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2008年3月19日 (水)

三清洞(サムチョンドン)はソウルの小京都?

まずは、帰国のあいさつがわりに、

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衆目を驚かせた焼失した国宝南大門。
今はご覧の通り、囲いに覆われて見ることは出来ません。
修復に時間がかかると思われます。残念なことです。



パスポートを見てみると、前回ソウルに行ったのが4年前。その前がこれまたその4年前。閏年になるとソウルに行ってる勘定に(まあ、偶然だけど)
4年前と較べると、狭くて舗装がなってなかった道がきれいに広くなり、所狭しと町の目抜き通りにも林立していた屋台の数が減って、地下鉄の駅もクリーン。猥雑さがなくなり、きれいな町になったなあ、、という印象。

かつての町と変わっていないところもいっぱいあって、懐かしかったけれど、お気にいりだった骨董街、仁寺洞(インサドン)。
昔は露地にはいると古いお家がたくさんあって、閑静な雰囲気でしたが、今はもう露地の裏々までびっしりレストランや雑貨店やらいっぱい。
観光客(主に日本人)もびっしり。(×_×)

ところが、以前はまったくスポットのあたっていなかったエリアが今人気だそうです。場所は仁寺洞の北、景福宮(昔の王宮)の東に広がる三清洞(サムチョンドン)エリア。
ここは表通りにはすごい勢いでいろんなショップが出来ていてにぎわっているが、面白いのはここから一歩路地にはいったエリア。


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ここは朝鮮王朝時代からのお屋敷街だったところで、伝統的な家(=韓屋:ハンオク)並みが残っている場所。


北村(プッチョン)エリアともいうらしい。


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<門の意匠1>
(お屋敷の門がとても古くていい感じなので集めてみました。)


表通りの喧噪がうそみたいで、観光客もほとんどみなかったし、しかもこの日は日曜だったせいか、住人の方にもあまり会わなかった。
(もちろん、この韓屋はほとんど現役の住居なんですが。)
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迷路みたいないりくんだ人通りのない小路を歩くと、し〜んとして、時折甲高くなく鳥の声だけが聞こえて、まさに朝鮮王朝時代の世界にタイムスリップ!


韓国時代劇の世界です。(”チャングムの誓い”くらい見とけば良かったな。)

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<門の意匠2>
電気のメーターかなんかが生活感あります。
(^_^;


けれど、この町並みはかつて破壊される寸前だったそうな。
それを韓国政府の町並み保存プロジェクトが救って、整備され、今のような伝統家屋エリアが残ったそう。
う〜ん、どっかで聞いたような話だな〜。
そうそう、ちょっとゆるい規制の”景観保護条例”、、、、
壊されたら二度と戻らない町並みの価値に気づく人は気づくのね。
韓国のは自治体ではなくて、国を挙げてのプロジェクトだからかなり積極的に町並み保存に介入してるよね。ごく一部のエリアだけれど。


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目に付く感じのいい韓屋や、通りを選んで気の赴くままに歩いてとてもいい気分でした。
迷子にならないかって?


それは大丈夫!
なぜならここらは坂に沿って家が建っているので、迷ったらとにかく坂を下る方向に行くとまちがいなく地下鉄安国駅にたどりつきます。

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<門の意匠3>


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ただこのエリア、やはり駐車場には苦労しているよう。



京都もろうじの中など、駐車はまず無理。
でもコンパクトな町、京都と違ってソウルは広いし、車は必需品、ってお家も多いでしょうね。当然、狭い道に路上駐車ですわ。
これがちょっと景観をそこねてましたが、、、。
でも大きいお屋敷の前にはやっぱりでかいベンツなんか停まってました(^_^;


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<門の意匠4>
差し押さえの札ではありません。
おめでたい文句(大吉とか)が書いてあるのです。



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ところどころで多分住人はもういないだろうと思われる廃屋もありましたが、なかにはひっそりと隠れ家的な伝統茶店などに再利用されている所もあるようです。


これも京都の町家事情に似ていますね。
ただここはお屋敷街なので、あまりはでな商売はできないよう、規制されているのかもしれません。
できれば閑静なままのエリアであってほしい。
(仁寺洞はもう、観光化されすぎ!)


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<門の意匠5>
金具の使い方が李朝家具のそれに似ています。



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<門の意匠6>



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そぞろ歩きを楽しんだ後、見晴らしのいいところに出ると、遠くに景福宮の屋根が見えました。
あ〜、気持ちよかった!

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コメント

お帰りなさ〜〜い!早く帰ってこないかなぁ〜〜〜〜〜でしたね〜〜!シェルちゃん!プリちゃん!あ!ご主人様も!笑一昨日・・・韓国の骨董街、インサドンの様子をテレビで見ました。しぇるさん!こちらへ行かれたかしら?と思いながらしっかりと見てました!笑 そうですか・・・町全体は様変わり・・・なのですね・・サムチョンドン・・・あたりですが・・・まるで原宿のようです。神宮前あたりの一筋入った、住宅街の景色のそれは伝統の建物ではありませんが・・・古くて趣のある昭和の建物が残っていたり。そして・・・表通りの喧騒と打って変わった静けさ・・・が似てる。人々の暮しはそこにあるのですものね。伝統とは・・・国の誇りでもありますね。国こそ違えど・・・おかれている状況・・京都、東京、韓国となんだか・・・似てますね。頑張らないと!笑しぇるさんリポート!とても分かりやすいです♪

しぇるさまおかえりやす。ほんまに、京都といっしょですね。欧米化というかグロバルスタンダードとかいうもんの前に、さいごに残っていた、アジア的な伝統的な生活文化が押しつぶされてしまおうとしているのかな。それに抵抗しようとするのは、もしかしたら、単なるノスタルジーじゃなくて、わたくしらアジアのもんのDNAがそうさせるのかもしれません。ここのところの歴史学の潮流も「東アジア社会」という枠組みを構想にいれてますし。いちどいってみたいですね。それから、李朝家具のアップもたのしみにしてます。(でも、キムチあかんの)

東京あたりでも同潤会アパートなどの戦前の趣のあるアパートが保存運動などあったにもかかわらず姿を消していっているようです。耐震性などの問題もあり、やっぱり住んでいる人の居住快適性は重視されるべきですが、なんとか修復して残す方法はなかったのかしらね、、、と思っちゃいます。(一部表参道ヒルズなどに復元されているようです。)町並み全体をみとおすグランドデザインを描くのは国か、自治体の仕事だと思うのだけれど、、、、え〜、シェルプリは一緒に帰ってきた娘になんだか興奮して、私に甘えてスリスリ、、なんてのはなかったです。(しゅん、、、)

そうなんです。私たちは古代に大陸から渡来した文化のDNAをもっているはず。でもそれが発現するのには時間がかかるらしい。日本の伝統文化、芸術を愛してる(と思ってる)かくいう私でさえ、40代になるまでヨーロッパ文化に憧れてましたから。ヨーロッパ風の家、インテリアに憧れまねしてみましたが、模倣は模倣に過ぎなくて、本物を前にすると赤面してしまうようなものでした。けれど日本の伝統的文化や美にひとたび開眼すると、もうDNAがとまらない!これは借り物ではなく、本物ですもの。李朝家具に惹かれるのも、大陸文化に憧れた古代の日本人の遺伝子のせいかもしれませんわ。李朝家具、、、まだまだひっぱります。もう少しお待ちくださいませ〜(^o^)

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