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2009年5月

2009年5月31日 (日)

そろそろ夏支度

京都の町家も、そろそろ夏のしつらえに替えるころでしょうか。

障子をとっぱらって、葦戸にかえたり、襖もしまって、すだれにしたり、網代を畳の上に敷いたり、、、。

暑い暑い京都盆地の夏をのりきる智恵ですね。

一方、今の我が家は気密性の高い洋風住宅なので、替えるような障子も襖も(ちゃんとした)畳の部屋もありません。sad

京都暮らしになったら、是非夏のしつらえ、というものをしてみたいもの。

まあ、雰囲気だけでも、と玄関に昨年骨董市で手に入れた染め付けの器に水を張って飾ってみました。

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それだけでは、猫の水飲み場になっておしまい、、、、

なので、こんなものを入れてみました。


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はい、金魚が涼しげに、、、、

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というのはウソで、実はこれ、Afternoon Teaで売っていたガラス製の箸置きなんです。

あまりにも金魚が(小さいけれど)リアルでかわいくて、涼しい感じがして、しかも安!かったので。

さて、怒濤の忙しさの中、5月は1回しか京都へ行けませんでした。

6月、京都行きのプランを練っては、いそがしい日々の慰めにするわたくしであります。

<おまけ>


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雨に濡れたキンシバイのつぼみ


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ユキノシタの花です。


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手入れが悪いに関わらず、たくさんつぼみをつけてくれた、薔薇、ピエール・ドゥ・ロンサール。

2009年5月29日 (金)

たまには台所

どちらかといえば(どちらかといわなくても)、私は外をウロウロするのが好きでございますが、この一日は家で養生(?)しておりました。

実はひっそり風邪をひいていたのです。

でも、ここ1〜2週間の風潮、「風邪です。」と言おうものなら、すわっ!新型インフルエンザかっ!

と、いわれそうなので、ひっそりマスクをしていましたが、、、、町ゆく人がみなマスク着用の異様な状況だったので、悪目立ちせずすみましたわcoldsweats01

もちろん、熱はなかったので、ただの風邪なのですが、年々、風邪も体にこたえるようになりまして、たまにはおうちで養生を、、と。

で、いつもは超・高速料理しか作らない台所に、ちょっとだけ長居をしてこんなものを作ってみました。

<その1>

これは昨年、下ゆでして冷凍保存していた実山椒です。

これだけ残っていました。

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今年も青い実がスーパーに出ていたので、そろそろ去年の残りを整理しようと考えついたのが、山椒昆布。


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はじめから角切りしてある昆布を使うと簡単便利。

(おほほ、、、年季の入った鍋でしょ?coldsweats01恥ずかし、、、)


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水、日本酒、みりん、醤油、少しの砂糖で煮詰めるだけ。

山椒も残りを景気よく、全部投入!

で、完成。


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よい出来でした。これがあれば、御飯だけでもいけます。

山椒がききすぎて、舌が麻痺するので、他のものの味がわからないのはちょっとこまりもんですが。

あと、高血圧の方にはおすすめできませんけど。

さて、今年の実山椒の仕込み、どおしましょ。あの実についた小さな柄をとる作業(京都←いや、但馬?では「実ぼり」というそうです。byあまね様)が超・しんきくさい!

一人でやるのはつらい作業なんですよ〜。


<その2>


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猫のシェル・プリが庭を見ています。


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私も出して〜〜、と叫んでいるのはプリさん。

だめです。おかあさんはこれを収穫しているのです。


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我が家の青梅です。

未熟なまま下に落ちたのがけっこうあったので、心配しましたが、計16個。

例年並みの収穫です。まるまるしてます。無農薬です。


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左が我が家の梅。

もちろんそのままでは足りないので、市販の梅、右側のも足して作ります。

(このザルもたいがい年代物ですね)


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昨年作って好評だった梅ジュース。

氷砂糖と、少量のリンゴ酢で。

(隣のお花は我が家の庭に咲いたガウラ(白蝶草)と金枝梅。)

みるみる梅の水が上がってくるのが楽しみで、しょっちゅうボトルをひっくりかえしています。

完成まで1〜2週間かな。


<その3>

で、足すために買った梅、たくさん余ったので、そのまま梅ジャム作りに Go!


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梅をなんどかゆでこぼして皮がむけるくらいに。


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種をのぞいてほぼ同量の砂糖でグツグツ、、、。

糸をひくようになったらできあがり〜。


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梅の酸味がさわやかで、んまいです!

明日の朝のトーストとヨーグルトに。


、、、、、というわけで、一日だいどこに。

年に1回はこんな日もいいかな。

2009年5月27日 (水)

下げもん完成

以前制作過程をアップした七宝薬玉

あれをちまちま、時間をかけて大小計9個、作りました。


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これをまとめて下げもんにしようと、試行錯誤していたのです。


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まずは、下げる台になるわっか。

実はこれ刺繍枠の内側。

これに朱色のバイアステープを巻いてなんとか形に。


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下げもんの一番下になるものとして、この三角をこしらえました。

ぶら下げた房は既製品ですが。

どうやって各薬玉を、紐に留めていくのか、本にも書いていないし、あれこれ試して、バイアステープの残りを紐に結びつけて、針を通して固定し、この上に薬玉がとまるようにしたのですが、もっと良い方法があれば、教えて下さいませ。

あと、紐のさびしいところに骨董市で買った既製の花や鞠をつけて、完成!

ちょっと淋しい下げもんになりましたが、まあ、第一作目、ということでcoldsweats01


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しばらく、ここにぶら下げておいたら、邪魔だ、というクレームがcoldsweats01

とりあえず、やっとこれで、次のパッチワーク作品にとりかかれそうです。

2009年5月24日 (日)

「京の町家」〜数寄屋造り・中村昌生先生の講義

以前S&Y様のブログでご紹介されていたこの本。

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「町家」と「茶室」がキーワードになっているため、これは私のための本ぢゃないか!!と早速入手したのです。

実はその時まで、中村昌生先生のお名前を存じ上げていなかったのです。

ところが、その後、茶室・数寄屋の建築、町家の建築の本などに必ずといってよいほど出てくるお名前だと気がつきました。

知らぬとはいえ、とんだ失礼(?)。

京都工芸繊維大学の名誉教授で、日本の木造伝統建築の第一人者で、財団法人 京都伝統建築技術協会の理事さんでしたのね。

それはさておき、京町屋と数寄屋との関係が、私にはず〜っと疑問だったのです。

町家は独特の構造を持っていますが、中には茶室を基本とする数寄屋造り?と思えるようなものもあって、その境界はあるのかないのか、判然としなかった。

それを、この本はほとんど解決してくれたようなものです。建築の専門用語が、なんの説明も注釈もなく、次々とでてくるので、ちょっと往生しましたが。

結論として、京の町衆が洗練された生活の場として大切にしてきた座敷、その座敷飾りを考えたときに、最初に経験し得た座敷飾りが、書院造りのそれでなく、茶室の床飾りであった、、、ということらしい。

、、、「書院を建てようとするときは、茶の湯の座敷と共通の考え方でその構えを工夫するのが近道であったはずである。こうして町家の座敷は、数寄屋造りが基調とならざるを得なかったのであろう。

坪庭についても、茶庭である露地は巧みな動線の工夫によって深い奥行きを作り出し、山里の草庵を訪れる気分を醸すものであるが、この露地の手法は建て込んだ狭い敷地の中で、極力大きな自然を作り出そうとする町家の坪庭にとって、絶好の手法であった、、ということ。

ただ住むだけでなく、町家が洗練された生活空間であることを望むとき、茶室、数寄屋は限りなく理想的なお手本であったということですね。

だから、訪れて、良い雰囲気だな、と感じる町家は一種の数寄屋建築と考えて良いのかもしれない。

京都にそんな町家がたくさんあるのも、三千家があり、茶の湯文化と切っても切れない縁のある場所だから、ということになりましょうか。

町家を訪れると、門口から前庭にかけては打ち水がされ、玄関やみせの間には、衝立の前に花が生けられ、煙草盆がおかれている。奥の座敷へ通れば、床に掛け物と花が飾られ、正客の位置に煙草盆と座布団だけがおいてある。まことにもの少なな備えではあるが、客を迎える亭主の控えめで床しい気持ちが漲っている。そこには、鍛錬を積み重ねてきた生活を背景とする日本の座敷の持つ重みと、いい知れない魅力が漂うのである。そうした生活の作法や演出も、茶の湯の原理に導かれたものである。京の町家の暮らしぶりは、いかにも茶の湯を日常化した姿のように感じられてならない。」(抜粋)

さて、この本をよんでしばらくした、先日、淡交会青年部主催の「茶道教養講座」に、この中村先生が講義をされる、という情報を得まして、これはいかねばっ!!と。


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場所は梅田にある宝塚造形芸術大学。
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この日のテーマは茶室建築が、書院造りから草庵を経て、数寄屋造りになるまでの変遷。

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わび茶以前の茶室は、二条城などに残るりっぱできらびやかで威圧的な書院のものであったのを、わび茶の茶室は草庵、小座敷をよしとした。

草庵とは付属物をそぎ落とし、石の上に柱を建て、土壁をもちいた簡単な造りの茶室で、利休は究極の小座敷、一畳台目の待庵をこしらえた。

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ただ、その狭さは客を苦しめるもの、として利休の弟子、古田織部はもう少しゆとりのあるものを、ということで窓を多くもうけたり、鎖の間という基本的には書院の間に炉をきったり工夫をした。

例として、三畳台目+相伴席一畳の燕庵。草庵と書院の中間の印象。

数寄屋、という言葉がみられるのはこの織部のころからとも。

さらにその弟子、小堀遠州になると、鎖の間がさらにりっぱになり、立派な書院に草庵のシンボル台目構えの点前座をくっつけるなんてことも。

例として、蜜庵(みったん)や有名な大徳寺、弧蓬庵忘筌。

書院から始まった茶室が草庵を経て、また書院につながれるが、その中味は以前の武家の格式張った書院ではなく、日本の素材、技術を活用したくずした書院=数寄屋造りであり、それがすばらしく開花したのが桂離宮である。

、、、、と、茶室の歴史についての一大ページェントを見るがごときお話でした。

はあ〜、、、ため息。lovely

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茶室建築について少しだけ、物知りになった気分です。

講義の後は、先生を追いかけまして、しっかり「京の町家」にサインをいただきましたよ。(なんてミーハー)


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でも、先生は「この本は私の言いたいことを全部書いた良い本だと自分でも思うので、読んでくれる人がいるとうれしいなあ。でも、あんまり売れないんだよね。」と、おっしゃっていました。

専門用語が少し多すぎて、一般人にはむつかしいかも、と僭越ながら申し上げますと、「では、用語の解釈集をお送りしましょう。」と、言っていただきました。

あつかましいですが、お願いいたしました!happy01

2009年5月22日 (金)

皐月の花

関西以外に住む知人からいっせいに「大丈夫か?」のメールが殺到して憮然としています。

関西では新型インフルエンザが蔓延して、みんな防空壕にでもはいっているような生活をしてると想像をたくましくしてるんでしょうか。

まあ、たしかに今週に入ったとたん、大阪では8割以上の人がマスクをして、学校が休みなので、通勤電車がすいていて、という変化はありますが。

だてに阪神大震災後をのりきったわけじゃありませんよ。

だてに福知山線脱線事故後の交通機関の混乱の時期をすごしたわけじゃありませんよ。

弱毒性インフルエンザにまけてなんかいられません。(強毒性のbird fluならまた話は別ですが)


さらにウイルスを持ち込んだの運んだだの、そうでなくても感染して弱ってる人を非難したり、排除しようとしたり、いったいどういう見識なんでしょう。

もう少し冷静になって欲しいものです。

話は変わります。

もう14〜5年もたつ、我が家の庭のヤマボウシ。

ほんとに最初の10年くらいは全然花が咲かなくて、ほんとにヤマボウシだろうかと、いぶかっていたのですが、その後思いついたようにちらほら花をつける年あり、全然咲かない年あり、、、で。

で、今年はどうかな、ああ、やっぱり咲かないみたい、、、と思っていたら、二階の窓から見下ろすと、、、

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望遠でとったので、見えづらいですが、上の方にちょぼちょぼと咲いています。

10くらいはあるでしょうか。

しかし!

二階からしか見えないではないか!

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ちなみに木の下からみあげても、、、、全然花が見えません。

う、、、、、嫌みな咲き方。

まあ、咲いてくれたし、良いか、、、と。

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梅花ウツギも開花しはじめました。

この白い花は大好きです。


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今年こそ、枯れ木に巻き付かそうとまいた朝顔の種も次々に発芽。

もう本葉が出ているものもあれば、まだやっと発芽したばかりのものも。

小学校の理科の「あさがおのかんさつにっき」、、、なんてのを思い出しますね。

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こちら、今日のお稽古の花。

この赤い小花はツボサンゴというそうです。

珍しい花ですが、とてもかわいい花です。英語名はcoralbell。


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お菓子も花菖蒲。

渦巻の餡が、水をあらわしている、、、のでしょうか。

通勤路には薔薇がたわわに咲いているし、緑は美しいし、、、、この美しい季節、


来週こそ、インフルエンザ騒ぎが一段落しますように!

2009年5月18日 (月)

虎屋菓寮〜御霊祭の頭屋飾り

和菓子の会の後、烏丸一条に移動。


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こちら和菓子の虎屋さん。こちらの店では和菓子のオートクチュールもできます。

いつか自分で茶会をするときは、こちらでオリジナルをお願いするのも楽しいでしょうね。


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この虎屋さん店舗のすぐそばにある、15日にリニューアルオープンしたばかりの虎屋菓寮

実はこちらもちや様に教えていただいたのですが、早速こちらにおでましいただき、待ち合わせを。

以前の菓寮を知りませんので、比較はできませんが、現代の数寄屋建築、とでもいいましょうか。

堂々としていながら、威圧感はありません。

左端のおじさまは、多分、支店長さん。

りっぱな風采の方に「ようこそおいでくださいました。」と言われると、なんだかかえって恐縮してしまいます。

オープンしたばかりなので、スタッフさんの接客もとても気合いがはいっていて、なんだかこちらが貴人にでもなったような錯覚をおぼえましたわ。coldsweats01

店内は広くて、隣の席との間にも十分すぎるほどの間隔があって、天井も高いし、庭が見渡せるつくりなので、すごく開放感があります。

京都の和菓子屋さんの茶寮といえば、町家など純和風の建物のイメージですが、ここは少しかわっていて和風かつモダン。

東京のTORAYA CAFEのイメージが少しはいっているのかな。

天井は、数寄屋造りの掛込み天井の垂木のモダンバージョン、といった感じ。


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図書館風の書棚があって、日本の絵画美術関係の豪華本がならんでいて、自席で閲覧もできるのです。

もちや様をお待ちする間、こんな本を眺めておりました。

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もちや様がおいでになって、それぞれ上生菓子とお抹茶をいただきました。

こちら私の食べました「茄子餅」。

茄子のへたがかわいいです。中味は胡麻入りの白餡。


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もちや様の「紫陽花」。

和菓子の会で上生菓子を堪能したはずなのに、さらにさらに感動ですね〜、この美しさ!


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しかも中味が三層!

、、、、、こんなんで、食べる前に、写真を撮るのに余念のない二人組はちょっとあやしかったかも、、coldsweats01

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虎屋菓寮のこだわりは、こんなところにも。

この天井の灯りが虎屋のマークになっています。

(その他、露地灯りもこの意匠が)

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お菓子をいただいたあとはすばらしいお庭も拝見。

枝振りのすてきな青楓。

このお庭を眺めながら、外で(屋根あり)お茶をいただくこともできます。


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奥に見える木壁の建物は事務所だそうです。

そばに行くと新しい木の香がぷ〜んと。


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お蔵の窓の塗込戸にも虎屋さんのマークが。


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こちらは前栽のほうです。

立派な石灯籠のむこうに京都らしい仕舞屋がみえます。

このあたり、千家十職のお家もある、雰囲気のある御所西エリアですよ。

このロケーションもこの菓寮のお値打ちかもしれません。

さて、虎屋さんをでまして、ここらのジモティマダム、もちや様にご案内いただき、今の時期ならでは、のものを見ることが出来ました。


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次の日の御霊祭を待つ、剣鉾の頭屋飾りです。

こちらは武者小路町の蓬莱鉾。(1470年、後土御門天皇よりの御寄進。なんて古いんだ!)

御霊信仰というのは、祇園祭の原型、、というくらの知識しかありませんでしたので、今でもこんな風に、各町内で鉾を飾っていて、翌18日、剣鉾が先導する巡行列がある、なんて知らなかったのです。

かつて、12年も京都に住んでいたのにね。

知らないってほんとにこわい。(いつもこればっかりですが、、)

剣鉾についてはこちらによい説明がありましたので、お読み下さい。

私はもちろん、専門家のもちや様に直接解説いただき、贅沢なことでございました。

(もちや様、お時間をとっていただき、ほんとうにありがとうございました。)


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こちらはこの鉾のあるご町内の雰囲気。

各家に吊られた祭礼提灯が祭の雰囲気をもりあげるのですね。


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こちらは今出川通りに立つ、「龍鉾」。


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龍の飾り。

こちらどなたも番をしておられないのですが、だれかに持って行かれたりしないのか、ちょっと心配になりました。


もともと御霊会は疫病退散を願ってはじまったもの。

そこへ今回の新型インフルエンザの感染拡大。

なんだか妙にタイミングがあっているような気がします。

ちなみに今日の大阪、道行く人の7〜8割がマスクをしていて、異様な雰囲気でした。

2009年5月17日 (日)

京都和菓子の会〜妙心寺・大雄院にて

あいにくの雨でしたが、そのおかげで緑がとても美しい妙心寺へ、楽しみに待っていました京都和菓子の会の皐月の会へ。

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昨年秋、北白川駒井邸での和菓子の会から半年たって5回目の参加。皆勤ねらいです。


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妙心寺はとてつもなく広く、こんな迷路のような、いきどまりのある道もあるので、気をつけないと迷子になりますよ。

石畳が雨に濡れてきれいです。


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会場は妙心寺塔頭大雄院(だいおういん)

こちら、普段は非公開の塔頭。


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慶長8年(1603年)の建立。

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庫裏から表門を振り返ったところ。

雨だからこそ美しい景色もあります。


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会がおこなわれる座敷は「翠濤軒」。


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方丈庭を眺めると緑・翠・碧、、、、、

なるほど、”翠濤”そのものですね。


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毎回、流麗な、立て板に水、の上生菓子の楽しいお話をしてくださる中川典子様。

お茶を担当して下さる八坂先生。

そしてこのお席にだけ参加してくださったお正客の陶芸家、四代目諏訪蘇山様。

諏訪様は、ご存じ千家十職の12代中村宗哲さんのお嬢さんで、お姉様は13代宗哲さん、お父上が三代諏訪蘇山さん。

なんでもこの大雄院は初代宗哲とゆかりがあったお寺だそうで、いまでもつながりがおありだとか。

そんなご縁でのご参加です。

さて、今回のお菓子の担当は花街、宮川町近くの松壽軒さん。

高台寺、建仁寺御用達で、オーダーメイドのお菓子のみが基本です。

もちろん今日のお菓子は、和菓子の会のみのオリジナルの上生菓子です。


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私がいただいた黄身しぐれ、銘を「紫しぐれ」。

この表面の紫色を和菓子で出すのはたいへんむつかしいそうで、しかも時間がたつと色がかわってしまうので、盛ってすぐださないといけないそうです。

ほかっと表面が美しく割れたこの風情は、ちかぢか咲く紫陽花のイメージ。

味はあっさりとした甘さがおいしゅうございました。さすがの京の上生菓子の面目です。


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こちらお隣にお座りだった方のお菓子。

上がかるかん、下が葛。表面のあざやかな橙は餡でできています。

銘が「一聲(いっせい)」。この初夏にするどく鳴く、ホトトギスの声のイメージ。


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この葵の菓子皿が諏訪蘇山さんの作なんです。

諏訪家はもともと青磁を得意としていて、このどっしりとした葵の形、もう目がheart04

まだご紹介していなかった左上のお菓子は道明寺で、中に青楓を思わせる翡翠色の餡がすけてみえる、それはそれは美しいお菓子です。

表面の白い粉はなんと、水気をとばした餡=さらし餡の粉だそうで、これを作る手間は大変なんだそうです。

銘を「蚕繭(さんけん)」。


こちらの先代ご住職は蚕の繭で紙を作る研究をされておられ、出来た紙は「蚕繭紙」とよばれました。

それにちなんだ銘です。

まあ、京菓子のイマジネーションの上品で雅なこと!

中川様も言っておられました。最近和菓子に色々飾りを盛っている物が増えているが、本来の京菓子は、ミニマムな姿形で無限のイマジネーションを引き出すものであるべし、と。

草庵の茶に通ずるものがあります。


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もうひとつの蘇山さんの透かしの菓子鉢。

こちらもついよだれがでます。

(蘇山さん、6月に京都高島屋ギャラリーで個展をされるそうです。ちょっと値段をみるのはこわいな〜)


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同じお席に参加された皆様。

私のおとなりには、なんとあのお茶の小山園さんご夫婦がお座りでした。

そうそう、出されたお茶は小山園さんの「金輪(きんりん)」(named by 故・高田好胤師)でした。

濃茶にも使えるあっさりとくせのないおいしいお茶でした。

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水指は少し変わった形。十牛図のうち6番目、「騎牛帰家」の絵です。

これに呼応して、数茶碗も十牛図がそれぞれ描かれていました。それに今年は丑年!

こういうひそかなとりあわせの楽しみが、亭主の楽しみなんでしょうね。


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八坂先生が、12代宗哲さんにお願いしていたところ、制作途中で急逝され、娘さんの13代宗哲さんが完成させた、という棗です。これもゆかりの品ですね。


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ちなみにこちらの本堂や茶室の襖はすべて重要文化財です。

ひゃ〜、おそれおおいですわ。


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茶室から庭をながめると、緑にいだかれて、ひっそりとある池に鯉が泳いでいました。

こんなところに住んでみたいものです。(あ、でも、きっと掃除は大変、、、)


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受付されている、京都遊びの会(仮称)、およびNPO京町家・風の会(実は私も幽霊会員)のメンバーの方々。

いつも個性的なお着物のぽん様、風小僧様(ぽん様の今日の帯は風小僧様のおばあさまのものだったとか)、すこぶるつきの「着物美人」maki様

雑ぱくな日常をいっとき忘れて、心洗われるひととき。

ああ〜〜、早く京都へ住みたい!!の思いもますます。

このあと、もちや様とリニューアルなった、烏丸一条の虎屋菓寮で待ち合わせ。

このお話はまた明日happy01

2009年5月15日 (金)

花月〜唱和の式〜新・逸翁美術館

前から目を付けておいた、庭のシモツケです。

まだ咲いていませんが、つぼみの風情の方が茶室にはあいそうです。

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なんのために目を付けていたか?

それは今日の花月のお稽古の、唱和の式のため。

唱和の式では自分で活けた花にちなんだ歌を詠まなければならないのです。

とっさに歌を作る才能がありませんので、あらかじめ花を決めて、歌を作っておこうと思ったのです。

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先生のお宅の花と、ほかの皆さんがお持ちになった花のなかに、こっそり(?)わがやのシモツケをしのばせましたcoldsweats01


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この日は甲赤棗がでています。

これ、こわいんですよね。心して持たないと中味をぶちまけそうで、、、、。

清め方は甲拭きをしないで、二引きです。


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まずお菓子をいただいて、折据をまわして役決め。

お菓子は菖蒲でしょうか?アヤメでしょうか?(いまだに区別できない、、、)


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この唱和の式は仙遊と雪月花と併せて簡単にしたような感じ。でもとにかく亭主の一人舞台です。


私の前の方がシモツケを使われそうになったので、「シモツケは使わないで下さい〜〜。」と哀願して、皆様の失笑をかってしまいましたわ。shock

お花はそれぞれ全員が選んで活けます。右端の笹と一緒にこっそり活けているのが私のシモツケ。

皆様それぞれきれいに花器におさまっています。

私のはちょっとセンスがありません。

お花の後は亭主が香を焚き、濃茶を点て、全員でいただいて薄茶は花月になります。

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正客さんが活けたオオヤマレンゲ。

この花は独特な花で、存在感がありますが、やはりつぼみの時の方が上品です。

どうも中の芯の部分はちょっとグロテスク。


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四客さんの活けられた、掛け花入れの原種テッセン。

小さめのクレマチス、といった感じですが、この垂れ下がり方が花器にあってすごく良い感じ。

花月の後は、亭主は重ねた硯箱を持ち出し、全員で、三つ折りにして懐に入れておいた短冊にそれぞれが活けた花にちなむ歌を書きます。

そして、それぞれの歌を声に出して読んで披露します。

もちろん私は前もって作ったシモツケの歌ですが、みなさん即興なのにすごくすてきな歌を詠まれました。

すばらしい!

かえって私の歌が凡作でしたわ。おはずかしい。

 
  ひととせは まためぐりきて 美しき 皐月にあへり しもつけの花     (おそまつ!)


唱和の式自体はそれほどむつかしく感じませんでしたが、なんといっても歌付きがストレスですわねえ。

どうして茶道雑誌「淡交」に短歌と俳句のコーナーがあるのかわかりましたわ。

さて、花月が少し早く終わったので、帰る道すがらにある逸翁美術館が新たにできた建物に移転した、ということなので行ってみました。

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う〜ん、、、、ちょっと近代的すぎて、前の古い洋館の方がよかったなあ。(→以前に行ったとき


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残念ながら、オープンは今年秋だそうで、まだ入れませんでした。

ちなみに茶室も擁する以前の雰囲気のある洋館は小林一三記念館としてこれも秋にオープンだそうです。

2009年5月11日 (月)

皐月の雑記

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娘が北欧の旅からやっと帰国しました。

関空でこんなものもらって。

まあ、北欧は新型インフルエンザ感染者は、ほんのわずかですけれど、広い空港はどこからの帰国者がいるかわかりませんからねぇ、、、。


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友人と二人でのバックパッカー旅で、泊まるところも自前のシーツを持参するようなところに泊まったそうで、嫁入り前の娘がこれでいいのか、、、、とsad

これがおみやげ。

一度にたくさんの国をまわったので、どこで買った物か、本人もおぼえていないそうで、、、、。

左から、紅茶(というかハーブティーというか)、ココア、蟹の缶詰とロクシタンのハンドクリーム(これは空港で買ったらしい)。


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さすがに、スウェーデン語なのかノルウェイ語なのかフィンランド語なのか、デンマーク語なのかバルト三国語なのか、、、etc.etc,、、、、さっぱりわからん!

どう発音するのかわからない言葉をみると、なんか落ち着かない気分になりませんか?

ちなみにどこの国でもほとんどの人が英語を話すので、不自由はなかったらしい。

(↑ 娘はTOEIC、私より50ポイントも上。くっそ〜〜〜!!pout

とにもかくにも、帰国したその日に猫のフレ坊をつれてあわただしく帰っちゃいました。

翌日からお仕事。よ〜やる。やっぱり若いわね。


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  シェルcatお〜ほっほっほ!やっと平穏な日がもどってまいりましたわ!

(意味不明な箱入り、、)

フレディにエサを食われると思って、やたらと早食いしてたので、なんだかお腹あたりにまたお肉が、、、、

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宝塚阪急で買える季節限定の鼓月のお菓子。

茶摘みのシーズンですものねえ。お茶のかおりがほんのりする生菓子です。

「茶山薫風」、、、、あおあおあとした茶畑のあの畝が目に浮かぶようですわ。


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ほろほろのそぼろに漉し餡がはいっています。

お雛様の時に京都で楽しみました品種茶を楽しむ会

その時にいただいた煎茶「さみどり」でいただきました。

お茶の味のわからん私でございますが、このときばかりは力強い緑の葉の香りにノックアウトされましたわlovely

2009年5月 8日 (金)

初の真台子

先日奈良でもとめた杯台

中におとしをいれると花入れなんかにもなりますが、、、、

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蓋置きにならんかな〜と思って先生に話しますと、「夜学の蓋置き」に似ているから、いいのではないかと言われました。

「夜学」とは、昔、夜学をする際、机上を照らす灯明の火皿の台を蓋置きに転用したものだそうです。

調べてみると、たしかに似ています。底に穴がなくて、まわりに窓があいているので。

おほほほ、、、良い蓋置き(実は杯台)をゲットしましたわ!

さて、先日は真台子の特別稽古の日でした。

今まで4回、見学とノート作りのみだったのですが、この日、初めて実際にお点前をさせていただきました。

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(床の左下にみえているのは、このたびお茶名をいただいた先輩の許状です。)

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お花は、花筏と水葵といわれましたが、どうも写真で見る水葵とは少し花の色がちがうような、、、、。


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真台子はいろいろ道具に付属物がふえるので、めんどうなのですが、前から思っていたとおり、四ヵ伝→行台子のギャップに比べると、行台子→真台子はそれほどでもありません。

細かい所作は改善の余地はあるものの、まあ、8〜9割方は出来たと思います。

でも、それは手順を覚えた、というだけで、真の格式の点前ができた、ということではありませんが。

先輩にききますと、真台子はまだ楽だけど、大円真はむつかしいよ〜とのことでした。

大円真をおそわるのは当分先になりそうですが、ちょっとでも記憶力のマシなうちに、早くおしえてくれよ〜と心の中で叫ぶ。(ほんまにここんとこ記憶力が、、、、crying

お点前としては大円真で最後。ただ、中味を深めていくのはそれからがスタート、なんでしょうね。

全部手順としてマスターして、真の心のゆとりを持って、また草の点前にかえりたいものです。

利休道歌に曰く 「稽古とは一よりはじめ十を知り十よりかえる、もとのその一」


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ちょっと懐紙が汚れていて恥ずかしいのですが、「花水木」のお菓子、」かわいいので、、、。

この日、先輩2名がお茶名の許状を受け取られました。

この方々はお稽古日がちがって、あまり交流はなかったのですが、これも一つのけじめです。

これからもご精進くださいませ。

私の茶名は、、、、まだまだ先のようですcoldsweats01

2009年5月 6日 (水)

皐月の庭と猫たち

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気がつくとウサギのたかこのお墓のまわり、白い花がいっぱい。

道ばたで見つけたこの花、お墓のそばに一株植えたのがいつのまにか、こんなにひろがりました。


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実はこの花の名前、知らずにきたのですが、あるブログで「立浪草」だと知りました。

なるほど。波立つ白波がおしよせてくるような、、、、。

誰が付けたのか、すばらしいネーミングセンス!


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グランドカバーといえば、今我が家の庭はエリゲロン、クリーピングタイムがひろがってきれいです。

でも、雑草がグランドカバー(?)になっちゃう前のほんの一瞬なんですけどねdespair

さて、娘が旅行中あずけていった猫のフレディ(4歳オス)と、わがやのおばさま猫2匹。

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連休はゆるゆる、、、、のはずがwobblyまたまたおおさわぎです。


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おばさまのシェル、プリはほとんど反応しない猫じゃらしに、くらいついて一人で大暴れ。


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あの〜、そこは歩くとこちがうやろ。

お前、6kgちかくあるから降りてくるとき、こわいんですけど。


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プリ「どこで水飲んどる?」

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あばれ疲れると、こんなかっこうでだれる、、、。

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シェルプリ「ヒソヒソ、、、、あの子ったらも〜、うざいくらい元気よねっ!」「ねっ!」

     「うるさくて迷惑よねっ!」「ねっ!」

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といってるわりには、ついついシェルも我を忘れて、いつもは見向きもしない、猫じゃらしに

「きゃっほ〜!」

フレディ「、、、、、」 ← ひいてる。


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でも、ときには仲良くリラックス。happy01

やれやれ。

この間に私もリラックス。


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庭に繁っているレモンバームをつんで、フレッシュレモンバームティー。

良い香りです。

は〜〜、、、、明日から仕事でなきゃねえ、、、、sad

2009年5月 4日 (月)

高畑〜奈良国立博物館・鑑真和上展

(前の続き、、、、)

高畑の交差点近く、みごとな竹林。

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そして、高畑といえば、お気に入りの町家ギャラリー、あーとさろん宮崎さん、素通りはできません。


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3月に来たときにはお雛様のしつらいでしたが、この日は兜に菖蒲。


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こちらの火袋のある元走り庭のカフェコーナーでコーヒーをいただきながら、オーナーの娘さんとおしゃべり。

彼女もお茶をされるし、着物にも興味をおもちなので、ついついもりあがります。

今東京で評判の阿修羅像の展示については、「あれは興福寺では他の仏像と一緒くたにガラスケースのなかにほおりこまれてるのにね〜。」と、東京での待遇の違いについて意見一致。


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このコーナーが居心地良くて京都の家の台所に是非とりいれたいのですよ。

ここで、この日は奈良国立博物館が夜7時まで開館していることを聞き、早速いってみることに。


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その前に、こちらの杯台を購入coldsweats01

あまり古いものではありませんが、七宝透かしがすてきなのと、ちょっと蓋置きに使えないかしら?と思って。


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あーとさろん宮崎さんの前の道はまっすぐ西に行くと、もうならまちのどまんなかにでます。

博物館に行く前に、せっかくなので、ならまちへ寄り道。

ならまちは元興寺の旧境内になるので、いろいろな史跡もちらばっています。

ここは「頭塔」。(スミマセン。入り口しか写っていません。)8世紀に築かれた土塔のあと。

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今西家書院

室町時代に建てられた元福智院氏の屋敷で、(重文)今では奈良の酒蔵「春鹿」の所有。見学もできます。

(春鹿さんではきき酒もできますよ〜)

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こんな立派な町家も現役。


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なにげに飾られている華鬘草。


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お水取りの時のお松明がなんとオブジェ(?)に!

大回りをしてやっとこちらへ到着!


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奈良国立博物館、鑑真和上展

こういうのが夜おそくまでやっているっていうのがありがたいですよね。

鑑真和上といえば、やはり井上靖の「天平の甍」です。

高校生時代、井上靖の西域物は夢中でほぼ読み尽くしましたが、その記念すべき第1号が、これだったんです。

最初の展示室内は暗く、照明を極度におとして、唐招提寺の四天王が四隅に、梵天、帝釈天が中央に、そして中央バックに勅額「唐招提寺」、それらがやや暗めのスポットを受けて、なかなか神秘的な、宗教的な効果をあげています。

そして、国宝、鑑真和上座像。

  「若葉して 御目のしずく ぬぐはばや」  芭蕉

12年もかけて、5度の渡航失敗、失明をのりこえて、日本に仏教の礎を築くためにおいでになった鑑真和上。

その強いくじけなかった志がただただ尊いです。

「天平の甍」、最後の方、既に失明した鑑真のそばで、ともに苦難をのりこえてきた日本人僧、普照は鑑真の今までの苦難の道のことを思い、こっそり涙します。

 鑑真が声をかけます。「照(普照)よ、泣いているのか?」

なぜかこれだけ、覚えているせりふ。印象的なシーンでした。

その他、唐招提寺が所蔵する宝物、資料、東山魁夷の襖絵など見ることが出来ます。5月24日まで。

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そして、この博物館、古田織部作、といわれるお茶室をもっているのです。

(いろいろな考証の結果、古織作、というのはどうも怪しいらしいのですが)

こちら、その茶室・八窓庵の待合いにあたるところ。

もともと興福寺の大乗院にあった江戸時代の茶室だそうです。


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こちらに明治時代に移築されてから、このように池のそばに建てられたのか、もともとそうであったのかは不明ですが、橋を渡っての席入りは風情がありますね。


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萱門です。ここからが内露地。

残念ながら、茶室の中は見ることができません。(茶会などの利用はできるようです)


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茅葺きの田舎家の趣。

三畳台目+貴人畳一畳、下座床、という説明があります。


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茶室前から待合いを振り返ると、池の向こうに良い景色になっています。

あたりは静かで、ときおり、池の鯉がはねる水音だけがしていました。


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八窓庵というくらいですから、連子窓、下地窓など、窓が八カ所ついているのでしょうか。

ずいぶんと明るそうなお茶室を想像してしまいますが、、、。

ただ、八窓庵、ときくと小堀遠州のものの方が有名かもしれません。

なぜか北海道の札幌にあるんですけれど、、、。(札幌中島公園内、これも外からのみ見たこと有り)

、、、というわけで、この日もよく歩きました。

歩くのはつらくないのですが、帰りの電車、一時間座った後、きました〜!!筋肉痛!足のこわばり!

昔はそんなことなかったのになあ、、、、。crying

2009年5月 2日 (土)

春日大社

さわやかな五月。

みなさま、あちこちへおでかけでしょうか。

私は春日大社の藤が気になり、今年は1週間ばかり早い、と聞いていたので、例年より早めにおでかけ。


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近鉄をおりるとすぐに、こんな方がお出迎え。

不気味とか、仏への冒涜とか色々言われたわりには、すっかり定着した感が。

あ、右の奥のポスターも見てね!(こんなところにもせんとくん)


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春日大社への一の鳥居。

この日は平日でしたので、たくさんの遠足のグループに出会いました。(先生はたいへんそ〜)


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参道は砂利道で歩きにくいので、奈良公園内の片岡梅林のなかを通り抜けます。

ここはお水取りの時にはたくさんの種類の梅がきれいな花をさかせていた場所。


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もしかして、、、と思ったら、やっぱりたくさんの梅の実がなっていました。


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その名も素敵な、飛火野。

このスコーンと広い低い山が奈良の山。

ず〜っと昔のさだまさしの歌、ごぞんじでしょうか?

いまでもここにくるとくちずさんでしまいます。

♪ 春日山から 飛火野あたり ゆらゆらと影ばかり なずむ夕暮れ

 馬酔木の森の迷い木に たずねたずねた 帰り道 


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春日大社の参道にはいります。

ここまでくると、駅からそんな距離ではないのに、もう深山の香りがして、神聖な森の雰囲気が。

まあ、ここでも鹿たちは「せんべ、おくれ」とおじぎをしまくっているのですが。


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春日大社本殿入り口。

ここを入るともう左手に見えてくるはずです。樹齢800年といわれる「砂ずりの藤」。

花穂が1m以上垂れ下がり地面の砂を擦るほどのびることから、この名前がついています。

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う〜〜ん。今年はちょっと早すぎたようです!

例年はもっと雨のように花房がたれさがっているのですが、、、、


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それでも、丹塗りの神殿に、藤の花はよううつります。


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今年は1m何cmまでいくでしょう。

これから房の下の方の花が開いてたれさがってくるようです。


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この時期、巫女さんはみんな、この藤の簪をさします。

なんとなくいにしえの女人の感じがして、いいですね。


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この大社がある、春日山原生林には野生の藤もたくさんみられます。

派手さはありませんが、新緑の中、藤色はふと目をひきます。

なんでも鹿が藤の花を食べるので、そのフンの中から発芽したとおもわれるのが野生の藤。


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隣接する万葉植物園にはもっとたくさんの藤が育てられているのですが、今回はパス。

二の鳥居ちかくのこの下の禰宜道、通称ささやきの小径を通って、神聖な山を下り、市街地へ。

この道は、高畑の社家町から禰宜(神官)たちが春日大社へ通った道だったそうです。


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春日山原生林の中。

この日は何人かの方にすれ違いましたが、ふだんはちょっと一人ではこわいような、森の中なんです。

まあ、一本道なので、遭難する心配はありませんが。


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終点付近の竹林。

この細い坂を登るとそこはもう高畑というお屋敷エリアです。

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すぐ目の前にあるのが、志賀直哉、自らが設計した屋敷。
(公開されています。)

このあたり、京都で言えば南禅寺草川町あたり(野村美術館周辺)、大名の別邸を彷彿とさせる大きな家がつらなります。

そしてまた、彼を中心とする文化人たちがつどった高畑サロンともよばれるあたり。


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洋画家の中村一雄氏の南欧風の家(有形文化財)の庭を開放して、オープンカフェにしているたかばたけ茶論もすぐおとなりですよ。

歩くだけでも良い雰囲気です。

2009年5月 1日 (金)

「茶の湯事件簿」火坂雅志

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実は5年前に買った本です。

茶道雑誌に連載されていたのをまとめた本。本棚を眺めていて、おや、こんな本もあったな〜と思い出して引っ張り出しました。

読み返すと、これがまたおもしろくて!

実は5年前、買ったばかりの時はそれほど歴史上の茶人についてあまり知識がなくて、古田織部と小堀遠州、村田珠光と武野紹鷗どっちが先で、どっちが後?、、、すらおぼろげだったのです。(恥ずかしながら)

まあ、それから5年、いろいろ本を読んだり、(「へうげもの」の漫画もたいへん勉強になりますcoldsweats01)それなりに学習して、知識もあるていど持って読み直すと、おもしろさがまったくちがいますね。

「事件簿」とありますが、茶道の歴史を知っている方にはどれも有名なエピソードがてんこもりで、それを活き活きと短編小説風に描写しているのです。

ここで火坂雅志って聞いたことがあるような、、、と思ったら、なんとNHK大河ドラマ「天・地・人」の原作者だったんですねえ。


ラインナップは、、、、

<安土・桃山時代>

松永弾正/織田信長/豊臣秀吉/千利休/山上宗二/織田有楽/ノ貫、、、などの有名どころから、この本で、ああ、こういう人だったんだ、と勉強させてもらった今井宗久や島井宗室。

宗二、ノ貫、有楽、みなさん「へうげもの」にも個性的キャラででていましたね〜。

(どうも読んでいると、イメージがあの漫画の顔になっていかんわ、、、)

中でも、忘れがたいのが荒木道薫。

彼は落城の際、妻子家来を見捨てて、茶道具を持って自分だけ落ち延び、大名を捨てその後の人生を茶人として生きた、という実際にエキセントリックな人生を歩んだ人でした。

<江戸前期>

徳川家康/天王寺屋津田宗及/古田織部(へうげもの)/金森宗和/小堀遠州/千宗旦

(江戸後期と近代以降はそれほど興味がないのと、ちょっとスケールがちいさくなるので割愛。)

一口に茶人といっても、その時代背景によっても、その信ずるところによっても実に多様な生き方があるのだなあ、と思いました。

織田信長に名物平蜘蛛釜を渡したくなくて、釜とともに爆死した松永弾正もある意味すがすがしい。

自分の意地を貫き通して、耳や鼻をそがれて殺された山上宗二も、その批判しかしない(いけずな)性格はともかく、これもひとつの見事な生き様だと思う。


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(大円草)

なかでも私がやっぱり好きだな、と思うのは利休の孫にあたる千宗旦。

利休賜死以後、秀吉の手前、世間的にも金銭的にも不遇でありながら、(「乞食宗旦」と呼ばれていた)、わび・さびを徹底的に追求し、独自の茶の世界を作り上げた人です。

唐物を捨て、和物中心の極わび茶の湯は彼から始まるとか。

祖父・利休の亡くなり方から、権力に近づきすぎることの怖さをよく知っていたのでしょう。生涯仕官することなく、名誉をもとめず、一生清貧の中ですごした。

茶事も十分なもてなしが経済的にできなかった事も理由でしょうが、軽い食事のみの「飯後の茶事」を好んだとか。

私も自分でするなら、この飯後の茶事を中心にしたいな、と思っています。

フル懐石もよいのですが、食事に気がいくと、どうしても席が散漫になってしまう気がするし、、、。

実は作者の火坂さんも、宗旦が大好きらしく、その思い入れもあるのか、宗旦の章がとてもひかっていました。

そして、印象的な宗旦の言葉、

「茶の湯は我が身の理を知りて分に相応するを本意とす。されども諸事十分ならぬがよし。」

「茶禅録」(from 柳宗悦)にいう、「侘」すなわちもの足らざる様。足らざるに足るを知ることが数寄のこころである。

身の丈におうた茶を。心に刻みつけたい言葉です。


    *    *    *


「茶の湯事件簿」:

茶の湯が歴史的にどういう意味を持ち、どのように変遷していったのか、簡単に頭に入れるにはうってつけの本です。


そして、茶道をされる方々、あなたはどの茶人タイプでしょうか?、、、など考えながら読むのもおもしろいと思いますよ。