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2010年1月18日 (月)

淡交会大阪支部初釜〜大阪美術倶楽部にて

今突然のニュース、歌手の浅川マキさんが亡くなったそうです。

寺山修司の歌詞とともに大好きでした。「かもめ」「夜が明けたら」「私が娼婦になったら」などなど今でも歌えます。

大学時代、彼女のアルバムはたくさん持っていました。京大西部講堂でのライブも何回か行きました。

またひとつ時代がおわりました。

ご冥福をお祈りいたします。

              weep

さて、1月17日は阪神淡路大震災のおこった日です。震災後毎年この日に大阪淡交会の初釜はひらかれます。

震災でお茶の先生も多くのかたが亡くなったそうで、その追悼の意をこめて。

今年は幸いこの日がお休みでしたので、ひさびさに参席させていただきました。

淀屋橋で茶友とおちあって、北浜を目指します。

途中にこんな堂々とした伝統家屋が!!

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どこのお屋敷?!

と思って表に回りますと、


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おお!これがあの有名な130年の歴史を持つ愛珠幼稚園

こんな伝統的な建物の幼稚園がある、とTVで一度見たことがあるのですが、ここにあったんですね。

しかも大阪市立!公立幼稚園でこんな恵まれた建築物で保育ができるなんてちょっと感激。

また、大阪の懐の広さを実感しました。


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会場は北浜の100年の歴史を持つ大阪美術倶楽部

この建物のある場所は昭和22年、難波の大財閥・鴻池男爵家の本邸を買い取ったものだそうです。

建物は新築され、中も最近改装されたそうですが、とんでもなく広い。

50畳〜60畳という座敷がひとつやふたつではないのですよ。

早朝から行ったにもかかわらず、すでに1席目ははじまっており、(お茶人さんはみんな早起き?)2席目にいれていただきました。

待合いで感動して叫びそうになったのが、これ!これですよ!!


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赤穂緞通

写真では少ししか写っていませんが、これがおしげもなく待合い中に敷き詰められていたのですよ〜〜happy02

おもわず手ですりすり、なでなで。

怪訝な目でみられましたが、、、、、

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しかも「福禄寿」の文字が入った、流通にはほとんどのらないタイプの物がこんなにたくさん!

もう、感激でひっくりかえりそうでしたわ。(え〜っと、、、、お茶会にきたんでしたっけ、、、)

もしかして、鴻池家に伝わったものでしょうか?それとも美術品を扱う美術倶楽部ゆえにそろえることができたのでしょうか?どちらにしても、はんぱな枚数じゃありませんでした。


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待合いでいただいた主菓子は薯蕷で銘はお題の「光」。

割ってみてびっくり。

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思いがけず、中の餡が紅色でした。きれいです。

濃茶席は50畳+30畳くらいの広間。お点前が遠くに見える〜。

気になったのがこの意匠。


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欄間が扇、桟みたいなのが扇をたたんだ姿。向こうに見える天井近くの壁にも扇の障子。


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襖の引き手が扇なら、、、


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書院の袋戸棚も扇。

あとで調べましたら、この広間は扇鴻の間、と名付けられていて、旧鴻池家の本広間を忠実に復元した物とか。


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中庭には、これも鴻池家にあったものを模した茶庭と、お茶室松筠亭。(四畳半台目のようです)

茶庭には井戸もあり、なかなか良い雰囲気でした。入らせてもらえないのが残念ですが。

そして沓脱ぎのところには、、、、

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まあ、こんなところにまで扇の意匠が!


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薄茶席のお干菓子は鶴屋八幡のもの。

寅と竹。竹林に潜む虎、、、ということでしょう。

あれ?肝心のお茶席の写真がない?と思われた方。

スミマセン。赤穂緞通と茶室のりっぱさに目がくらんで、その他はあんまり、、、、写真に撮れていません。coldsweats01

ちょっと良いな、と思った黄瀬戸の香合だけ載せて、お茶をにごしておこう、、、、


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布袋さんと唐子。

布袋さんは子供たちと目隠し鬼をしているところのようです。

唐物っぽいのに、黄瀬戸というところが面白い。しかも、こんなミニチュアな人形も焼き物でできるのか、、と感激。

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コメント

しぇる様
初釜に行かれたのですね。私はとうとう行っていません。行けばどこかですれ違ったのでしょうね。きっと私も赤穂段通をなでなでしたと思います。
どうもおおぜいの茶会が苦手です。点心は何が出ましたか?
一席何人くらいでしたか?以前献茶に行きましたら一席50人くらいだったのです。目の前のお茶をぎゅうぎゅう詰めの中でいただき 疲れました。
どこに行って行列でした。ろくに道具も見られません。先生は道具の勉強になるから行きなさいとおっしゃったのですが 美術館でゆっくり見たほうが見やすかったりでした。

お道具のお写真
見たいですけれど、原則撮影禁止の所が多いですよね
仲間内とかですと、撮影の許可はすぐくれますが、
半ば公的な席のものですと、勝手に撮るわけにもいきませんものね

しぇる様はやんわりとそうおっしゃているのでしょwink

でも見たいというのが人情ですよね

確かに大阪美術倶楽部は綺麗になりましたね。
でも以前のほうがなんともいえない雰囲気があって好きでした。
老朽化と維持とかの事情を考えると仕方ないでしょうね。
しかし、着物きてるほうにしてみれば確かに広くて綺麗なトイレは有難いです。

あの段通は凄いですね。何枚あるのかと思います。
しぇるさんは倉敷段通をご存知ですか?
私は最近知ったのですが、これはイグサに和紙など使って段通にしたものです。
座るとなんともいえない柔らかな感触でこうした伝統のものは値打ちあるなと思います。

今、岡本浩一氏の「茶道を深める」という本を読んでます。
なんとなくしぇるさんの目指されているお茶というものが解るような気がします(すみません偉そうな言い方で)。
また、お薦めの本があれば教えて下さい。

黒い服とアングラという言葉が懐かしいです。。。

「愛珠幼稚園」・・・堺筋を境に西側の子は愛珠幼稚園から愛日小学校コースでした。
わたしは東側だったので愛珠幼稚園には行けませんでした。
大人になってここに行きたかったなと思いました。

大阪美術倶楽部・・入る機会はないだろうなcoldsweats01

ひいらぎ様

点心はお寿司のようでしたが、私はこのあと食事の予定もあり、いっしょにいった茶友にさしあげたので食べていません。
朝早い2席目でしたので、50人は居なかったと思いますが、そのあとたてこんできたようで、早く早く、とせかされたのが残念でした。
お道具よりもなによりも、赤穂緞通が一番印象に残っている、、、といったらおこられるかしら?coldsweats01

野中の清水様

いえいえ、おはずかしいですが、許可が出れば、いつもは傍若無人に写真撮っていますcoldsweats01。この会では、みなさん、デジカメをもってお道具を撮っておられました。(もちろん、厳粛なお茶会やお茶事ではつつしんでおります。)
ただ、この日、良い道具はでていたのですが、大寄せ茶会の常で、箱書きとともに飾られているだけ。来賓がこられたときだけ、これが使われる、、、ということでなんだかなあ、、、sadちょっと道具に対する気持ちがそがれた感じです。大量の赤穂緞通が見られたので、まあ収穫はあり、でした。

さざんか様

古いときの美術倶楽部へ行きましたのはかなり昔、それもそんな由緒ある建物とは知りませんでしたの、良く覚えていないのです。そんなによい雰囲気だったのですか?それは残念。
実家は岡山なのですが、はずかしながら倉敷緞通は知りませんでした。赤穂緞通と同じで廃れてしまって、いまやっと技術を復興させよう、と努力されているようですね。赤穂緞通を復興させて新しい作品を作っておられる方におめにかかったことがあります。新作は古い物に比べてお値段が5倍以上するのがネックですが、あの細かい作業をみていると、その技術に対しての代価としては納得できるものでした。

岡本先生の本を読んでおられるのですね。あの本はいいです。
心茶会の久松真一先生の本(「わびの茶道」「茶道の哲学」)、柳 宗悦の本(「茶と美」)などよいことが書いてありますが、やや難解なところもあるので、岡本先生のこの本は読んでわかりやすく、座右の書にしております。

夢風庵様

ほんまに大阪の町中のしかもどまんなかのお子でしたのね。
堺筋で線引きされたとは残念。幼稚園でも学区(園区?)があって、越境できなかったんですね。この幼稚園を卒園した子はきっと将来もずーっと自慢できるのではないかしら。建物老朽化などで、こわされないことを祈ります。
浅川マキさん、わたしがライブにいっていたころはまだ30台だったんだ、とびっくり。もっと年上のひとの雰囲気でしたから。

今日の午後、買物であるお店に入った途端、ラジオから浅川マキの歌が聞こえてきて、思わずジーンと来ました。それで、しぇる様も書いていたはずと、ここに戻ってきました。また一つ、星が消えたけど、彼女は生涯現役だったんですね。素晴らしい。
当時は天井桟敷、赤テント、黒テント、早稲小、転形などなど芝居を追い掛けて、遂には自分たちでも芝居をやってしまったり、懐かしい懐かしい時代です。

そらいろつばめ様

え?お芝居もなさってたんですか?やはりアングラ系でしょうか。(←思わず想像してみる、、、)

寺山修司が好きで浅川マキのファンになった、という方も多いですが、私は浅川マキから寺山修司を知った、というクチです。
  
 ”さよならだけが 人生ならば
     人生なんか いりません”

浅川マキさんにはさよなら、ですが、彼女の歌がくれた感動や、自分の若き日の思いは忘れません。


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