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2008年8月19日 (火)

チェコ紀行〜プラハ・1

『アマデウス』というウイーンが舞台の映画のロケが、ウイーンではなく、実はプラハで行われていたということはご存じでしょうか?

モーツァルトやサリエリが駆け回った18世紀のウイーンそのものの街が、プラハには何の細工をせずとも、(かなり広い範囲にわたって)ある、ということですね。

そこは世界遺産の街であり、世界的な観光地だけあります。

事実、昼間からかなり遅い夜にかけて、旧市街の小路という小路、広場という広場は観光客でいっぱい!しかも耳を澄ますとありとあらゆる言語のるつぼでした。


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(きっと人がいっぱいだと思ったので、早朝、7時くらいに旧市街に。案の定、うそみたいに人通りがなくて、美しい街を堪能できました。)


チェコ公用語はチェコ語。ドイツ語がわりと通じて、ついでロシア語も多かったような。ただ、英語の順位低いです。

うれしいことに、かなりの割合のスペイン語圏観光客がいて、スペイン語が少しききとれるとうれしかったり、、、。

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初日は朝のうちから雨がぱらついて、寒い!日本準拠装備だったので、なおさら寒い!

10月終わりから11月はじめくらいの気温。

まず、観光案内のトップをかざるカレル橋ですが、なんと半分工事中。さわると御利益があるという像も金網の向こう〜。

で、御利益を逃しつつ、さらに早朝の旧市街を行く。


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この旧市街はどこをとっても絵になります。石畳がどこまでも続きとてもきれい。ただし、細いヒールの靴はだめでしょうね。

ヨーロッパの町並みはどこも古い石造りの建物がよく保存されているので、たいてい町並みはきれいなのですが、ここほど広い範囲にわたって、とぎれなく美しい、というのはさすがです。


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旧市街広場。

はるかむこうに建つ像は宗教革命のはしりとなったヤン・フスの像です。(焚刑になりました。)

ここらへん、世界史選択だったので、かすかに記憶あり。プラハは実はカトリックとプロテスタントとのせめぎあいの最前線だったんですねえ。

なんどもなんども宗教と支配権をかけた血なまぐさい争いがおきています。


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この広場の目玉、天文時計。

朝いちの9時にこの仕掛け時計が動くのを見ましたが、ミュンヘンの仕掛け時計なみを期待してみると、ちょっとしょぼいです。

ただ、上の地動説に基づいた天体の動きを示す時計はユニークで、神秘的な感じがしますね。


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そのあとはその時計のある、旧市庁舎へ登ってみる。(なんと、エレベーターで楽々。これでいいのか?)

さすが、美しく統一されたオレンジ色の屋根。美しいなあ〜。

旧市街には、派手なネオンも看板もありません。行政の規制があるのでしょうか。

この町並みを保存するのにやはりそれなりの行政側の努力はされていると思いますが、そこにくらす市民が、それを誇りに思い、これを守るのは自分たちの義務であり、当たり前と思っている、、、と信じたいです。

それでもプラハもまた、悩みはあるようです。

観光客を招聘するため、古い建物が変に商業的に使われて、スラム化したり、もともとの住民の静かな暮らしが奪われたり、あ、これどこかで聞いた話。

プラハと姉妹都市提携をしている京都と同じです。


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トラムは市内をくまなく回って、とても便利でした。3日フリーチケットを買いましたが、最初の一回、改札しただけであとはトラム、メトロ、ケーブルカー乗り放題。

時々切符を持っているか、チェックされるらしいけれど、今回は一度もチェックされず。

トラムに乗って、少し旧市街から離れたヴァルタバ川(モルダウの呼び名のほうが有名ですね)沿いのあるビルを見に。


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ハイ、これ!

ダンシングビルとよばれているポストモダンの建築物。

なんというか、けったいなビルですが、見てるとこちらも踊りたくなるような、楽しい気持ちになります。

中はお堅い保険会社かなにかがはいっているらしいですが、これも当初はプラハに合う、合わないの論争があったようです。

(京都タワーみたいなものかしら?)

こんな風に10世紀くらいのロマネスク様式の教会から、こんな建物まで、同居しているあたりが、プラハをして『建築博物館』とよばしめる所以ですね。

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これは旧市街の北の方にある、旧ユダヤ人ゲットーにたくさんあるシナゴーク(ユダヤ教の礼拝所)のひとつです。

中に入るには、男性は教義にのっとって、紙製のまるいユダヤ教の帽子(なんというのでしょうか?あれは)をかぶらされます。

チェコのゲットーといえば、私はナチスのユダヤ人狩りを思い出すのです。

昔そんな映画を見たからでしょうか?

ここのゲットーからも多くのユダヤ人が強制収容所に送られ、戦後まで生き残ったのはわずか2500人にすぎなかったそうです。

ピンカスというシナゴークでは、白い壁一面に強制収容所でなくなった8万人に近い犠牲者の名前がその生まれた年、亡くなった年とともに、びっしり書かれています。

その一つ一つの名前にそれぞれの人生があったのですね。多くは1942〜43年頃死亡になっています。

80を越える年の人もいれば、10代で亡くなっている人もいます。

死者は黙して語らず。というけれど、壁に書かれたこの名前のなんと多くを語りかけてくることか。

しばし足をとめてしまいました。


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シナゴークのなかのユダヤ人墓地。

ユダヤ人は昔はゲットー内でしか住むことを許されなかったので、お墓も土地が足りなくなり、このようにぎゅうぎゅう詰めの状態なのです。なかにはさらに土を上に継ぎ足して埋葬した、、、こともあるようで、死んでも尚、ユダヤ人の苦難はつづいていたのですね。

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そのあと、精力的にトラムをのりこなして、ムハ(日本ではミュシャ)ミュージアムへ。

彼が活躍したのはウイーンですが、晩年は故郷プラハにて、スラブ叙事詩など、民族の誇りと統一を謳う大作を描き続けました。

彼の絵はファンが多いので、ここのショップでたくさんムハグッズをお土産にと買い込む。


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夕暮れのヴァルタバ川をカレル橋から見つつ、ホテルに帰って、ちょっとセミフォーマルにお着替え。

何故か?


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あの『プラハの春音楽祭』の会場になるスメタナホールでひらかれるクラシックミニコンサートへ行くため。(人物は旦那)

音楽祭はここでスメタナの交響詩「我が祖国」(『モルダウ』はクラシックファンでない私でも知ってるくらい有名)の演奏で始まるのです。

実はこの前を旦那(クラシックファン!自分でもオケでオーボエふいてた)と歩いていて、チケットを売りつけられたのです。
7000円ほど。でも、スメタナホールに入れるなら失敗してもいいや、、、と思い購入。

旦那曰く、「クラシックコンサートのチケットを呼び込みで買ったのははじめてや。」

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ホールの天井。ホール自体はそれほど大きくはありません。

曲目は観光客にもわかりやすい「歌劇ドンジョバンニ序曲」「シューベルトの未完成」「ベートーベンピアノコンチェルト5番皇帝」

演奏は素人の私にはそれなりに良かったですが、旦那に言わせると

「大阪に4つあるオーケストラの4番目くらいのレベル」、、、、、だそうで(^_^;


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中休みはホワイエでこれでしょう!の地元、ピルスナービール!(チェコはとにかく、ビール、ビールなのだ)


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終演が10時くらいでしたが、旧市街はまだまだ人でにぎわっています。


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さすがに私はめいっぱい初日を楽しんだので、まっすぐホテルに帰りましたよ。

<すみませんが、この紀行、まだまだ続きますσ(^◇^;) >

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コメント

楽しい旅だったようですね〜♪
じっくり読ませて頂きました!

暑い時期にお猫ちゃん達は大丈夫かしら…?と、← ついつい猫視点…;
違う心配をしていたのですが、やっぱりヨーロッパ旅行、羨ましい限りです〜。
我が愛息のひとりでのお留守番は、やっぱり無理だろうなぁ…;

熊五郎様

ううっ!きびしいとこをついてきましたね。
実はいつもは義母に頼んででかけるのですが、今年は腰をいためてお願いできなかったので、初めてペットホテルなるものを利用しました。
これが旅行中、罪悪感としてつきまとい、ちゃんとご飯は食べてるかしら、排泄はできてるかしら、と心配で。
1日おきに電話して様子を聞いていました。
帰国してまっすぐにつれて帰って、ごめんね、ごめんね、とスリスリ。(猫は若干怒りモード)
でも旅は病気みたいなもんで、やめられないし(^ ^;)次回はどうしようかと、新たな悩みをかかえこんでいます。

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