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2009年5月 1日 (金)

「茶の湯事件簿」火坂雅志

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実は5年前に買った本です。

茶道雑誌に連載されていたのをまとめた本。本棚を眺めていて、おや、こんな本もあったな〜と思い出して引っ張り出しました。

読み返すと、これがまたおもしろくて!

実は5年前、買ったばかりの時はそれほど歴史上の茶人についてあまり知識がなくて、古田織部と小堀遠州、村田珠光と武野紹鷗どっちが先で、どっちが後?、、、すらおぼろげだったのです。(恥ずかしながら)

まあ、それから5年、いろいろ本を読んだり、(「へうげもの」の漫画もたいへん勉強になりますcoldsweats01)それなりに学習して、知識もあるていど持って読み直すと、おもしろさがまったくちがいますね。

「事件簿」とありますが、茶道の歴史を知っている方にはどれも有名なエピソードがてんこもりで、それを活き活きと短編小説風に描写しているのです。

ここで火坂雅志って聞いたことがあるような、、、と思ったら、なんとNHK大河ドラマ「天・地・人」の原作者だったんですねえ。


ラインナップは、、、、

<安土・桃山時代>

松永弾正/織田信長/豊臣秀吉/千利休/山上宗二/織田有楽/ノ貫、、、などの有名どころから、この本で、ああ、こういう人だったんだ、と勉強させてもらった今井宗久や島井宗室。

宗二、ノ貫、有楽、みなさん「へうげもの」にも個性的キャラででていましたね〜。

(どうも読んでいると、イメージがあの漫画の顔になっていかんわ、、、)

中でも、忘れがたいのが荒木道薫。

彼は落城の際、妻子家来を見捨てて、茶道具を持って自分だけ落ち延び、大名を捨てその後の人生を茶人として生きた、という実際にエキセントリックな人生を歩んだ人でした。

<江戸前期>

徳川家康/天王寺屋津田宗及/古田織部(へうげもの)/金森宗和/小堀遠州/千宗旦

(江戸後期と近代以降はそれほど興味がないのと、ちょっとスケールがちいさくなるので割愛。)

一口に茶人といっても、その時代背景によっても、その信ずるところによっても実に多様な生き方があるのだなあ、と思いました。

織田信長に名物平蜘蛛釜を渡したくなくて、釜とともに爆死した松永弾正もある意味すがすがしい。

自分の意地を貫き通して、耳や鼻をそがれて殺された山上宗二も、その批判しかしない(いけずな)性格はともかく、これもひとつの見事な生き様だと思う。


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(大円草)

なかでも私がやっぱり好きだな、と思うのは利休の孫にあたる千宗旦。

利休賜死以後、秀吉の手前、世間的にも金銭的にも不遇でありながら、(「乞食宗旦」と呼ばれていた)、わび・さびを徹底的に追求し、独自の茶の世界を作り上げた人です。

唐物を捨て、和物中心の極わび茶の湯は彼から始まるとか。

祖父・利休の亡くなり方から、権力に近づきすぎることの怖さをよく知っていたのでしょう。生涯仕官することなく、名誉をもとめず、一生清貧の中ですごした。

茶事も十分なもてなしが経済的にできなかった事も理由でしょうが、軽い食事のみの「飯後の茶事」を好んだとか。

私も自分でするなら、この飯後の茶事を中心にしたいな、と思っています。

フル懐石もよいのですが、食事に気がいくと、どうしても席が散漫になってしまう気がするし、、、。

実は作者の火坂さんも、宗旦が大好きらしく、その思い入れもあるのか、宗旦の章がとてもひかっていました。

そして、印象的な宗旦の言葉、

「茶の湯は我が身の理を知りて分に相応するを本意とす。されども諸事十分ならぬがよし。」

「茶禅録」(from 柳宗悦)にいう、「侘」すなわちもの足らざる様。足らざるに足るを知ることが数寄のこころである。

身の丈におうた茶を。心に刻みつけたい言葉です。


    *    *    *


「茶の湯事件簿」:

茶の湯が歴史的にどういう意味を持ち、どのように変遷していったのか、簡単に頭に入れるにはうってつけの本です。


そして、茶道をされる方々、あなたはどの茶人タイプでしょうか?、、、など考えながら読むのもおもしろいと思いますよ。


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コメント

今日、四条のたち吉の前を通りかかったら、「『へうげもの』コラボ展」をやっててびっくりしました!
入り口には古田さんの顔あきプレート(観光地なんかによくある、自分の顔を入れる穴が開いてるやつ)があって、なんかモウ(笑)。

「へうげもの」コラボ展、実は茶道雑誌にも出ていて、行きたい〜っとまで思ったのですよ。でも最近ちょっと京都行きすぎ!という批判もありましてcoldsweats01自粛してたんです。
古織さんの顔あきのところへ顔をつっこんだら、どういう表情をすべきでしょう?やっぱ、へにゃ〜、、、とか、めたぁ〜、、、とか?
で、コラボ展、あんのちゃん、見たの?

足るを知る・・・身の丈におうた・・・私の場合ですと「暮らし」という言葉
があとについてきそうです・・・苦笑

お盆点て・・・とても美しい姿ですね。先日、お薄を小袖展にて頂いてから、又、思い出したように、略手前にてお茶を点てて、頂く時には、たっぷりと(笑)頂いております。茶巾は省いてしまってますが・・・
仕覆にこのところとても興味があります。しぇるさんはご自分でもお創りになられるのですか?

ようやく、ひさびさにここに参れました。
茶道史は目下横に置いてありますが(爆)、いつか正面から取り組まなくちゃいけない段階が来るものかと。
茶の湯や侘び茶の確立、それまでのお茶のありかたと、何が一番本質的な違いだと思われますか?(笑)

うちも宗旦が好きです。

点前で一番好きなのは大円草。

なんというか、おおらかな感じがします。
珠光や紹鷗の時代は、縁が遠い気がして・・・

実は私 この本を随分前に読みました。
私は身の丈ということだと思っています。
私はちびですから 低いかな?

nnya様

いや〜、仕覆作りまではできませんわ。あれ、けっこう難しそうです。
仕覆作りの講座などもあるようなので、そのうち、、、coldsweats01
仕覆などに使われる名物裂の名前を知るのがたのしくて、裂地名鑑をよく眺めていますよ。
私もお茶セットはつねにテーブルの上にならべています。煎茶を入れる宝瓶+湯冷ましから、抹茶+茶杓など。茶きんも帛紗もな〜し!ほんまに点てるだけ。ええのんか?これで。(足らないことを楽しもうって言ってるし、、coldsweats01

もちや様

ここにきていただけてよかった!

いや〜、いきなりむつかしい問題ですね。
一般論として、、、

利休以前はお茶は特権階級のもので、お茶を飲むこともその道具をもつこともステータスシンボルで、茶道具などはその美的価値よりも、権威の象徴としての価値の方が大切でした。
利休は茶の湯に、自分の心に向かうという価値観を与えたと思います。朝鮮の雑器、井戸茶碗に美を見いだしたことも自分のうちなる美の基準を尊んだ結果だと思いますし、究極の狭さの茶室も、世間的関係を捨て去った、主客の交わりの舞台であったし。
(ただ、それは禅の修行に似てあまりにきびしすぎたため、織部や遠州の修正を経る必要があったと思うのですが。)
自分の心に向かうお茶なら、大名である必要も、大金持ちある必要もありませんから、そこから庶民に広がった、、、、なんていうのはどおでしょう?coldsweats01

あまね様

大円草も頭の体操にはとってもよいですね。
これは唐物だからこう、和物だからこう、とちゃんと理屈がついてくるところが楽しいです。
大円真はまだ見たこともないのですが、それもおもしろいのかな〜とお稽古できる日を期待しています。(1年以上先〜?)

ひいらぎ様

そうです、実はこの本、5年前の出版です。
当時はへ〜と初めて聞くような話ばかりであまり頭に残らなかったのですが、少し知識をつけて読むと、おもしろさが断然ちがいますね。
知識は人生を豊かにする、、、まさにそれ。

う〜〜ん、私もちびですので、身の丈、というとハンデが、、、
というのは冗談ですが、不完全であること、不足していること、を楽しみに変えてしまえればよいのですが、煩悩が多くて、、、

えーっ!「茶の湯事件簿」は茶道雑誌に連載されていたのですか?。茶道雑誌は表流の本なので毎月購読していますが、気が付かなかった…。
宗旦は利休の切腹を見ているので、権力を遠ざけ自ら仕官することに抵抗が在ったらしいですね。でも千家の継続には並々ならぬ力を注ぎ、長男の宗拙以外の3人は皆仕官させましたね。
本人は仕官しなかったため、貧しさのあまり乞食宗旦と云われ、そのために飯後の茶事を専らにしたそうです。
千家十職の比企一閑も初代は明からの亡命人であったためとても貧しく、飯後の茶事しか出来なかったとか…。その謂れから比企家にある茶室を飯後軒と云うそうです。
お茶は分相応が一番ですよ。気楽で…。
大円草とか大円真ってなんですか?。お裏さんの独自のお点前ですか?。存じませんでした…。

へちかん様

スミマセン、誤解をさせてしまいました。「茶道雑誌」という茶道雑誌(一般名称)があるなんて知らなかったのです〜。
裏千家系の淡交会の茶道雑誌(一般名称coldsweats01)「淡交」か「なごみ」かどちらかに連載されていたので、表さんのへちかん様にはお読みになる機会はなかったことと思います。
大円草や大円真は表さんにはないのですか。(びっくり)
どちらも大円盆という盆を使うお点前で、奥義になります。行にあたるのが大円草(と行之行台子)で、真のお点前にあたるのが大円真(と真之行台子)です。これ以上の上のお点前は家元周辺の方だけだそうです。
今、茶道雑誌(一般名称)の淡交で、澤庵 宗彭の伝記の連載物があるのですが、その中に同時代に生きた宗旦もでてきます。
僧としての位が上がり、いろいろなしがらみから、かえって不自由な身分になった澤庵が、むしろ権力からもはなれ、清貧の中で喜々として飯後の茶事を楽しむ宗旦をうらやんだであろうことが、書かれていて、おもしろいなあと思いました。

そうなんです。表流の既入門者向けの機関紙の「同門」とは別に、京都の河原書店から「茶道雑誌」という名称で月刊誌が出ているのです。確かにちょっと紛らわしい名称だと思いますが…。
お裏さんにはいろいろなお点前があるのですね。表流は実は茶箱の点前すら規定はないのです。茶箱点前自体はあるのですが…。
それに私たちのような一般入門者は、真台子の点前は一切教授されません。及台子や竹台子の点前は教授されるのですが…。ですから相伝される段階も、聞くところによるとお裏さんの半分くらいとか…。ズボラな私にはそれで十分ではありますが…。
先日、古い茶入を手に入れました。牙蓋を誂えなおしてから仕服を見立てて注文、箱を作ってもらい真田紐を選ぶ、そして最後に極めをいただく…。自分で見立てた茶道具を持つのは楽しいものですね。
比企→飛来さんの間違いでした。すみません。

へちかん様

「茶道雑誌」の一件では勉強いたしましたわ。coldsweats01
表さんをやっておられる方がまわりにおられませんので、ずいぶん違う、とは聞くものの、具体的にどうちがうのか、よくわからないのです。
修行システムはちがっても、お点前の基本はそれほどちがわないのだろうと想像しています。茶の心は共通のはず、ですよね。
お茶入れをご自分でめききされて、仕覆を誂える、、、憧れますね〜。
私はまだまだ、めききはできませんので、見立ての道具で遊んでいます。選定基準は、自分がすてき、と思える物、ということで。

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