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2007年8月25日 (土)

メキシコシティー〜テオティワカン遺跡

さて、美しいハバナを後にして、飛行機で3時間ほど、メキシコの首都、メキシコシティーへ。

ここは人口860万という中南米最大級、経済の中心地。

ここはアステカ帝国の都を破壊して、そのままその上に無理矢理スペイン人が作った町で、まさにここがスペインの町のどこかだ、といわれても違和感がない。
ただ、歩いているのはアステカの血をひいた”新生メキシコ人”
アステカの都は地中深く沈んで消滅したが、その血脈は今もこの地に繁栄しているこの不思議。


6zon5ycj 中心地ソカロ
写真では上の方切れてるけど、メキシコのでっかい国旗がなびく。



広い広〜いソカロはふと北京の天安門広場を思わせる。
ここは高地なので、空気が少し薄いらしいが、あまり実感はわかない。(後に実感するが、、、)


Xaf_rcoa ソカロの一画の土産物売り。
インディオの手作り品などが主で、どれも安い。



Gh6porjr トルティージャ(タコスみたいなもの)売り。
お金をはらうと中に具をつめてくれる。
興味はあったが、衛生面がちょっと気になって断念。




Jlypsb_u 通りはヨーロッパの町のように石畳がきれい。
そこに車はビュンビュン通るわ、人は多いわ大阪以上だな、こりゃ、、、。


来月9月16日は国の独立記念日で、ソカロの廻りの建物ははやくも記念日用の飾り付け(巨大な国旗のイルミネーションなど)をしていた。
ラテン系の記念日はさぞにぎやかだろうと想像するが、日本の建国記念日は地味だよな〜。

さてこのソカロは、17世紀に征服者スペイン人によって建てられたメトロポリタンカテドラル(教会)、宮殿などのゴシック建築にかこまれている。

その宮殿の正面玄関、メキシコ美術史に輝くディエゴ=リベラの大壁画、”メキシコの歴史”がある。

5xa8ltg0 とてもカメラのワンショットにはおさまりきれない。
先アステカ〜アステカの時代からスペインの征服、近代化、革命を経て、独立するまでの歴史的場面が広い壁一杯に描かれ、圧倒される迫力がある。



リベラと言えばむしろ日本ではシュールレアリズムの女流画家フリーダ=カーロの夫としての方が有名かもしれない。
数奇な運命のもと個性的な美人だった彼女のことはNHKの迷宮美術館で知り、映画も見た。
ほんとはカーロとリベラが暮らした家(公開されている)にも行きたかったが、メキシコシティーは広く、やや遠いためこれもあきらめた。(ちょっとキューバで時間使いすぎたしね、、、)

次なるシティー最大の見物、メキシコ国立人類博物館へ。

入口をはいると広い広場を中心に左右に時代別にわかれた展示室が並び、その中央、一番奥にシンボリックなアステカ室がある。その中央、神殿の奥に祀られているがごとくスポットを浴びるアステカカレンダー。

Rzj16fsk 巨大なマリービスケット、、、と思った私は罰当たり???


スペインに町を破壊された後、広場に打ち捨てられていたらしいが、その後も土中に埋められたりしながらも壊れず、ここにこうして収まっている。
そしてわれわれにその昔ここに高度に発達した天文学や数学が存在したことを教えてくれる。


48tluzbh これはマヤ室のチャックモール
ユカタン半島観光地カンクンの近くのチチェンイツァー遺跡にあったオリジナル。
お隣はわが娘です。なんか、似てたりして、、、。


とぼけた顔してますが実はこの手の所に生贄の心臓を載せたというこわ〜い物なんですよ。
アステカもマヤも太陽の神に生贄の生きたままの拍動する心臓を捧げるという習慣があった。
主に捕虜が犠牲になったらしいが、生贄になるのは名誉という考え方もあったみたいだ。



さて、次の日は車で1時間ほど、テオティワカン遺跡へ。

この日は現地のツアーを申し込んだ。
6人ほどのグループで行ったが、イギリス人、ポルトガル人、スペイン人とその彼女のロンドンに住んでる中国人(ああややこし)、韓国のビジネスマンという、だれひとり母国語を共有しないメンバー。

ガイドは時々スペイン語が交じるあやしげな英語をあやつりつつ遺跡の説明をしてくれる。

一般的にホテルのフロントなどでなければまず、英語は通じない。
空港ですら職員に道を聞いても、町でガイジンに話しかけられてノーノーといいながら逃げる日本人ヨロシクの状態。
いや〜、これも刺激的。
ほんとに中学生以下のレベルにせよ、スペイン語が役に立った!とくに町でのショッピングに。

テオティワカンは高度な文明を持った人々によって紀元前に作られた町の遺跡だが、その人々がどこから来て8世紀ごろにどうして滅亡したのか全く謎らしい。

のちにこの遺跡を発見したアステカ人が神の作った町だと考えたのも不思議はない。

紀元前か〜。日本はまだ石器時代やな〜。(0o0)

Moe6brzv 高さ42m、テオティワカン中、祭礼的な意味で最も重要とされる月のピラミッド。


早速登ったものの、ここで空気が薄いことを初めて実感。
それほどの高さでもないのに、途中で息切れがして、しんどいこと!ゼイゼイ息をきらし、休み休みやっと頂上へ。


To3t0si9 遺跡を全部見晴らせます。
気持ちいい〜。(ちなみに高所恐怖症の娘は下で待ってます)



4sbu_aeh つづいて太陽のピラミッド。65m。
かなり急。足下だけを見て上り下り。



そう、先日の写真の正解はこの太陽のピラミッドでした。


2n1jjl_5 頂上で見知らぬ人に撮ってもらった写真。若干、息切れ、筋肉痛。


2大ピラミッド制覇の後、例のバラバラの国籍のみんなで昼食。スペイン人と簡単なスペイン語会話ができてうれしかった。
みなさんあちこち世界中旅行されてる方ばかりなので、いろいろ情報交換できて楽しい。
社交辞令もあると思うが、日本はきれいな国とおおむね評判は良いらしい。
これからは外国人観光客に親切にしなくては、、、。
確かに言葉の通じない外国でうけた地元人の親切はほんまにありがたい!と自分も思う。

メキシコ料理は、、、、う〜ん、はっきり言ってまずいっ!


Dd3ckc2z レストランで稼ぎ中のマリアッチ。歌を歌ってくれます。知らない歌ばかりだったけれど、、、。


帰り道、グアダルーペの奇跡の聖母(褐色の肌をしている)の教会に寄って、メキシコシティーへ。

翌日はもう早朝の飛行機で帰国の途についた、、。
ああ、慌ただしかった、、、。
しかし、飛行機乗り継ぎ、乗り継ぎで丸1日以上かかる場所に行くのは始めて。
こりゃまだ体力に自信がある間に行っとかないと、まずい。
次はペルー、マチュピチュあたりか???

おばはんの旅は続く、、、、、、、



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コメント

だったんですね。いろんなハプニング、楽しく読ませていただきましたよ。お嬢さんと二人旅ですか?いつもは着物・町家・茶道など、落ち着いた雰囲気のしぇるさんですが、活発な一面も知る事ができました。

旦那は直前に胆嚢切除後、残った胆石をとるための内視鏡手術で再入院。すぐに退院できたもののさすがに旅行は断念しました。で、娘と二人だけの旅になりました。内緒ですがこの方が女同士で楽しい(^o^)しばらく旅行はいかないのでまたいつもの(?)しっとりなわたくしに戻りますわね、オホホ(^ ^;)

お出かけでしたね。家族の思い出の一ページ。いろんなアクシデントも付録で・・・。こんな旅ができたらいいなあと羨ましく思います。smile

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