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2008年8月21日 (木)

チェコ紀行〜プラハ2

プラハでは今までカレル橋の東岸の旧市街を回りましたが、最終日、雨の中、西岸のマラー・ストラナ地区、プラハ城へ。

このエリアもモーツァルトの時代から町並みは変わっていないらしい。

プラハ城までのゆるい坂を登りながら、家々の入り口の上の紋章を見て歩くのは楽しい。かつては住所というものがなかったので、

住所代わりに各家の紋章を掲げたらしいが、それぞれに創意工夫がみられます。

たくさん写真におさめてこれだけで家紋コレクションができるのですが、ここでは印象的だったものをのせてみます。


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3つのバイオリン


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黄金の杯


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黄金の鍵


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双子の太陽

それぞれ元はその家の職業に関係した紋かもしれませんが、今は確かめるすべはありません。

なかでもとりわけ立派な物は大使館だったりします。(ちなみに泊まったホテルのすぐそばに菊の御紋を掲げた日本大使館がありました。それなりに立派な建物でしたよ。)


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プラハ城のなかには大統領府もあるので、こうした衛兵の交代もみられます。

この衛兵は人気があって、選考会の倍率は10倍以上とか。けっこう見た目重視のイケメンが多いそうです。

やはりこの衛兵さん、にこりともしません。


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城内にはいって、まず人を威圧する聖ヴィート大聖堂。ここにあるたくさんのステンドグラスのなかの1枚、ムハ(ミュシャ)デザインのものです。

ここに入るまでに雨の中かなり行列にならびました。私たちの前には日本人の団体旅行客が並んでいました。

当節どこに行っても見かけるのは中国人旅行客ばかりで、日本の相対的地位の下降を感じていただけに、おお、日本人もまだ元気だぞ、と思ったのですが、後から着たスペイン人の団体のガイドが

「日本人がたくさんいるから我々は待たねばならない。」と言っているのが聞こえた。

スペイン語がわからないと思って言ってるのだろうけれど、ここにわかる日本人がいるぞ!と、ちょっとむかついた。

なんとなく東洋人蔑視を感じてしまうのは、私のひがみでしょうか?

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旧王宮の16世紀初頭にできたホール。カトリックの教会はどこの国のも似たり寄ったりですが、この

柱1本ない、しかも木の床の広間はとてもユニークです。

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城内でもっとも人気のスポットの「黄金小路」、ここは100mほどの細い路地に沿って小さいかわいいカラフルな家がならんでいます。

かつて錬金術師たちが住み着いたので黄金小路とよばれるように。


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家の中はいまではかわいい雑貨などを売るお店になっていますが、なかでも一番人気はこのブルーのNo.22。

フランツ・カフカがかつて仕事場にしていた家です。

中はほんとにどうやって住んでたのかしら、とおもうほど狭くて天井も低いのですがね、なんともこれが落ち着くのですよ。

窓辺に机を据えたら、なんだか良い文章が書けそうです。(妄想)


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このお家ではヨーロッパらしい、クリスマスグッズを売っていました。

プラハ城からから帰って、残りの時間は旧市街をふたたびぶらぶらしました。


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美しい建物を見たり、


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街角のスーパーの前にいたでっかいセントバーナードに感心したり、


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プラハといえばマリオネット、のマリオネットのお店をのぞいたり、、。


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お約束のマリオネットシアターでマリオネット劇も見ました。

演目は「ドン・ジョバンニ」


さて、今回泊まったホテルは14世紀の修道院を改装してつくったホテル、ということで期待していったのですが、建て物の骨格は修道院でも、内装や設備はあまりに近代的だったので、ちょっとがっかり。

でも、唯一修道院の回廊を利用したと思われるmonastory laungeはすてきでした。


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ここでは2時から5時までアフタヌーンティーがいただけるのです。


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ハイ、夫婦そろってミーハーなので、アフタヌーンティー、いただきました。ご満悦です。

この3段プレートにのっていたプチスイーツは、小さいのにとってもおいしかった!!

ちなみに後ろのカーテンの文字は、神学者ヤン・コメンスキーによるチェコの歴史だそうです。


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プラハ最後の夜、旧市街の小路を入ったちいさなレストランで食事をしました。


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メインディッシュはグラーシュ。牛肉をパプリカで煮込んだもので、本来はハンガリーの料理ですが、ウイーンでもここプラハでも人気の一皿です。

ここではクネドリーキという蒸しパンみたいなつけあわせがお約束。

とてもおいしく、最後に食後酒として、凍ったグラスでいただいたヘベロフカ(チェコの養命酒みたいなもので、とてもアルコール度高い)に酔い、ふわふわと気持ちよ〜く、観光客でにぎわう夜の旧市街をホテルへと歩いて帰りました。

最高に気分よかったです!

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チェコ紀行〜プラハ2を参照しているブログ:

コメント

なんだか「いつか・住もう・プラハ」という感じになってきましたネ。
楽しく拝見してます。

S&Y 様

いつか・住もう・プラハ編、ようやく終了です。(^_^;
京都から大きくずれてしまってますが、旅行記を見に来てくださる方もおられるので、、、、
S&Y様のような端正なブログにはなりませんわ。despair
京都についていろいろな切り口で、続けておられるのは尊敬いたします。
8月をのりきって9月にまた京都へ行こうと思っています。お目当ての場所がいろいろあるので。楽しみhappy01

とてもいいチェコ旅行をされましたね。
もう15年ほど前になるのですが私が行った頃と比べても多分街並みは
保存されているのであまり変わらないでしょう。
でも人々の暮らしはきっと変わっているとおもいます。
ケーキが生クリームのものはなくバタークリームだったのを覚えています。
そして物価が安かったことも200円ぐらいで美味しい昼食を食べました。
こちらで中国人を褐色の蟻たちという人が多く同じアジア人として憤りを感じていますよ。

家紋、どれも素敵やけど、どれか一つといわれたら黄金の鍵かなぁ。あげるとは言ってもらえないだろうけど、ね。(笑)

2.3日前、京都の伊勢丹に行ったら中国人(だと思う、多分)の団体さんがドバーっといて、思わず(あんたら、北京でオリンピックしてるのになんも日本にこんでも)と一人突っ込みいれてしまいました。

ヘルブラウ様

チェコもEU参加以来すごい勢いで経済発展しているのか、2007年の11月のガイドブックに紹介された物の値段ですら、もうその倍近くになっていました。加えて円が弱くなった、、ということでしょう。外国にでると、日本の世界的な地位の上下が分かるような気がします。
一人一人の西欧人にはそれほど差別的なものは感じないのですが(いちどマドリッドのレストランでひどいボーイさんにあたったが、。)、国全体をひっくるめて言うときには東洋人蔑視を感じることがあります。でもそれは私たちが「とかく中国人は、、、」というのと同じかもしれない、と反省したりもします。

紫様

この節、ヨーロッパでもどこでも、中国人(多分富裕層のひとたち)観光客をたくさんみます。全体の人口がなにせ日本の5倍なので、日本人より多くても仕方がないのですが、、、、。
私も実は「なんで北京でオリンピックみないでこんなところにいるんじゃ〜。」と思ってしまいました。富裕層はある程度インテリが多いので、北京オリンピックは国威発揚の「仕掛け」にすぎない、と看破して、意外にオリンピックに対してクールなのかもしれません。
ヘルブラウ様への返信ではありませんが、とかく中国人は、、といいたくはないのですが、あのオリンピックの応援マナーはあまりいただけませんでしたね。pout

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