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2008年11月 7日 (金)

宙を編む手

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(兼六園 源氏香蹲居)

ちょっとうたた寝をしている間に、仕事の夢を見た。

いまは半分リタイヤ気分だけれど、30代、40代、一番責任も重く、気力も体力も充実していたとき、繰り返ししてきた仕事の光景を見、自分の手の動きを見た。

まあ、いまだ完全リタイヤではないのだけれど、おそらく人生で一番いそがしくて、しんどくて、でもそれが報われた時期のことを体が、心の底の底がおぼえてるんだろう。

その時にふともう30年ちかく前のある情景が目に浮かんだ。

その人は癌の末期で病院のベッドに寝ていた。


食事はもうのどを通らず、ベッドをはなれることもかなわず、悪液質が頭までまわって、時々譫妄におちいったりもしていた。

家族ともおりあいが悪いらしく、たった一人の息子も嫁もあまり顔をださない。

病床でひとりの長い時間をどういう気持ちで過ごしていたのだろうか。

ある日病室に入ったとき、その人の痩せた細い腕が宙でうごいているのを見た。

仰向けで、腕を上に突き上げて、、、、

あ、これは編み物をしているんだ!

と、瞬間気づいた。

若い頃編み物が得意だった、編み物で生計を助けた、と話を聞いていたから。

人の気配にその手はすぐ、ふとんの中にしまいこまれたけれど。

その時私はまだ20代で若く、苦労というほどの苦労を知らなかったので、それきりだったのだけれど、なぜかあの宙を編んでいた手の情景だけは忘れられなかった。

その人はしばらくして亡くなった。かろうじてやってきた息子夫婦だけに看取られて。

なんだか寂しい亡くなり方だったように思う。

この年になって、思う。

あれはあの人の一番忙しくて、でも幸せだった時代を体が思い出していたのではないだろうかと。

人生を一本の直線にたとえると「今」は中間点を越えて、終点に近くなっているのは確か。

だから時々考える。

自分の死に様はどうなんだろう。

死期が近づいたとき、一番幸せだった頃のことを振り返るとしたら、どの時代なんだろう。

くりかえしくりかえし、心も体もその時代をなつかしむだろうか。

死ぬときに自分をかこんでくれる愛する者ははたして、どれだけいてくれるだろう。

と。

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宙を編む手を参照しているブログ:

コメント

しぇるさんは私とほぼ同年代ですが、50才前後から人生の持ち時間(残り時間)ということを、どうしても意識するようになりますね。ヴォーボワールに、総括の時、といった副題の晩年の著作があったと思いますが、私たちはその前段階の年代といったところでしょうか(峠で歩いてきた道を振り返り、これから歩いていく道を望む、といった感じです)。

うちのお茶の先生の先生、淡々斎にずいぶん可愛がられた方やったそうですが、
その先生は身寄りがなく、晩年は弟子がかわりばんこに世話をしたんやそうです。

いよいよ寝たきりになり介護がたいへんになって入院された後、寝たきりに・・・
痴呆もかなり進んで、弟子の顔もわからなくなったのに、
お布団から手をだして、お点前の動作をしはるのやそうです。
しかも、真とかのかなり複雑なお点前を。

それを見守りながら、弟子たちは涙がとまらなかったようです。
ある意味、かくありたいとうちの先生は話しておりましたが、
身も心も茶道に生きた方やったんですね。

しぇるさんの今回の記事をみながら、
その話を思い出しました。

S&Y様

我々の年代は、五木寛之のちょっと前の本によると「林住期」なんですね。

、、、、、社会人としての務めを終えた後、すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである。(冒頭より)
(抜粋)林住期とは50歳から75歳までの間。働くためではなく、子供を育て家庭を維持するためでもなく、自分自身の人生を生きるために、それまでの50年で蓄えた全ての物を土台にして実りある老年期=遊行期をむかえるための準備期。

ちょっと目から鱗でした。50代なんてもう黄昏だし、自分が主人公になることはもうないだろうしな〜と考えていたので。
いや、まだこれからが人生の一番おいしい時、と言えるよう、また老年期を遊行と言えるような実りある林住期でありたいと思います。
そうそう、まずは健康ですけど。
お互いに病気だけはしないようにしましょう。happy01

あまね様

まさしく言われるとおりです。
頭がもうろうとしてきても、体が覚えている、若い頃情熱をかたむけたお茶の所作がでてくる、お弟子さんでなくても、私でも見たら泣きます。そしてあまね様の先生がおっしゃるとおり、かくありたい、という気持ちも同じです。

死に際、愛する者に囲まれる、囲まれないは別として、そういうふうに心と体に深くしみこんだものはやはり、人生の宝だと思うのです。この50余年、そういうものを築いてきたか、ちょっと振り返るこのごろです。

自分の人生の幕の閉じ方を、時々考えます。
二人きりの我が家はどちらが後に残っても「こうしましょう」というある計画を話し合っています。
身の回りにおいている骨董たちも、行き先をきちんとしておかなくては。
最後の最後まで持っていたいもの、それ以外は少しずつ、収まりどころを考えておくことが、昔からのものを預かってそばに置かせてもらった者の責任、と考えています。
けれどなかなか手放せない。
難しい問題です。

紫様

うちは旦那が「どうせ僕の方が先に死ぬから」とあとのことは任せた、とばかり責任放棄しております。自分が先に逝くかどうかなんて根拠がないのにね。
お気に入りの骨董、昔の人から受け継いで、次の世代に渡したい、と思われているのですね。預からせてもらっている間はせいいっぱいいつくしむ、すてきな考え方ですね。
私は残そう、と思うほど良い物はもっていませんし、子供達はほとんど興味なさそうなので、どうしたものかと思案しています。

宙を編む手、この題がとても素敵で
読んでみて内容がまた感銘を受けるものでした。

コメントありがとうございました。
いつもながら心強く思っています。
わけあって公開を遅らせますのでご了承ください。

ヘルブラウ様

日本へ里帰りされたあと、ようやく普段の生活にもどられたことでしょう。ブログはやはり不特定多数相手ですので、不愉快なこともありますが、とても楽しみにしている読者も多いと思いますので、クローズだけにはしないでくださいませぇ〜。coldsweats02

しぇる様の記事もみなさまのコメントも同じ世代の人間として一つ一つ考えさせられ、また、心に響きました。
夢中で山道を登ってきて、ちょうど峠から来し方を眺め行く先を定める、そんな時期なのでしょうか。
昔、結婚前に夫と渋谷パルコ劇場で十朱幸代さん主演の『第2章』(ニール・サイモン作)を見ました。その中で、中年になり離婚する主人公が、最後に夫に向かって言う「私は今の自分が一番好きよ」という台詞が、今でもずっと心の中に残っています。
目標もなくぼんやりとcoldsweats01生きてきましたが「今の自分を一番好き」と言い続けたいですよね。

yuchi様

ある日、TVを見ても雑誌を見ても活躍されている年代が自分より下になったことに愕然としました。ほんとうに夢中になって生きている時はその時が人生の華だとは気づかず、とおりすぎてからわかるもののようです。
今の自分が一番好き、とはすばらしい言葉ですが、そう言えるということは、その時その時、悔いのないほど真剣に生きてきた人でこそ、でしょうね。自分は?と問われれば即答できません。過去はどうしても都合の良いように修飾されますしね。
ただ今の自分が一番楽、、、なのは確かです。あんまりほめられませんが、楽な自分が好き、というのもありかもしれません。

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