立ててその間坐禅をしています。
みなさん最初はびっくりされますが慣れてくると楽しいみたいです。

さざんか様

はじめまして。コメントありがとうございます。
いやいや、私は茶道をきわめて、、、なんてとんでもございません。まだまだ初心者。ただ形から入っていくのが好きなので、茶室を作る、というだいそれたことを計画してしまいましたが、そのあとど〜するの?ど〜しよう?、、、と思っているくらいの未熟者です。ただ虚仮(苔とも)の一念、続けていればなんとかみえてくるものがあるはず、と思っています。

お茶の先生は、人間的にも尊敬できる良い先生に当たった方はよいですが、なかなか100%自分にしっくりくる、というのはむつかしいと思います。どんな先生であれ、とにかくお茶とつながっていれば良いのでは。先生に足りないところは自分で勉強して補う、時に理不尽なことがあっても、ぐっとこらえる、違った方向に引っ張られそうになったらやんわりことわる、そんなことも修行かもしれませんね。お社中にも、お茶に対する考え方の合う人はきっとできると思います。

私たちの世代の特に女性は、世間的にもネット的にも沈黙のグループのようで、どこでみんな何をしているのかな?といつも思います。肉体的にも精神的にもそろそろくたびれを自覚します。でももっと上の世代で活き活きしている方を見ると、まだここで錆び付いていてはあかん!と思い、自分をふるいたたせています。
さざんか様も是非またお茶の世界へもどって、その深みにはまりこんでくださいませ。
ながながと、とりとめのないお返事ですみませんでした。

心のひとつがね

浮かぶのは万里一條鉄

ですね

野中の清水様

お久しぶりです。
ご家族、親戚で茶事をされるとは、うらやましくもすばらしい環境ですね。
私も茶道の楽しみは茶事につきる、と思っています。まだ自力でできる力量はありませんが、茶室完成後はボロをだしてもよいからまずはやってみよう、と着々と準備中(ただし遅々としてすすまず)。

心茶会の錬成茶会に行かれたことがおありなのですね。年に一度ですが、私もあの雰囲気が好きで必ず参席するようにしています。
心茶会では接心会(稽古)の時、稽古にはいる前に必ず線香を焚いて、香一炷のあいだ端座をいたします。野中の清水様のところではどこからそういう習慣になったのでしょうか。びっくりしました。
端座で心の塵を落とし、清く平らかな心でお点前を、、、、なんて理想ですが、私の場合、端座しても煩悩のかたまりですわ。coldsweats01

それにしても自分なりの茶の湯の道をお持ちで、楽しんでいる方がけっこうおられることがわかり、ずいぶん励みになりました。

ふたたび野中の清水様

この禅語、あわてて調べました。
ありがとうございます。勉強になりました。

しぇる様

高校のときに、高校生活に全く慣れない僕を気遣って
叔母が坐禅に連れて行ってくれました。
高校以外にもいろんな世界があるよということで
坐禅が済むと、和尚さんがお茶を2服点ててくださったのです。
高校3年間毎週水曜日の夜に行っていました。
その時のことが元になっています。

内輪でしかお茶事ができないのです。
お茶を習っていた時は年に4回ぐらい計14,5回お茶事を、先生の指導のもと、やりました。
稽古は炭手前と平手前だけでしたので、ほかは何もできないのです最後は母親の追善茶会でした。
その後は、先生なしで勝手にやっています。
時折、お茶事にお呼ばれしますが、
あまりに下手すぎて人さまをお呼びできません。

古筆が好きで、ときおりお茶会に墨蹟とか古筆をお貸ししています。
その時に先生たちが借り受けに来られるのですが、
半日遊んで帰られます。
お茶の準備だけはしておきますが
あとはみなさんでお茶をたてたり、お花を入れたり、
掛軸を掛け替えたり・・・
最後はみんなで一緒にお片付けして、
これは茶話会ですよね 食事がでませんもの

こんなのは本当に楽しいですよ

よろしければ古筆を見に来てください
お茶事はできませんが、茶話会でもしましょ
お待ちしています


しぇる様

ご丁寧なお返事有難うございました。
そうですね、続けていれば何かみえてきますよね。
しぇる様のご意見心にしみました。
私も焦らず頑張ります。
確かに私達の世代の女性は元気ないですね。
私なんかいつも違和感を感じてます。


しぇるさま、
これは本当に楽しい読物ですね。おっしゃる通りに、宗雁さんは謹厳だけど茶目っ気のある谷先生の分身のよう。
淡交連載中の頃は、難しい話だと思ったものですが、野村美術館の谷先生の講座に出席しているうちに、茶の湯の変遷や人物を整理する引出しが、自分なりにどうにかできてきました。引出しの中身はまだ空っぽですが。
谷先生の「茶会記の研究」も買いましたが、こちらはまだ目次を眺めているだけ。それにしても、茶会記を読んで何度も同じ登場人物に会うと、次第に友達のような感覚になって、「またご一緒しましね」、なあんて言いたくなったりして。

ブログの記事自体ももちろんですが、皆様のコメントを興味深く拝読しました。
私も子供が小さかったころや海外滞在時代にお茶のお稽古ができなかったとき、本当に何度もお稽古場を夢で見たほどお茶がすきなのですが、だんだんと道の遠さに不安とあせりを感じるようになりました。年齢のわりに修行も勉強も足りないので、他の方に自分の茶道に対する考えを話すのもためらわれるます。それでも続けていれば、道とはいえなくても手がかりくらいは見えてくると思っています。

野中の清水様

お若い頃に参禅経験がおありでしたのですね。
私も京都に移住後、近場の南禅寺あたりで参禅できれば、と思っています。なにか悟りを開くとか、そういうたいそうなことではなく、そういう時間をもつことで、心のバランスがたもてるのではないかと期待しつつ。(しかし、早起きせねば、、、できるかなあ??)
古筆、墨跡をたくさんおもちなのですね、お茶の先生が借りに来られるほど。茶席では読めない字が多くて私は苦労していますが、機会があれば是非拝見したいものです。

さざんか様

えらそうなことを言える立場ではありませんのに、失礼いたしました。
以前にこのブログでもとりあげました岡本浩一先生の「茶道を深める」のお気に入りの一節を。

”古来、茶湯を心の友、心の支えとして、自分の持ち場で「生」を生き抜いた人は多い。それが私たち、市井の茶湯者につながる系譜であろう。”

自分の持ち場でふんばることが偉いのだと思います。

そらいろつばめ様

この谷先生に直接講義をうけられておられるのが、と〜ってもうらやましいです。今は残念ながら、野村美術館の講座、リタイア後のお楽しみにとっておきましょう。
しかし、写真のなかった時代ゆえ、茶会記の道具の描写などはすごいですが、それでもかなりの想像力を要しますね。ましてや原文は読む気になりませんわ。あ、でもそらいろつばめ様は茶会記のお勉強、がんばってくださいませ〜。もう今井宗久さんも津田宗及さんもお友達ですか〜?wink

yuchi様

ブログに茶の湯のことをちびちび書きだしてから、お茶と関わるいろいろな方のお話、ご意見を聞くことができたのは大きな収穫です。そうして書く中で自分の考えがまとまったり、はっと目からウロコが落ちることがあったり、背中をおされて勇気づけられたり、、、、皆様、yuchi様もふくめて、いろんなところでがんばっておられるんだなあ、としみじみ。
そうです、続けていればなにかきっとつかめると、特に私は自分の職業体験からそう確信します。がんばりませう!

しぇる様

古筆、大好きです
特に西行さん(自筆は所有していません 伝西行ならあります) 
ほかに俊成、定家、慈円、良経などの自筆または自詠のものです
数点ですがあります
でも、読めません

もともと、坐禅の後にお茶を点てていただいていたので
墨蹟とかお歌切を床に掛け
(恋の歌でも、季節のうたでも心動きます)
家の周辺に咲いている雑花を活けて楽しんでいます

坐禅
坐っていると、五感が冴えてきますねえ 
雑念が途切れることがない

和尚さんに教えてもらったのは
五感が冴え、雑念が消えないのは当たり前だから
たとえばサイレンの音が聞こえると、聞こえなくなるまで数を数え
畳の目が気になると、畳のイグサの筋目を1,2,3,4・・・・
と数えればいい
することがなければ、呼吸しながら呼吸した数を数えればいい
20までいけば、また1から数え直し・・・それを繰り返す
途中で数を忘れれば、また1から数えなおす
数珠繰りの要領でやればいい
とのこと

これが実にむずかしい

ながながと書いてしまいました
お許しください

しぇる様、
はい、勝手に友達になっています。読み始めの頃は、久も及もキュウもギュウも混在していた私です。
しぇる様の岡崎の家が完成したら、谷先生もご招待したらいかがですか。お近くなのですから。未来の仮想茶会、浮き浮きしますね。

私は自分の一生という時間で、茶の湯を理解し悟りを啓こうなどと云うことは、到底及ばないことなので、すでに諦めています。
あと二百年くらい生きられたら別かも知れませんが…(笑)。今はただ自分の信じる茶の湯をやるだけです。
現在、家を建てるのに四苦八苦しています。失礼ながら、わが国で建築業に携わる方々の和の建築に対する理解の乏しさに困惑しています(東京だからでしょうか?)。
イメージの共有化ができないので、欄間一つ作るのにも大量の資料と書籍が要ります。いまは担当の方々に「まずは桂離宮を観覧してきてください」と申し上げています。
貧相と簡素は紙一重ですが全く違うのです。家を建てるのは本当に重労働です。京都の叔母が送ってくれたしょうき様が軒瓦に上がるのはいつの日でしょうか…。

このような本が出たのですね~~~
面白そうです。確かに昔の茶会記を読んでみると
ナカナカ難解ですね。
自分も買ってみます。

野中の清水様

漢字はまだしも仮名となるとおてあげですが、西行の歌はいいですよね。
いずれ古筆に関する解説、講義をお聞きしたいものです。

はい、私決めました。京都移住後は月1,南禅寺で参禅いたします。
(ただしさぶ〜い冬の早朝はくじけるかも、、、、)

そらいろつばめ様

>谷先生もご招待したらいかがですか。

お茶室はりっぱでも、亭主のわたくしが、あれれ、、、ですのでお恥ずかしくてとてもとても、、、、coldsweats01
修行と経験をもっとつみまして、いずれ。


へちかん様

数寄屋建築に関しては、京都はやっぱりすごいです。数寄屋専門の建築士さんがおられれば、専門の棟梁もおられます。自分の家でありながら、へえ〜、ほお〜、と感心しながら教えていただくことばかり。
茶家が多く集まっていることが大きいですね。そういう伝統的な仕事がリアルタイムに生きている町です。(京都に住みたいと思う理由のひとつでもあります)
そういう京都から東京にうつられて、もどかしい思いをされておられるご様子、お察しいたします。
それでも東京の立ち並ぶ家のなかで、へちかん様の鍾馗様がすっくと立って、輝く日がまちどおしいですね。

nageire様

はい、お茶をされている方にはおすすめです。
楽しく読めますよ。
歴史小説としてもおもしろいです。happy01

しぇる様

古筆が好きなだけです

好古会という古筆を見せっこする会を年2回やっています
東博などの茶室をお借りしてお茶を飲みながらやっています

昨年12月には次のものが出ました

八幡切麗花集、砂子切業平集、伝行成筆往生講式切、
金剛院切3枚、姫路切、玉津切(蜻蛉日記絵巻詞書断簡)、
定家筆兵範記切 
手鑑(加賀前田家旧蔵)

この時に出光の別府さんに金剛院切のお話をしていただきました
楽しいですよ

わたしには解説、講義なんかする能力がありません


野中の清水様

好古会、ですか。
まさしく趣旨をあらわす良い名前ですね。
いやあ、名前を拝見しただけで、、、、ちょっとむつかしそうです〜。coldsweats01

コメントを投稿