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2009年5月24日 (日)

「京の町家」〜数寄屋造り・中村昌生先生の講義

以前S&Y様のブログでご紹介されていたこの本。

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「町家」と「茶室」がキーワードになっているため、これは私のための本ぢゃないか!!と早速入手したのです。

実はその時まで、中村昌生先生のお名前を存じ上げていなかったのです。

ところが、その後、茶室・数寄屋の建築、町家の建築の本などに必ずといってよいほど出てくるお名前だと気がつきました。

知らぬとはいえ、とんだ失礼(?)。

京都工芸繊維大学の名誉教授で、日本の木造伝統建築の第一人者で、財団法人 京都伝統建築技術協会の理事さんでしたのね。

それはさておき、京町屋と数寄屋との関係が、私にはず〜っと疑問だったのです。

町家は独特の構造を持っていますが、中には茶室を基本とする数寄屋造り?と思えるようなものもあって、その境界はあるのかないのか、判然としなかった。

それを、この本はほとんど解決してくれたようなものです。建築の専門用語が、なんの説明も注釈もなく、次々とでてくるので、ちょっと往生しましたが。

結論として、京の町衆が洗練された生活の場として大切にしてきた座敷、その座敷飾りを考えたときに、最初に経験し得た座敷飾りが、書院造りのそれでなく、茶室の床飾りであった、、、ということらしい。

、、、「書院を建てようとするときは、茶の湯の座敷と共通の考え方でその構えを工夫するのが近道であったはずである。こうして町家の座敷は、数寄屋造りが基調とならざるを得なかったのであろう。

坪庭についても、茶庭である露地は巧みな動線の工夫によって深い奥行きを作り出し、山里の草庵を訪れる気分を醸すものであるが、この露地の手法は建て込んだ狭い敷地の中で、極力大きな自然を作り出そうとする町家の坪庭にとって、絶好の手法であった、、ということ。

ただ住むだけでなく、町家が洗練された生活空間であることを望むとき、茶室、数寄屋は限りなく理想的なお手本であったということですね。

だから、訪れて、良い雰囲気だな、と感じる町家は一種の数寄屋建築と考えて良いのかもしれない。

京都にそんな町家がたくさんあるのも、三千家があり、茶の湯文化と切っても切れない縁のある場所だから、ということになりましょうか。

町家を訪れると、門口から前庭にかけては打ち水がされ、玄関やみせの間には、衝立の前に花が生けられ、煙草盆がおかれている。奥の座敷へ通れば、床に掛け物と花が飾られ、正客の位置に煙草盆と座布団だけがおいてある。まことにもの少なな備えではあるが、客を迎える亭主の控えめで床しい気持ちが漲っている。そこには、鍛錬を積み重ねてきた生活を背景とする日本の座敷の持つ重みと、いい知れない魅力が漂うのである。そうした生活の作法や演出も、茶の湯の原理に導かれたものである。京の町家の暮らしぶりは、いかにも茶の湯を日常化した姿のように感じられてならない。」(抜粋)

さて、この本をよんでしばらくした、先日、淡交会青年部主催の「茶道教養講座」に、この中村先生が講義をされる、という情報を得まして、これはいかねばっ!!と。


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場所は梅田にある宝塚造形芸術大学。
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この日のテーマは茶室建築が、書院造りから草庵を経て、数寄屋造りになるまでの変遷。

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わび茶以前の茶室は、二条城などに残るりっぱできらびやかで威圧的な書院のものであったのを、わび茶の茶室は草庵、小座敷をよしとした。

草庵とは付属物をそぎ落とし、石の上に柱を建て、土壁をもちいた簡単な造りの茶室で、利休は究極の小座敷、一畳台目の待庵をこしらえた。

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ただ、その狭さは客を苦しめるもの、として利休の弟子、古田織部はもう少しゆとりのあるものを、ということで窓を多くもうけたり、鎖の間という基本的には書院の間に炉をきったり工夫をした。

例として、三畳台目+相伴席一畳の燕庵。草庵と書院の中間の印象。

数寄屋、という言葉がみられるのはこの織部のころからとも。

さらにその弟子、小堀遠州になると、鎖の間がさらにりっぱになり、立派な書院に草庵のシンボル台目構えの点前座をくっつけるなんてことも。

例として、蜜庵(みったん)や有名な大徳寺、弧蓬庵忘筌。

書院から始まった茶室が草庵を経て、また書院につながれるが、その中味は以前の武家の格式張った書院ではなく、日本の素材、技術を活用したくずした書院=数寄屋造りであり、それがすばらしく開花したのが桂離宮である。

、、、、と、茶室の歴史についての一大ページェントを見るがごときお話でした。

はあ〜、、、ため息。lovely

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茶室建築について少しだけ、物知りになった気分です。

講義の後は、先生を追いかけまして、しっかり「京の町家」にサインをいただきましたよ。(なんてミーハー)


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でも、先生は「この本は私の言いたいことを全部書いた良い本だと自分でも思うので、読んでくれる人がいるとうれしいなあ。でも、あんまり売れないんだよね。」と、おっしゃっていました。

専門用語が少し多すぎて、一般人にはむつかしいかも、と僭越ながら申し上げますと、「では、用語の解釈集をお送りしましょう。」と、言っていただきました。

あつかましいですが、お願いいたしました!happy01

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「京の町家」〜数寄屋造り・中村昌生先生の講義を参照しているブログ:

コメント

さすがに、しぇるさん、凄い行動力ですね。中村昌生さん、というキーワードで瞬く間に次のステップに進まれ、次々に新しい知識を仕込まれるのですから。
それにしても、講演会、随分面白いテーマだったようですね。
京都の町家や茶室など個々の建築を観るのに、歴史を俯瞰する知識が在るのと無いのとで大違いですからね。

中村先生の本は、茶室を作りたい人には必読の書です。私もいま建てようとしている家の茶室の設計に大いに参考にさせてもらっています。
そうです。最高傑作は桂離宮です。桂離宮を見ると、簡素の美の究極に出会えます。お金が無くても工夫次第でいいお茶室は建てられるよ、とまるで諭され励まされているようです。桂離宮があれほど訪れる人の心を打つのは、権力とは無縁だからです。それはまさに茶の心です。ですから究極なのでしょう…。
茶室を建てようと思われる方は、一定の数奇屋建築のルールは知っておいた方がよいでしょうね。そのためには中村先生の書は絶好です。
最近では数多くの建築に携わる一級建築士でも、座敷に長押を入れるか入れないかなどの基本的ルールについてさえ、正確に語れる人がいないのが実情ですから…。
それと僕が関東に暮らして一番感じたことは、京都での暮らしは茶味があるということです。日常生活がお茶しているのです。
京都の華道家の西川一草亭は、茶の湯は日常生活の芸術化だと定義しました。大げさな芸術論ではなく、日常生活に美を見るということでしょう。私もまさにそう思います。
そしてそれが如何に生活に潤いを与え、生活文化を豊かにしてきたか…。まさに日常茶飯事ですね。
いまは無き実家の座敷の透かし欄間には、抜いた扇面や捻梅などが散らしてあり、柱は面取り、天井の中心の棹縁は桜の一本材でした。普通の座敷でも実に茶味があり、釜を懸ければすぐに広間の茶室になりました。同じものは到底無理ですが、少しでも面影を復元したいと思っています。

S&Y様

こちらこそ、貴重な本をご紹介していただいてありがとうございました。
茶室建築については自分が作ろうとしているわりには、まだまだ知らないことだらけですが、これから勉強していく(遅いって、、、coldsweats01)ひとつの手がかりになりそうです。
なによりも京町屋がさらに魅力的なものにみえてきましたわ。

へちかん様

中村先生をいままでしらなかったのは不徳のいたすところ、、です。
桂離宮はまだ行ったことがありませんが、正月のNHKハイビジョン特集でさかんにやっていましたね。数寄の粋だと思いますが、みかけのシンプルさのわりに、材質はやはり相当な物を使っていますから、私などの庶民にはあんまり参考にはならないかも。
茶道と日常生活の関わりについては、私の尊敬するお二方も同じ事を言っておられます。
以前のブログ記事からの引用ですが、、。

”日々の暮らしに深く交えてこそはじめて茶室の「茶」が活きてくる。否、ある意味では不断の暮らしこそ大切であって、ここに茶生活の基礎がないと、茶室の「茶」は嘘のものになってしまう。” (柳 宗悦)

”茶道とは人間生活全体と密接にむすびついた生活様式そのもの、なのです。”狭隘なるささやかな住居の中で、宗教的にも、道徳的にも、礼儀作法的にも、芸術的にも、食事から掃除に至るまでも、良く洗練された文化的生活”なのです。” (久松真一)


良いお勉強会に参加なさいましたね。お茶室と京の町屋の関連はまさにシェル様のためのテーマでしたね。
雑然とした私の普段の暮らしの中には「茶生活の基礎」の影すらもないので、茶道を通じて得られた知識や精神といったものが果たして日常に生かされているのだろうか・・と考えてしまいました。お茶室や和室といった部分は無理でもせめて心だけは・・これがまた飛び切り難しいようです。知識も入った分より多く出ているようなweep

ごめんなさい。一行目シェル姫になっちゃいました。「しぇる様」に訂正です。

桂離宮は是非、訪れることをお薦めします。云い過ぎかも知れませんが、桂離宮を見る前に数奇屋を語る無かれ…です。いまはインターネットでも申し込めるそうです。以前と比べれば手軽になりましたね…。
桂離宮が高級な材料だけで作られていると思われるのは誤解です。確かに行幸の間の長押に見事なしぼ丸太(銘木)等が使われてはいますが、基本的な構造は簡素な杉材です。天井も棹縁、一般の部屋には長押も無く、壁画も襖絵もありません…。
濡れ縁には欄干も無く、庭石や飛石も普通の石です。ただ見立てがとても素晴らしく、私たちでは見逃すようなものも上手に使われています。
建設された当時、余りある金を使って、豪奢な建築物を建てた徳川政権に対しての無言の抵抗のようです。本当の美を知るのは我々だぞと…。つまりそれを理解するには相応の教養が必要だということでしょう。公家や宮家の誇りが窺えます。
桂離宮の美的分析については、戦前のドイツの建築家ブルーノ・タウトの「日本美の再発見」をお読みになるのをお勧めします。確か岩波新書の赤本だったかと…。

yuchi様

はいはい、シェルはちょっと太めの猫でございます。coldsweats01
茶室や和室でなくても、茶味のある生活を、と私も努力はしているのですが、具体的に何をどうする、といわれると漠然としすぎてはっきりとは、、、。まあ、玄関や食卓に季節の花を飾って、お客さんがある時は打ち水をして、、、くらいで。あともう少し時間的精神的余裕がないと、、、、。いいわけですかね。

へちかん様

あれだけ時間のあった学生時代に行かなかったのが悔やまれます。同じ下宿の子はせっせと、(当時)往復はがきを書いて申し込んでいたのに、興味がさっぱりだったのです。中には5〜6回行ったという猛者もおりました。
京都に移住した暁には行くつもりです。今はまだ、仕事の整理で少し時間的余裕がありません。それまで、少し桂離宮について勉強しておきますわ。

まさに!しぇるさんのための御本であり、しぇるさんのための講義!笑
やはり・・・巡り合うべくしてのご縁でしたね!
先生もきっと♪お喜びに!笑

すんなりとお頼みされるしぇるさんが素敵です!解釈集がお手元に届けられましたら(笑)鬼に金棒!町屋のオーソリティーしぇるさんに!奥が深いです・・・

nnya様

いえいえ、すんなりと、、、ではなく、かなりあつかましく、、、でした。でもきっと本を書かれる方は、読者です、といわれればうれしくないはずはない!と自信をもって(笑)
オーソリティーとはおそれおおいです。せいぜい趣味が高じた、、というくらいのもんです。でも、新しい家に生かしたいことがざっくざくです。具体的に、ではなく、精神的に。

2005年頃でた小学館ウィークリーブックス(毎週一冊ずつでるシリーズもの)に、「日本庭園をゆく」というシリーズがあり、大手の書店には、まだ、バックナンバーを置いているところがありますが、この第一巻目が「桂離宮」です。この手のシリーズものは、創刊号が特別価格というのが慣例で、この「桂離宮」も250円です。
写真もふんだんに入っており、版形も大きく、迫力があります。ご参考まで。

私も去年の野村美術館のセミナーで、中村先生の講義をお聞きしました。その後、「好日居」に行ってその話をしますと、何と、元建築士のオーナーはお弟子さんとのことでしたよ!
この本はまだ読んでいないので、ぜひ読んでみます。

S&Y様

さすがに書籍情報はおくわしいですね。
価格が魅力的です。早速桂離宮の勉強をいたしませう。happy01
月の桂離宮のDVDも捨てがたいです〜。

そらいろつばめ様

そうそう、好日居さんも京都工繊大ご出身でしたから、きっとご存じだろうと、今度行ったときにお伺いしようかと思っていたのです。
直接教えをうけられたのですねえ。happy01

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